池照家の「わらしべ長者」



(今回は、「キャスト」と言う形で無く、本人達で綴る物語です)





ダニエルは押し入れの中の片づけをしている途中に見つけた、昔読んだ絵本を思わず読み返

し、読み終えるとパタンと本を閉じた。


「良いお話だよなぁ、『わらしべ長者』って」

「え、何それ?」

ルパートは毛布に包まり、トロンとした表情でダニエルをボケッと見つめている。

「知らないの、ルパート?たった一本の藁を持ってた人が、最後は結局凄いモノを手に入れ

るって言う夢のようなお話だよ」

「へぇ〜・・・っくしっ!

「完璧風邪だね、ルパート?あ、鼻出てる・・・はい、ティッシュ」

「ありがと、ダン」


ビムーッ!


・・・相変わらず変な音を立てて鼻を噛むルパート。

 



「はい、ダン」

「・・・何?捨てて欲しいの?」

鼻を噛んだティッシュをダニエルに渡すルパート。

「ううん。僕の噛んだ鼻の付いたティッシュ持ってお外に出てみなよ。最後、ダンの欲しい

モノが手に入るかも知れないよ?」

「えぇっ!鼻を噛んだティッシュで?これじゃ・・・多分無理だよ。だって、ルパートの鼻

が付いたティッシュなんてきっと僕くらいしか喜ぶ人居ないと思うモン」

弟の問題発言に、ルパートは暫し言葉が無い。

「・・・とにかくソレ持って外出てみなよ。僕、お熱があるから少しお布団敷いて寝る」

「そう?お大事にね、ルパート。うん、邪魔しちゃいそうだから、僕外出て来るよ」

ダニエルは言われた通りに一応「ルパートの鼻が付いたティッシュ」を持ち、外をフラ付く

事にした。

 



テクテクと歩いているうちにすっかり「巣鴨」を越し、「池袋」付近まで足を延ばしていた

ダニエル。

池照家からだと、池袋まではさして遠くない。


「でもさぁ、こんなの誰も欲しがらないよ・・・僕以外は」

ポケットの中の、「ルパートの鼻水の付いたティッシュ」に思いを馳せる。

「おぉ〜ぃ、そこのキミ!」

「え、僕?」

街角で白衣を着た知らない人がダニエルを手招きしていた。

「今、街頭でアンケートを取ってるんだ。少し協力してくれないかな?」

「・・・いいけど?どんなアンケート?」

「世の中今風邪が流行ってるだろ?キミが風邪引いた時一番厄介で一番最初に治って欲しい

症状ってどんなのだろ?」

「ん〜・・・そうだなぁ。僕は咳かな。咳込んじゃうと辛いし、飲み物も食べ物も途中でゲ

ホッてなっちゃうから」

「なるほどね」

白衣の男が何かノートに書いている。

「僕のお兄ちゃんのルパートならきっと、お腹のグルグルが一番最初に治って欲しいって言

うと思うな。すぐにお腹がピーピーになっちゃうから」

「なるほどね。貴重な意見ありがとう。で、悪いんだけど・・・このティッシュに、出なく

てもいいから鼻を噛んでくれないかな?」

「・・・どうして?」

ダニエルが怪訝な顔付きになった。


・・・変態かな、この人?

鼻マニアとか?


