根岸宗一vs須藤威一郎、世界平和対決
ここは根岸宗一のアパート。
ひょんな事から根岸は「ロボ」事「須藤威一郎」と知り合い、今日はロボ、根岸の部屋に初めて招待されて居たりする。
「へぇ・・・じゃあキミはポップミュージシャン目指してんだぁ。凄いね」
ロボは根岸に入れて貰った「アプリコットティー」を飲みながら、部屋をキョロキョロ見回している。
アプリコットティーなんて飲み物は、実際生まれて初めて飲んだロボ。
これを美味しいと言うのかどうかの判断は、カップを逆さまにして全て飲み干しても分かるものでは無かった。
お茶受けとして出してくれた、どこかの駅地下で売っている有名な洋菓子屋のラスクなんかをバリバリ頬張るロボ。
自分の部屋とは180度違う、根岸の部屋・・・。
何だか女の子の部屋に遊びに来たみたいな可愛らしいモノでそこら中溢れていた。
何と言うか・・・妙に落ち着かない。
「うん。僕、歌で世界中の人を幸せにしたいなぁ〜・・・なぁ〜んて、ね♪」
根岸はサラサラした髪を震わせるように、体を少しクネクネして喋るのが特徴の男だ。
が、ロボはさしてそういう所は気にならないらしい。
「うっわ〜・・・分かるぅ〜、その感じぃ〜!そうだよね!世の中がみんな平和で幸せなら最高だよね。よぉーし、俺MAXパワーで
キミを応援するよ!頑張ってね!」
ロボは片方の腕を腰に置き、もう片方の手の親指を突き出して、彼独自のスタイルをビシッと決めた。
「何か改めて応援されるって・・・照れるよね♪あ、お茶のお代わり要る?」
「ううん。麦茶か何か無いかな・・・あ!ねぇ、ところでその写真誰?」
ロボは根岸が可愛がって育てているサボテンの横にある写真立てを指差した。
女の子が笑顔で写っている。
「あ、あの写真の女の子??可愛いでしょ〜?これは・・・僕の大好きな相川さん♪あ、後から好きにならないでよね?僕の方が先に
好きだったんだから」
「ならないよ。だって俺の知ってる一海ちゃんの方が百万倍綺麗だモン」
ロボは相変わらずラスクをバリバリ食べ進め、殆ど袋を空にして居た。
「・・・一海ちゃん?」
「そ!一美ちゃん!彼女は俺の憧れの天使って言うか〜・・・」
ロボは宙を見つめ、そこに「一海」を想い浮かべニタ〜ッと笑顔になった。
「『天使』って言葉は相川さんこそが似合うと思うけど?」
「違いますー!絶対一海ちゃんですー!」
「相川さんだよっ!」
と、突然激しい音色の着信音が鳴り響く。
根岸のケイタイが鳴っていた。
ロボはその音に少し違和感を感じた。
目の前の根岸には不釣り合いな風合いを持った激しい音楽だったからだ。
「ヘ〜ィ、根岸♪」
「うわっ・・・しゃ、社長っ・・・?」
根岸が声を上擦らせながら電話に出ると、電話の相手がさもここに居るような気分になり、よりキチンと座り直し、
緊張の面持ちになった。
ロボは「はは〜ん、彼がやってる音楽関係の社長からで、それで根岸君は緊張しているんだな」と推測した。
「今、お前ん家の前!」
「えっ!」
根岸は立ち上がってカーテンをシャッと開いて下を見下ろしてみると、社長がいつもの黒いミニスカート、黒の網タイツ、ヒールの
高いブーツでこっちを見上げ不敵な笑いを浮かべていた。
勿論咥えタバコである。
「お前の部屋に似合いそうなクレイジーなポスター持って来てやった。有り難いだろ?ちょっとデカイから下まで取りに来な。ここで待ってる」
「えぇっ!」
「何だよっ!文句あんのか!?まさかてめぇ・・・アタシが折角変えてやったお前の童貞臭いファッキンな部屋、元通りになんかに
してねぇだろうな?あぁ?」
「し、して・・・いえ、あの・・・」
根岸がシドロモドロになってソワソワした。
以前「悪魔」に破壊されたこの部屋は、今は跡形も無く元通りの「平和な姿」を取り戻して居たのだ。
