番外編SS「10年前のハロウィーン」
「ルパート・・・夕方、担任の先生から電話があった。お前、音楽の時間どうしてちゃん
と歌わないんだ?」
今の池照家から約十年前の、ある日の夕飯時・・・。
ルパートは小学校三年生、もう少しで九歳・・・と言う所だ。
既に、池照家には両親の姿は無い。
仏壇からの「ピースサイン」で、みんなと時間を共有している。
オリバーの切り出しに、兄弟みんなが一瞬注目した。
池照家の本日の夕飯は、「湯豆腐」と「から揚げ」と「ポテトサラダ」だ。
慣れない家事に奮闘しながら仕上げた食事にしては、かなりマトモな夕飯である。
見ていないようで、ちゃんと母親のする事を子供は見ているもの・・・。
双子は、研究所暮らしが大半だった父親の都合上、家の切り盛りを一人でこなす母親の背
中をちゃんと見て育っていた。
「だってさ〜・・・あっ!オリバー、『ハロイーン』って知ってる?」
早速ルパートの話は脱線した。
それに、彼は「湯豆腐」を完璧に無視していた。
四男の皿には、「から揚げ」が四個と山盛りの「ポテトサラダ」・・・それに、ご飯と味
噌汁だ。
豆腐が嫌いな訳ではなかったが、彼にとって「湯豆腐」は、夕飯のおかずからは思いっき
り無視された存在のようだ。
「今、お前に質問してるのは俺のはずだけど?話を誤魔化すなよ。『いつも最後までちゃんと
歌を歌わない』って先生言ってたぞ?どうしてなんだ?お前、歌好きだろ?」
「・・・バスの中で歌うのだけは勘弁して欲しいけどな」
トムがボソッと呟いた。
「だって、音楽の時間はさぁ〜・・・」
ルパートはテレビの「ドリフターズ・冬休み直前2時間スペシャル」に意識が行っており
、長男の言う事を、言われた傍からガンガン忘れていく。
「あはは♪」と大声で笑ってはポテトサラダを頬張る・・・そんな感じだ。
彼の意識は今、完璧に「志村けん」に行っていた。
「おい、俺の質問に答えろっての!」
オリバーがちゃぶ台をバンッと叩いた。
ダニエルの味噌汁が少しこぼれて、ダニエルが「悪の張本人」をジロリと睨んだ。
(兄の不始末なので、抗議までは流石に言い切れなかった)
「え、今何て言ったんだっけ、オリバー?」
ルパートには全くオリバーの声は届いていなかった。
オリバーは怒りに胃をキリキリさせながら、それでも辛抱強くもう一度質問した。
「『どうして音楽の時間に歌を歌わないんだ?』って聞いたんだ」
その様子を、トムは楽しそうに「ケケケ」と笑っている。
ジェームズが兄の一人として、「笑うな!」と、一応その頭をポコッと叩いておいた。
「ん〜・・・僕さぁ〜『アンパンマン』の歌は好きなんだけどさ〜・・・あははは♪見
た、ダン?今の!?」
「み、見たよ、ルパート・・・あははは♪」
二人の弟は、完璧に「加藤茶と志村けん」のベタな芝居にやられ捲くっている。
日本中の多くの子供達が、きっとこの瞬間あちこちで笑っているのだ。
「アンパンマンじゃなくたって歌うんだよ・・・おい、テレビ見るな!」
オリバーはテレビに夢中で意識散漫な四男を叱った。
しかし、一方では「この話題を言うタイミングを間違えたな」とも反省していた。
トムは、「湯豆腐」のみをチビチビと食している。
ご飯は茶碗に半分だったし、味噌汁は無しだ・・・この頃から食が細い。
ダニエルとジェームズは、自分達には全く話題が降り掛かって来ないので、暢気に「ドリ
フターズ」を見てケタケタと笑っている。
二人共、ご飯は茶碗に山盛りの「食べ盛り」だった。
「だってさ〜、あの歌は悲しくなるんだも〜ん・・・」
「あの歌?どの歌だ?」
「『ドナドナ』はさ〜・・・何で『あ〜る晴れた〜昼下がり〜♪』から歌が始まってるのに
さ〜、あんなに悲しい曲なんだろ?それにさ〜、『昼下がり』って何?お昼って、上がっ
たり下がったりするの?いつしてるの?僕、見てみたいんだけど・・・」
「・・・は?」
オリバーとトムが聞き返した。
「加藤茶と志村けん」の更なる遣り取りに、ジェームズ、ルパート、ダニエルがドッと笑
った。
「・・・俺の質問に答えないとホント、テレビ消すぞ!コラッ!」
オリバーが強硬手段に出た。
ルパートは「それはまずい」とばかりに神妙な顔になり、正座している自分の膝の辺りに
目を落とした。
「音楽の時間ちゃんと歌わないと、通信簿で『1』になっちゃうんだぞ?いいのか?」
「そんなの嫌だけどさ〜・・・。ねぇ、オリバー?あの『可愛がってた子牛』は売られた
後はどうなるの?やっぱ食べられちゃうの?誰に食べられちゃうの?誰が悪いの?」
「・・・・・」
オカシな質問をルパートがしてきて、オリバーは困ってしまった。
ルパートが突如、自分の箸の先に刺さっている「からあげ」に注目した。
「あーっ!ま、まさか・・・今日のこ、この『から揚げ』はっ!」
「安心しろ。これ、鶏肉」
トムが「から揚げ」を食べながら答えた。
「良かったぁ〜・・・」
ルパートは安心して「から揚げ」を一つ頬張った。
