第十話「『松の湯』と『東京ヘンズ』」


「なぁ、いつ直るんだよ、うちの風呂?」



ブツブツ文句を垂れながら、自分の使うロッカーを開けたトム。

夜九時半・・・「松の湯」の男風呂の脱衣所はかなり込み合っていた。

小さな子供が親に服を着せて貰っていたり、知り合いを見つけて話し込んでいる老人が居

たり、部活後に仲間と汗を流しに来た野球部の面々などで賑わっている。

脱衣所の熱気はムンムン、萎びた年寄り・デブ・ブ男も居る、どこを見ても男の裸だらけ

・・・かなりむさ苦しい状態だ。



昨今、風呂屋産業は年々減少傾向にあり、毎年多くの店が廃業を余儀なくされていたが、

実際にはまだまだこうして「愛好者」はかなり多いようだ。

世の中では今、「スパ」だの「ネオ銭湯」などがモテはやされていたが、やはり日本人た

るもの・・・昔ながらの「これぞ、ザ・銭湯」が断然一番落ち着く。

「松の湯」は家族経営の風呂屋で、今日の番台には曾おばあさんの「八重さん」が、まる

で眠っているかのように・・・はたまた、もしや死んでいるかのように静かに番台に鎮座

している。

この一家・・・曾曾おじいさんの「国松さん」までもがまだバリバリの現役で、一家全員

合わせると二十八人の超大所帯だ。

テレビでも何度か取り上げられ、「池照家」とは違った意味で有名な家族だ。

それはさて置き、池照家の界隈にはこのように昔ながらの銭湯がまだまだ健在だ。

家風呂があっても、週末だけは銭湯に通う家が沢山ある。

風呂屋はご近所さんとの交流の場であり、井戸端会議の場でもあった。

池照家の双子の次男のジェームズは、大の「風呂屋愛好家」(彼は、他にも色々と多趣味

だが
)で、バイト帰りの至福のひと時を、あちこちの風呂屋で過して帰る事が多々ある。

 


「業者に電話はした。明日、一度どんな様子か見に来てくれるらしい。それからどうする

か決めるってよ」

オリバーが肩に張ってあった、「ピップエレキバン」を剥がしながら答えた。

「オリ婆」さん・・・日々、着実に「老人化」しつつあるようだ。

まだ若干二十二歳の若者なのに・・・気の毒にも相当「お疲れ」らしい。

彼の愛飲ドリンクは、何年も前から「オロナイン・E」が王者として君臨している。

最近は、日に三本も飲む常用ドリンクだ。

もし彼が芸能人なら、間違いなくCMオファーが来るだろう。

「・・・早く頼むぜ?十二月に風呂が壊れてたんじゃ、俺、寒くって死ぬぞ?」

トムは体脂肪が一番兄弟の中で少ないので、寒さには極端に弱い。

あばら骨が目立つ体で、こうしている今もガタガタ震えている。

「めぐみのヤツ、帰って来た早々全くロクな事しないぜ・・・」

トムは華奢な上半身を露にしながら、一際ブルルッと体を震わせた。

下は既にトランクス姿になっていたが、彼の細い太股には大抵どのトランクスもガバガバだ。

ちなみに今日のトムのトランクスは「ドルチェ&ガッパーナ」・・・「ガバガバ」と「ガ

ッパーナ」で・・・いや、コホン!