ロボはと言うと、勝手に根岸のキッチンの冷蔵庫から牛乳を出して、その辺にあるコップに注いで飲み始めていた。
「とにかく早く下に降りて来い!制限時間5秒!はい、5・・・4・・・」
「わわわ!あの社長!僕その・・・今友達来てて、どっか下に置いておいてください。後で必ず取りに行きますから」
「はぁっ!?お前何様だ?早く取りに来るんだよっ!はい、3・・・2・・・・」
「わ、分かりましたよ!すぐ行きますっ!」
根岸は慌てて電話を切った。
「あ、あの・・・須藤君。僕、ちょっと下に・・・あの、しゃ、社長がどうしてもって・・・」
「いいよ。何か音楽掛けてもいい?」
「うん、そこから適当に何か聴いてて」
根岸は慌ただしく靴を履き、髪が乱れて無いかを玄関前の鏡で確認し、今まさに玄関のドアを開けようとした。
と、その時・・・。
「遅ぇんだよっ!」
蹴破るような形で勢く良く玄関ドアが開き、社長が咥えタバコでドアの前に立って居た。
「ったく・・・何やってもトロ臭い奴だぜ。んんっ!?」
社長の目が一瞬点になり、またもや靴を脱がずにズカズカ部屋に上がって来た。
「おぅ、ゴーッド!な〜んて事なの・・・アタシが丹精込めて折角変えてやった、デスメタルなインテリアを・・・。ナメてんのか、根岸っ!?
あぁっ!?」
「ナメてなんか・・・。でも、変えさせて頂きましたよ、勿論。だって、落ち着かないし・・・」
「この、腐れ外道がっ!」
ロボが「あっ」と口を上げる間に、社長の片足が空を綺麗な弧を描き振り上げられ、見事な延髄切りが根岸の後頭部にドカッと入った。
根岸は白目を向いて、床にピクピクと倒れた。
「ちょっとちょっと!そこのあなたっ!人に対していきなり延髄切りはないでしょっ!延髄切りは!」
ロボがプンプン怒りながら、社長に抗議しに向かって来た。
友人をノックアウトした人物を許せなかったのだ。
「誰だ、てめぇ?うわ、気持ち悪ぃっ!」
ロボはなぜか鼻血を流して居た。
「初めて会った人に対して『てめぇ』って事無いでしょーが!あ、ちなみに今、彼に蹴りを入れた時あなたの下着が若干チラッと・・・。
あの・・・その下着透けてますよ?」
社長は「それがどうした」と言わんばかりに、ロボに近付いて来て彼を上から下までジロジロと品定めした。
ロボは多少なりとも緊張し、社長の間近からの視線に耐えていた。
「チッ!こんなファッキン野郎と付き合ってっから、またお前の根性が生温くなってんだよっ、根岸!」
「ちょっと、あなた!?とにかくまずは靴を脱ぎなさいよ!人の家に・・・いや、日本の家は基本土足厳禁なのって知らないの〜?」
ロボは鼻血を拭う事もせず、人差し指を一本立てて社長に向かって日本人としてのモラルを垂れ始めた。
社長がそれを聞いて笑っている。
根岸は直感で危険を察知した。
・・・須藤君が危ない。
アワアワした顔で「あ、あの須藤君?それ以上はもう・・・」と二人の間に仲介に入った。
「何だ、てめぇ。アタシに向かってモラルを語ろうってのか?え?」
社長は勿論ロボなどには動じない。
ロボの5センチ前まで来て、煙草の煙を「ふぅ〜っ」と吐き出した。
ロボが咽ている。
「『てめぇ』なんて、女性がそんな言葉使っちゃダメでしょーがっ!いくら根岸君の音楽の社長だからってね、人として・・・
いや、女性として使って良い言葉と悪い言葉が・・・」
「あ、あの・・・・す、須藤君?ホント、それ以上はもう・・・」
根岸がオズオズと止めに入った。
が、遅かった。
「アヂーーーーーーーーーーッ!」
ロボが額を押さえひっくり返った。
「須藤君っ!」
根岸がロボに駆け寄った。
「な、何なんだ、この人っ!ひ、人の額に・・・た、タバコ・・・」
「うん、この人は僕が出してるCDのプロダクションの社長なんだけど、絶対に逆らえないって言うか・・・」
