第一話「我ら、『虹色戦隊オーロラ5★』」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
「起立!礼!」
帰りの挨拶が終わった途端に、猛ダッシュで廊下を疾走していく少年。
「池照家」の五男、「池照ダニエル」・・・十五歳。
こんな名前でも・・・彼はレッキとした純日本人である。
「あ、ダァ〜ン!?今日、掃除当番・・・」
クラスメイト女子が、言った傍から「やれやれ」と肩を竦(すく)めた。
ダニエルの姿はもうそこになかったのだ。
それでも特にその女の子は怒ってはいなかった。
池照ダニエルは、中等科の女生徒達からとても人気があったのだ。
陸上部に所属し、そこのキャプテンを務めているダニエル。
その成績は、関東大会でも常にトップクラスだったし、加えて「明るく元気」・・・人気
がない訳がない。
その彼の走った跡は、女の子の制服のスカートを撒き上げて悲鳴を上げさせ、それを目撃
した男子生徒からは歓喜の雄叫びが上がり、掲示板に貼ってある「お知らせ」の紙が剥(
は)がれたり・・・と、様々な「足跡」を残す。
彼は、生きた「人間ハリケーン」だった。
その「ハリケーン」は・・・いや、ダニエルは息切って、年中故障中になったまま直され
ない、二階男子トイレのドアをこじ開けると、やおら制服を脱ぎ始めた。
昔、自分の双子の兄が在籍中に壊したままの状態になっているこのトイレ・・・。
決して金のない学園ではなかったのに、なぜか理事長が修復金を出さなかった。
「怒ってるだろうな、トム・・・」
ダニエルは焦っているので、巧くワイシャツボタンは外れないし、靴下一つ脱ぐのも苦労
している。
グンゼの白のブリーフ姿になったダニエルは、かなり大き目のスポーツバックの中から、
相当派手な「赤いツナギの衣装」を出すと、生意気にも薄っすらすね毛が生え始めた足を
順番にそれに通し、「衣装」を装着し始めた。
その衣服は全身「赤」尽くめで、マフラーと手袋とブーツが「白」・・・胸のワンポイン
トは「星マーク」で、そこは「黄色」・・・とにかく派手だ。
「靴がちょっと合わなくなってきてるんだよな、コレ・・・キツイや・・・」
そう!
ダニエルは今、「戦闘服」に着替えているのだ。
彼は、地球を守る正義の味方、「虹色戦隊オーロラ5★」のメンバーの一人だった。
残念ながら、「スーパーマン」のように一瞬にして着替えを済ませる・・・なんて特殊な
能力を持ち合わせていないダニエルは、戦いの「指令」が下る度、こうしてトイレでモゾ
モゾと着替えなくてはならない。
何人たりにも、自分の正体を知られてしまってはならないのだ。
成長期の足に強引に小さめのブーツを履くと、トイレの窓をガラッと開け、そして二階か
ら身を乗り出し、バックを抱えたまま・・・飛んだっ!
ジィィィィ〜〜〜〜ン
足の裏に、ビリビリした痛みとも痺(しび)れとも付かない衝撃に耐え、ダニエルは学校の校門に急い
だ。
「遅いっ!」
トムがイライラしながら、バイクのエンジンをブォンブォンと空吹かしている。
地球のオゾン層破壊の原因の0.000000001くらいは、トムの吹かす、バイクの
無駄な排気ガスが原因だろう・・・間違いない。
「地球の明日より己の明日」を大事にする、池照家の三男・・・「トム」十九歳。
トムはダニエルの通う学園の、大学部に通っている。
高校生活で、アレだけ無断欠席や悪行の数々を起こしたにも係わらず、今年の春に無事に
「大学一年生」として進級出来たトム。
トムはブラックのヘルメットをまるで帽子のように粋に被り、プカプカとタバコを吸っていた
(トムはイケナイ事に、高校時代から隠れてタバコを吸っていた)。
トムの衣装(戦闘服)は全身「黒」尽くめで、ダニエルと一緒の白い手袋とマフラーとブー
ツ、そして胸には「ダイヤのマーク」が黄色で入っている。
シックな装いが、非常に「彼」らしかった。
「お前ね・・・『時間厳守』って、アレほど言っただろ!?」
「仕方なかったんだよ・・・小林のせいで、帰りのホームルームが遅れたんだ・・・」
「また小林かよ・・・」
どうやら毎回「小林」のせいで、ダニエルは「時間厳守」に遅れていた。
トムはチッと舌打ちすると、「早く乗れ」と言って自分のバイクの横に着いている「二つある
サイドカーの一つ」を顎(あご)で杓(しゃく)った。
バイクに装着されているサイドカーのもう片方には、既にルパートがちょこんと乗って、
遅れて来た弟に手を振っている。
ルパートは高等部に通う二年生・・・十七歳だ。
こちらは全身「ピンク」尽くめで、胸には「ハートマーク」が黄色で入ってる戦闘服に身
を包んでいた。
「ルパート!今日もピンクがとっても良く似合ってるよ♪」
二人の間にいるトムを通り越して、ダニエルがルパートに話し掛けた。
「ダンも赤がカッコいいよ♪」
「え〜・・・?えへへ・・・そう思う〜?」
ダニエルはテレた・・・メットの上から、意味なく頭を掻いている。
ダニエルはすぐ上の兄・ルパートが大好きなのだ。
どういう風に好きかと言うと・・・それは、今は言うべき事ではない。
「じゃあ、行くぞ、お前ら。しっかり掴ってろよ。スピード出すからな」
トムはタバコの吸殻を携帯灰皿に捨てると(「こんなトコ」だけ地球に優しいのではない
。携帯灰皿が「オシャレ」だからそうしているに過ぎない)、サイドの二人に言った。
灰皿がパンパンに膨れ上がっていた・・・何本も吸っていたのだろう。
相当イラ立っているようだ。
「トムは毎回スピード出すじゃないか」
ダニエルは自分の持ち物を抱え込むようにして、サイドカーの中に納まった。
「時間に遅れると、双子がウルセーからだよ!」
トムは、まるでウィリーになりそうなほど(サイドカーでソレをやるのは、ある意味、かなり器
用だ)ブォォォ〜ンとエンジンを吹かし、一気にバイクを加速させた。
そろそろオイル交換しないとイケナイような、黒っぽい煙を煙を撒き散らして・・・。
静かだ・・・。
緩やかな風が、砂地を若干撒き上げる。
池照家の長男次男の「オリバー」と「ジェームズ」の双子(22歳)は、快晴の青空の下、
目をギラ付かせ、真正面を向いて「オカシなポーズ」を決めていた。
いや、決してフザケているのではない。
戦闘前の大事な「キメポーズ」だった。
しかし、今は「メンバー三人」が不在の為、若干キマリきっていなかった。