何でもない・・・忘れて欲しい。



勿論この下着はガールフレンドの一人から貰った一枚だ。

トムは相変わらず、大いにモテモテの大学生活をエンジョイしていた。

同世代のカノジョは実際数少なく、殆どが年上だ。

看護婦、モデル、秘書、クラブのママ・・・そういった「パトロン」が何人も居る為、デ

ートはかなりハイクラスのモノを経験しているし、目も舌も鍛え上げられ肥えている。

顔のレベルも標準より上ばかり・・・トムは相当な面食いだ。

ただ、若さにだけモノを言わせるのではなく、これでなかなか結構マメな男だったので、

それぞれの誕生日や記念日には女達が喜ぶような、若さを生かした贈り物をプレゼントし

ている。

トムは・・・はっきり、そんじょそこいらの「ホスト」より、資質があった。

が、如何せん・・・彼はその職業で金を稼ぐ気がないと言うのだから、勿体無い話だ。

きっと一ヶ月に数百万も稼ぐ、業界ナンバー1さえも手に届く位置まで上り詰めるだろうに。

で、トムの話はまだ色々あるが、先に話を進めよう。



風呂屋は久しぶりだった池照家・・・しかも、兄弟水入らずとなると本当に数年ぶりだ。

久しぶりに男同士の・・・兄弟同士の裸の付き合い。

こういうのも、たまにはいい・・・こういう機会でもない限り、水入らずで風呂に入りに

来る事も無くなっている年齢に兄弟は達していた。

脱衣所には風呂から出た人達が体重計に乗ったり、テレビでやっているボクシングの試合

を観ながら話に華を咲かせていたり、一回200円の「按摩
(あんま)器」に乗って、「あ

〜・・・」と呻(うな)っていたりしている。

オリバーは知り合いの庭師「正造じいさん」に話し掛けられて、世間話を始めていた。

「池照家」の事を知らない人はこの町にはいない。

祭や商売で全員顔を知られていたし、それに「イケメン」揃いの兄弟は人目を引くし、町

の人気者なのだ。

何より、両親が居ないのに健気に生きている姿がみんなの気を引いたし、涙を誘う。



あははは♪見てよ、オリバー!ダン・・・胸毛が一本生えてるよ。あはははは♪

ルパートがケタケタと大ウケしている。

ルパートは、兄弟斬っての「おっぺけ男」で、自分をピーターパンか何かの生まれ変わり

と信じて疑わない、夢見るドリーマーな高校生だ。

常識的な事が一切苦手で、自分の世界観で世を見る。

テレビ界のどんな天然アイドルも、彼には到底敵わない。

「もう少し静かにしろ、ルパート」

オリバーがおじいさんとの話を中断して四男を注意した。

「でもさ、でも・・・あははは♪

ルパートは笑い上戸だった・・・一度ツボにハマルと暫く抜け出せない。

今は誰が何を言っても無駄だ。

「そんなに笑わないでよ、ルパート。しょうがないだろ・・・抜いても抜いても生えて来

るんだもん・・・」

ダニエルはもうパンツ一丁だった。

今年十五歳になったダニエルは、割りと自分の裸に自信があった。

鍛え抜かれた筋肉美をむしろみんなに見て欲しい、かなりナルシストな気がある。

二歳上のおっぺけな兄が大好きで、相変わらず「いつかルパートと結婚しよう」と言う野

望を捨てていない。



「ルパートはダニエルを少し見習って、少しその『幼児体系』何とかしろよ。腹が『リア

ル・キューピーさん』だぞ?」

オリバーはもう真っ裸で、細い体に腰にタオルを巻いていた。

シャンプーやら石鹸を手に持ち、浴場の取っ手に手を掛けた。

「仕方ないでしょっ!今、ご飯食べて来たばっかりなんだから」

一流フレンチレストランでダニエルとルパートは、パンを三人前「おかわり」していた。

しかも、「タダ券」での客の分際で。

その時の、兄トムの恥ずかしさは容易に想像出来る。

「俺とダニエルは『キューピー』になってないぜ?」

トムに指摘され、ルパートは恥ずかしそうに自分のポッチャリした腹を隠した。

「メシ食わない時でも、お前は『いつもキューピー』だもんな?」

トムが毒づき、ルパートが「フン!」とそっぽを向いた。

オリバーは「ケンカするなよ」と二人を嗜(たしな)め、さっさと風呂場の横開きのドアの

向こうに消えた。

「大丈夫だよ。ルパートはそのくらいで充分可愛いよ♪あ、待ってよ、オリバー!」

ダニエルは慌ててグンゼのパンツをペロンと下ろし、オリバーに続いた。

彼には「羞恥心」と言う言葉は多分無い。

きっと、渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で「真っ裸」になれるような男だ。

一方トムとルパートは、互いを意識するように少しモジモジしながら自分の急所を隠し、

兄弟二人の後に続いた。

兄弟・・・男同士と言えども、やはり普段会っている時の姿以外の自分を曝(さら)すのは

恥ずかしかった。

(ダニエルとルパートはほぼ毎日一緒に風呂に入っているので、互いの裸を見慣れていた)

 



中は湯気が充満し、視界が一瞬モヤに包まれた。

脱衣所より中の方が空いていた。

四人は横並びに「ケロヨン」の黄色の椅子を置き、腰を下ろした。

「フランス料理、すっごく美味しかったよね、ダン?」

桶に湯を張りながら、ルパートは自分の横のダニエルに話し掛けた。

「うん。レオンハルト君の家で食べたのと味が似てたよね?」

ダニエルは自分の体に軽くお湯を掛け始めている。

「おい・・・お前それ、何持って来たんだ?」

トムはルパートの「お風呂グッズ」の中から、ゴム製の「イルカ」と「アヒル」、それに

「カエル」を見つけた。

「大変だったんだよ、全部は持って来られないからさ。ケンカになるでしょ?で、『みん

な』にジャンケンして貰って、勝ったのが『この子達』だったんだよ」

「・・・オモチャ同士が、どうやってジャンケンするんだよ?アホ!」

トムがツッコンだ。

相手が「夢見るドリーマー」だろうが何だろうが、トムには全く関係ない。

むしろ、早く弟に「現実社会の一員」になって欲しかった。

「別にいいでしょ!とにかく、この子達は『勝ち組』なんだよ!」

ルパートはプリプリ怒っている・・・先ほどのトムからの「ポッチャリ発言」がまだ尾を

引いるらしい。

それに、トムの「リアル世界」な言い方も気に食わなかったようだ。

そう、池照家四男のルパートは、「ネバーランドの住人」・・・「永遠の少年」なのだ。

彼の住んでいる世界では、オモチャはきっとお喋りをするし、ジャンケンもするのだろう。

「リアルなツッコミ」を入れてはイケナイのだ!

トムはその「暗黙のルール」を違反した為、ルパートに怒られた。



「で、そのオモチャ・・・どこで遊ぶ気だよ?」

トムが尚も弟を睨みながら聞いた。

「お風呂のオモチャなんだから、お風呂の中で遊ぶのに決まってるじゃないか!馬っ鹿じ

ゃな〜い?

「んだと、この野郎ぉ〜・・・」

トムがルパートのわき腹を、グニッと摘んだ。

ルパート如きに「馬鹿扱い」された事が、何とも腹ただしい。

しかもその言い方が、心底人を馬鹿にした言い方だったので余計に腹が立ったトム。

トムは以前、ルパートに「遅れてるぅ〜!」と言われた時も無性に腹が立ち、命一杯泣か

せた事があった。

確かその時も、「遅れて・・・」の「お」と「く」の間に小さな「っ」を入れられ、怒り

が倍増した。

トムとしては、苛める為にルパートのわき腹を掴んだのだか、当のルパートは大のくすぐ

ったがり・・・トムのモクロミは上手くルパートに伝わり切らなかったとみえる。

ルパートはわき腹を兄に「揉まれた」ので、体を捩って大笑いし、それは浴場で大反響した。

そして、それによって今度こそ、本格的にこっ酷くオリバーに叱られたルパート。



「んもぅ〜・・・トムのせいだ!僕、もうトムなんか無視するモンねーだ!」

ルパートは桶の中に三種類のオモチャを入れて、泡立てて洗ってやっている。

「湯船に浸かる時は体を洗う」と言う「風呂屋のシキタリ」に、オモチャ達を従わせてい

るようだ。

「あのなぁ〜・・・そんな事しても無駄なんだよ!公共の場ではそういう遊びをしちゃい

けねぇーの!お前何年日本人してんだよ!そんな事も分かんねぇのか、この馬ぁ〜鹿!

