第二話「謎の美少女」



コケコッコォ〜ッ♪

 

太陽が昇ると共に一斉に鳴き始める雌鳥達・・・。

池照家」が庭で飼っているニワトリ、「かあさん」「おくさん」「よめさん」の三羽

だ。

布団から足が飛び出しているオリバーが、薄っすら目を開けた。

「あ〜・・・また朝か・・・。早く夜になんねぇかな・・・」

起きた瞬間から「夜を希望」する、年中お疲れ気味の二十二歳、「池照家」長男のオリバ

ー。

切らずに少し伸び気味の髪は、枕の上で踊るようにボサボサと飛び散っている。

オリバーは覚悟を決め、ノッソリと上半身を起こした。

「あれ?」

自分が寝る時にはいなかった双子の相方ジェームズが、いつの間にか大イビキを掻いて横

の布団で眠っていた。

オリバーはジェームズを起こさないようにソッと布団を畳み、相部屋を出た。

 




トントントン・・・。

コトコトコト・・・。

カチャカチャ・・・。

 

東京都豊島区、新庚申塚付近・・・都電、所謂(いわゆる)「ちんちん電車」の走っている

所。

少しくたびれかかった日本家屋の台所では、毎朝恒例の朝の風景。

かなり短めのエプロンを着けたオリバーが、慣れた手付きで玉子焼きを焼いている。

テーブルの上には弁当箱が二つあり、すでにウインナーやらキンピラ、ほうれん草とベー

コンとコーンのソテーやらが詰め込まれていた。

一つは、少しドカ弁風の二段重ねの大きな弁当箱。

そしてもう一つは、同じく二段重ねの「スポンジ・ボブ柄」の弁当箱。

池照家の末っ子「ダニエル」と四男「ルパート」の弁当箱だ。



ガス台の鍋からは、「豆腐と油揚げの味噌汁」のいい匂いが立ち上り、ご飯はジャーの中

で十分前に炊き上がっていた。

「池照家」の朝の風景は、大抵いつもこうして、オリバーが二人分の弁当を作りながら、

朝食の用意をする音で始まる。

去年までは弁当箱は三つだった。

トムが今年は大学生に進級していたので、彼の弁当作りは無くなり、学食になっていた。

オリバーの負担は少し減っていた。

トムは何と言っても偏食気味なので、弁当を作るのも大変だったのだ。

 

「おはよ・・・」

寝癖でボサボサの髪をボリボリと掻きながら、オリバーの双子の弟のジェームズが、上半

身裸のダラしない格好で台所に現れ、更には腹までボリボリ掻き出した。

ジェームズは夏場寝巻きを着ずに寝る。

この家で他に、夏場服を着ないで寝るのはトムだ・・・所謂「裸族(らぞく)」と言う奴だ

ジェームズとトムの二人は、良く互いに言い争いをしていたが、意外に似通っている所が

あり、馬が合う。



「・・・お前、昨日、何時に帰って来たんだよ?」

オリバーが、ボウルの中の最後の玉子液を、玉子焼き用のフライパンに流し込み、絶妙な

箸裁きで、玉子をひっくり返していく。

横目でチラリと、「いいご身分」の双子の弟を見た。

「あ〜・・・明け方・・・へへ・・・」

ジェームズの目は重い一重になり、一瞬誰だか分からない顔付きだった。

「何しててそんなに遅かったんだよ?おい、三人を起こして来てくれ」

「『カラオケ』だよ、『カラオケ』!バイトの先輩の送別会。結婚退社ってヤツ?言って

おいただろ?一ヶ月も前から・・・」

「知らん・・・」

「絶対言ったって!ご指名が入って、十回もデュエットしちゃったぜ。起こせって・・・

え、トムも?」

ジェームズは歌を歌い過ぎたのか、声がガサガサしていた。

「あぁ。朝一の講義が、今日は入ってるって言ってた。どうしても出席しておかないとヤ

バイ授業らしい」

「ったくよ・・・自分で起きろっての。大学生のクセして甘ったれやがって・・・」

ジェームズは玉子焼きを弁当箱に詰め始めて、着実に弁当を仕上げているオリバーをチラ

ッと見つめ、あくびをしながら台所から消えた。

 