池照家・・・この頃から何とも低次元な馬鹿げた会話だ。
「僕さ〜(モグモグ)、から揚げはオリバーの料理の中で一番好きだな〜(モグモグ)・・・
ポテトサラダも(モグモグ)、美味しいけどね(モグモグ)・・・あ、今日『大ちゃん』がさ
〜、学校でさ〜(モグモグ)『ハロイーン』の話しててさ〜・・・」
「・・・『大ちゃん』の話はあと」
オリバーはルパートの「脱線」を、一刀両断で軌道修正した。
「え、『ハロイーン』の話も?」
「勿論それもあとだ!」
「えぇ〜・・・じゃ、今何の話をすればいいの〜?」
ルパートは口の周りを油でベタベタにして、悲観的な表情になった。
「・・・確か『音楽の時間、どうしてちゃんと歌を歌わないんだ?』って話じゃなかった
か?」
オリバーは思い出させてやった。
「あ、そうだったよ!よく覚えてたね〜、オリバー♪あったまイイ〜♪」
ルパートは感心して拍手している。
「オリバー・・・良くコイツ相手にちゃんと話が出来るな?」
トムは色々な意味で、長男を「スゲェ奴」と尊敬した。
「仕方無いだろ。『自分達に何か遭った時は、弟達をよろしく』って、父さんと母さんが
言ってたからな」
オリバーが仏壇の写真を見つめた。
トムがそれに反応して一瞬しんみりした。
「ねぇねぇ・・・ところでさぁ、井上君ちでやる『ハロイーン』に、僕行ってもいい?」
「おい、どうして話題が突然変わってる?」
ルパートの「お願い」に、オリバーが憤慨した。
「ねぇねぇ・・・いいでしょー?」
「っつーか、お前『ハロウィーン』知ってんのかよ?」
トムは、もう「ご馳走様」をして胡坐を掻いた。
「お菓子が貰える楽しいお祭りの事だよ!」
「馬ぁ〜鹿!全然違うね!あんなのアメリカ人の祭りなの!しかも、お化けの祭りなの
!」
トムが言った事は満更嘘では無い。
「え・・・」
ルパートはそれなりにショックを受けたようだ。
「ドラキュラとかフランケンシュタインとか魔女とか・・・そういうのがウヨウヨする祭
りなんだよ・・・な、そうだよな、ジェームズ?」
「ま、な」
ジェームズはテキトーにあしらった。
「ほぉ〜ぅらみろ・・・。取り憑かれるぞ、お前なんか。ポヤ〜ンとしてっから・・・ア
イテッ!」
「やめろ・・・また夢見て泣くだろ!」
オリバーがトムの暴走を制した。
「僕・・・ご馳走様」
ルパートはからあげをまだ皿に一つ残したまま、ションボリして席を立った。
「おい・・・どうした?」
オリバーが聞いても、ルパートはトボトボ自分の部屋に戻って行ってしまった。
「トムが虐めるからだよ!トムの馬鹿!トムのせいだ!待ってよぉ〜、ルパートォ〜
!」
ダニエルが一緒になって二階に上がって行った。
「・・・あんなのに騙される奴、誰もいねぇよ」
トムが唇を突き出して「フン!」と言った。
「・・・アイツは普通じゃないんだよ。騙されやすいんだ!お前も知ってるだろ?」
「・・・・・」
ジェームスがそう言うと、トムは押し黙ってしまった。
そしてその夜・・・。
眠っているオリバーの耳にシクシクと泣く声が・・・。
「・・・ルパートだぞ、多分」
ジェームズも目を覚ましたらしい。
オリバーとジェームズが一緒になってルパートとダニエルとトムの部屋を開けた。
(この頃は、三人はまだ同室だった)
「え・・・どしたの、お前・・・?」
泣いてるのは、何とトムだった。
布団を頭まで被って泣いていた。
聞く所によると、途轍もなく恐ろしい夢を見たらしい。
ゾンビとかに墓場で追い駆けられる夢だとか・・・。
横では、ダニエルとルパートがくっ付いてスヤスヤと眠っていた。
「・・・自業自得だな。どうする?俺らの部屋来るか?」
ジェームズがニヤ付いた。
「・・・行かねーよ!見んなよ!あっち行け!」
トムは布団を頭まで被って、泣き顔を隠していた。
「ったく・・・意地っ張りだなぁ、お前・・・」
双子は弟の主張を立ててやり、やれやれと部屋に戻って行った。
そして次の日・・・。
「教えてやるぜ、ルパート。『ドナドナの子牛』はな、『ハロウィーン』の生贄で、魔女
に食われたんだぜ?」
「えぇっ!?」
トム・・・懲りない。
「釜で生きたまま煮込まれてな・・・手足を一本ずつ・・・」
「やめてよぉーーーーーーーー!わ〜ん、わ〜ん・・・」
ルパート、大泣き・・・。
トムはオリバーからの痛恨のゲンコツと、ダニエルからの猛烈なキックを同時に受けた。
そしてその夜、トムはまた怖い夢を見た。
意地悪した故の、何かのタタリかも知れない。
ヒィ〜ッヒッヒッヒッヒッ・・・。
カラスが、止まり木で「カァ〜!」と一鳴きした。
トリック・オア・トリート・・・。
お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ・・・。
PS・・・・・オチが無いトコが、この話のオチです。チャンチャン♪
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