トムが殊更に意地悪そうに言った・・・特に「この馬ぁ〜鹿!」には悪意さえ感じる。

「馬鹿」と言う言葉を言う年季が、ルパートとは全然違う・・・ナチュラルに言い慣れて

いる。

ハッキリ言って、先ほどの脱衣所での「お返し」だった。

「・・・・・っ」

ルパートの目にジンワリと涙が溜まった。

唇をツーンと突き出して泣くのを耐えている・・・トムはやはりやり過ぎた。

「ほら・・・こっち来い、ルパ。トムもこいつを構うな」

ルパートは荷物を持ってオリバーの横にトコトコと席を移動し、涙を拭うようにバシャバ

シャと顔を洗った。

ルパートは最近、かな〜り遅めの反抗期に入ってた。

それにトムは、「遊び」と「イジメ」の境界線がかなりあやふやな所がある。

初めはジョークで弟をおちょくっていても、いつの間にか相手は「本気」になり、終いに

は泣かせてしまう事が良くあるのだ。



「そうやって、ケンカばっかりしている奴はなぁ〜・・・」

オリバーがいつの間にかルパートの「カエル」を手に持っていた。

「月に変わって俺がお仕置きよぉ〜!」

オリバーがルパートのわき腹をそのオモチャでグリグリした。

「設定」が少し古いのはご愛嬌だ・・・大体オリバーは、自分の興味ある事意外は、情報

が全て遅れて入ってくる。

今、彼の中では「『セーラームーン』は超・旬!」なのだ。

ルパートは暫く仏頂面で笑いを堪えていたが、やはりわき腹は彼のネックだったようで、

次第にクスクス笑い出し、終いにはまたもや超音波のような声でケタケタ笑った。

ちょっと元気にしてやろうとしたら・・・予想外にうるさくなった。

オリバーは自分の浅い考えに反省し、すぐに弟をくすぐるのを止めた。

 


「うるっせぇぞぃ!」




ガラーッ!と誰かが浴室の扉を開けた。



「風呂屋で騒ぐ奴はなぁ〜、オリバーに変わって俺様がお仕置きよぉ〜!」



次男のジェームズが元気良く兄弟達に合流してきた。

どこから会話を聞いていたのだろう・・・兄弟の会話にビンゴにヒットしてきた。

しかも腰にタオルさえ巻いていない、堂々たる男らしい登場だ。

みんなで風呂屋に行く時、ジェームズはまだ家に帰っていなかった。

おそらく、「『松の湯』に行って来る」と言う置手紙を見たのだろう。

合流して来るなり、すぐに下の弟二人と一緒になって風呂場でフザケ始めたジェームズ。

いつの間にか、浴場には池照家の面々だけだった。

あまりの喧しさに、他の客が退散してしまったのだろうか・・・気の毒に。



「あれ?レオ〜ンハルト君?」

ダニエルが、浴室の入り口にモデル張りの立ち方で突っ立っている金髪の青年を呼んだ。

確かに、「レオンハルト・ハインリッヒ」その人だ。

レオンハルトは金髪・碧眼に似つかわしくない腰にタオルを巻いた状態で、華麗なキメポ

ーズで立ち、浴場の内装を感激したように見上げている。

レオンハルトが腰に巻いているタオルは、この間オリバーが町内会で頂いた「新庚申塚銀

座通り商店街・祝★50周年記念」と書いてある、ジモティー感丸出しなタオルだ。

ジェームズにでも借りたのだろうか?

ハァ〜イ、キッズ達・・・久しぶり、元気?あ、お兄さんどうも!やぁ、そこに居る

のは僕の最愛の親友トム君!こんばんはぁ〜!

レオンハルトは浴場でと〜っても良く響く「腹式呼吸な声」を上げて、トムの横を、さも

「当然!」とばかりに陣取った。

登場の仕方も何もかもが、まるで「宝塚ダンサー」とか「劇団四季のミュージカル」のノ

リのレオンハルト・・・トムは「はぁ〜」とあからさまに嫌な顔をした。

レオンハルトが座った場所は、丁度さっきまでルパートが居た場所だった。



「・・・何でお前が風呂屋とかに来てんだよ!」

トムはレオンハルトに背中を向けたまま会話した。

「君の家にお邪魔しようと向かったら、お宅が真っ暗で・・・そしたら、こちらのお兄様

が丁度帰っていらした所だったのだよ。で、お誘いを受けて、記念すべき『銭湯初体験』

と言う訳さ」

バスグッズは全てジェームズに借りたと言うレオンハルト。

「ったく、ジェム爺の奴・・・余計なモン連れて来やがって・・・」

トムはダニエルの向こう側に座った次男をジロリと睨んだ。

ジェームズは全くその視線は気付かず、楽しそうに末っ子とお喋りしている。

「僕はとってもいいタイミングで君の家に伺ったって事だね。こうして君とお風呂に入る

チャンスを得たなんて・・・トム君、とっても痩せているね?でも、素敵だよ!想像通り

の魅力的な体だ♪」

「見んなっ!」

トムは手で体を隠して、オリバーの方に少し椅子をズラした。

「だって、貴重じゃないか!トム君の裸・・・。僕は明日、部の女子に自慢出来るよ♪」

すんじゃねーっ!いいか?!俺と風呂屋に来たなんて、女達に絶対に言うなよ!?」

「どうしてだい?」

「最近オカシな女共が、俺達を『面白おかしく』語ってんのをたまたま聞いちまったんだ

!これ以上疑われたくねぇんだよ!」

「いいじゃないか・・・勝手に言わせておけば。第一、実際僕はトム君の事が本当に大好

きだし♪」

「触んなっ!」

トムは自分に伸びて来たレオンハルトの手をぺチンと叩いた。

「男同士・・・恥ずかしがらなくてもいいだろ?よし、僕が背中を洗ってあげよう」

「ギャーーーーッッ!」

「うるっせぇぞ、トム!」

オリバーが叱った。

「だって、コイツがよぉ〜・・・」

トムは半分涙目だ・・・全身鳥肌を立てて、本気でレオンハルトを嫌がっている。

 