木造の階段を、軋ませながら二階へ上がっていくジェームズ。

トムとルパートとダニエルは、部屋が一緒だった。

しかし、トムはかなり昔から弟二人との同室を拒むように、自己流カーテンで部屋を区切

り、小さい一人部屋として使っていた。

ジェームズは立て付けの悪い襖(ふすま)を器用に開き、カーテンの向こうにいるトムを起

こす為、「トムの部屋」に入った。

上半身裸で枕を抱え、布団にうつ伏せで気持ち良さそうに眠っているトムを、非情にも足

で、ドカッと蹴っ飛ばして起こす、優しい兄ジェームズ。

「ってーな!何だよ、馬鹿ジェームズ!」

トムは気持ちのいい眠りから不快に起こされて、ムカムカした。

「起こして欲しかったんだろ!ありがたく思え!」

朝一からケンカ腰の二人だ。

ジェームズはトムに対して少々乱暴な所があった。

歳が近いので、こういった事をするのだ。

ルパートやダニエルに対しては、おちょくりはしても、本気にケンカをした事はなかった。

トムがブツブツ言いながらも起きたのを確認すると、ジェームズは今度は、カーテンに仕

切られた向こう側で、末っ子のダニエルが、四男のルパートに抱き付くように引っ付いて

眠っているのをチラリと見下ろした。

「・・・・・」



朝は毎日、ルパートに抱き付いて眠っているダニエルだ。

一体どういうつもりなのだろう・・・謎だった。

ムニャムニャと、何やら寝言を言ってニヤニヤしているダニエル。

大方、ルパートの夢でも見ているのだろう。

ダニエルはルパートの事が大好きだったのだ。

一方ルパートの方は、暑いし重いし、「う〜ん」と時々唸り、眉間に皺を寄せてダニエル

の事を嫌そうに「向こうに行け」とばかりに押している。



「・・・おい起きろ!ダニエル・・・ルパートが相当嫌がってるぞ?」

少し年齢はイッていたが、まるで子犬同士が眠っているようなダニエルとルパート。

ルパートは高校二年生、ダニエルは中学三年生だ。

それでも標準身長より少々低めな二人は、身長の高い他の三人の兄から見れば、充分マス

コット的存在だ。

ジェームズは苦しがっているルパートを救おうと、ダニエルの事を引き剥がそうとした。

すると、そうはさせまいとダニエルは、まず兄ジェームズを蹴っ飛ばし、ショートパンツ

姿の寝汗で汗ばんだ生足をルパートの上にドカッと置いて、起きたくないし引き離された

くないので、更にギュ〜ッと抱き付いた。

「う〜・・・」

ルパートが益々苦しそうに呻いた。

ジェームズは屈辱そうに、わき腹を痛そうに押さえていた。

「・・・退け、ジェームズ!俺が『制裁』を加えてやる・・・。」

二人より一足先に起こされていたトムが二人の部屋に入って来て、ダニエルのお尻をドカ

と蹴っ飛ばした。

「『祝!ホモ撲滅キャンペーン』実施中!」

「あははは!そりゃいい!」

ジェームズが笑った。

「イッテェ!何すんだよ、馬鹿トム!」

トムからの強烈な蹴りで、一気に目覚めたダニエル。

「兄貴に向かって、馬鹿とは何だ!馬鹿とは・・・あぁっ!?」

トムはダニエルの両足を取り、朝っぱらから「四の字固め」を決めた。

ご近所まで響きそうな大声で、ダニエルがもがいた。



「うるさいよ、ダン・・・」

ルパートが目をシパシパさせながら、眩しそうに目を覚ました。

「ほら、支度しろ、お前ら!遅刻するぞ!」

ジェームズは、また瞼を閉じてしまいそうなルパートを無理やり抱き上げて起こし、「布

団早く片付けろよ!」と兄らしく躾
(しつけ)をした。

ダニエルはブツブツ言いながらも、敷き布団やらシーツやらを畳み出し、ルパートは正座

したまままだ目を閉じている。

ダニエルはルパートの布団も一緒に畳んでやると、自分の制服を着始めた。



「ルパート、目開けて!遅刻しちゃうよ?」

ダニエルは一旦起きると、割とテキパキ動ける体質だった。

一方ルパートは、まだ眠りの中にいるようなノッタリした緩やかな動きだ。

時々覚醒(かくせい)するも、語りかけてやらないと、あっと言う間に「眠りの国のルパー

ト」になってしまう。

「しょうがないなぁ〜・・・じゃあ、僕が着替えさせてあげるね?シャツは・・・これで

いいの?」

ダニエルは、畳まれたままタンスにしまわれていなかったルパートの制服のワイシャツを

持ち上げた。

「う、ん・・・」

ルパートは目を閉じたまま、生返事した。

「じゃあまず、パジャマから脱ごうね?」

ダニエルは何だかウキウキしながら、ルパートのパジャマを脱がし始めた。

「ルパートはホント肌が白いねぇ〜・・・。僕何だか、女の子のパジャマを脱がしている

みたいな・・・アイテッ!

オリバーの二十九センチの大きな足の裏が、ダニエルの後頭部をかなりいい音を立てて、

強烈にヒットした。



「馬鹿言ってないで、お前はさっさと朝飯食いに行け!ルパートも自分で着替えろ!」

いよいよオリバーが二人を起こしに来たのだ。

ダニエルはオリバーをブツブツと睨みながら靴下を履き終えると、「先に下に行ってるか

らね、ルパート♪」と満面の笑みで言い残し、階段を降りて行った。

ルパートは寝ぼけ眼で、ノロノロと制服のワイシャツを着始めた。

「お前ね・・・そんなだと、いつかホントにダニエルに・・・いや、何でもない・・・」

ルパートがポケ〜ッとしながら「無垢な表情」でオリバーを見つめたので、オリバーはそ

れ以上言うのをやめた。

自分がどれだけ「下種(げす)」な事を言おうとしたのかを恥じたからだ。

「ダァーッ!しかしノロいっ!貸せっ!」

オリバーはルパートのイライラくるような着替えに腹を立てると、チャキチャキとルパー

トを裸にさせて、サッサとワイシャツとズボンと靴下を履かせた。

「顎(あご)上げろ!ネクタイするから」

グイッとルパートの顎を上向きにさせる。

 

「チッ!んもう・・・素敵・・・♪」

隣のエマが、またもやその様子を望遠鏡で盗み見ていた。

エマはいいシーンがあると、思わず舌打ちする特異な癖があった。

口にトーストを頬張り、窓枠に紅茶の入ったマグカップを置いて・・・学校の制服のミニ

スカートで胡坐(あぐら)スタイルだ。

外からだと・・・おそらくパンツの色を確認出来る。

エマは大抵、毎朝こんなスタイルで自分の部屋で朝食を摂っていた。

「キスするかと思って、ドキドキしたじゃない。あああ・・・まさに『禁断の愛』だわ♪」

エマは時々こうして、「あらぬ想像」を巡らせるのが好きな少女だった。

明らかに「少女マンガ」と「ドラマ」の見過ぎだ。

たまたま部屋の前を通りかかったボニーは、その姉の発言を、また聞いていないフリで、

スルーしてやった。

ある意味、最大限の「姉に対する優しさ」だ・・・ボニーは意外に「大人」だった。

 



ルパートを連れて、オリバーも下に降りた。

ルパートは「ブレザー姿」だ。

紺色のブレザーにグレーのチェックのズボン、エンジ色のネクタイ。

中等部のダニエルは「学ラン」だった。

「今日もキマッてるよ、ルパート♪」

ダニエルのその言葉は、半分「挨拶」のようなものだ。

大体毎日ルパートに言う。

みんなはちゃぶ台を囲んで、セカセカと朝食を摂っていた。

テレビはジェームズが、「めざましテレビ」と「ズームイン朝」をチャカチャカ回しなが

ら、どっち付かずに決め兼ねている。

どうやら、昨日見過ごしたサッカーの試合・・・「レッズ」と「グランパス」戦の詳細を

知りたいようだ。



「ルパート・・・牛乳飲め」

オリバーがコップに冷たい牛乳を注いでやった。

「・・・いらない・・・」

ルパートは昔から朝ごはんを食べない子供だった。

「何も口に入れないから、目が覚めないんだ!ほらっ、飲め!

「ヤダ・・・」

オリバーはルパートの口のすぐ近くまでコップを差し出したが、プイッとそっぽを向かれた。

「目覚め」は、毎日こうして機嫌が悪いルパートだ。

意味なくプリプリしている。

と・・・丁度ルパートの視線が、自分の飼っている「カメのしーちゃん」の箱に行った。

「あっ・・・」

ルパートが慌てて、その飼育箱に近寄った。

普段の朝の彼からは、考えられないようなすばやい動きだった。

「・・・『しーちゃん』・・・大変だ!

