勇者・ランドクリフ「第一話」
風は止む事無く大地を吹き走り、時には季節を・・・時には良き知らせを・・・そして、時
には遠く異国の噂や寓話などを、色を変え形を変え運んでくる。
この話は、そんな風が運んで来た昔話の一つである。
今の世から遡(さかのぼ)る事、遥か幾千年も昔・・・。
世界は今ほど統一されたモノではなく、天上界・魔界・地底界・そして人間の住む地上界の
結界が非常にあやふやであった。
そこに一つの大きな国があった。
名を「グリンドール」と言う。
グリンドール王国には大変に仲の良い双子の王子がおり、二人は共に学び、そして武道を競
い、立派な青年へと成長を遂げた。
しかし、若き王子達が成人間際と言う折り、父王が呪いにより倒れた。
双子の王子が悪戯に森の奥地に入り込み、そこに棲む大魔女ベラの宝を盗み、その逆鱗に触
れたのだ。
ベラは双子の王子にも・・・そして王家にも呪いを掛けた。
父王は息も絶え絶えにすぐさま指折りの祈祷師達を国中から呼び寄せ、大魔女の魔力に対抗
した。
王子達には祈祷師の作り上げた、呪詛から身を守る「精霊の衣」を纏わせ、呪いを跳ね除け
た。
大魔女の怒りはそのまま弱った父王に向けられ、王は呪いの呪縛に取り憑かれ、結局そのま
ま命を天に召された。
良き家族であった王家・・・しかし「一番太い柱」が欠けた事により、着実に何かが変わっ
た。
双子の王子達は互いに自分の主張を始め、我こそが次なる王だと訴えた。
国の情勢が些か不安定になり、城や村のあちこちで小競り合いが始まった。
兄王子に付く者、弟王子に付く者・・・国が二分する渦に国が飲み込まれて行った。
やがて、いよいよ二人のどちらかがこの国を治めなくてはならなくなった。
そして・・・国を火の海と化す悲しい戦争が起こった。
兄方の勢力と弟方の勢力の激しいぶつかり合い・・・両者は殆ど互角。
二つの勢力は国を真っ二つに分けて死闘を繰り広げ、多くの者達の血を大地に落した。
西には、どこにも主君を持たない魔女の王国がある。
西の森に棲む魔女ヘレナは、二千年前にベラと死闘を繰り広げた力のある魔女で、この戦争
を百五十年も前から予期していた。
双子の王子は不吉の印・・・王家に双子が生まれた時からいずれ悲しい戦争が起こる事はヘ
レナの水晶が暗示していたのだ。
「分かれてしまったものを一つにする事は不可能・・・なれば、今はこのまま『時』を待つ
のみ。いずれ、この二つの国を必ずや纏める事の出来る『勇者』が現れる。今は敢えて国を
二つに分け、鎮静を『良し』とする他に道は無い。二つの国の間には国を作るのが得策。左
右の国に揺るがない、中立な小国を作る事が最も望ましい」
ヘレナはそれを「精霊の声」として風に乗せ、双子の王子達に伝えた。
戦争は「国を分断」・・・と言う案で、間もなく鎮静した。
その大きな戦争から数え、月日と季節がこの三国に幾度も幾度も訪れて流れた。
悲しい戦争の話はいつの日か「語り継がれ」、それはやがて「伝記」になり、今は「昔話」
となった。
そしていつしか、二つの大国がよもや元は一つの大国だったなどとは誰も知らない世の中に
なったある時・・・。
小国「ピコリス」は、「グリンドール王国」と「ドルバル共和国」の間にある、極めて小さ
な国で、主にホビット達が住んでいた。
ピコリスは、大金や武力誇示を露わにする左右の大きな国には及びもしないちっぽけな国だ
ったが、元来が働き者でお人好しの種族が多く住む国だったので、豊かな大地から収穫され
る食べ物や清らかな湧水は両大国に高値で売られていたし、ホビットの忍耐強さと実直さは
左右の国に大きく買われ、多くのホビットの男達が両国のどちらかで日中は働きに出掛けて
いた。
残った女子供達は自然の中で伸び伸びと暮らし、今の生活を「幸せ」と感じて暮らしていた
。
ピコリスに住む「ロービン」は、森の奥にたった一人で住む唯一の巨人族だ。
ロービンは北の出身で、旅が好きだった自分の父親とある日航海に出た。
船は嵐に巻き込まれ、ロービンはピコリスの国に漂流した。