「ねぇ、今日は何のバイトして来たの?」

ダニエルがジェームズに聞いた。

ジェームズは就職活動中も、夜はあちこちのバイトをしていた。

「『ウザギ』になってた。駅前に出来た『メイド喫茶』の呼び込み」

ジェームズのその話がチラッと耳に入り、既に浴槽に入っていたルパートは、まるで「一

時停止」したようにオモチャ遊びをパタッと止めた。

「そうか・・・ここ数日、駅前に居た『パラパラ』踊りながらチラシ配っていた『アレ』

、ジェームズだったのかぁ〜・・・」

ダニエルは体を洗い終え、泡を洗い流している。

「そういう事!期末テスト始まったんだろ?どうだ、出来栄えは?」

「ん〜・・・そこそこかな」

ジェームズは今、髪にシャンプーを出した所だ。


「それ、僕のでしょーーーーーっっ!」


ルパートが突然、意味不明な大声を上げた。

みんなが驚いて耳を塞いだ。

ルパートは浴槽の中の湯をバシャバシャ叩いて、何やら無性に怒り悔しがっている。

「え、このシャンプーお前のか?お前のは確か『プーさん』の・・・」

不思議がるジェームズを余所に、なぜだかルパートは怒り狂っている。


「静かにしろって言ってんのが分かんねぇのかっ!?一体何なんだ!!」


オリバーの怒りが頂点に達するのは尤もだった。

オリバーは公共の場で迷惑を掛ける人間が絶対に許せない男だった。

自称「礼儀正しい暴れ者」を自負していたので、ルパートの今日の行動にはとにかく腹が

立つ。

いつもはルパートの唯一の味方で最大の理解者であるダニエルでさえも、オロオロしてど

うしていいか分からずだ。



「メ、『メイド喫茶のウサギ』って、そ、それ・・・僕がやろうって思ってたヤツ・・・」

両手にオモチャを握り締めたまま、ワナワナと震え始めたルパート。

「あ、そうなの?でもお前、『面接の日』居なかったじゃん」

「忘れてたんだよーーーっっ!!わーん、ジェームズの馬鹿馬鹿ーーっっ!!」

ルパートは頭を抱え、絵画「ムンクの叫び」のような情けない顔をした。

湯船の中で益々バシャバシャとお湯を叩いて暴れている・・・よほどショックのようだ。

自分に腹を立てているのか、ジェームズに取られたからなのか・・・あるいは、両方が原

因か・・・とにかく、この世のお終いくらいに気が狂っているルパート。


「いい加減にしろ、ルパート!何度も俺を怒らせんなっ!」


本格的にオリバーが怒った・・・真っ裸で仁王立ちになった。

みんなに視線はオリバーの「ある一箇所」に注目した。

オリバーはその視線に気付き、少しテレ臭そうに湯船に大人しく浸かった。

ルパートはまだグズグズと泣いている。

「おい、ダニエル・・・お前何とかしてくれよ?」

ジェームズもホトホト困ってしまった・・・何気なく始めた会話が「とんだ発展」をした

ものだ。

トムは耳に指を突っ込んで、イライラしながらも「我関せず」を装っている。

自分が何を言っても、今まで以上にルパートを泣かす事しか言えないとの配慮からだ。

レオンハルトは兄弟の言い争いにオロオロしながら、遠慮がちに湯船に浸かった。

一人っ子のレオンハルトは、生で見る兄弟ケンカが初体験だったのだ。

「う、う、ウサギぃ〜・・・僕のウサギがぁ〜・・・」

「別にお前のウサギじゃねぇだろ!」

第三者をやり過ごしていたトムがいよいよ口を挟んだ。

意味深に近寄ってきた不気味なレオンハルトを蹴飛ばし、騒ぎ捲くっているルパートから

少しでも離れたトム・・・喧しいのは勘弁だった。

ルパートはきっと、よほどそのバイトに意気込んでいたのだろう・・・が、「ツメ」が甘

かった。

一番大切な「面接の日」をすっかり忘れていたようだ。



「なぁ・・・そんなに凹むなって。俺、どうせ長い事はあのバイトやっていられないから

、辞める時、次の『ウサギ』にお前がなれるように店長に口利いといてやるよ」

「・・・ホント?」

ルパートはジェームズを見つめた・・・全然泣いていなかった。

子供が声だけでビービー泣き喚いているのと同じだった。

どうやら「ネバーランドの住人」は嘘泣きの達人らしい・・・全く厄介な達人だ・・・。

「あぁ。俺、割と評判いいから店長から気に入られてるし・・・そのくらい俺の我が儘聞

いてくれるだろ。あ、一応言っておくけど、『可愛いメイド』は一人も居ないからな、そこ」

ジェームズは頭を洗い始めていたので、髪形が「白いアフロヘアー」だった。

「大丈夫だよねー?だって、ルパートがその子達のブサイクを充分カバー出来るもん」

ダニエルが大好きな兄を持ち上げた・・・言っている事はかなり刺々しい内容だったが。

ルパートは「ウサギになる」目処(めど)が付いたので、やっと大人しくなった。

湯船の中に放置されていた哀れなオモチャ達は、ドサクサに紛れてオリバーがそっと外に

出しておいた。



「そう言えば、どうして家の前に居たの?レオ〜ンハルト君?」

ダニエルが絶妙なる間で話題を変えた。

髪を洗い終えたジェームズも湯船に浸かり、これで一先ず全員お湯の中だ。

トムは頭を足場に凭せ掛けて少しプカプカと湯船に浮いていたが、レオンハルトがまたソ

ッと自分の方に近寄って来るのが分かるとキッと睨みを利かし、場所を移動した。

「皆さんを、『クリスマスパーティー』のお誘いをしに来たのです」

「え、『クリスマスパーティー』♪」

下の弟二人のテンションが上がった。

ダニエルは洗ったばかりの髪を、丁度「キューピーさん」のようにオリバーに後ろから悪

戯されている。

「あれ!?でも、もし24日って言うんなら・・・確か、『めぐみちゃんの誕生日』だぞ?」

「え?」

オリバーの言葉にみんなが顔を見合わせた。

 