ルパートは「しーちゃん」をガバッと抱え、風呂場に走った。

 



「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ・・・」

慌てて『しーちゃん』を水で湿らせてやる。

「どうしたの、ルパート?」

ダニエルはお箸を持ったまま、風呂場に駆け付けた。

口がモグモグ動いている・・・口の横に、器用にご飯粒を付けていた。

ダニエルはルパートと違い、しっかり朝食を食べる子供だった。

しかも・・・朝は「ご飯じゃないとイヤ」だった。

基本的にご飯が好きなダニエル。

「お百姓さん万歳♪」なダニエルだ。



「エマに言われたんだよ・・・カメは乾いたら死んじゃうって・・・」

ルパートはオロオロしている。

「え、そうなの!?少しここに置いておいてあげたら?湿気もあるし、元気になるかも」

「・・・そうかなぁ・・・?」

ルパートは涙目で弱々しくダニエルを見つめた。

「昨日、熱帯夜だったから・・・お風呂場に最初から置いておいてあげれば良かったよ・

・・」

ルパートは自分を責めた。

ダニエルは、そんな弱った困った顔のルパートに、殊更ハートをズギュ〜ンと打ち抜か

れる。

「大丈夫だよ!『しーちゃん』はそんなに弱くないよ!ルパートがこんなに可愛がってる

んだもん!絶対大丈夫だよ!」

「・・・う、ん・・・」

ルパートはダニエルに激励されて少し元気を取り戻し、二人はそこにカメを置いて、風呂

場から出た。



お〜い、時間ないぞぉ!ほら、歯磨きして・・・カバン持って!あ、弁当、弁当!」

オリバーが、忙(せわ)しく家の中を動き回る・・・「池照家」において、「お母さん的存在」のオリ

バーだった。

トムの姿はいつの間にかなかった・・・二人より先に、もう家を出たようだ。

「ルパート!行くよ!」

「わわ・・・待って、ダン・・・」

ダニエルに玄関から急かされて、ルパートは慌てて靴を履いた。

「行ってきまぁ〜す!」

「行ってきまーす!」

ダニエルとルパートが元気良く・・・慌ただしく家からいなくなると、途端に「池照家」

は静かになった・・・束の間の平穏だ。

「・・・『台風』は去ったか?」

ジェームズはやっと落ち着いて食事を摂り始めた。

それでもチャンネルを、「特ダネ」にしようか「はなまるマーケット」にしようか迷って

いる。

オリバーもやっと自分の茶碗にご飯を注いだ。

「毎朝、毎朝・・・ホント疲れさせてくれる奴らだよ・・・」

「ご苦労さん」

ジェームズが双子の兄にニヤリと笑い掛けた。

オリバーは、また大きな体に不釣合いな正座をし、自分の納豆をわしわしと掻き混ぜ、ト

ロ〜リと、茶碗で湯気を立てているご飯の上に掛けた。

それから程なくして、ジェームズも「リクルート・スーツ」を着て出掛けた。



オリバーもジェームズも大学四年生だったので、来年の今頃は、どこかに就職して働いて

いなくてはならない歳だった。

しかし、オリバーの方は、両親の残した「喫茶・レインボー」を受け継ぐ事を決め、就職

活動はしていなかった。

一方、去年までは一緒に時々店に出ていたジェームズは、二人で店を継がなくてもいいだ

ろう・・・と言う理由で、就職活動を、遅ればせながら始めた。

どこもかしこも既に大きな会社は人員が埋まっていた。

オリバーもジェームズも、大学では相当に頭が良い双子で有名だった。

教授陣は挙(こぞ)って二人の卒業後に、大学の研究室に入る事を薦めたくらいだ。

二人共理数科系が特に強く、そこは薬品会社に務めていた父親譲りなのだろう。

 




「池照アーサー」は、薬品会社の社員だった。

日々、新しい薬の開発をしていた。

母の「モリー」は音楽が得意で、音大を出てから、中学校の音楽の教師をしていた。

二人は学生時代に互いの学校のスキーサークルで知り合い、そのまま卒業と同時に結婚。

すぐにモリーはオリバーとジェームズの双子を産んだ。

薬品会社に務めるアーサーと学校教師のモリーは、決してラクな生活ではなかった。

しかし、「いつか自分の子供達だけで野球チームを」・・・と願う父アーサーがある年、家族が今後

沢山増える後々の事を考えて、無理に一軒家を購入し、ローンを払うので手一杯な新婚生

活だった。

母親のモリーも子供好きだったし、夫のその考えに大賛成で、双子の生まれた二年後には

今度はトムを産んだ。

そして更にルパート・・・そしてダニエルと五人の子供に恵まれ、「池照家」は貧しいな

がらも大変賑
(にぎ)やかだった。

 


そんなある日・・・アーサーはとうとう「ある薬」の開発に成功してしまった。

それは、失敗から生まれた産物だった。

しかしその薬は大変に危険で、日本・・・いや、世界中の国々を震撼させるような、大変

な発明の薬だった。

その日からアーサーは、その実験の薬物を世に出回らせない為・・・そして、どこまでそ

れが更なる発展するのかを実験する為、研究室に閉じ篭もり、家に帰らなくなった。

既に、アーサーは「悪の組織」に狙われていたのだ。

情報は、封印しても封印してもどこからか、「外部」に洩れていたのだ。



アーサーの、「身の危険を感じて過ごす日々」が始まった。

モリーはそんな夫を常に理解し、陰ながらに支えていた。

夫の一週間分の洗濯物やら食事の世話などモロモロの為、ある日、研究室を訪ねたモリー。

そして・・・その日、二人は帰らぬ人となった。

研究室で二人は死亡していた。

双子が中学二年、トムが小学校五年、ルパート三年、ダニエル一年の時だ。

 



兄弟は途方に暮れた。

両親が共にこの世を去ってしまい、自分達はかなり縁遠い親戚達にバラバラに育てられる

話になった。

ところが嬉しい事に、彼らに「陰ながら金を出資してくれる人物が現れた」上に、兄弟は

この辺りで大変人気者だった・・・町をあげての「反対運動」が起こったのだ。

しかも、毎日モリーが半分女手一つでがんばっている姿を知っていた町内会みんなの協力

があって、五人だけでこの家に住む許可を国に取り付けたのだ。

大人達は、中学生の双子でも出来る仕事を、裏からソッと沢山回してくれた。

学校が終わったダニエルとルパートを、夜迎えに行くまで暫く預かってくれる人達が、町

内会に沢山いた。


町内をあげて、みんなが「池照家」を支援してきた。

オリバーとジェームズは、学業をしながら夜はバイト・・・と言う生活で、今までずっと

頑張って来た。

トムも中学に上がるとすぐに、兄達のアルバイトを引き継ぎバイト生活を始めたし、高校生になってい

た双子は、商
店街にある「スナックのバーテン」や「フロアー係り」などもさせてもらっ

ていたので、結構いい稼ぎになっていた。

 




