4、グランプリ

 


「えっと・・・松山君?キミ、今日の主旨はちゃんと伝わってたよね?」


わいが青森県下北出身の下北訛りなので標準語が聞き取れないとでも思って居るのだろうか?

審査員の一人が、かなりゆっくりわいにそう尋ねて来た。


・・・ちょっと失礼じゃないか?

わいは日本人だ!



「知っでますた。こいがわいの水着です。わい泳げねので、水着ば持っでねんです」

わいが精一杯の標準語でそう返事すると、辺りからクスクスと笑い声が起こった。

わいはクニュっとした自分の唇を更にクニュッとさせて俯いてしまった。


・・・だから喋るのは嫌なんだ。

いや、喋るのが嫌なんじゃ無い。

ここで喋るのが嫌なだけだ。

わいは友達となら、「ケン!いっぐら加減電話さ切れ!」とあっちゃに叱られるまで何時間でもお喋りしてる。

両親は「研一」と「ケン」と時々使い分けてわいを呼んでいた。



「・・・ひょっとして、青森では水泳の時間は無いとか?」

「あっけど・・・ありますけど、わいはそれ不参加で・・・」

またあちこちでクスクス笑い声が上がる。



くそ・・・何だか段々腹が立って来た。

青森馬鹿にすんなよ!

水泳の時間くらいあるぞ!

当たり前だろ!

北極か南極と勘違いしてんじゃないのか?



「そうなんだ。ま、仕方ない。水着が好ましかったんだけど・・・。じゃ、もう一回だけステージを一回りしてくれるかな?」

「・・・はい」

わいは殆どヤル気の無い歩き方でのらりくらりとステージを歩き、いつも以上の仏頂面で控室に戻った。

 




全ての審査が終わった。


・・・落ちた。

完璧落ちた。

間違い無く落ちた。

もれなく落ちた。

あれで落ちなかったら嘘だ。



楽しそうだと手を出したオーディションだったけど、最終審査はとにかく散々だった。

けど・・・。

ステージをもう一度歩き回った時はやけに会場全体が良く見渡せた。

ある意味「緊張」が無くなったからだ。

腹が立っていたから、そっちの気持ちの方が強かったせいだろう。

審査員に女性が多数居た事もこの時初めて知った。

それはそうだ。

このオーディションは「女性が選ぶナンチャラ」って審査だ。

ま・・・わいが受かる筈も無い。

わいなんかよりもっと都会的でカッコイイ男は沢山居たし、みんなハキハキして始終笑顔で・・・。

良い想い出になったと思えばそれでいい。

けど、オーディションを勧めてくれたあっちゃには申し訳なく思う・・・。

ごめん、あっちゃ。

 





約一時間が過ぎた頃、一同がまた一斉にステージ上に呼ばれた。

いよいよグランプリが発表される。

わいにさっき話しかけてくれた山岸君は、わいの隣の男の更に隣に立って居た。

何となくステージ上で目が合うと、彼はニコッと笑顔をわいに返してくれた。


イイ人だな、こん人・・・。

こん人が選ばれたら、わいは絶対ファンになろう。

で、クラスの仲間に自慢しよう。




「みなさん、お疲れ様でした。数回に渡り二万人居たメンバーは今やキミ達だけになりました。

ここに立っているだけで既に凄い事だと、まずは自分で自分を褒めてやって欲しいです。

さて、いよいよグランプリを発表しますが、発表の前に最後一つだけキミ達全員に質問があります。

キミ達はグランプリには一体誰が選ばれると思いますか?右のキミから答えて」


「・・・へ?」


ステージに居るわい達はザワザワと動揺した。

何の冗談だろう、これは?

どういう答えをすればいいんだ?

その答えは、この後発表されるグランプリに何かしら影響があるのだろうか?



エントリーナンバー1番の札を胸に付けた茶髪の男は、暫く考えてから「自分だと思います」と答えた。

うん、アイツならそう言うだろうな。

いつも自信満々だったし。

トイレで何度かカチ遭った時も、彼は自分の方がこっちに通路を譲る事は一度も無かった。

二番目の奴もやはり「自分だ」と答えた。

その後、エントリーされた人間はみんな一様に「自分だ」と答えた。


この質問・・・全く意味が無いんじゃないのか?