「トムさぁ〜ん!トムさぁ〜ん!」




絶妙のタイミングでめぐみが女湯から声を掛けてきた。

尻上がりの語尾は風呂場のエコーのせいで、まるで「演歌」のように聞こえる。


「何だよ、うるっせぇな!」


トムが仏頂面で声を返した。


「石鹸忘れてきたんですぅ〜!一つ、貸〜してくんちぇ〜!」


「よっ!憎いね、あんちゃん!アンタの『コレ』か?」

たまたま風呂場に入って来た知らないオッサンが、ニヤニヤしながらトムに向かって小指

を立てた。

「・・・違いますよ」

トムは低いトーンで答えた。

その表情は、「例えジョークでもそんな事二度と言ったらぶっ殺す」と言っている。

全く「物騒」なトムだ。


「トムさぁ〜ん!」

「分かったよ!うるっせぇんだよ、トド!何度も俺の名前を呼ぶんじゃねーよっ!」


トムがポーンと向こうに、自分が使っていた石鹸を放ってやった。

ポチャーンといい音がした。

「ホール・イン・ワン」・・・どうやら湯船に入ってしまったようだ。

めぐみが「すンませ〜ん!」と、何度も周りに謝っている声がこっちにまで聞こえた。


「こんばんはぁ、めぐみさ〜ん!僕でーす!レオ〜ンハルトで〜す!」


レオンハルトが向こうにいるめぐみに挨拶した。

自分の存在は、いつ何時でもめぐみに知られていたいレオンハルト。

「人知れず・・・」と言う言葉は、彼には似合わない。


「こんばんはデスゥ〜、レオンハルトさぁ〜ん!」


ご丁寧にもめぐみから挨拶の返事が返って来た。

女湯で、またドッと言う笑い声が上がった。

「なぁ・・・どうしてめぐみちゃんは『トム』を呼んだんだ?」

ジェームズがボソッと言った。

ジェームズは顔がもう赤くなっている・・・そろそろ湯船から出た方がいいかも知れない。

「知らねぇよ・・・たまたまだろ?じゃなかったら、単なる嫌がらせだ」

一方のトムは、結構時間的には湯船に入っているのに、まだまだ涼しい顔だ。

基本的に冷え性なので、簡単に体が温まったりしないのだ。

「そんなもんかね・・・」

ジェームズが意味深なニヤニヤ笑いをするので、トムは湯船の中にジェームズを沈めた。

「うわっぷ!馬鹿っ・・・モガガッ!」

「・・・・・」

オリバーはもう怒る気さえ無くなっていた。

本来なら静かに風呂に入るのが好きなオリバー・・・家での風呂だったらビールでも持ち

込んで、声高らかに演歌か懐メロでも歌うトコだ。



そんな中ダニエルは、さっきからずっとチラチラとレオンハルトを見つめていた。

「何だい、キッド?」

少し前に遊びに行ったハインリッヒ家で付けられた「あだ名」で呼ばれたダニエル。

ちなみにルパートは「バンビちゃん」だ。

「レオンハルト君ってさ・・・髪が金髪だよね?」

「そうだよ!僕の父はドイツ人と韓国人のハーフなんだ。僕は更に母の・・・日本人の血

の入ったハーフだから、僕は、まぁ〜・・・『クォーター』って訳だね」

「そのクォーターのレオンハルト君は、やっぱりそのぉ〜・・・体の毛は全部金髪なの?」

「はは♪好奇心旺盛だね。見てみるかい?」

レオンハルトがダニエルの前に立ち、腰に手を当ててザバァ〜ッと立ち上がった。


「うちの弟に『オカシなモン』見せるんじゃねーよっ!」


尽かさずトムが、レオンハルトの後ろから「膝カックン」をした。

レオンハルトは「うわっ」と言って、湯船にブクブクと沈んだ。

約一時間の、騒がしくも楽しい風呂を満喫した面々。

 



久しぶりに、兄弟水入らずで風呂を楽しんだ池照家の五人+レオンハルト。

巨大な肉団子のような赤い顔になっためぐみと外で落ち合って、七人は池照家へ向かった。

「お風呂上りのめぐみさん・・・とても素敵です♪」

すぐにレオンハルトは「大好きなめぐみ」をベタ褒めだ。

トムは「ケッ!」と毒づいた。

と・・・何やら夜道に怪しげなヤツ等を発見!

この寒空の下、何と二人共「ランニング姿」である。

しかもこの二人、何やら「ネタの打ち合わせ」のように、道の端でブツブツとトークをし

ている。



「おい、あんましソッチ見んなっ!」

双子の兄はダニエルとルパートの興味を、「マトモな世界」へと軌道修正させた。

弟二人は依然、「変な二人組み」をガン見中だ。

「ねぇ・・・どこかで見た事ない、あの人達?」

「少し前までテレビ出てた人達に似てるね。『エクササァ〜イズ!』って『ネタ』の二

人組み・・・名前、もう忘れたけど」

「俺の想像に間違いなければ、多分『怪人』の二人じゃねーか?」

トムが弟二人の会話に割り込んだ。

あーっ!ベラトリックスって人が送って来るって言ってた怪人?」

ダニエルはまだチラチラと後ろを振り返っている。

「シカトしろ・・・俺達の存在には気付いてないみたいだ。風呂上りにメンドーな戦いは

勘弁だぜ」

ジェームズは怪人に全く構う様子が無い。

肩からタオルを引っ掛け、鼻歌交じりで気分良さそうだ。

「いいのかなぁ〜、そんな事し・・・あ、ソースの匂いだぁっ!

ルパートの興味が、一気に「現実」に戻った。

目の前に屋台で来ている、「新橋・赤たこ」のたこ焼きカーを見つけたのだ。



「わぁ〜い、『赤たこ』だーっ!」

二人は怪人の事など、もう綺麗サッパリ忘れて屋台目指して走って行った。

物事を忘れる、恐るべき天才の弟達・・・兄達にとっては助かる。

「おい・・・お前等さっき、『フレンチ』散々食って来たんだろっ!?」

オリバーが叫んだが、二人の弟達の耳には届いていない。

たこ焼きを返す、華麗な鉄串裁きに見惚れている・・・焼いていたのはオネエサン二人組

だった。

そんなダニエルとルパートの様子を見て、めぐみが「可愛いですね〜、二人共」と語尾上

がりのイントネーションでクスクス笑った。

「・・・お前、全然笑えねーだろ?朝から『どんぶり飯、五杯おかわり人間』のくせに」

トムがめぐみにキツ〜い一言をお見舞いした。

「お米大好きなんですぅ、私〜」

めぐみは別段気にしていないようだ。

「残念だったな・・・お前が有名人なら、飯のCMが五万と来るぜ?」

「素敵ですよ、食欲旺盛なめぐみさん」

レオンハルトがまためぐみを持ち上げた。

トムはレオンハルトの送る「めぐみへのラブラブ攻撃」に、ほとほとウンザリだった。

「今度生まれ変わって来る時は、間違わずにちゃーんと『食いモン』になって生まれて来

いよ、トド」

「その時は僕、美味しくめぐみさんを食べますよ」

「ありがとうございますぅ〜、レオンハルトさ〜ん」

「ケッ!」

オカシな会話のやり取りになってしまった・・・トムは三歩先に歩を進めた。

 