「カメは元気なの、ルパート?」

エマがまた高等部まで現れた。

一時限目が始まる僅かな時間の出来事だ。

腰に手を置き、相当威張り気味の、相変らずの「女王様スタイル」だ。

ルパートより身長が低いにも係わらず、顎を上げて下目線だ。

「あ〜・・・え、と・・・」

ルパートは嘘が付けない性質(たち)だった。

エマの存在感に圧倒され、いつもの猫背を益々萎縮(いしゅく)させた。

エマは感の鋭い女の子だったので、すぐにルパートの「異変」に気付いた。



「・・・『反省』ね・・・」

「え?」

エマの低い呟きに、ルパートが俯いていた顔を上げた。

「アンタ、帰ったら『反省しないとイケナイ』わよ?『カメの生態』の本に、そう書いて

あったわ」

「『反省しろ』って?」

「そうよ!」

エマは、「自分が言う事は絶対だ!」・・・・・と言わんばかりのえばりっぷりだ。

「・・・そうかぁ〜・・『しーちゃん』を乾かしちゃったら、僕、反省しないとイケナイ

のかぁ〜・・・」

えっ!乾かしたの!?サイテー!アンタ、カメ飼う資格ないわよ!サイテー!

エマはそれだけ言うと、授業始業のベルを聞いて、自分の教室に戻って行った。

ルパートは教室のドア付近で・・・エマの言葉により、どこまで深く「落ちて」いた。

 




「ただ今ぁ!」

ダニエルが部活を終え、運動着姿のまま元気に帰ってきた。

丁度オリバーが「喫茶レインボー」を閉店している所だった。

家の玄関の脇が、喫茶店になっていた。

丁度「河合家」の逆隣だ。

辺りは若干涼しい風が吹き、鈴虫がどこかで鳴き始めている。

朝晩はいつの間にか、随分過ごしやすい陽気になっていた。



「お帰り、ダニエル!風呂の栓だけ抜いておいてくれ。俺、洗うから」

「いいよ!僕洗うよ!」

「助かる」

ダニエルは玄関に脱いであるルパートの靴を見ると、嬉しそうに慌てて家の中に入った。

ダニエルの靴は、玄関であっちこっちに飛び散った。

ダニエルは基本的に良い子なのだが、ルパートが絡むと・・・良くなかった。

「ルパート!どこ!?部屋?」

大きな声で大好きなルパートを探す。

本当なら、ルパートと一日中一緒にいたいダニエルだ。

お〜い、ルパート!ルパー・・・何してんの?」

ルパートはテレビの部屋の角っこで電気も点けず、膝を抱えた「小さく体育座りのスタイ

ル」で、壁の方を向いて座っていた。



「どうしたの?お腹痛いの?」

ダニエルが心配そうに、ソロソロと近寄った。

「ううん・・・僕、今、『反省中』なの」

「え?」

「『しーちゃん』乾かしちゃったら・・・僕、『反省中』なの」

ダニエルはパチパチと瞬きした。

「誰に『反省しろ』って言われたの?」

「エマ・・・。本にそう書いてあるんだって」

「え、『カメを乾かしたら、反省しろ』って?」

「うん・・・そう言ってた」

「・・・・・」

ダニエルは怪訝(けげん)な顔付きになった。

エマに言われて・・・実際に当たっていた例(ためし)は、あまりなかったからだ。

しかし、ルパートはエマの言葉を信じ、言われた通り、頑(かたく)なに「反省中」だ。

「・・・・・」

反省中のルパート・・・・・そこにもダニエルは「萌え」た。

 



「うおっ、ビビッた!何してんだ、お前ら?」

ジェームズが帰って来た。

部屋の電気を点けた所に、既にダニエルとルパートがそこにいたので、ビクッと驚いた

真っ暗だった部屋に、まさか二人がいようとは思ってもいなかったからだ。

テレビの部屋の隅っこでは、ダニエルとルパートが壁の方を向いて、小さくなって体育座

りしていた・・・まるでそれは、「二体のお地蔵様」のようだった。

「ルパートが『反省している』から、僕もお付き合いしてたんだよ」

ダニエルが兄弟一大きな目で、近寄って来たジェームズを見上げた。

「はぁ〜っ?」

ジェームズは意味が分からない。

また二人が何か「新しい遊び」でも開発した・・・くらいにしか思っていないジェームズ。

「おい、もう『反省』はその辺でいいからさ、コレ持って台所行け。オリバーの夕飯の手伝いしろ!