そして、その真向かい・・・世界制服を企む悪の一味、「ヴォルデモート」の部下・・・不
健康極まりない土気色の顔色(毎回会う度にどんどん酷い色になっていく。相当悩みがあ
るのか、はたまた健康に問題があるのか・・・)に、かなりネットリとした、ベタ付いた
脂性の長めの髪、そして高く細い鉤鼻の「スネイプ閣下」と、人間と言う生き物を全く知
らない神が「遊び心」で人を創ると、こうなるのではないか・・・と言う歪(いびつ)な顔
付きの「マッド・アイ・ムーディ男爵」も、オリバーとジェームズの二人の視線に対抗す
べく、ヒタとも動かさずに「オカシなポーズ」を決めたまま、立ちはだかっていた。
ある意味、この二人のポーズは相当にオカシイ。
有名な、往年香港俳優の「パクリ」みたいな戦闘ポーズだ。
ここは町の、とある小さな普通の公園・・・。
そこの「砂場」をサイドから挟んで、二組は互いに睨み合っていた。
辺りには数人、小学生低学年辺りの女の子や男の子がブランコや滑り台を滑りながら、不
思議そうな緊張感ゼロの顔付きで、その様子を見つめている。
たまに小さい子が砂場に入って来ようとすると、スネイプ閣下が顔に似合わない優しさを
見せ、「危ないからねぇ〜・・・向こう行っててねぇ〜」と手を引いて、ブランコまで誘
導したりしていた。
そこへ、遠くの方からバイクのエンジン音が響いてきた。
若干エンジンの様子がおかしい・・・間違いなくトムのバイク音だ。
「悪い・・・」
トムはバイクを滑り台の脇に停め、サイドカーの二人に発破を掛けて急いで降ろし、双子
に合流させた。
「遅っせぇーんだよ、お前ら!見ろ!悪の方々も、この暑い中一緒に待っててくださっ
たんだぞ!」
ジェームズが吼(ほ)えた。
ジェームズは、ブルーのヘルメットを被っているので顔色は分からないが、相手の悪二人
の額からは、ダラダラとモウレツな勢いで汗が流れている。
九月に入ったとは言え、まだまだ残暑が続いている日本列島だ。
スネイプ閣下の土気色の顔は、暑さにより更に顔色を悪くしていた・・・リアルに「ゾン
ビ色」だ。
「仕方ねぇだろ!ダニエルが時間通りに集合しなかったんだ!」
トムは自分に非が無い事を証明しようと、弟を指差した。
「違うよ!だって、小林がさぁ〜・・・」
ダニエルもすぐに、決して自分のせいではない「正当性ある理由」を説明し始めた。
ダニエルとトムは兄弟の中で一番、会話の中に「だって」とか「でも」が多い。
「話は後から聞く!とにかく早く『立ち位置』に着け!悪のみなさんを、これ以上待たせ
るな!気の毒だろ!俺達が倒す前に死んじまうぞ!?」
全身グリーンなオリバーが、ダニエルとルパートを位置付けた。
ダニエルは自分の説明が途中になってしまったので、かなり不服そうだ・・・ブツブツ言
っている。
そんな弟を、双子の兄は無言の「メッ!」と言う威嚇の視線で封じた。
「あ〜・・・スイマセン。長い事お待たせしました。ではかなり予定時間より『オシ』ました
が、戦い・・・始めましょうか?」
オリバーは、コホンと軽く咳払いをして、悪の二人に謝った。
数人、砂場の脇で「体育座り」して見学していた子供達が、やっと何か始まる予感がして、ご丁寧に
もパラパラと拍手した。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、風が呼ぶ!悪を倒せと俺を呼ぶ!やって来ました、やって
来た!我ら、『虹色戦隊オーロラ5★』!!」
全員で同じセリフを叫んだ。
見物客の子供達が呆気に取られた顔をしている・・・明らかに「付いて来て」いない。
中には、いきなりの五人の大声にビクッと驚いて、「お母さぁ〜ん」と言って、公園か
ら逃げ出してしまった子供もいた。
砂場の脇の子供達は、二つのタイプに分かれた。
「オカシなもの」でも見るように立ち上がり、ヒソヒソ話をしながら公園から出て行って
しまった「早熟」な女の子達と、「戦闘モノ好き」が講じて、突如地元で始ったこの「イ
ベント」を囃(はや)し立て、歓声を上げたりしている男の子達。
公園にはまた風が吹き、砂埃が舞い上がった。
蝉の連弾のような合唱音が、ジリジリと暑い園内に響き渡っている。
「オーラロ・レッド!」
ダニエルが少しテレ気味に最初に声を張り上げ、ビシッと格好良くポーズを決めた。
最初に声を上げたからと言って、別段、彼がこのグループのリーダーと言う訳ではない。
ただ、彼は「赤」を着ていたので、往年のヒーローモノの例に習い、最初に自己紹介をす
る役割を得ているだけだ。
ノッケから自己紹介に失敗したダニエルが、パコンッと誰かに後頭部を叩かれた。
「いきなり、自分のキメ台詞噛んでんじゃねぇよ!」
兄弟みんなに前後左右・・・そして、上下からもボコボコに殴られたダニエル。
ダニエルは切羽詰ったりアセッたり、気分的に何か圧迫を感じると、台詞や言葉を極度に
ドモッたり噛んだりしてしまう癖があった。
野球で言うならば・・・「1番バッターが一番向かない男」と言えるだろう。
「痛ったいなぁ〜・・・今、誰か二回多く殴っただろ!」
頭を押さえながらダニエルは兄達を見回した。
「知らねぇよ!早く決めろよ!後、詰まってんだぞ!」
ジェームズが睨みを利かせて言った。
「耳元で怒鳴るなよ、もう!あ〜・・・『オーロラ・レッド』!」
ダニエルは少し不貞腐れ気味に、もう一度ポーズを決め直した。
何度言っても、人一倍声が大きい。
「オーロラ・ブルー!」
ジェームズが、ダニエルに続いてポーズを決めた。
「オーロラ・グリーン!」
オリバーが、更に続いてポーズを決めた。
「オーロラ・ブラック!」
トムもポーズ決めた。
「オローラ・ピンク!」
ルパートがポーズを決めた・・・が、やはり後頭部をパコンッと誰かに叩かれた。
「ダニエルに連られて、お前まで噛んでんじゃねぇよ!」
今度は四男のルパートがみんなに餌食になった。
「痛いなぁ、んもぅ!・・・『オーロラ・ピンク』!」
ルパートは「ピンクのメット」の頭を撫でながら、渋々とポーズを決めた。
何ともお粗末な「キメポーズ」になってしまった、「虹色戦隊オーロラ5★」のメンバー
・・・。
悪の二人は額から流れ落ちる汗を拭き取りもしないで、ただジッとそんな五人を見つめたままだ・・・
おそらく、呆れているか気の毒に思っているかのどちらかだろう。
「それにお前はイマイチ声が小さいんだよ、ルパート。そんなんだから、誰にでもナメら