ピコリス人達の長老達が会議を開き、不憫なロービンを森の奥に住まわせる事が決まった。
そんなロービンはある日、いつも通り仕事に向かう途中だった。
ロービンはグリンドール王国に忠誠を誓っており、グリンドール城の馬番をして生計を立て
ていた。
主に、王家の馬の手入れと餌やり、健康状態をいつも一定に保たせるのが彼の役目だ。
動物好きの彼にはこの上無く幸せで楽しい職場だった。
ロービンは大きな体に似合わず気が優しく、森に住む殆どの動物達が彼の友達だ。
大雨が来る情報や季節が変わる様子は、森の動物達がいつもロービンに真っ先に教えた。
今日も先ほどから、ロービンの周りにいつものように小さな小鳥達が囀(さえず)り飛び交っ
ている。
その中の一羽がロービンの肩に止まった。
そして、何かを耳元で囁いた。
「なんと・・・」
ロービンは小鳥の言葉を聞くと、自分がいつも歩くグリンドール王国への道から少し逸れ、
川の方に歩いて行った。
小さな船が川岸の岩に引っ掛かり止っている。
ロービンが中を覗き込むと、船の中には毛布に包まれた赤ん坊が眠っていた。
ロービンはソッとその赤ん坊を抱き上げ、辺りを見回した。
どこかの夫婦がウッカリ落とした赤ん坊では無さそうだ。
「可哀想に・・・」
ロービンは自分の腕の中でスヤスヤと眠る、赤ん坊を見捨てる事が出来なかった。
彼はそのまま、その赤ん坊を抱き抱えて川から離れた。
赤ん坊が着ていた産着には、「ランドクリフ」と刺繍が施されていた。
これがこの赤ん坊の名前なのだろうか?
ロービンはそのままその赤ん坊を「ランドクリフ」と呼ぶようになった。
村の女に乳を分けて貰い、「ランドクリフ」はロービンに育てられた。
「わ、わ・・・負けだ。僕の負けだ、ランドクリフ!参った!」
ルパルト王子はヨタヨタと体制を崩し、大地に尻餅を付いた。
「王子も素晴らしかったです。先ほどの王子の『突き』があと僅か右に逸れていれば、今回
は私の方が危なかった」
「よしてくれ・・・父上に言われたからと言って、そんな畏(かしこ)まった言い方をしなく
てもいいんだ。今は誰も居ない。僕とお前だけだ」
ルパルト王子は芝生の上に、装飾の素晴らしい自分の剣を置いた。
ランドクリフもそれに従い横に腰を下ろし、良く使い込まれた自分の剣を置いた。
気持ちの良い風が、ルパルト王子のフンワリした赤毛とランドクリフの褐色の髪を舞い上げ
た。
ランドクリフは今、十五歳の若者に育っていた。
「見ろよ、ルパルト・・・」
ランドクリフが空を指差した。
もう、謙(へりくだ)った言い方では無くなっていた。
「友」に喋り掛ける、普通の口調だ。
ランドクリフはロービンに倣(なら)い、グリンドールに忠誠を立てていた。
歳が近いと言う事もあり、ルパルト王子の世話全般が彼の役目になっている。
「赤いな・・・」
ルパルトが険しい表情をした。
空一面が赤い。
その「赤」は鳥の群れの「赤」だ。
「死の鳥」と噂されるゼクトル・・・。
そのゼクトルが飛ぶ時には、近い未来に多くの血が流れると言う。
故(ゆえ)にゼクトルは、国中の人間に嫌われる魔鳥である。
「噂はやっぱり本当なのだろうか・・・我がグリンドール王国が戦争になるなんて」
「ドルバル共和国で野菜を売っているピコリスの僕の友はそう言っていた。『ドルバルとグ
リンドールは近々間違い無く戦争になる』って・・・」
「信じられない。僕はあの国の王女と婚約が決まってるのに」
「使者を出したのはいつだっけ?」
「・・・もう十日も前だ」
「帰って来ても良い頃だ。なのに、その様子が無い。オカシイよ」
「・・・・・」
ルパルトは納得行かない。
「僕はあの国の事は殆ど知らない。ランドクリフは何か情報を知らないかな?」
「僕もあの国に入った事は無いから何とも言えないけど、ピコリスの友が言うには『闇』と
『犯罪』が多い国だって」
「・・・王女の事は?」
「その友が王女に会える訳無いよ。野菜を売ってる男なんだよ?」
「そうだな・・・」
ルパルトはズボンのポケットからペンダントを取り出した。
「イヴがくれたんだ」