「もう『反省』しなくていいの?」

ルパートが聞いた。

ダニエルはジェームズから、スーパー「ジェスコ」のビニール袋を受け取った。

中に、色々買った物が入っていた。

「『充分した』んだろ?一体、何時間『反省』してたんだよ、お前ら・・・」

ジェームズは、いつまで経っても子供っぽい二人を心配するように言った。

「学校帰って来たらすぐだよ」

ルパートが正直に答えた。

「僕は十分くらい前から」

ダニエルも答えた。

ジェームズは「ふぅ〜」と、深い溜息を吐いて呆れた。



「あれ、そう言えばルパート・・・お前、バイトどうしたんだよ?確か始めたばっかりの

『マック』のバイト、今日だっただろ?」

「うん。でも店長さんが、『君はもう来なくていいよ』って・・・」

ジェームズとダニエルは、ルパートを見つめた。

「またかよ・・・今度は何したんだ?」

ジェームズは益々呆れながら、「リクルート・スーツ」のネクタイを外し始めた。

ルパートが、またバイトをクビになった事を理解したのだ。

「失敗はしてないよ。ただ僕は、『バーガーがたった十分で廃棄』って有り得ないから、

普通にお客さんに売ってただけ」

ジェームズとダニエルは、まだルパートを見つめていた。



「あ〜・・・ルパート?『マック』はそれが『売り』なんだよ・・・?」

ダニエルが気遣いながら言った。

ジェームズはワイシャツのボタンも順番に外し始めた。

「でもさ・・・『ちっともオカシくなってない』んだよ、その『バーガー』。おかしいよ

、そんなの・・・勿体無いよ!食べられずに捨てられちゃう、牛の身になってみればいい

んだ・・・。殺され損だ!」

ダニエルとジェームズはマジマジと、力説するルパートを見つめた。

「凄い・・・それはとっても素敵な考えだよ、ルパート!『動物愛護教会の人』みたいだ

・・・素晴らしい考えだよ!君は地球に優しいね♪」

ダニエルは早速ルパートに同意し賞賛し、そしてパチパチと拍手した。

ダニエルに褒められ、テレるルパート。

「・・・お前が褒めると話がややこしくなる。上行って着替えて来い、ダニエル」

ジェームズに叱られ、少しブツブツ言いながら先に部屋に上がっていったダニエル。

ジェームズは腕を組んで、残されたもう一人の赤毛の弟を見下ろした。

ルパートはダニエルがいなくなり、これからジェームズに怒られるのではないかと思って、ショボン

と俯いている。



確かにルパートの言っている事は正論だった・・・十分の賞味期限は、幾らなんでも早過

ぎる・・・ジェームズ自身、初めてその話を聞いた時には驚いたくらいだった。

しかし、正論を述べてバイトをやめさせられる事・・・既にこれで五回目のルパートだ。

世の中は正論では済まされない事が沢山ある・・・と言う事をを教えてやらなければ、ル

パートはこれからだって、毎回バイトをクビになってしまう。

ここは心を鬼にして、ガツンと言ってやらなくてはならない。

ジェームズは少し、心が痛んだ。

「あ〜・・・お前は基本的に優しい。だがな、ルパート・・・お前は世渡りが極端に下手

だ。だからバイトをクビにさせられる」

「・・・ジェームズこそ、今日の就職活動巧く行ったの?」

ルパートからの何気ない質問に、ジェームズはグッと言葉を詰まらせた。

まさに・・・正論・・・。

今日も、歩き疲れて終わっただけの一日を送ったジェームズだったのだ。

「俺の事は今はいいんだよ。まぁ・・・終わった事はもういい。次のバイト、早めに見つ

けろよ?」

「うん」

「はい、じゃあ、この話はもうやめ!ルパート、お前もいい加減に着替えて来いよ」

「うん」

ルパートは少しトボトボと二階に上がって行った。

ジェームズは階段を上がっていくルパートを見つめながら、何だか自分自身に言ったよう

な気分になっていた。



ココのトコ・・・実際ずっと憂鬱(ゆううつ)な気分だったジェームズ。

卒業までもう半年しかないのに、就職がまだ決まっていないのは、学部では自分だけだっ

た。

第一、去年までオリバーと一緒に両親の残していった喫茶店を経営しようと考えていたの

で、就職活動がみんなより格段に遅れていたジェームズ・・・だから仕方ないのではある

が・・・。

頭は良かったジェームズだったが、既に色々な会社は、人員を決めてしまっていた。

ジェームズは残念な事に、一歩も二歩もみんなより出遅れていた。

「はぁ〜・・・」

大体ジェームズは、自分が一体どんな仕事に付きたいのかさえ、まだ決めかねていた。

きっと訪問した会社で、そのうやむやさを面接官に見破られてしまっていたのかも知れな

い。

「はぁ〜・・・」

またもやナーバスな溜息を付いたジェームズ。

最近、ジェームズは溜息が多かった。

 


池照家の四男ルパートは、全てにおいて要領が悪かった・・・そして、失敗も多かった。

バイトが決まって働き出しても、すぐに店側から解雇されてしまう。

「ペットショップのバイト」では、店の売り物のアライグマを、ケージを開けて餌をやる

時思わず逃がしてしまい、みんなで探し捲くるという散々な事を仕出かしてくれたし、「

コンビニのバイト」では、とにかく全ての作業が遅くて、店長にキラレた。

路上での「ティッシュ配り」のバイトも、いつまで経っても満足な働きが出来なかったの

で、会社側から毎日クレームが来たほどだ。

そして、彼が愛して止まない「アイス屋」のバイトも、店長に作業が極端に遅いと言われ

、解雇された。

そして・・・今回だ。

 

しかしそんなルパートにも、類稀(るいまれ)な才能と言うか・・・幸運があった。

「クジ運」、「バクチ運」が異常に凄(すご)いのだ。

何と言うか・・・エスパー並みだった。

商店街のクジ引きの特賞やら、内緒でこっそり連れて行ったパチンコ屋で、間違いなく大

フィーバーを出すルパート。

ゲームセンターの「ぬいぐるみ」は必ずゲットして帰って来るし、お菓子を取るゲームで

も、ハズした事はない。


変身した時に使用している、双子のバイクとトムのバイクはルパートが「懸賞」で当てたモノだし、家にあ

るあらゆる家電は殆どがルパートがハガキで当てたモノばかりだった。

働かなくても、そこそこ家族の為になる働きをしてくれるルパート。

ルパートに「福袋」を選ばせると、中身は必ず「大当たり」だった。

ただしそんなルパートも、「巨額のクジ」だけはどんなに薦められてもしなかった。

そこで「自分の全ての運」を、使い果たすような気になっているらしい。

それに・・・ルパートのその見事な「クジ運」は、決して良い事だけには働かなかった。

町内の「ゴミの収集場所の掃除当番」のクジ引きなども、必ず引いてしまうルパート。

「ルパートの使い方」を間違えると・・・一家総出で大変なハメになる。

 


「ルパート!今日学校で『学園祭のお知らせ』って紙、貰った?」

ルパートが着替えの為に部屋に上がると、既に部屋着に着替えていたダニエルが聞いてき

た。

ダニエルはイマイチ服のセンスがなかった。

ズボンはジャージで、そのジャージの中に「イケテない柄」のTシャツを終い込んでいる。

「あ〜・・・貰った」

ルパートは制服のネクタイを緩め始めた。

「高等部は何やるの?」

ダニエルは大好きな「ルパートの生着替え」に、目が釘付けだ。

「まだ決めてないよ、ダンのトコは?」

ルパートはどのTシャツを着ようかと、タンスを開けた・・・ダニエルと二人で使ってい

るタンスだ。

「中等部は、まだ火が使えないからさぁ〜・・・。でもその代わり、『先輩がいる陸上部

』の方では、『おでん』やるって」

「へぇ〜・・・」

ルパートは、「ゴルフボールを三つ加えた黒人」のTシャツと、「鳥がひっくり返ってい

る」Tシャツのどちかにしようか迷っている。

「ルパート、『メイド喫茶』とかやれば?」

ダニエルが、「バンビ柄」のTシャツを与えた。

ダニエルが、一番ルパートに似合っていると思っているTシャツだ。

「あ、面白いね、それ。提案してみるよ」

ルパート的には今日は「バンビ」の気分じゃなかったようだ・・・首を振った。

「うん!で、ぜひ、ルパートには『メイド』になって貰いたいよ、僕。そしたら、絶対に

遊びに行くからね♪」

「・・・またダンのオカシな妄想が始まったよ・・・」

ルパートは「やれやれ」とアクビをしながら、「黒人」柄のTシャツを着た。

 



「今日のご飯、何?」

ダニエルはルパートと共に台所に入るなり、オリバーに聞いた。

「秋刀魚(さんま)