「鼻の菌で、これからあらゆる人に効く新しい風邪薬を研究しようとする偉い先生が居るん

だ。何万人って言う人間の『鼻』を欲しがってる」


何だ・・・そう言う事か。


「・・・良いけど別に。でも僕、今風邪引いてないから多分鼻は出ないよ?」

「取り敢えず、『フンッ』って出すだけ出してみてくれないかな?多少でも付けばそれでい

から」

「分かったよ。フンッ・・・ほら、ちっとも付いて無い」

ダニエルはティッシュを広げて相手に見せた。

「ううん、ありがとう。貰うよ、それ」

「あ、良ければ・・・」

ダニエルはポケットをガサガサさせた。

「これ、実はさっき話したルパートなんだけど、そのルパート今風邪引いててさ。これ、ル

パートがさっき噛んだばかりの鼻が付いたティッシュなんだけど?要る?」

「えっ。それ貰っていいの?」

「いいけど」

「ありがとう!じゃ、君には二人分のアンケートのお礼をあげなくちゃ・・・はい」

「・・・何これ?」

ヘンテコなマスコットキャラクターを手渡されたダニエル。

「可愛いでしょ♪『風邪引かないでね』って言うメッセージを込めた『風邪ノン』と『風邪

ベェ』だよ」

「・・・・・」

「ホントはどっちか一つなんだけど、君には両方上げるよ」

「・・・ありがと」

「首が動いて可愛いんだよ。お家に飾ってね」

「・・・うん」


・・・冗談じゃないよ。

ちっとも可愛く何か無いし・・・どっかで捨てよっと。


ダニエルは適当に相手に応え、そこから離れた。

 





「何だよ、この人形・・・ホント可愛くも何ともないぞ?ん?」

向こうで子供達が大勢遊んでいた。

が、その中の一人が泣いている。


「どうしたの?ダメだよ、みんなで仲良く遊びなよ」

「だって、コイツら人形持ってないから仲間に入れてあげられないんだ」

リーダー格みたいな男の子が二人の男の子を指差した。

「うん。僕と弟は『人形』持ってこなかったから仲間に入れないんだ。石で代用しようとし

たらみんなが『そんなのダメ』だって」

「人形は何でもいいの?二つ必要なの?こんなので良かったらあるけど・・・居る?」

「・・・いいの?」

人形を持ってない男の子が嬉しそうな顔をした。

「いいよ、あげる」

「ありがとう」

自分と弟の分をダニエルから貰い受けた。

「あぁ、いいなぁ。その人形何かイイじゃ〜ん!」

リーダー格の男の子がその人形に食い付いた。


・・・へぇ、あんなのが「イイ」んだ?

分からないなぁ、小さい子の好きなのって・・・。


ダニエルは可愛くない人形を二つ兄弟に与え、その場を離れた。

 




「良かった。あんなのでも人の役に立てて。けど、はぁ〜あ・・・結局何も無くなっちゃっ

た。ま、こんなモンだよ。お話の中みたいにとんとん拍子に欲しいものなんか手に入らない

んだ。うわっ!

車が横を通り過ぎ、昨日まで降っていた雨が水溜りになっていた上を走ったので、ダニエル

の左半身がずぶ濡れになってしまった。


「これは申し訳ない事を・・・」

車の中から、ハインリッヒ家の爺が出て来た。

「あ、こんにちは、爺やさん」

「これは池照家のお坊ちゃん、失礼しました。車に乗ってくだされ。今我が坊ちゃまの服を

丁度店に取りに行く所で。すぐそこの店なので、どうぞなんなりと新しい服を!」

「いいよ、別に。これ昨日も着てた服だし、どうせ今日オリバーに洗って貰うから」

「いいえ!服を濡らしてしまったこちらとして、そうはさせられません。さぁ、どうぞどう

ぞ!」

半ば強引に車に乗せられ、店に連れて来られる。

ダニエルは店の名前を聞いたがあっと言う間に忘れた。

長ったらしい・・・イタリア語の名前だった。

 


「何なりとお選びください」

爺が店内を案内する。

「・・・・・」

「遠慮なさらずに」

「・・・じゃ、これでいいです」

ここはダニエルが似合いそうな服は一枚も無かった。

全部、レオンハルトが着るようなビラビラが付いた服ばかりだ。

手前のマネキンが着ていたモノを、適当に指差した。


「お目が高い!これはこのシーズン一押しのブレイク寸前の品物ですよ」

サッと店員が近寄って来てダニエルのセンスを褒め称える。

「・・・そうなんですか」

どうでも良かった。

ダニエルは試着室で、それらを一式全て着てみた。

丈が少し長かったのですぐさま店員が詰めてくれ、ジャストフィットにしてくれる。

 