そりゃそうだ・・・みんな「自分だ」と言うに決まってる。

ここに残ってるのはみんな自分に自信がある奴ばかりだ・・・わいを除いて。

ギターが巧くて控室でずっと弾いてた奴、ゲームが得意で待ってる間にどんどんレベルをクリアーしていく奴、勉強が出来る奴、

オシャレのセンスが凄い奴・・・・・。

わいには何も無い。


ところが・・・。




「僕は松山君だと思います」

山岸君はなぜかわいの名前を出した。

審査員もエントリーされた人間も一斉にわいを注目した。

わいは何だか恥ずかしくなって、また俯いてしまった。

が、山岸君は自信満々な笑顔でわいに向かって親指を立てる。


・・・う、益々恥ずかしい。


山岸君の次の男は「僕は自分だと思う」と答えた。

ヤバい・・・次はわいの番だ。


「じゃ、松山君?キミは誰だと思う?」

「・・・・・」

わいはまだ顔を上げなかった・・・いや、「上げられなかった」と言う方が正解だ。

だって、わいは指名されるような・・・人に誇れるようなアピールは今まで何もしてこなかった。

なのに、名前を呼ばれた。

それが気恥ずかしいし、己の自信の無さがここで大きくわい自身に降り掛かって来た。




何も持たない癖に、どうしてこの場に立って居られたのだろう?

何でのこのことオーディションに出て来たのだろう?

どうして・・・今まで残っているのだろう?

審査員側に向けた頭の旋毛(つむじ)の所に一斉に視線を浴びてる気がする。




「ほら、下を向かない!こっちを見る!」


しまいには、女性審査員に注意される。


・・・恥ずかし過ぎる。

こんな所で目立ちたくない。


わいは伏し目がちに前を向いた。

その時・・・審査員席のどこからか一斉に溜息のようなモノが聞こえた気がした。

・・・落胆の溜息だろうか?



「さぁ、キミは誰だと思う?」

「わ、わいは、僕は・・・」

声が上擦った。

また会場から笑い声が起きる。



くそ・・・。



わいは下は向くのを止めた。

だって・・・恥ずかしがるようなモノを自分はある意味何も持って居ないと気付いたからだ。

「恥ずかしい」なんて言う気持ちは、単なる自分側の気持ちだ。

わいがここで落選すれば、誰も明日わいの事を見向きもしないし名前だって顔だってすぐ忘れる。

仕方ねぇべさ、こいがわいだ。

下北を・・・訛りを恥じるのは止めだ。

故郷は確かに何も無い所だ・・・けど、とっても良い所だ。

自然が多いし、人が良い。

飯は美味いし、景色が綺麗だ。

わいはまだ未成年だから飲めないが、酒だって美味いと有名だ。

わいは故郷を自慢出来る。

わいは青森県民・・・松山研一だ!

文句あるかっ!



わいは笑い声を無視して言った。

「ぼ・・・わいは山岸君だと思います」

 






その後、何がどうなってどう動き出したのか・・・殆ど覚えて居ない。

わいの次にもう一人エントリーしてる男が居たが、彼がどう答えたのか聞き逃してしまった。

けど、気付くとわいは沢山のカメラの前に一人っきりで突っ立って居て、「こっちを向いて」だの「もう少し笑って」だの・・・

そんな風に言われながらフラッシュの中に居た。







審査員の女性がわいの耳元で囁いた。

「キミ、今日髪型前回と違ってたわね、松山君。下を向いてたキミが顔を上げた時・・・・・気付いた?」

「え?」

「女性審査員、みんなあなたに魅了されちゃったのよ?勿論、私も♪」

「・・・・・え?」


ボーっとして突っ立って居た中、ただ分かったのは・・・。

わいがグランプリを取ったと言う事だった。




(次へ続く)