チャッチャッと手際良く「たこ焼き」を作っていく、「オネエサン二人組み」の腕裁きに

見惚れている、ダニエルとルパート・・・憧れの職業の一つだ。

たこ焼き作る売り場のオネエサン達は、流れるような連係プレイを見せて、ギャラリーで

ある二人を楽しませている。

「・・・食いたいのかよ?」

オリバーは弟達の後ろに立ち、渋々財布を出した。

「食いたーいっ♪」

二人の弟が元気良く返事した。

「じゃ、オネエサン・・・たこ焼き一人前」

「え〜っ!?オリバーのケチーッ!」

「一人で一人前食えるのかよ、お前等?」

「食えるよ!」

「食えるモンねー!」

二人は、犬がご飯前に「待て!」と言われたように興奮している。

「あ〜・・・じゃ、ごめんね。二人前にしてくれる?ジェームズ・・・お前メシは?」

オリバーが後ろを振り返った。

「いや、まだだけど。俺、たこ焼きじゃなくって・・・んんんん〜〜〜っっ!?

ジェームズは、更に50メートル先にある「赤提灯(あかちょうちん)」を見つけた。



「あ、あ、あ・・・」

ワナワナとその提灯を指差したジェームズは、みんなを置いてダッと駆け始めた。

「おっちゃ〜〜〜〜ん!!」

「おーっ、若けぇのっ!今年も来たぜ〜ぃ!」

東北から出稼ぎの、ラーメン屋の屋台のオヤジと顔見知りのジェームズ。

赤提灯には「超激うま・バカ盛り一丁!」と書いてある。

二人はアニメ・母を訪ねて三千里の「マルコ」が、アンデスの山の向こうで「母」を捜し

当てたような劇的な抱擁(ほうよう)をかました。

往来の人が「何だ?」と言わんばかりに振り返っている。

「んもぅ〜・・・いつからこっち来てたのよぉ〜う」

感激を露にしているジェームズ。

毛糸の帽子にジャンパー姿のこじんまりしたおじさんに、ジャレ付いている。

「今日からだ!また春まで贔屓にしてくれよな、あんちゃん?」

「毎日食いに来るぜっ!早速一杯食わせてよ!晩飯まだなんだ、俺」

バカ盛り一丁のオヤジは、青森県から冬の時期だけラーメンを売りに来る屋台のオヤジだ。

小さい頃からジェームズはここのラーメンのファンで、昔はよく今は不在の父親に連れて

来て貰って来ていた。

ハッキリ言ってバケツ並みの大盛りラーメンと具沢山が売りな、巨大ラーメンだ。

ジェームズくらいしか、池照家では食える人間が居ない。

よしキタッ!いつもの・・・アレかい?『バカ盛り一丁・超特盛り・とんこつ味噌味

』!ははは!アンタ、相変わらず胃が丈夫だねぇ〜」

「おっちゃんのラーメンが美味いからだよ!」



ジェームズは早速簡易椅子に腰掛けた。

勝手知ったるように、サクサクと箸や七味、それに胡椒を自分の側に用意するジェームズ。

「俺に、アンタくらいの息子がいりゃあなぁ〜・・・ほい、お待ち!

屋台のラーメン・・・流石に早い!

ダニエルとルパートが、やっと「美味しく召し上がれますように」と、たこ焼きの入った

袋を貰った所なのに、ジェームズは既にラーメンをズルズルズル〜ッと豪快に啜
(すす)

っている。

「ウマッ!」

ジェームズが幸せそうにラーメンを啜っている脇を、「じゃ、僕達先に帰ってるよ?」と

ダニエルが声を掛けた。

「モガモガモガッ!」

何やら答えたジェームズだか、口の中がラーメンだらけで何を言ってるか誰にも分からな

かった。

大方、「おう!悪いな!」とか「歯、磨いて寝ろよ!」とか「宿題しろよ!」とか、往年

の人気バラエティ番組ドリフのエンディングで、加トちゃんが言っていたようなセリフを

喋ったのだろう。

めぐみは通り過ぎる時、鼻をヒクヒクさせていた。

多分、彼女も何(いず)れここの常連になるだろう・・・。

そしてその夜、お腹の人一倍弱いルパートはやはり腹を壊して、またもや「トイレの人」

と化す事になる。

 




クリスマスもいよいよ数日に迫った、とある日曜日の昼下がり・・・。

双子のオリバーとジェームズは渋谷の「東京ヘンズ」内、パーティーグッズ売り場をウロ

付いていた。

いつもなら一番近い「池袋ヘンズ」をウロ付く彼らだが、「巣鴨」から山手線に乗って話

し込んでいる間にうっかり「新大久保」まで来てしまい、「たまには都会に出てみるか?

」と言うジェームズのアイディアからの行動になった。

オリバーはもう一度駅を引き返す事を提案したのだが、「こういう機会じゃないとオリバ

ーを遠くまで連れ回す理由がない」とのジェームズの意見に、今日ばかりは無理やり従わ

せられた。

確かにオリバーは「喫茶レインボー」に就職を決めてからと言うもの、すっかり地元をウ

ロウロするだけの生活になってしまっている。

「ジェスコ」で全てが足りていたし、カノジョが居る訳でもなかったので、必然的に町の

中をウロチョロするだけの毎日だ。

新しいモノ好きのジェームズと違って、「いつも通りをこよなく愛する」ガチガチな長男

気質と言えよう・・・時代の最先端より少し遅れたくらいが心地良いオリバー。

オリバーの専らの楽しみは、今は冬で一時中断している「家庭菜園」と「昼ドラ」、それ

に仕事後のビールとオロナミン・Eだ。

思考もどことなく「年寄り」臭く、コーヒーや洋食で仕事をしている割に、自分は完璧和

菓子党で日本食なオリバーだ。

彼の好きな店、一杯飲み屋の「いつもここから」が、本来ならオリバーが一番憧れる仕事

だった。



オリバーとジェームズはその長身を生かし、「パーティーグッズ」フロアーをザッと見渡

した。

そして、「お目当て」のコーナーを見つけるとそこへ一直線だ。

物凄い混みようの店内・・・今日はウロウロするような日では無い。

二人は「クリスマスのグッズ」を文字通り買いに来た。

二人が想像するクリスマスとは、ズバリ「仮装」!