オリバーは魚焼き器をカンカンに熱していた。

レンガで焼き器を持ち上げるような状態を作って、「遠火の強火」を上手に拵(こしら)

ていた。

「え、秋刀魚!?やった!」

ダニエルは魚が好きだった。

小さい時に、「将来なりたいもの」で書いたのが「魚屋さん」だった。

で、その奥さんには、勿論「ルパート」を指名していたのだった。

今はその後者の方は無理だと分かっているので、仕方なく断念している。

「え〜・・・秋刀魚ぁ〜?肉がいいよ、僕・・・」

一方ルパートは魚が得意じゃなかった。

食べられたとしてもツナ缶くらいだ。

「つべこべうるさいぞ、ルパート!ジェームズが『ジェスコ』で安くして貰えたんだ。そ

れに、秋刀魚は今、旬で美味いぞ!」

オリバーは早速二匹、網の上に置いた。

尽かさず団扇(うちわ)を出し、パタパタとそれを扇ぎ始めた。

「魚嫌い〜・・・。僕、夜ご飯、『卵かけごはん』でいい」

「ダメだ!少しでもいいから秋刀魚食べろ!頭良くなるぞ!中間試験、近いんだろ!?」

「う〜・・・」

ルパートは渋々納得した。

「明日は『コロッケ』にしてやるから」

「やったぁ!」

ルパートはもう、頭の中が明日になっていた・・・幸せそうな顔で、ジ〜ンと感慨に耽(

ふけ
)っている。

「じゃあ、ダニエルは『大根おろし』作れ。ルパートは・・・『マカロニ』茹でろ。『マ

カロニサラダ』作るから」

「わっ、やったぁ!」

ルパートはマカロニサラダが好きだった・・・と言うか、マヨネーズが好きだった。

マヨネーズに醤油でご飯を食べるくらいだ。

二人はオリバーを手伝い、良くこうして台所に立つ事が多い。

基本的に、お手伝いが嫌いな二人ではなかった。

ジェームズは結構料理が出来たが、オリバーとの無言の役割で、大工仕事や庭の水撒きな

どの担当をした。

そしてそこへ・・・「悠々気ままなトム」が帰って来た。

 


「オ〜ッス♪」

少し赤い顔で、ほろ酔い気分のトム。

「『オス』じゃねぇ!お前今日、サークルもバイトもない日だっただろ!?こんな時間ま

で何してた?」

玄関先で怒りモードでトムを出迎えた、兄ジェームズ。

ジェームズはテレビで観ていたボクシング・・・応援していた選手が「亀田」に負け、イ

ライラしていた。

「『こんな時間』って・・・まだ八時じゃねぇか」

「兄貴の質問には文句言わず答えろ!何処ほっつき歩いていた!?」

「・・・デートだけど?」

トムがうるさそうに答えた。

途端にグーの根も出なくなったジェームズ・・・確かにまだ八時だった。

デートにしては、かなり早く帰って来てくれたトムだった。

だが、一度怒ってしまうと、怒りの収集が付かなくなっていたジェームズ。

自分自身が今、クサクサしているからだろう。

 

トムのガールフレンド達はみんな、物凄く綺麗なオネエサンばかりだった。

しかも全員年上で、そこそこ金を稼いでいる女ばかりだ・・・故(ゆえ)に今日もトムは、

「金の掛かったデートをしてきた」のは間違いない。

大方、イタリアンで食事でもしてきたのだろう。

トムのガールフレンド達は、エステの店長や芸能人のスタイリスト、アパレル関係の店員

などだ。

確かその他に、二人ばかりモデルも混ざっていたはずだ・・・時々、女性服の雑誌モデル

の表紙を飾っている。

「お!今日の夜はうち、『秋刀魚』か?お〜い、オリバー!俺、晩飯いらねぇから!

外で食って来た!

「何ぃ〜!?」

オリバーが台所から包丁を握ったまま、ズダダダと玄関に出てきた。

短めのエプロン姿に頭にタオルを巻いて・・・いつもの戦闘服だ。

「オイオイ・・・『物騒なモン』チラつかせんなよ!いいだろ、別に。ダニエルに俺の分

やってくれ」

「そういう問題じゃないだろ!電話一本出来なかったのか!?」

「仕方ないじゃん・・・『電波届かないトコ』行ってたし・・・」

「何処だよ、『電波届かないトコ』って!?」

ジェームズが食い付いて来た。

「んふふ・・・内緒♪」

トムは鼻で二人の兄を笑うと、階段を上り、自分の部屋に行ってしまった。

 


「どう思うよ、あの態度・・・?」

ジェームズが、天井を見上げた。

「トムはきっと、未だ反抗期なんだ。ったく、誰に似たんだか・・・あ、ヤベェ!秋刀

魚、秋刀魚!

オリバーが慌てて台所に戻って行った。

台所ではダニエルとルパートが、網から濛々(もうもう)と上がる黒い煙に慌てて、火を恐

がる森の動物のようなオカシな動きで、ワラワラしていた。



夕飯時、やはり今日のボクシングの試合は、ジェームズが応援している選手は総出で負け

たらしく、ジェームズは怒りに任せ、自分の冷奴を箸でブスブス串刺しにしていた。

「こんな時のジェームズには障らぬ方がいい」とみんな知っていたので、敢えて、冷奴を

粗末にするなとは怒れずにいた。

勿論・・・ボロボロになった冷奴を、ジェームズは後からスプーンで掬(すく)って完食し

た。

「池照家」は、お茶碗のご飯粒や食事を基本的に残さず食べる・・・と言う、父親アーサ

ーの作った家訓があったのだ。

 




翌日土曜日・・・学校は休みだ。

なので、ダニエルもルパートもまだ眠りの中だ。

いつも通り、ダニエルはルパートに引っ付いて眠っていたし、ルパートはウンウンと唸っ

ていた。

オリバーは店の開店準備の為、とっくに店に出ていた。

トムは今日もデートのようで、朝から姿がない。

ジェームズは今日、バイトだ・・・「モデル」をしていた。

しかし、モデルはモデルでも、トムのカノジョのようなモデルとは訳が違う。



「あ、ジェームズ!ジェームズ!朝のチラシ・・・見たわよ、ちょっとぉ〜♪」

商店街を歩いていると、オバサン軍団に早速捕まったジェームズ。

太めの腰クネクネ動かし、馴れ馴れしくジェームズの体を突くオバサン・・。

「切り取っちゃったわよぉ〜、アンタのトコ!あんまりに素敵なんでさぁ〜♪」

オバサンの一人が、「チラシの切抜き」を手製のバックから抜き出した。

クリーニング店経営の、「籐(とう)さん家の『母さん』」だ。

名前が・・・全くまどろっこしい。


チラシには、「四の市!『ジェスコ・ザ・バーゲン』」とデカデカと書かれていた。

そのチラシにジェームズは、「ラクダ色の上下のオッサン下着」を着て、腰に手を当て、

ニカッとした笑顔で写っている。

そう・・・ジェームズは近くのスーパー「ジェスコ」の、「売れっ子看板モデル」だった

のだ。

(ゆえ)に、必然的にオバサンファンがとても多い!