ロボが額を押さえ怒り心頭に吠え捲くる横で、根岸が説明を始める。
「こんな社長のトコで音楽出すのやめなよ、根岸君!他にも音楽事務所は沢山あるでしょー!」
「うん、そうなんだけど・・・」
「ヘィ、根岸!こんなファッキン野郎とツルん出る暇があったらさっさと新曲でも作りな!」
社長がポイッと大型ポスターの筒を根岸に放った。
「だからですね、社長。何度も言いますけど僕はああいう音楽じゃなくって・・・」
「ウルッセェっ!」
社長が黒のエナメルブーツでそこら中を蹴っ飛ばし、部屋を破壊し始めた。
「うわわ・・・何なの、この人?社長って言うよりむしろ悪魔じゃ無いのー?ねぇ、大丈夫なの、根岸君?警察呼ぼうか?あ、ニコがいい!」
ロボが携帯番号をプッシュし、ニコに連絡を取ろうとした。
が、それすらも社長に蹴り飛ばされた。
「ああーっ!くそ・・・こうなったら『MAX』の出番だ!」
ロボは根岸のベッドに置いおいた持参のMAXロボを掴み、社長に向かって「とぉーっ!」と攻撃した。
が、勿論、MAXさえも社長は蹴り飛ばした。
「あああああああああーーーーーーっ!MAXがーーーーーーー!!」
社長は「ひゃはははははは♪」とまた例の悪魔的な高笑いをして、テレビを破壊し、CDラックを粉々にし、持って居た口紅で壁に
卑猥な言葉を殴り書き始めた。
「ねぇ、根岸君?キミ、一体どんな音楽作ってるの?こんな社長の居るトコで作る音楽って一体・・・」
「いや、あの・・・」
ロボは社長の言動に慄(おのの)きながら、根岸に尋ねた。
根岸はモゴモゴしてなかなか言い出さない。
社長の動きがピタッと止まる。
「聴かせてやれよ、根岸。アンタの魂の歌を!」
「嫌ですよ!」
根岸は、DMCの活動なんかとてもじゃないけどロボに聴かせられないと思った。
自分がやりたい音楽じゃ無いモノを折角知り合いになったロボに聴かれるのは、誤解を生みかねない。
「ん、待てよ?確かアタシのIpodに入ってたな。ちょっと待ってろ・・・」
社長がその辺に放って置いた自分のバックを開け、機械を取り出し曲を探し始めた。
「探さなくっていいです、社長!須藤君に聴かせなくっていいですっ!」
根岸は内股になって、顔の前で両手をグーにし、必死に懇願して居る。
「え、俺聴きたい♪」
ロボは、社長が探してるシュッシュッと言う指の動きを見つめていた。
「あった!聴け・・・そして感じろ!コレがクラウザーだ!」
社長が長く黒く塗られた爪で画面をタッチした。
「え、クラウザー?」
ロボが首を捻る。
根岸は自分の両耳を押さえ、荒れ放題の床に身を突っ伏した。
と、突然・・・。
おそよ人間の声とは思えない「地獄の断末魔」の叫び声がロボの耳を劈(つんざ)き、社長が満足そうな顔で
新たな煙草を一本口に咥えた。
根岸の部屋は、一瞬にてDMCのライブ会場へ様変わりしてしまっている。
重低音の乱暴なベース音と、信じられない高速の早さで叩かれるドラムに合わせ、クラウザーの
「ギャーーーーーーーーーーーッ!」と言う叫び声から始まった音楽。
「俺は地獄のテロリ〜スト♪昨日母さん犯した〜ぜ!明日は父さん掘ってや〜れ〜♪」
・・・・・酷い歌詞だ。
社長が「ふぅっ」と満足そうに煙草の煙を吐き出した。
「DMCの記念すべきデビュー曲『SATUGAI』。何度聴いてもやっぱりアソコがビショビショになるわ。ゾクゾクする・・・」
社長が陶酔して居る。
「ア、アソコっ!?何なの、この曲?え、これ、歌なの?」
ロボは信じられない顔で、自分の横で蹲ってしまっている根岸の事を見下ろした。
「これ・・・キミの声?キミの歌?」
「・・・・・」
根岸は芋虫みたいに小さくなって耳を塞いで何も答えない。
ただ、ブンブンと首を振っているだけだ。
部屋中に・・・いや、アパート中にクラウザーの「SATUGAI、SATUGAIせよ!