イブの日はハインリッヒ邸で食事・・・と言う事だったが、めぐみの誕生日もあるし、今

年の町内会恒例のクリスマス会の会場が「レインボー」に決まったので、レオンハルトの

方をこっちのクリスマスに呼ぶ事にした。
(ダニエルとルパートにはこれが大不評だった)



おそらく、総勢二十人強くらいになるクリスマス会・・・。

町内会は昔に比べたら随分規模は小さくなったが、仲は相変わらず良かったし、交流はし

っかりと今の世代の人間に受け継がれている。

昨今では珍しい、なかなか「熱い」商店街の活動をしていると言って良い。

会場は毎年「持ち回り」だ。

去年は「来来軒」での、ユニークな中華風クリスマス会だった。

ご主人の立人(ターレン)が始終鍋を動かし、何皿と言う「中華料理攻め」にあった、腹一

杯の美味しいクリスマスだった。(「奥さんの料理の実況中継付き」で、確か殊更にうる

さかった)

今年の「レインボー」でのクリスマスも、負けていられない。

「何か、みんなの記憶に残る楽しいものにしたい」・・・と言うオリバーの提案に、兄弟

達が少しずつ力を貸してくれている。



「お前、『トナカイ』になれよ・・・そしたら俺が『サンタ』やる」

「そんなありきたり詰まんねぇよ。もっと俺達らしく『個性派』で行こうぜ」

二人は「ツナギモノ」コーナーで、やいのやいのと揉めている。

クリスマス前の最後の日曜日の午後三時半・・・フロアーにはカップルや親子連れ、女の

子達のグループなどがワンサカと犇
(ひし)めいていた。

「めぐみちゃん・・・『スノーマン』か『ツリー』になる気ないかな」

ジェームズが二つの衣装を見比べている。

「一応、当日は主役だぞ?もう少し女の子っぽいものにしてやった方がいいんじゃないか?」

「女の子っぽい可愛い衣装?めぐみちゃんに合うかな、そういうの・・・」

「『魔人・ブゥ』があれば良かったんだけどな。何となくピッタシだろ?」

「・・・それって『女の子らしい』か?」

オリバーの変わった提案にジェームズが不思議な顔をした。

オリバーは時々、発想がルパートと似ている・・・流石に兄だ。

そんな中、オリバーとジェームズのほど近く・・・何やら女の子同士の会話が聞こえてきた。



「ねぇねぇ・・・あそこの二人、超カッコ良くない?」

「あ、美香も思ってたぁ♪ヤバイよね・・・あの二人」

オリバーとジェームズは互いに目を合わせ、少しだけそっちの方を見てみた。

「わ、こっち見た♪」

「ヤバイって・・・マジカッコいい♪」

オリバーとジェームズがまた二人で目を合わせた。

確かに・・・高校生らしき女の子二人は、自分達を見て会話している。

ジェームズはオリバーの事を、骨ばった肘でガツガツ小突いてきた。

「どーするよ、おい!カッコいいって言われてるぞ、俺達」

ジェームズは突然、ニヤニヤしてふんぞり返った。

「見るヤツが見れば俺達はやっぱカッコいいんだ・・・。最近お声がなかなか掛からない

から、俺、少し不安になってたんだ」

ジェームズはパーティー小道具の一つの「斧」売り場で、安っぽい素材でギラギラした鏡

のように光る部分に自分の顔を映し出し、髪型を気にし始めた。

「ホントに俺達に言ったのかな?」

オリバーは弱気だった。

「魔子ちゃん」が去ってからと言うもの、本当に女性に縁の無いオリバーだ。

「婆さん・・・もっと自分に自信を持たなきゃダメだぜ?アンタはなかなかの男前さ。俺

には負けるけど・・・」

「フンッ!同じ顔して何言ってる・・・」

オリバーは、子供用の「プーさんの衣装」をピラッと持ち上げていた。

「何つーかな・・・俺の方がくたびれて無いって言うか、覇気があるって言うか・・・」

「一昨日のワイドショーで、今『ちょいワル・くたびれ男』が流行りって言ってたぞ?『

熱い男』はモテないって・・・」

「あー・・・そんなの嘘・嘘!『元気ハツラツ、オロナミン・E』の専属モデルのような

、俺みたいなのが今は人気なんだ。大体、婆さん『ちょいワル・キャラ』じゃねぇだろ?」

オリバーはジェームズを軽くあしらいながら、「アムロの衣装」を手に取っていた。

ダニエルならまだしも、自分が着るにはかなり小さそうだ。

大体、自分のキャラじゃない・・・。



「ねぇねぇ、加奈・・・声とか掛けてみない?」

「え〜・・・どうするぅ〜?」

女の子達はまだキャッキャッと話し合っている。

またジェームスはオリバーを肘で小突いた。

「どーするよ、オリバー・・・。声掛けて来るらしいぞ!」

コソコソ耳打ちして、かなり興奮気味だ。

「大胆だな。最近の女の子は・・・」

「水玉の大きなリボン」を、ジェームズの頭に乗せたりしているオリバー・・・笑ってる。

「お前だって、年齢から言えばバッチリ『最近』だぞ?俺は、右の子が好みだな・・・」

ジェームズはウザそうに「リボン」を取った。

「俺は別にどっちでも・・・」

真剣に、「水玉リボン」か「フリル付きリボン」かを吟味し始めているオリバー・・・買

う気か?