この界隈では、「ヨン様」より「ドンゴン」より、「Wat」や「嵐」より、絶大なる人

気の「池照ジェームズ」だったのだ。



「ホント、うちのとーちゃんとは大違い!スマートな体よねぇ〜・・・。全く、惚れ惚れ

しちゃうわぁ〜♪」

お茶屋の林さんは、ご夫婦揃ってオリバーの商っている「喫茶レインボー」のお得意さん

だ・・・毎日ほぼ同じ時間に来店する。

お茶屋を経営しているのに、二人共「コーヒー党」・・・ある意味、とても不憫だ。

「あ〜、ドーモね♪でも、林さん家のご主人、男前じゃない!?」

ジェームズは愛想良く、オバサン達とお喋りし始めた。

意外にオバサンとの会話が嫌いじゃないジェームズ。

「やめとくれよ・・・うちの『くたびれだんな』と、アンタが一緒な訳ないじゃないか」

「うちはおばあちゃんもアンタのファンなんだよぉ〜」

惣菜屋を営んでいる山岡さんが、話を〆た。

「今日もカッコいいねぇ〜・・・ねぇ、ちょっと写メしてもいいかい?」

オバサンの一人、森田さんが言った・・・和菓子屋の女将さんだ。

オリバーは喫茶店をしていたにも係わらず、和菓子党だったので、良く林さん家のお茶を買

ったり、森田さん家のお饅頭を買ったりして、寛(くつろ)ぎの時間を作っていた。

ちょいと、アンタ!それ、抜け駆けじゃないのさ!」

林さんが突っ込んだ。

この界隈のオバサン達は、みんなチャキチャキしているので、人は良いがちょっと言葉が

乱暴だ。

いいじゃないのよ!『待ち受け』、『秋バージョンにしたい』んだよ、あたし」

やいのやいのとオバサン同士の揉め事に発展していった。

「待ってよ、待ってよ!ちゃんとみんなと撮るからさ!はい、じゃあ、まず森田さんの奥

さんから・・・」

ジェームズが「森田さんの奥さん」と、商店街の路上で仲良く、「ケイタイの写真」に納

まった。

ジェームズを知らない「外の人達」は、みんな何事かとジロジロ見ている。

「ひゃ〜・・・いい男だ事♪」

森田さんは至極嬉しそうだ。

ジェームズは、そこにいるオバサン全てと写真を撮り終えると、「悪いね、これから俺、

バイトだから」と言い残し、手を振り去って行った。

オバサン連中はみんな、ジェームズが見えなくなるまで手を振っていた。



「はぁ〜・・・全くカッコいいねぇ〜・・・」

全員、陶酔の表情だ。

「うちに娘さえいればねぇ〜・・・」

「うちの娘は、三男の『トム』の方がいいって言ってるんだよ」

「うちの娘は『ダニエル』が好きなんだってさ」

「あたしらは専ら、『ジェームズ』だけどねぇ〜・・・」

オバサン四人は、自分のケイタイの画像の中の、「2ショット」でたった今撮った写真と

、それぞれが持ち歩いている「ラクダ色の上下の肌着を着て、腰に手を当てた、紳士モノ

の下着モデルのジェームズ」を確認し合っていた。

「ジェスコ」五階の紳士服売り場・・・「スーツ姿のジェームズの等身大ポスター」を、

みんなは密かに狙っていた。

 




オリバーは、少し店が暇な時間になった夕方五時半・・・外にある植木に、今日二度目の

水やりをしていた。

なぜかフンフンと、「美川憲一の『さそり座の女』」を口ずさんでいる。

「ん・・・?」

オリバーは、植木の植えてあるレンガの上に、女性が座り込んでいるのに気付いた。

「あの・・・そこ、座らないでくれる?花が・・・」

女性はそう言われて、慌てて立ち上がろうとした。

が・・・すぐにフラフラして、しゃがみ込んでしまった。

「おい、ちょっと・・・」

オリバーはその女性が白いワンピースを着ていたので、地面の泥が付かないかと心配して

、手を貸してやった。

「すいません・・・ちょっと貧血気味で・・・」

女性は青い顔でオリバーを見た。

「具合悪いの?ここ、うちの店なんだ。別に何も注文とかしなくていいから、少し休んで

行きなよ」

「でも・・・」

「今うち、お客誰もいないから、あんた『サクラ』だ」

オリバーが笑い掛けた。

「・・・じゃあ、あの・・・すいません・・・。少し休んだら、帰りますから・・・」

まだ若い女の子だ・・・大学生くらいに見える。

とても白くて細い娘だった・・・。

「いいって。気分良くなるまでいなよ。歩ける?」

オリバーは女の子を抱えるようにして、店に招き入れた。

「ん?」

そこへトムが、早々とデートから帰って来た。

トムが早く帰ってくるデートは、そんなに「本命じゃない女」とデートする時だ。

だから、「ステディ」と「単なるガールフレンド」との違いが、歴然としていた・・・分

かりやすい。

「おっ♪」

トムはサッと木の陰に隠れ、オリバーが自分の店に女の子を招き入れるのを見届けた。

「へぇ〜・・・」

トムが顎(あご)に手を当てて、ニヤニヤした。

 



「誰だったんだよ、さっきの?」

「は?」

オリバーは新聞を広げ、足の爪を切っていた。

夜の食事も終わって、みんな思い思いの時間の過ごし方をしていた。

「トボケんなって!結構可愛い女の子だったじゃん?」

トムはニヤニヤしている。

「・・・何の事だ?」

オリバーは意味が分からず聞き返した。

「店に連れ込んだ、『あの女』だよ。白いワンピースで黒毛のストレートなロン毛の・・

・」

「何っ!?」

ジェームズが、テレビから「その話」に、突然聞き耳を立てた。

「あぁ、あの子の事か。別に何もないぜ?期待しない方がいいぞ、トム。大した話じゃな

いから」

オリバーは冷静なものだ・・・集中して足の爪を切っていた。

「何があったんだ?」

ジェームズだ・・・こっちの話に、急に夢中になった。

「道で貧血起こしてたんだ、あの娘。で、休ませてやった」

「ホントか・・・?」

トムは相変らずニヤニヤしている・・・やはり、何かを期待しているようだ。

「ホントもホント!色気のない話さ」

「名前とかは、聞かなかったのかよ?」

またトムだ。

「別に聞く必要あるか?」

馬鹿か、オリバー!あれも一種の出会いだろ!?結構ビジュアル良かったし・・・

。アンタ、今まで生きて来て、一度だって女と付き合った事あるのかよ!?」

「どの口が『アンタ』だと・・・?えぇっ?!