れるんだ」
トムが、更にルパートにダメ出しした・・・それにより、ルパートが益々凹んだ。
昨日も何やら学校で、クラスの女性徒達からの集団暴行(フザケてズボンを脱がされたり
、体育着をブルマに換えられたり、無理やり髪にリボンを付けられてリップを塗られたり)
をされ、少し涙目で家に帰って来たばかりだったルパート。
ルパートはそんな訳で、「女の子=恐い」・・・からか、女性恐怖症な所があった。
年頃の女の子が苦手だった。
ルパートは日頃、女の子達の「良いカモ」にされていたのだ。
悪の二人は、相変らず黙ってそんな彼らを見ていた。
公園の木々の中からは、蝉のけたたましいジージーと言う「最期」の鳴き声が、始終鳴り
響いている・・・本当にうるさいくらいの「夏の残した風物詩」だ。
そんな中スネイプ閣下は、自分の頬に止まった蚊をペチンと潰す(逃げられた)と・・・や
おら重そうに口を開いた。
暫く口を閉じたままだったので、上唇と下唇が乾いてしまって一瞬剥がれなかった。
「あ〜・・・折角全員揃った所申し訳ないんですが、そのぅ〜・・・我々の方に少々時間
が無くなってしまったようです」
「え・・・?」
みんながポーズをキメたまま、聞き返した。
スネイプ閣下が公園に設置されてある時計を気にしている。
「マッド・アイ男爵・・・君はどうするかね?そろそろ・・・」
「俺も帰ろう・・・。そろそろ、『あの方』の犬の散歩の時間になる」
あの方・・・言わずも知れた「ヴォルデモート卿」の事だ。
スネイプは「ヴォルデモート邸」に置いて炊事係りだったので、どうやら夕飯の買い物に
行かなければいけないようだった。
一方、マッド・アイは庭番だった。
なぜ、炊事係りや庭番が「閣下」や「男爵」などと呼ばれているかは、謎である。
ヴォルデモート卿にはこの他、「マルフォイ参謀」と言う執事役の手下もいる。
悪の一段とは・・・何と、たったの四人ぽっちだったのだ。
スネイプとマッド・アイの二人は、「また、改めて日時を知らせます」と丁寧な言葉を残
し、公園の脇に停めて置いた車(地球に優しいエコ・カー)で、その場を立ち去った。
去る時に「『タイムサービス』の時間に間に合うか心配だ」とか、「『ヤオハチ』さん、
まだ目玉の白菜あるかな・・・」などと言う、スネイプがブツブツ言う声が聞こえた。
ポーズを決めたままの「正義の味方、五人衆」・・・。
いつの間にか見学の子供達も居なくなっていた・・・侘しい・・・。
「・・・お前らのせいだ」
オリバーが言った。
「悪のみなさんにも、色々予定ってものがあるんだぜ?」
今度はジェームズだ。
双子が代わる代わるに、ダニエルを突っ突いた。
「だってさ、小林がさぁ〜・・・」
「その『小林』・・・校長(ダンブルドア)に言って、隣のクラスにして貰えよ」
ダニエルの言い訳に、ジェームズが引導を渡した。
「僕、お腹減った・・・」
ルパートが膝を抱え、ペタンと砂場にしゃがみ込んだ。
こんな可愛い行動をする彼は、レッキとした17歳だ。
みんなもアホらしくなってポーズを取るのをやめた。
「・・・じゃあ、どうする?帰るか、うちらも?」
オリバーは「やれやれ」だった。
「正義と悪」・・・と言っても、正式に戦いらしい戦いなどした事がない二組。
大体、何でこんな戦いが始っていたのかさえも、実際は良く分かっていない兄弟達だ。
両方共、本当に地球を守る気があるのか征服する気があるのか、分からない集団だった。
単なる「コスプレ好き」が、たまに会って「交流を深めている」くらいにしか見えない。
時計は、きっかり夕方六時になっていた。
丁度、「夕焼け小焼け」の音楽が辺りに流れ始めた所だった。
空は綺麗なピンク掛かったオレンジ色に変わっており、家路に急ぐカラスが鳴いている。
「じゃあ、トム!俺達、先に帰ってメシ作ったり、風呂沸かしたりしておくからさ、お前
、買い物頼むわ」
ジェームズが言った。
通りで、彼の「ツナギのズボン」の後ろポケットがやけに膨れていると思ったら、そこに
「池照家の財布」が入っていた。
それを取り出し、千円札を何枚か抜いていくジェームズ。
数える時、一回一回指をペロッと舌で濡らすトコなど、ちょっとジジ臭い。
「えぇ〜〜〜っ!?また俺かよ・・・」
トムは文句タラタラだ。
「ダニエルとルパに頼むと、『余計なモノ』まで買って来るからだ。味噌とネギ・・・あ
、明日の朝用の納豆と豆腐、それに・・・」
「なぁ、せめてさ・・・『フランスパン』とか買わせてくれよ。それなら荷台に積んでも
、多少オシャレだし・・・」
「誰が食うんだよ、『フランスパン』なんて・・・」
オリバーが聞いた。
「俺が食う」
トムが答えた。
「嘘付くな。朝飯なんか大して食わないくせに。あー、大事なもの忘れてた!米だ!米
!米がなくなってた!」
オリバーが慌てると、尽かさずジェームズが「そりゃあヤバイよ」と相槌(あいづち)を打
った。
育ち盛りの男所帯の池照家に置いて、米はもっとも大切な主食だ。
「・・・また、究極にダセーモノを・・・。
トムがチッと舌打ちした。
「あーっ!お米を『ダサい』なんて・・・それでも日本人か!」
ダニエルが入って来て、メンドーな事になって来た。
「そうだね!トムは『タカトシ』だ!」
ルパートも参加してきた。
みんなが、ルパートの言った事を暫し考えた。
「あ〜・・・『欧米化』ね・・・」
「ったく・・・『いつもの奴』でいいんだろ?」
トムはブツブツ言いながらも、ジェームズから金を受け取り、ポケットに閉まった。
実際、「いつもの」で通じるくらいトムは頻繁に買い物に行かされていたのだ。
「そ!分かってんじゃん。じゃ、頼むぜ」
明るく言うジェームズの横でダニエルは、まだトムを「非国民」を見るような冷たい目で
見つめていた。
ジェームズはトムをヨシヨシとガキ扱いし、ブラックのヘルメットを撫でた。
トムはそれにムカついて、ジェームズを殴ろうとした。
ジェームズは笑いながらその攻撃から逃れると、さっさと自分のオンボロバイクに乗り、
オリバーと共に、先に帰ってしまった。
公園には、トム、ダニエル、ルパートの三人だけになった。
「ほら乗れ、チビ共!買い物行くぞ!」
トムは悪態を付きながらも、ちゃんとダニエルとルパートの面倒はみる。
「面倒をみる」と言うのは、少々おかしい表現かも知れない。
トムは大学一年生だったし、ルパートは高校二年生、ダニエルも中学三年生だった。