「お似合いです♪」

「・・・・・」

あまり嬉しくない。

自分、何だか「レオンハルト」になってしまったみたいだ。

宝塚」の衣装を着ているようにしか見えない。

このまま表を歩いて誰かに見つかったらどうしよう」・・・ダニエルはソッチの方を心配

した。


「あの、僕そこのメガネも掛けてイイですか?」

「どうぞどうぞ」

少しでも「変装」が必要と考えて、メガネと一緒に帽子も被った。

「今流行りの感じですよ、この感じ。イメージは『チョイ悪なヤング・エグゼクティブ・キ

ュート』」


「・・・・・・」

店員は満足そうだ。

爺も頷いている。

ダニエルに言わせると、どの辺が「チョイ悪」でどの辺が「キュート」なのかちっとも理解出来ない。


「あの・・・ありがとうございます。こんな高い服・・・」

一応礼を言った。

先ほどチラリと見えたのだが、メガネ一つが三万円もしていたのだ。

自分が今、総額幾らの服を着こなしているのか・・・ダニエルは想像するのをやめた。

さっき自分が着ていたのは、オリバーのお下がりなのだ。

しかも、オリバーも誰かのお下がりを貰ったらしい。

既に価値の無い状態の服が、今こうして相当額の品物に変わった。

「・・・でも、僕は別に『わらしべ長者』で服が欲しい訳じゃ無かったんだけどな」

ダニエルは爺と別れて店を出た。

 



ブハッ!何、アンタのその格好。ウケるぅ〜♪」

「ゲッ・・・」


店を出た所でたまたま・・・本当にたまたまエマと出会ってしまった。

一番会いたくない相手と出会ってしまう、この「ジャスト」感・・・残念でならない。

ダニエルの恰好を見て、尚もゲラゲラ笑っているエマ。


「あら♪でも、そのブランド結構高いのよ。それにそのメガネ、アンタには似合わないわ。

およこし!

「あっ・・・」

あっと言う間にメガネを奪われた。

「返してよ!」

「ダメよ!もうこれは私のモノだから」

「えぇっ!」

エマはさっさとメガネを装着し、その辺のショップのウインドーに反射して見える自分の姿

を確認した。

「ほぉ〜ぅら!私の方がやっぱ似合う♪『可愛いメガネガール』って感じでしょ!」

「ちっとも『可愛いメガネガール』なんかじゃないよ!」

「何ですって!」

「痛っ!ぶつなよぉ〜・・・」

エマは叩くだけダニエルを叩くと、さっさと去って行った。

「何なんだよ、もぅ!ルパートじゃないけど、全く『悪魔みたいな女』だよな、エマって」


注・・・正しくは「スネ夫」である。

 







「あ、さっきのお兄ちゃんだ!」

ダニエルが地元の方に歩いて戻ってくると、小さな男の子二人が母親らしき女性と歩いていた。


「やぁ、キミ達!どうだった?遊びにちゃんと入れて貰えた?」

「うん!ありがとう!」

「何だか息子がお世話になったようで・・・これ、良かったら」

母親がスーパーのビニールの袋から林檎を二つくれた。

「いいえ!いいんです!あの人形、僕も貰ったんで・・・」

「多く買い過ぎてしまったんです。だから迷惑じゃ無かったら、貰ってください」

「じゃあ・・・。丁度僕のお兄ちゃんが今風邪引いてるんで、食べさせてあげます」

ダニエルは林檎を貰った。

 




「ただいまぁ・・・」

「お、いいトコに帰って来た。おい、ダニエル。ジャガイモの皮剥いてくれ・・・ん?」

オリバーが不思議な顔をした。


「どーしたんだ、お前。レオ〜ンハルトみたいな恰好して」

「レオンハルト君御用達の店で爺やさんに買って貰ったんだ」

「元の服はどうした?」

「爺やさんが濡らしちゃって、で、洗って明日届けてくれるって」

「ふ〜ん・・・ま、良かったな。じゃ、とっとと着替えてジャガイモ剥いてくれ。今日はコ

ロッケだぞ」

「え、コロッケ♪やった!」

ダニエルは急いで部屋に駆け上がった。

ルパートはまだ赤い顔をして寝ていた。

 