オリバーはトムの唇を二本の指で、ギュ〜ッと挟んだ。

イテテテテ・・・痛いって!でもホント、冗談抜きでオリバー・・・女と付き合った

事ないだろ?!これはチャンスじゃないか!」

「失敬な・・・保育園の時『悠木まこ』ちゃんと、お付き合いしてたぞ!俺はモテモテだ

ったんだ!『チュー』も貰った」

オリバーがエッヘンと胸を張った。

「えばんなよ、保育園の時の話に。俺が聞いているのは、中学以降の話さ!誰とも付き合

ってないだろ?」

「まぁ・・・親父とお袋が死んじまって、それ所じゃなかったしな・・・」

オリバーの何気ない話に、他の二人が一瞬真面目な顔になった。

「あ〜っははははは!!」

突然、ダニエルとルパートが笑った。

テレビで面白いシーンがあったようだ。

トムとジェームズがジロリと弟達を睨み付けた。

こっちが真面目な話をしている時に・・・・・調子が狂う・・・・・。

しかし、ダニエルとルパートの二人は、兄達の鋭い視線には全く気付かず、相変らずテレビに真剣だった



「まぁ〜・・・これはマジ、チャンスだぜ、オリバー!神がアンタに与えし、チャンスだ

!」

「どの口が『アンタ』だ・・・?」

またもやオリバーに唇を摘ままれたトム。

「ヒテテテテテ・・・」

「池照家」は、年上に対する口の利き方にも家訓がある家だった。

しかしトムは、唇を摘ままれながらも笑顔だ。

オリバーが自分達弟の面倒の為に、中学生の時からアルバイトをして、家計を助けてくれ

ていた事を良く理解していた。

そんなオリバーに「春の到来」を予感させる、今回の出来事・・・嬉しくないはずがない。

「また来るかな、その娘・・・」

「どうかな?この辺の人っぽくなかったし・・・もう来ないんじゃないか?」

「ネガティブな思考はよせよ・・・来る!絶対にあの娘は、またオリバーを訪ねて来る!」

トムはいつになく浮かれていた。

「何だよ、その根拠のない自信は・・・」

「俺のカンだ!」

「当たりそうにねぇなぁ〜・・・」

オリバーが薄ら笑いした。

しかし・・・オリバーの考えは見当違いだった。

トムの言う通り、二日後にその女の子は、オリバーを訪ねて現れたのだ。




「あの・・・いきなりで本当に申し訳ないんですけど・・・」

ビジュアルに合う、とても可愛らしい小さい声だ。

女の子は、自分の名前を「海藤魔子」だと名乗った。

「魔」・・・普通はちょっと、子供には付けないような字だ・・・親は何を考えているの

だろう。

しかし、そんな事よりオリバーを驚かせたのは、自分が保育園の時に付き合った「まこち

ゃん」と同じ名前だったし、前はちっとも気付かなかったが、確かにトムの言う通り「と

ても可愛い女の子」だったのだ。

清楚で礼儀正しく儚(はかな)げで・・・少女マンガから抜け出たような大きなキラキラし

た瞳の持ち主・・・。



「私をここでバイトとして雇って頂けないでしょうか?」

「え・・・?」

女の子はまるで、「鶴の恩返し」のような事を言い出した。

「『履歴書』も持ってきました。こんな突然で・・・しかも、凄く不躾(ぶしつけ)なのは

承知してます。でも・・・ここで働きたいんです。お願いします!」

「・・・・・」

「考えていただいて結構です。今日はこのまま帰ります。もし・・・採用してくださるの

でしたら・・・ケイタイ番号書いておきましたので連絡ください。何時でも待ってます。

じゃあ・・・」

そう言って、「海藤魔子」は店を出て行った。

「・・・・・」

 



「決めろっ!この話、絶対決めろっ!」

夕食の時、話題に持ちかけたオリバーに、トムはすぐに食い付いて来た。

ジェームズも、「履歴書」の「魔子の顔写真」を見て、満更でもない。

「うん・・・可愛い子じゃないか、オリバー。決めちゃえよ、この子・・・」

「決めちゃえって・・・うちの店、今人いらんだろ・・・?」

「喫茶レインボー」は、そんなに忙しい店ではなかった。

だからジェームズは、「就職」を考えたくらいだ。

「彼女・・・きっと遠回しに、お前と付き合いたいって事を『告(こく)った』のかも知れ

ないぜ?」

ジェームズがニヤニヤした。

兄の恋路の邪魔をする必要はなかった。



今・・・ダニエルとルパートが大人しいのには訳がある。

テレビで「志村どうぶつ園」が放送しており、それに夢中なのだ。

二人共、「チンパンジーの『パン君』と、パグの『ジェームズ』」の大ファンだった。

困難しながらも二匹で力を合わせ、おつかいや冒険をするこのシリーズが大好きだった。

今日の話は、「フクロウのキーコ」と仲良しになる・・・だった。

「僕さぁ〜、ルパート・・・。『白フクロウ』って飼ってみたいんだよね?」

「いいんじゃない?ダンにフクロウ合いそうだよ・・・。あ、そう言えば、ダンってあの

子に似てるね?」

「どの子?」

「ほら・・・『魔法使い役のあの男の子』だよ。何て言ったかなぁ〜・・・?」

あぁ!額に稲妻の傷が入った、あの魔法使いの男の子の事?」

「そう!あの子にちょっと似てるよ!」

「そうかなぁ〜・・・?」

ダニエルは自分の顔を両手で触った。

「でも、だとしたらさぁ〜・・・」

「うん?」

「ルパートも、あの子に似てるよね?」

「どの子?」

「その『魔法使いの男の子の親友役』の・・・いるでしょ?『赤毛の子』」

「そうかなぁ〜・・・」

「そうだよ」

そして二人は、オリバーをエサにして、何やら盛り上がっている三人の兄を見つめた。



「・・・似てるね」

「うん・・・似てる。うちって『そっくりさん』な兄弟だったんだね、ダン」

「そうみたいだね」

あんなこんなで、また一日が過ぎて行った。

翌日・・・喫茶レインボーには、「可愛らしい女の子の『いらっしゃいませ』」が一日中

響き渡っていた。

 

 

 第二話完結      第三話に続く       変身モノ目次へ     トップページへ