ダニエルとルパートの二人は、「戦い」がなくなり今度は単なるドライブだったので、嬉しそ
うにバイクの両サイドに入り込んだ。
二人は戦う事があまり好きではなかった。
出来れば「正義も悪」もなく、みんなで仲良くしていたかったのだ。
「あ、トム!長谷川さん家の前は、この時間通らないでね」
ルパートが言った。
「ん?どうしてだ?」
「この時間、あの家の前、いつも僕に吼える犬がいるんだ」
「犬なんかに舐められてんのかよ・・・」
「昔から僕にだけ吼えるんだよ、あの犬・・・凄く恐い犬なんだ・・・」
「『ゴン太』の事?」
ダニエルが向こう側から話に加わってきた。
「うん、そう」
「『ゴン太』だか『ゴン蔵』だか知らねぇけど、犬如きにビビんなよ。まぁ、分かったよ
。通んねぇよ、そこ。おい、ちゃんと腕は中に入れて掴ってろ。振り落とされても知らね
ぇぞ?暑くてもメットは取るな。警察に点数引かれるのは俺なんだからな」
トムから色々注意事項を言い渡され、少しうるさく思っているダニエルとルパート。
以前、免停を食らった時、トムは「ママチャリ」で戦い現場に向かった事があった。
ダニエルとルパートに至っては、走って「戦い」に合流した。
あの時の恥ずかしさったら・・・思い出すだけでも嫌だったトム。
トムは、「カッコ悪い自分」が大嫌いな男だったのだ・・・常に「クール」を求めていた。
トムは、二人をサイドカーに「きちんと」乗せると、ブォォォォ〜ンとまたエンジンを
吹かし、黒っぽい煙を撒き散らしながらバイクを発進させた。
「たっだいまぁ〜♪」
ダニエルとルパートは自分の家の玄関前に着くと、大きな声で双子の兄に挨拶した。
「お〜、ご苦労!」
ジェームズは上半身裸にジーンズを膝まで捲くって、庭のひまわりと朝顔に水をやってい
る所だった。
この家の垣根には、両親の時代からの何かのツタが絡み合い、鬱そうと家の周りを覆って
いた。
それを綺麗にカットして「ガーデニング」として楽しみ出したのは、双子のオリバーとジ
ェームズだった。
「あ、『かあさん』達に餌やってくれ、ダニエル」
ジェームズは尽かさず、帰って来たばかりのダニエルを使った。
「うん、いいよ」
ダニエルは手伝いに対して、あまり「え〜っ!?」と悪態を付かない。
基本的に「良い子なダニエル」なのだ。
それでも双子の兄が、なるべく三男トムを使うのには訳がある。
ダニエルにあまり難しい事やお金絡みの手伝いをさせると、「ルパートの為に」と言って
、お菓子を買ったり、無駄使いが多くなるのだ。
ダニエルは、すぐ上の兄「ルパート」の事が大好きだった。
自分の事より何より、「ルパートの為」を考えるダニエル・・・兄達の悩みの一つでもあ
る。
トムには、ダニエルのような事は絶対にない。
「必要なもの」しか絶対に買って来ないトムにだからこそ、双子はトムに買い物を頼むの
だった。
ダニエルは自分の持っていた買い物袋を、やっと今頃サイドカーから降りてきた少しグズ
なルパートに持たせると、庭の脇に建っている小さい小屋の中から「ニワトリ用の餌」を
出し、彼らの飼っているニワトリ三羽・・・「かあさん」「おくさん」「よめさん」に、
与えてやった。
三羽の命名はオリバーだった。
トムは、庭の端っこ・・・納屋になっている餌用とは別の小屋に、自分のバイクをしまい
に行っている。
「ルパート!その袋、台所に持って行け。オリバーいるから」
「うん」
ジェームズに支持され、ルパートは米など入った少々重たい袋をヨタヨタと台所へ運んだ。
「おかえり、ルパート。そこに置いてくれ」
オリバーは「てんぷら」を揚げている最中で、ルパートを振り返らずに言った。
足音だけで、「ルパートだ」と判断したのだ・・・流石に兄だ。
オリバーは頭にはタオルを巻いて、「オッサンスタイル」で、てんぷら油と格闘している・・・何と
も勇ましい。
「汗掻いただろ、ルパート?風呂沸いてるから、先、入っちゃえよ」
「うん」
ルパートはチラッと、今日の夜の献立を確認するように、既に出来上がりつつある「てん
ぷら」の入った大皿と、「枝豆」・・・それに、「とうもろこし」が茹っているのを確認
しながら、生返事をした。
ニンマリしているのは、「とうもろこし」があったからだ。
ルパートは、とうもろこしの茹でたのが好きだったのだ。
トムも、ドカドカとうるさい音を立てながら台所に入って来て、既に茹で上がっていた「
枝豆」を、ルパートの目の前でヒョイと一つ失敬した。
「トム、お前手洗ったのか?」
オリバーが横目で睨んだ。
「いいじゃん、自分で食ってんだし」
そう言って、少し多めに手の平に取り、冷蔵庫から早速ビール(発泡酒)を出したトム。
トムの衣装は「黒」だったので、ちょっとしたライダースーツのようにも見える。
兄弟の中ではある意味、「一番まともそうに見える衣装」だった。
「おい!一人で寛(くつろ)ぐな。手が空いてるんだったら、ネギ刻め!」
オリバーに怒られるトム。
ルパートはその様子をジッと見ていた。
「いいじゃねぇか・・・俺は買い物して来たんだしよ。オリバーも飲めば?」
トムは既に、発泡酒を美味そうに飲んでいる。
「俺は今、油と格闘中!ほら、ルパート、お前は早く風呂に入って来ちゃえよ」
オリバーがグズなルパートを急かした。
「『しーちゃん』に餌上げてなかったから、僕、上げてから入る!」
トムの変わりに、ルパートの方が流しに手を突っ込んで手を洗い始めた。
「カメの餌って、そんなに頻繁(ひんぱん)にあげなくてもいいみたいだぞ?」
トムがネギを刻みながら言った。
「『カメ』じゃないよ!『しーちゃん』だよ!『しーちゃん』は今、育ち盛りなんだ。一
杯栄養のあるもの上げないとイケナイんだ」
ルパートは冷蔵庫からきゅうりを一本出すと、台所からいなくなった。
「フン!『カメ』は『カメ』じゃねぇか・・・。百匹の中にそのカメ逃したら、どいつが
『しーちゃん』か分からなくなるくせに・・・」
トムが呆れた・・・それに、かなりの毒舌だ。。
「『カメ』って、そんなに餌やらなくていいのか?」
まな板でネギを刻んでいるトムに、オリバーに聞いた。
てんぷら油の熱気と台所の暑さで、額からボタボタ汗を流している。
「あぁ、大学のパソコンで少し調べてやったんだ。でも、『エマ』が『カメの生態』を調
べてくれるみたいでさ。ルパートは、まさにその通りに育ててる・・・って、うおっ!