「ルパート・・・具合どう?あんまし良くないみたいだね?」

「うん・・・」

目がショボショボしているルパート。

しかし、ダニエルに言わせれば「くぅ〜、こんな顔がまた可愛いんだよね」だ。

「ねぇ、林檎食べる?」

「うん。僕、林檎食べたい」

「分かった。今、オリバーに剥いて貰うからね。待ってて」

「うん」

ダニエルはまた下に降りて行った。

「ねぇ、オリバー!林檎剥いてよ!」

「何だよ、まだ着替えて無かったのか?ジャガイモそのまま剥く気か?」

「今着替えるよ。とにかく林檎!」

「自分で剥け。俺は今忙しいんだ」

ダニエルは仕方なく、恐る恐る包丁を使って皮を剥き始める。

「アイタッ・・・」

「何やってんだよ・・・」

オリバーがダニエルの指に絆創膏を貼ってやる。

ダニエルは血の付いた林檎を洗って、それを二階へ持って行った。

 


「おまたせ、ルパート」

「ダン・・・手、どうしたの?」

「切っちゃった」

「ダンが林檎剥いてくれたの?」

「うん。ごめんね、下手くそで」

「ううん。ありがと・・・オイシ♪」

ルパートがシャリシャリ林檎を食べている。

「良かった。早く良くなってね、ルパート」

「うん。僕、もう一回寝るよ」

「今日、コロッケなんだって。ルパートの分、取っておいて上げるからね」

「ありがと、ダン」

ダニエルは着替えて下に降りたが、指を切ってしまった為結局皮むきは手伝えなくなった。

その代りコロッケを揚げる係になり、ペッピリ腰で揚げ油の前に立ち「わっ!」とか「ギャ

ッ」とか言いながらコロッケを揚げた。

 


「どうしたの、ダン?」

夕飯の準備を終え、ダニエルがまたルパートの様子を見に行った。

「・・・コロッケ揚げててちょっと火傷したんだ」

「ダン、今日は色々何だか大変だったね」

「ホントだよ!僕、ちっとも『わらしべ長者』になれなかった」

指を切り、服を油で汚し、火傷までしている弟をルパートは布団に潜りながらジッと見つめた。


「ダン・・・明日になったら、きっと僕風邪が治ってると思うんだ。そしたらさ、明日の夜

、一緒に久しぶりにお風呂入ってあげるよ」

「えっ!」

「ダン、ずっと僕と『お風呂入りたい入りたい』って言ってたでしょ?」

「言ってたけど・・・え、いいの?」

「うん、いいよ。林檎剥いてくれたし」

「やったぁ!!」

ダニエルがガッツポーズをした。

相当嬉しい。

最近ルパートと一緒にお風呂に入れていなかったので、ずっとモヤモヤしていたダニエルだ

ったのだ。



「ねぇ、僕の鼻噛んだティッシュはあれからどうしたの?」

ルパートが聞いた。

「うん、あれを欲しがった人が居たからあげちゃった」

「じゃあ、あの鼻の付いたティッシュが最後、『僕と一緒にお風呂』に変わったって事だね」

「そうか!良かったぁ、僕。ルパートの鼻噛んだティッシュ持って外歩いて」

「じゃ、僕もう一回寝るから。起きて熱が下がってたら、僕、コロッケ食べたい」

「うん。僕の揚げたコロッケ食べたらきっと元気一杯になるよ」

ダニエルはその夜、明日になったらルパートと久々に一緒にお風呂に入れると思ってウキウ

キしながら眠った。

 


・・・がっ!!


 

「ヘ〜ッキシッ!」


残念ながら今度はダニエル自身が風邪を引いてしまった。

「ヤダ!ボグ、ウパートとおぶろはいうんだ」

「鼻声で何言ってる!」

オリバーとマリオに同時に叱られたダニエル。

「だって、せっがくウパートが・・・」

「寝ろっ!」

「・・・・・」

池照家、どうも最後は結局「オチ」で終えるような兄弟達の集まりだ。

 

チャンチャン♪




エンド                        オーロラ目次へ