ルパルトは少し微笑んで、未だ会った事も無い未来の妻を想い、赤い空を見上げた。
「僕は戦争なんかしたくない。きっとイヴだって同じだ。僕らが婚礼を上げれば、馬鹿げた
事は起こらないさ」
「けど、婚礼を司る使者があの国から帰って来ないんだよ?」
「・・・何か、他の理由に決まってる。足でも挫いたとか、そんな・・」
ランドクリフはルパルトを見つめた。
ルパルトは昔から争いを好まない優しい男だった。
安穏とした国に生まれたが故だろうが、統率心とかカリスマ性が無かった。
武術も馬術も不得意で、いつもランドクリフに負けてばかりだ。
「こっちがその気が無くっても、ひょっとしたら向こうには戦争を仕掛けたい『何か』があ
るんだろうな」
「戦争なんか起こらないっ!僕は起こすつもりはない!」
「悪かったよ、ルパルト。ごめん・・・」
ルパルトが珍しく声を荒げたので、ランドクリフは詫びた。
戦争など、確かに起こらないに越した事は無い・・・ランドクリフだって同じ気持ちだ。
しかし、ランドクリフはゼクトルの「不気味な赤い群れ」が気になって仕方が無かった。
赤い群れの中に二体の大きな翼を持った生き物が飛び交っていた。
ドラゴンだ。
ドラゴンの名は「エルマ」と「ボニータ」・・・魔女が変化した姿である。
二体のドラゴンは時々耳を劈(つんざ)くような恐ろしげな泣き声を上げ、森の上空を旋回し
ていた。
何かを偵察しているにようにも伺える。
国中を巻き込む「黒い影」は・・・確実に忍び寄っていた。
遠く「ドルバル共和国」の城の最上階の窓は開いていた。
石床にまで届きそうなプラチナブロンドの美しい少女が、窓から身を乗り出し「赤い群れ」
を心配げに見つめている。
「入るぞ」
ドアノックと共に入って来た青年。
こちらも少女と同じプラチナブロンドの髪だ。
ただ、少女より随分顔色が青白く、目が虚(うつ)ろだ。
「兄上・・・」
イヴは振り返った。
「あれは何です?私はルパルト王子と結婚が決まってるはず。よもや戦争など考えているの
ではないでしょうね?」
「状況は日々変わるのだ。婚礼は取り止めだ」
「兄上!あの魔法使いと魔女達に何と誑(たぶら)かされたのですか?お父様を殺した奴ら
ですよ?」
「うるさいっ!」
トルム王子が怒鳴った。
顔色は青白いのに、目は何かに憑(つ)かれたように血走っている。
「兄上・・・可哀そうな兄上・・・。オカシな呪(まじな)いを受けて・・・。兄上は戦争な
どを起こすような人ではないはず。昔の優しい兄上にどうか戻ってください。私を見て!
私の顔をまともに見てください!」
イヴがトルムの手を取り、自分に振り向かせようとした。
「離せっ!いいか・・・イブ!婚礼は取り止めだ!僕の権限だ。今や、僕がこの国の王な
のだからな!」
「・・・実権を握っているのは奴らの方じゃありませんか。あの『アリラン』とか言う魔法
使い・・・汚らわしい目をして・・・。お願いです!目を覚ましてください!兄上はアイツ
等に利用されているだけなのです!」
「・・・言うべき事は伝えた。僕はそろそろ祈りの時間だ」
「待ってください、兄上!いけません!あの祈りは・・・兄上っ!」
トルムは妹の悲願も聞かず、青白い顔のまま部屋から出て行った。
イヴは悲しい顔で、また赤い群れを見つめた。
空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き始めた。
ドルバル城の王座に鎮座してほくそ笑んでいる、ルシファーに魂を売った魔法使いアリラン
の呪いの歌のせいであろう。
その足元には間違い無くトルムがひれ伏している。
アリランは、空を動かす魔術を習得していた。
トルムは父王を殺された事も、この国が邪悪な魔法使いと魔女達に則(のっと)られようとし
ている事も、おかしな術に惑(まど)わされ分かっていない。
イヴは自分の部屋に閉じ込められたままだ。
「誰か・・・」
イヴは助けを求めるように、赤い鳥達飛ぶの更に「先」を強く見つめた。
その首には、ルパルトから贈られた緋色のペンダントが不思議な光を放っていた。
エンド