そう言えば俺、ネギ嫌いだったじゃん!何させやがる、馬鹿オリバー!」
トムが慌てて、手を洗った。
「今の今まで平気で切ってたくせに・・・結構、『食わず嫌い』なだけなんじゃないか、
お前?じゃあ、お前から風呂入っちゃえよ?」
「フン!ぜひ、そうさせてもらうぜ。あ〜、ネギ臭ぇ〜・・・」
トムはネギ切りをそのまま途中でやめて、フンフンと自分の手の匂いを確認しながら風呂
場へと向かった。
「『おくさん』が、卵二個産んでたよ、オリバー!わ、いい匂い!!」
ダニエルがまだ温かい卵を二つ持って、台所のオリバーの所に来た。
出来立ての「てんぷら」の匂いを、幸せそうに嗅いで、鼻をヒク付かせている。
「トムが出たら、お前も次、風呂に入れよ?一番汗臭いぞ?」
「分かってるよ。仕方ないだろ?今日、学校で体育があったんだ。うん・・・トムが出た
ら、僕、ルパートと一緒にお風呂入る!」
「お前は一体幾つになったんだ?この間確か『十五』になったんだろ?いい加減、一人で
風呂入れよ」
オリバーは今度は、大根を探し出して「大根おろし」を作り始めた。
「しらすおろし」を作ろうと言うのだ。
「いいじゃないか。僕らは仲がいいんだ。ルパートだってきっと、僕と一緒にお風呂入る
のが好きなはずだよ?」
「ルパートは、一言もそんな事言ってなかったけどな。特にうちの風呂は狭いし・・・。
あ、ダニエル!この皿、テーブルに持ってけ!」
「うん。あ〜・・・僕もう、お腹ペコペコだよ・・・」
ダニエルは揚げたての「てんぷら」のいい香りで、鼻をフンフンとヒク付かせながら、て
んぷらの大皿を、ちゃぶ台まで運んだ。
この家の廊下は板張りで、部屋の中は全室畳だ。
昭和の匂いの残る、生粋の日本家屋だった。
回り近所はどの家もそこそこ新しく建て替えていたが、この家は双子の意向により、建て
替えていない。
数年前に亡くなった両親の思い出が残る、この家が好きだったからだ。
既にちゃぶ台の上には、各々の箸と、醤油などの調味料類が置かれていた。
「あれ?油、『切れて』たんじゃなかったっけ?」
ジェームズが庭の水やりを終えて、手を洗う為に台所に現れた。
オリバーは今、きゅうりと茗荷をスライスしていた。
「ご丁寧にも、夏の間に頂いた『ヴォルデモート卿』からのお中元が、『キャノーラ油』
だったんだ。『敵』の健康に気を遣ってくれてるぜ、あの人・・・」
「『日本人は健康オタク』だからな・・・。あの人毎回、『みのさん』の番組で取り上げ
られたモノ贈って来るし・・・」
ジェームズの何気ない「ある言葉」に、二人は一瞬、顔を見合わせてしまった。
・・・「あの人」のビジュアル・・・あれ、本当に『日本人』か?
いや、それ以前に・・・本当に「あの人」、人間か・・・?
ヴォルデモート卿・・・異常に白い肌に、鼻なんかあるのかないのか分からないくらいの
低さ・・・目はいつも充血しているし・・・。
しかし二人共、敢えてその事は「オフレコ」にした。
それを言うなら、自分達も本当に日本人かどうか怪しかったからだ。
「オリバー」「ジェームズ」「トム」「ルパート」「ダニエル」・・・まさに怪しい名前
・・・特に四男ルパートに至っては、驚くような赤毛だ。
大体・・・自分達の周りには「オカシな名前」の奴らが多い。
校長のダンブルドア然(しか)り・・・ダニエルの担任マクゴナガル然り・・・だ。
二人は何食わぬ顔で互いに顔を背け、この話題から遠ざかった。
「さぁ!後は、ダニエルとルパートが風呂から上がればメシだ。庭の朝顔は、結構大きく
なっていただろ、ジェームズ?」
オリバーは使ったまな板を洗って壁に掛け・・・そして、エプロンと頭に巻いていたタオ
ルを取った。
「あぁ、良い色に咲きそうだ。そのうちアレ、『朝顔市』に少し売りに行ってみるか?」
「金にはなるかも知れないけど、行くまでが多少遠いな。あ、俺にも一本取ってくれ」
丁度ジェームズが冷蔵庫からビール(発泡酒)を出したので、オリバーも催促した。
「今度理事長(ヴォルデモート)に、お歳暮には『ビールをくれ』って言っておけよ、オリバー」
「だな。俺もそう思った」
二人はニヤリと笑うと、カシュッと栓を開けてゴクッと喉を鳴らして飲みながら、食卓の
ある部屋に先に向かった。
そう!
ヴォルデモート卿は、自分達の通う「ホグワーツ学園の理事長」だったのだ。
小等科から大学院までのマンモス学園の理事長・・・。
その力は、老人校長ダンブルドアなど、足元にも及ばない影の権力者だ。
庭先ではルパートとダニエルが、「しーちゃん」の入った容器に向かって何やら仲良さそ
うに喋っていた。
それから暫くしてトムが風呂から出て来たので、ダニエルとルパートは「やはり一緒」に風呂場に消え
た。
ルパートの手には、何やらバスグッズのおもちゃが何個か握られていたし・・・「しーち
ゃん」も隠し持っていた。
オリバーもジェームズも敢えて、見なかった事にした。
「じゃあ、いただきまぁ〜す!」
みんながちゃぶ台を囲んで、夕食になった。
クーラーの無いこの家は、扇風機と・・・あとは、開け放たれた窓から入ってくる天然の
風だけが、頼りの「涼」だ。
だが、外からの風は生ぬるく、蝉のジージー鳴く声が家の中にも響き渡っている・・・故
(ゆえ)に暑い・・・。
庭先の風鈴が、時々チリ〜ン♪と良い音色を鳴らし、「一瞬だけの涼しさ」を運んで来
てくれるのが、多少救いだ。
仏壇には両親の顔写真が飾られ、線香が五本立って煙を燻(くゆ)らせていた。
若干、変わった供え物・・・袋に入って、すっかり溶けてしまったアイスは、ルパートが昨
日の夜に供えた物だった。
「お父さんとお母さんも暑いと思うんだよね」・・・との事だ。
双子もトムも「はぁ〜っ」と溜息を吐いたが、ダニエルからは「やっぱりルパートって優
しいよね」と大絶賛だった。
お彼岸も終わり、九月も終わろうとしているこの時期だが、まだまだ日本列島は本当に暑
かった。
「醤油取って!」
「ネギこっち頂戴!」
「テレビ、『4チャン』にしてくれよ。『巨人』って今日勝ってんのか?」
「小皿少し分けてくれ」
「夕刊、何処に置いた?」
みんながそれぞれの事を喋っている・・・何とも賑(にぎ)やかだ。
「池照家」は、大抵毎日みんな揃っての夕食団欒(だんらん)だ。
時折、ジェームズやトムがバイトで居ない日もあるが、大抵はみんなで揃って食べる。
今日の献立は、「夏野菜の(庭で取れた「なす」がメイン)てんぷら」と、「とうもろこし
を茹でた」もの、「きゅうりと茗荷の塩で揉んだ」もの、「しらすおろし」、それにお櫃
(ひつ)にどーんと茹でられ氷でキンキンに冷えている、大量の「そうめん」だった。
米は炊くまでに時間が掛かるという理由で、折角トム達に買って来て貰ったにも係わらず