SATUGAI、SATUGAIせよぉぉぉぉーーーー!!想い出を血に染めてやれ!」
と言うサビの部分が連呼されている。。
このけたたましさにアパートの住人から一人も抗議が来ないのが不思議だが、DMC信者がどういった輩か世間一般の
多くの人達は知っていた故、何も言いだせないで居るようだ。
ロボは傍らの根岸と、陶酔して居る社長と、DMCの破壊音とこの部屋のあり様を暫くジッと見つめ、やっと言葉を発した。
「そっか・・・これがキミの目指す世界平和なのか」
根岸は顔を上げ、「誤解だ!」と言わんばかりに頭をブンブン振った。
ロボはニコッと笑った。
「・・・ありがとう。色々キミの事知る事が出来た。あ、俺、そろそろ帰るよ。アプリコットティーとラスクご馳走様。あ、牛乳も・・・
じゃ!」
「あ、す、須藤く・・・」
ロボはMAXロボを小脇に抱え、器用にスキップしながら階段を下りて行った。
「放っておけ!お前に必要なのはあんなオタク野郎なんかじゃ無ぇ!そのポスター広げて見な!」
根岸はロボを追い掛ける事も出来ず、言われるまま社長が持参して来たポスターを広げた。
「な、何なんですかー、コレっ!え・・・っ」
猿轡(さるぐつわ)した太った男をのケツを鞭で叩く「女王様」のポスターだった。
「いいだろ?その辺に貼っておけ!新曲のイメージが沸くかも知れない・・・」
「こんなの貼りたくないですよー!僕の部屋はオシャレ系に纏めて・・・」
「ふ〜ん・・・お前、ホンット学習しねぇな、え、根岸?」
「な、何を、ですか・・・?」
「ヘイ、そのドア開けな!」
社長が玄関ドアを根岸に開けさせた。
根岸は思い当たる節があり、何だか嫌な予感が走った。
案の定、見覚えのある犬が二匹部屋に上がって来た。
「わぁっ!またグリとグラが〜・・・っ」
「ひゃははははははははは♪」
社長と犬達が根岸の部屋を本格的に滅多くたに破壊し始めた。
前回の比じゃない。
「お願いです、社長!やめてくださいよー!やっと元通りにしたのにー!」
「そしたらまたぶっ壊しに来るまでさ!何度だってな!ひゃははははははははは♪」
「やめてぇぇーーーーーっ!」
根岸の情けない叫び声がアパート中に響き渡った。
その頃、道を歩いて居たロボは・・・。
「大変だなぁ、アイツ。けど、やっぱ地球の平和を救うのはMAXしかいないって事がこれで分かった。
ダダダダダン、MA――――AAAAXっ♪強いぜ〜、強いぜ〜、無敵だぜ〜♪」
根岸は根岸の・・・そして自分は自分の信じるモノで世界平和を誓うロボであった。
勿論その後、ロボはたまたま通り過ぎたCDショップで、DMCの新曲がガンガン流れているのを聴いた。
「頑張ってるなぁ、根岸君。よぉ〜し!俺もやるぞぉー!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」と無意味な雄叫びを上げながら、ロボは今日も忙しく街を駆け巡っていた。
END