、今晩は却下となった。
「こんばんわぁ〜♪あ、ちょうど夕飯時だったみたい。オリバー、これ、ママが沢山作
ったからって・・・」
エマは妹のボニーを連れ、煮物の入った器を持ってきた。
縁側から顔を見せている女の子二人は、足はサンダル・・・それにお揃いのショートスカ
ートだ。
ダニエルとルパートは、不意に二人して無口になった。
エマの笑顔を疑わしそうにジッと見つめている。
「うわ、美味そう・・・。いつもありがとね、エマちゃん。おばさんによろしく。バイバ
イ、ボニー」
「バイバイ」
にこやかなエマとは違い、割りと無表情な妹のボニー・・・。
エマはオリバーを、最後にチラッと上目遣いで見て少し赤くなり、妹のボニーを連れて家
に帰って行った・・・家がすぐ隣なのだ。
数年前に引っ越して来た「河合家」は、元は神奈川県の横浜出身の一家だ。
サラリーマンの父親と、週半分だけ近くにパートに出ている母親、それにダニエルと同じ
歳のエマとその三つ年下のボニーの四人家族だった。
「お前らもさ・・・『カノジョ』を作るなら、エマちゃんみたいな子にしろよな?」
オリバーが虫除けの雨戸だけを閉め、ちゃぶ台で既に半分になっているてんぷらの器を少
し横にずらし、そこに今分けて貰った、「河合家の煮物」を置いた。
「嫌だよ、エマなんて・・・」
「僕も・・・」
ダニエルとルパートは、早速煮物に手を付けた。
「どうしてだよ?美人で気立てが良くて、優しいし・・・良い事尽くめじゃないか。俺が
もう少し若かったら、絶対ああいう子をカノジョにするぞ?」
「オリバーは何も知らないからだよ。エマは意地悪だ」
「そうだよ、性格が悪い」
二人は、モグモグと口を動かしながら喋っている。
ジェームズは、時々テレビを見ながら「うおっ!」とか「危なねぇ!」とか、テレビに
向かって喋っていた。
どうやら今、巨人が「守り」のようだった。
トムはケイタイの「メールチェック」を、オリバーに見つからないように、ちゃぶ台の下
に隠してしていた。
食事中に「メール」していると、オリバーが必ず怒るからだ。
ちなみにこのケイタイは、自分で買ったものではない・・・「カノジョの一人」からの誕
生日プレゼントだ。
「おいおい・・・あの子がそんなに悪い子に見えるか?いい子じゃないか」
「オリバーは騙(だま)されてるんだ、エマに」
「そうだよ。この前なんか、高等科にまで来て、僕のカバンから消しゴム勝手に取って行
ったんだ。僕、その日テストがあったから、間違ったトコ、全部ペンで消さなきゃならな
くてさ・・・先生に後で一杯怒られた・・・」
ルパートは、サトイモの煮物で頬っぺたを膨らませながらボヤいた。
地元の・・・なぜか大学まである、普通の町の学校「ホグワーツ学園」。
そこに、ダニエルもルパートもトムも双子も在籍中だ・・・巨大なマンモス校だ。
中等科・・・ダニエルの隣のクラスにエマはいる。
中等科では、男子の中で「アイドル的存在のエマ」だ。
しかし・・・かなり性格に「問題アリ」で、特に家が隣のダニエルなどは、「下僕」扱い
だ。
女王様の飼っている、「ペット以下」の扱いだった。
ダニエルは、そんなエマが恐くて太刀打ち出来ない・・・大抵、言いなりだ。
それに、元より「女の子には絶対的に優しい、池照家」の面々だ・・・勿論、エマにもそ
れは施行されている。
その為、エマの権力は、高等科のルパートにも及んでいる。
そしてエマは勿論、高等科に来ても男子の人気者だった。
小等科では、ボニーが絶大なる人気者だ。
文字通り、「河合家」の姉妹二人は、ビジュアルが可愛かったのである。
「そんな悪い子じゃないって・・・お前ら、人を疑い過ぎだ」
オリバーはいつの間にか正座になっている・・・正座が好きらしい。
大きな体に似つかわしくない、意外に可愛らしい座り方のオリバーだ。
「だってエマは、オリバーに気があるからね。オリバーの前だと猫被ってるし。あ、ルパ
ート・・・麦茶いる?」
「うん、頂戴」
ダニエルとルパートの二人は本当に仲が良く、食べる席も寝る場所も隣通しだ。
ダニエルは二つ年上のルパートの事が、兄弟の中でも特に大好きだった。
昔から一番一緒に遊んだし、少し「ヌケているルパート」の面倒を見るのが、ただ単に好
きなのかも知れない。
オリバーは、自分がそこそこエマに好かれている事を知っていたが、「年上の異性に憧れ
を持つ、隣の女の子」くらいにしか思っていなかった。
「女性」と言う目でエマを見た事は一度も無かった・・・可哀想なエマ・・・。
「なぁ!どのくらいの時間、『スネイプ閣下』と『マッドアイ男爵』は、あそこで待って
てくれたんだ?」
トムが話を変えた。
トムはさっきから枝豆ばかり食べている・・・とても偏食なトムなのだ。
故(ゆえ)に、兄弟の中で一番痩せている。
トムは、やっとメールを全て送り終えたようだ。
トムにはガールフレンドが沢山居た。
それも、みんな「高レベルの年上の女」ばかりだ。
その女性達が、挙(こぞ)ってトムを「自分こそが我がモノにしよう」と、日々抜け駆けし
て裏から手回しをしている。
トムが持っているシルバーのアクセサリーや、オシャレな洋服や靴はみんなその女達から
の貢物(みつぎもの)だった。
トムは本来、無理にアルバイトなどしなくても充分食べていけたし、酒もタバコも飲めた。
女達がみんな貢いでくれるからだ。
ただトム自身は、体を使って働く事がとても好きだった。
大学のサークルは、テニスと釣り同好会に所属している。
トムは、兄弟の中で一番「アウトドア派」だった。
「ホスト」のバイトをしている友達が、トムを何度も仕事に誘ったが、トムは「ホスト」
に興味が無かった。
バイトは掛け持ちで、「ピザ屋の配達係り」と「ガソリンスタンド員」だ。
ちなみに・・・トムが居るおかげで、そのピザ屋もガソリンスタンドも女性客が多かった。
「う〜ん・・・三十分ってトコかな」
ジェームズは、「そうめん」に掛かりっきりだ・・・兄弟切っての大食漢だった。
お櫃(ひつ)の中のそうめんを、大量に自分のツユの中に入れ込み、ズッズッズ〜ッと豪
快な音を立てて、喉の奥に流し込んでいた。
目は、ずっとテレビの巨人戦に夢中だ。
「あんな『律儀な悪』、見た事ないぜ・・・。なぁ、俺達本当に、あの人達と戦わないと
いけないのか?」
トムがまた聞いた。
ポケットからタバコを出そうとしたら、ダニエルを待っている時に全て吸ってしまい、既
に無くなっていたので今日は諦めた・・・特に、ヘビースモーカーではなかったトムだ。
「親父とお袋を奴らに殺されたからな・・・」
オリバーの目が突如真剣になった。
みんなが一斉に、オリバーとトムの話に聞き耳を立てた。
「でも、あいつ等が『世界征服狙ってる』なんて、ちっと考えられないんだよなぁ・・・」
またまたトムだ。
「でも、親父とお袋の遺書があるぜ・・・」
ジェームズは、耳だけは「こっちの話」を聞いていたようで、いきなり話に加わってきた。
「俺達、ソレ見た事ないけど・・・」
トムが不満そうな顔付きになった。
「あれ?そうだったっけ?」
「オリバー・・・多分、トムの言う通りだ。あの『遺書』は、確か俺達二人だけで見つけて読んだんだ
」
「だったっけ・・・?」
「いつの話だよ、それ」
トムの表情が、更に強張(こわば)った。
「俺とジェームズが中二の時だ・・・」
いつの間にかみんなの手が止まり、部屋の中は、蝉のジージー言う音と、テレビの野球中
継の声だけになった。
「・・・詳しく聞かせてくれよ、その話。実際、俺、ちゃんと聞いた事がねぇ・・・」
トムは「食」が兄弟で一番細い・・・もう夕食には興味が無いようだった。
「分かった・・・テレビ消せ」
ジェームズが言った。
野球中継中に「テレビを消せ」・・・間違いなく今日、「巨人」は負けているらしい。
一番近かったダニエルがテレビを消した・・・が、声のボリュームだけ小さくし、ジェー
ムズに内緒で、勝手にチャンネルを「秋一番アニメ特集!ドラえもん・2時間スペシャル
」に変えた。
ジェームズは振り返らないとテレビが見えない位置だったので、それには全く気付いてい
ない。
「あ〜・・・じゃあ、『全て』を話すぞ?『全て』を喋るには、あの時のお前達は幼過ぎ
たし・・・俺とジェームズだけが、二人の『遺書』を読んだんだ」
オリバーが話し始めた。
「その『遺書』って何処にあんだよ?」
トムの顔は真剣だった。
「確か・・・」
トムから聞かれ、オリバーは自分の後ろの押入れの中をガサガサ探した。
「あれ・・・?おい、ここにあった『煎餅の空き缶』知らないか?」
「この間、移動させた」
ジェームズが答えた。
「馬鹿、探せ!あの中に入ってんだ!」
オリバーが慌てた。
「『煎餅の缶』の中になんか、大事なモン入れておくなよ!」
トムも慌てた。
「誰も触らないと思って、あの中に入れたんだ!何で移動させたんだよ、ジェーム
ズ!」
「ルパートが『しーちゃん』の寝る場所が欲しいって言うからさぁ〜。何か入れ物ないか
なって思って・・・」
「馬鹿・・・」
結局、ご飯そっち退けで、みんなは「煎餅の空き缶」を探し始めた。
ダニエルとルパートは、時々食卓に戻っては、チルチルとそうめんを啜(すす)っていた。
「缶の表面には何て書いてあんだ?」
トムが背伸びをして、天井の隠し戸棚を開けた。
「草加のおじさんが持って来てくれた煎餅だったはずだから、多分『草加煎餅』って書い
てあったんじゃないかな?」
大の男五人が、畳の上や下を縦横無尽に動き回り、そしてやっと問題の「煎餅の缶」を見
つけた。
それは「しーちゃん」の寝床になっていた。
ルパートは「しーちゃん」の寝床を取られ、憤慨した。
「おい!『名物!浅草、雷門煎餅』って書いてあんじゃねぇか、これ!」
トムだ。
「あ、ホントだ・・・。ま、煎餅は煎餅じゃないか。気にするなよ」
オリバーは体裁悪くて、「ははは」と乾いた笑いをした。
ようやく大事な缶が見つかって、みんな一安心し、もう一度食卓に腰を落ち着けた。
「そうめん」はダニエルとルパート・・・それに、ジェームズに殆ど食べ尽され、「てん
ぷら」は、僅かに「なす」が二つ残っていた。
テレビでは、「ドラえもん」はいつの間にか終わってしまい、特別番組の「エジプト・フ
ァラオの謎」に変わっていた。
「しーちゃん」の寝床の綿の下から、少し湿った状態の「遺書」が出てきた。
封筒は、若干「カメ」臭かった。
「いいか・・・?読むぞ?」
オリバーがあまりに緊張した面持ちだったので、みんなも緊張した面持ちになった。
「・・・クセェな・・・」
ジェームズが呟いた。
「俺、まだ何も喋ってないぞ!?」
オリバーは、いきなりのジェームズからのチャチャに、ギロリと睨んだ。
「違うって!うわっ・・・ホント、マジ、臭い!誰だ!?」
ジェームズがパタパタとうちわで扇いだ。
丁度、扇風機がジェームズの方に向いていた。
みんなも「臭いの原因」が分かって、鼻を押さえたり手でパタパタしたりしている。
「あ〜・・・へへ、ごめん。僕・・・////」
ルパートがニヤリと上目遣いで、少しモジモジした。
「ったく、緊張感の無い奴だ・・・」
トムは、事の外イラ付いて、溜息交じりに舌打ちした。
ルパートは時々・・・こういう事を仕出かす。
しかも、大抵「音無し」だ・・・故(ゆえ)に臭い・・・。
「トムって、ホント怒りっぽいよね?」
ダニエルは、ルパートのおならだったら全く気にしなかった。
一番ダイレクトにその臭いを嗅いだくせに、平気な顔をしている。
「トムは栄養が足りないんだよ。『カルシウム』が常に足りてないんだ。さっきの『しら
すおろし』のしらす・・・全然食べてないでしょ?ご飯も、いつもちょっとしか食べない
しさ・・・」
「生憎な・・・俺はお前よりは栄養のあるもの食ってるぜ?」
トムは、「悔しかったら、金持ちの年上のカノジョでも作ってみろ」とほざいた。
「やめろよ、二人共・・・」
オリバーが叱った。
「トムが悪いんだ!『ルパートのおならが臭い』って言うからさ・・・」
「ソレ言ったのは俺じゃないだろ!ジェームズだ!俺が言ったのはルパートの『緊張感』
の問題だろ!」
「あ、そうだった・・・えへへ♪」
「酷いよ、ダン・・・。おならは誰のだって臭いのに〜・・・」
ルパートは少しイジケている。
「ううん!ううん!ルパートのは僕、全然平気だよ!むしろ素晴らしい香りだ♪」
ダニエルはすぐに訂正してきた。
兄三人がドッと疲れた顔をした。
「・・・お前は『ルパートの』だったら、何でもいいんだもんな?○○(ピーッ)とか○○(
ピーッ)だって・・・」
「やめろ、ジェームズ・・・」
またオリバーが叱った。
ジェームズは、結構キタナイ話も平気でする所があった。
たまにそれを注意してやらないと、どこまでも暴走する癖もあった。
「いいから早く話してくれよ、オリバー・・・」
トムがイライラ言った。
「ジェームズが悪いんだろ。俺はさっきから何度も・・・」
オリバーは、いつの間にか「自分に飛び散ってきた火の粉」を払った。
「とにかくさっさと読めよ!」
「何だよ、生意気な!」
オリバーとトムもケンカ腰になった。
「やめなよ、オリバー・・・トムも!」
ルパートが止めた。
「大体な、お前が大事な場面で『屁』なんか、扱(こ)くからイケナイんだ!」
オリバーとトムが、今度は二人でルパートに怒鳴った。
「おならも出来ないのかっ、この家は?!」
今度はルパートが応戦してきた。
「おっ♪戦うなら僕も加勢するよ、ルパート!」
ダニエルが「ファイティングポーズ」を取って、率先して立ち上がった。
「おおぅ!チビ!懸かって来やがれ!」
ジェームズもニヤニヤしながら悪ノリして、「ファイティングポーズ」で立ち上がった。
立ち上がった瞬間に、部屋の電気にゴチンと頭をぶつけて、少し痛そうにした。
ダニエルとは、約三十センチの身長差のジェームズだ。
「チビって言うな!」
「赤い『プチトマト』君!懸かってきなさい。オラオラ!」
ダニエルが変身した時、「オーロラ・レッド」になるに因(ちな)んで、「小さいダニエル
」を弄(いじ)って付けた、ジェームズが考案した呼び方だった。
「『プチトマト』って言うなぁーーーっっ!!」
オリバーが慌てて、ちゃぶ台を脇に退かした。
ダニエルがジェームズに飛び付き、そのとばっちりを受け、ダニエルの足がトムのわき腹に
グッと当たった。
その瞬間からトムもケンカに加わった。
飛び付いて来たダニエルを振り切った時、ジェームズの肘がオリバーの目を突き、ソレを
見て「ははは」と笑ったルパートを、パコンとオリバーが殴った。
このように、この一家は度々(たびたび)他愛ない口論から、ケンカに発展していく家だっ
たのだ。
「・・・始まったみたいよ、お隣さん・・・」
エマの母親が、食後のコーヒーを啜(すす)りながら、「やれやれ」と呟いた。
「ま、男の子はな・・・あれくらい元気があった方がいいんだ。僕も兄貴とは、そりゃあ
凄いケンカをしたもんさ」
エマの父親がソファーで寛(くつろ)ぎ、テレビのニュースを観ながら言った。
エマは自分の二階の部屋の窓から望遠鏡で、そんなお隣の様子を覗き見していた。
「・・・素敵・・・♪」
エマが見つめているのは、勿論、いつの間にか髪を振り乱して、一緒にケンカに参加して
いたオリバーだ。
「・・・・・」
ボニーはそんな姉を、黙って自由にさせていた。
「はぁはぁ・・・」
一通り互いの体同士がぶつかると、やっと兄弟ケンカが治まった。
みんなボロボロだ。
オリバーは片目にパンチの痕をくっきり付け、ジェームズは髪をボサボサにして顔中引っ掻いたような
痕、トムはお凸の所が真っ赤で、シャツのボタンが取れ掛かっていたし、ルパートは首に赤いマー
クが付いて、なぜかズボンが半分膝まで落ちていた。
ダニエルは、大量の鼻血だ・・・。
「ダン・・・またケンカに紛(まぎ)れて、僕に『チュー』したでしょ?」
ルパートが首筋を押さえながら唇を突き出して、プクーッと怒っている。
「あ、バレた?えへへ・・・だって、ルパートがすぐ隣にいたからさぁ・・・」
叱られていてもダニエルはウキウキしている・・・やりたい事を成し遂げられたからだ。
「勝手に『チュー』しないでよ、もう・・・。それに、僕のズボンも下ろしたでしょ!?」
「だってさぁ、ルパート、いつもダボダボのジーンズなんだもん。脱がせやすいんだよ、
それ。いいじゃん・・・僕、ルパートの事が大好きなんだしさぁ♪ちょっとしたジョーク
だよ」
ダニエルはちっとも悪びれた様子が無い。
兄達三人が、互いに渋い顔で見詰め合った。
「あのな・・・ダニエル。兄弟同士は・・・特に、お前みたいな歳の男は、兄貴の事普通
、面と向かって『大好き♪』なんて言わないんだ」
ジェームズが代表して言った。
トムは「そうめん」の中に入っていた氷を、一つ取り出して、ヒリヒリしているお凸を冷
やしている。
「いいじゃん!だって、僕、本当にルパートが好きだし!」
そのダニエルからの台詞に、ルパートが嬉しそうにポッと赤くなった。
「お前は赤くなってんじゃねぇ!だからダニエルが『勘違い』するんだっっ!まぁ・
・・だな。お前昔、平気で『将来、ルパートと結婚する』ってほざいていたもんな・・・」
トムがダニエルに呆れている。
「あの時は僕、子供だったからね。『兄弟同士が結婚出来ない』って知らなかったんだ」
「その前に、お前達は『男同士』なんだから、結婚は無理なんだっちゅーの!」
ジェームズが言った。
「う〜・・・そうなんだよね?どうしてルパート、女の子に生まれなかったの?」
ダニエルがルパートを見上げた。
「嫌だよ、女の子なんて・・・面倒だ!」
ルパートは高校生なのに、未だ特に女の子に興味を示した事がなかった。
なので、よりダニエルからの「攻撃」を受ける事になっている。
「え〜・・・ルパートがもし女の子だったら、絶対に可愛いかったと思うよ。僕、多分ド
キドキしちゃうなぁ〜・・・」
ダニエルは言った傍(そば)から既に、「妄想の世界の住人」になっていた。
「可愛いルパート」を想像しているのだろう・・・顔がニヤ付いている。
「顔を赤らめながら言うな、そんな話!もう寝ろ!」
オリバーが、ほとほと疲れてまた叱った。
「まだ九時半だよ、オリバー!」
ダニエルが驚いた。
「『良い子』は、もう寝るんだ!はい・・・『良い子』は〜・・・布団にダッシュ!」
ダニエルとルパートは、思わず反射神経で、寝室のある二階への階段を「我先に!」と上
った。
「あの二人・・・ホント、アホだ・・・」
トムは額を氷でビショビショにしながら、オリバー、ジェームズと一緒になって、ちゃぶ
台を元通りにし、夕食の片づけを始めた。
「『例の話』は・・・また、今度だな。あいつらが居ないトコで話そう・・・」
流しに水を溜め、ジェームズが泡の付いたスポンジをムギュムギュと握った。
どうやら食器を洗ってくれる気らしい。
「その方がいい・・・あ、トム。明日の『麦茶』作るから、お湯沸かせよ」
オリバーに言われるままヤカンに水を溜め、ガス栓を捻(ひね)ったトム。
「なぁ〜・・・せめてさ、『アイスコーヒー』とか作っておこうぜ?」
「誰が飲むんだよ、『アイスコーヒー』?」
「俺が飲む」
「嘘付け!アイスコーヒー飲むくらいなら、ビール飲むくせして・・・」
「へっ!まぁな・・・ははは」
兄弟三人で、台所で笑い合っている。
「・・・素敵・・・・♪」
そんな様子を、まだエマは望遠鏡で覘いていた。
ボニーはベッドに横になって、「ティーン♪」と言う名の雑誌のページを捲りながら、相
変らず何も言わずに、姉の好きなようにさせていた。
「池照家」の二階では、ダニエルとルパートが、遊び疲れてもう眠りに就いていた。
ダニエルは毛布を掛けずに、腹を出しっ放しだ・・・暑いからだろう。
ルパートの方は逆に、この暑さの中、毛布に毛虫の幼虫の様に包まって眠っていた。
しかし、きっと朝になったら、どんなに暑くともダニエルはルパートに抱き付いて眠って
いるに違いない。
そして、そんなダニエルを、大好きな睡眠の妨げと思ってルパートは怪訝(けげん)に扱う
だろう。
九月下旬のある日の夜は、こうしてとっぷりと更けていった。