「もっとガメツクなれよ、婆さん・・・。女性をまだまだ選り好み出来る歳だぞ、俺達」

「いやぁ、俺は・・・。ってか、誰が『婆さん』だっ!

今更ながらに、双子の弟にツッコミを入れたオリバー。

オリバーは、頭の中もどうやら日曜日らしい・・・思考がかなりゆったりしていた。

「ま、ダブルデートになるなら俺に任せておきな!高校時代はこれでも結構・・・うぉっ

!来たっ!

女の子達がこっちに歩いてくる。

ジェームズは少しモジモジした・・・いや、ドキドキしていた。

見る気も無い「クラッカー」の棚に手を伸ばし、女の子に背中を向けた。

なぜってここは「東京ヘンズ内・パーティーグッズ売り場」・・・往来の人の目が気になる。

それでも、勿論嬉しいシチュエーションには変わり無い。

二人は・・・特にジェームズは、女の子達の事なんか全く気付かず・・・と言う小芝居を

始めた。

真剣に「買い物を楽しんでいる」と言う、ベタな芝居だ。



「あのぅ〜・・・」

女の子が声を掛けて来た。

「はい〜♪」

双子は全く同じ笑顔で振り返った・・・ここ一番の「爽やか系勝負笑顔」だ。

オリバーも、やはり心のどこかでは少し期待していたらしい。

彼なりに頑張った最上の笑顔を向けた。

「あのぅ〜・・・そこ邪魔なんですけど、退いて貰えます?」

「・・・は?」

女の子二人はオリバーとジェームズの間を通り過ぎ、もう少し向こうまで歩いて行った。

「・・・・・」

目をパチパチさせているオリバーとジェームズ。

そして、女の子達が向かった先に後ろ向きに立っていた二人組み・・・短髪の暗めの茶髪

と、金髪のロン毛に注目した。

双子は首を傾げた。

あの後姿は・・・。

「あのぉ〜・・・時間あります?カラオケとか一緒しません?」

「何か超カッコ良くってぇ、お話とかしたいなぁって・・・」

女の子二人がその二人に声を掛けた。


「ナヌーッ!?」


ジェームズがガビーンと言った表情になった。

間違いなくその二人組みは、池照家三男・・・自分達の弟トムと、その親友でクォーター

のレオ〜ンハルト・ハインリッヒだった。

確かに朝、トムはテニスサークルのクリスマス会の幹事になったとかで、ハインリッヒ家

の車で嫌々出掛けて行った。

普段はこういう催し物に全く我関せずのトムなのに、先に決まったレオンハルトに強引に

合同幹事の任命をされ、ブツブツ呪いながら出掛けて行ったのだ。

池照家は五人ともイケメンだ。

しかし、その中でも特にトムはモテる・・・そして、レオンハルトもモテる。

その二人が一緒に居るとなれば、否応が無しにも女の子の注目を浴びるというモノだ。

確かに二人は、フロアー内に居る女の子達の視線を一身に集めている。

店員の女性スタッフでさえ、手が等閑(なおざり)なっていた。



「やっぱな・・・俺らじゃなかった」

オリバーのセリフが、尽く寂しいジェームズ・・・。

声を掛けた二人の女の子達は、なかなか可愛い・・・だから余計に憎い。

しかし・・・。

「悪いけど、俺達時間ねぇんだ」

トムはバッサリ断った。

「ごめんね、レディ達。僕達ここで人を待ってて・・・あ、めぐみさぁ〜ん!こっち!

こっち!

「遅れてスンマセェ〜ン!トムさぁ〜ん!レオンハルトさぁ〜ん!」

のしのしと走って来ためぐみ・・・。

皮下脂肪たっぷりの肉布団のめぐみは、モコモコのコートを着て来たので、更に「コロモ

を纏った肉だんご」になっている。

女の子二人は、あからさまにゲッと言うしかめっ面でめぐみを見つめた。

「山手線の中でチカンを捕まえて、今交番で色々立ち会ってたんですぅ〜」

「やぁ、素晴らしい!お手柄ですね、めぐみさん。素敵だ♪そのコートも素敵です。バレ

ンチノじゃないですか?」

レオンハルトは尽かさずめぐみを褒めそやした。

「はい〜・・・去年奮発して地元のアウトレットで買っちゃったんです〜」

「とてもお似合いですよ」

「何が『アウトレット』だ。レオ〜ンハルト、お前やっぱ目が潰れてんじゃねぇのか?」

トムの毒舌は今日も健在だ。



女の子二人は案の定、何やら耳打ちしながらソッとその場から立ち去った・・・すっかり

テンション下がってしまったらしい。

ジェームズは今更ながらにその女の子達に声を掛けようとしたが、女の子達は「何か笑え

るぅ〜!あいつ等デブ専じゃん」とか、「超ウケるんだけどぉ〜」とか言いながら脇を通

り過ぎていった。

ジェームズは何の気なしに遣り過ごしていたが、オリバーはボソッと言った。

「・・・俺はああいう女の子好きじゃない、疲れるし・・・。俺に言わせれば、めぐみち

ゃんを笑うほど人間っぽくない。感覚が鈍くって、殆ど宇宙人並みだ。ボキャブラリーも

乏過ぎる。断ったトムが正解だ」

「・・・・・」

ジェームズもその言葉ですっかり冷めてしまったようだった。

周りに居る女の子達を一通りザッと見渡したが、確かにどの女の子も早々は変わらない、無個

性な子達ばかりだ。

それを思えばめぐみには充分過ぎるくらいの個性があるし、彼女の存在の意味がある。

オリバーは、またフッと「魔子」の事を想った。

魔子は、ああいうタイプの女の子じゃなかった。

今の時代には少し古びた感じのするトコがある、希少な女の子だった。

だから、ある意味自分にとっては居心地が良かった。

それに、優しくて性格が良くて儚(はかな)くて・・・何と言っても、断然可愛かった。

オリバーはボーっと考え込みながら、ジェームズの頭に今度は「猫耳」を乗せた。

ジェームズは、一瞬「間」を空けて口を開いた。

「・・・婆さん、アンタはさっきから、俺に何を望んでるんだ?」

不可思議な自分の双子の兄を、繁々と見つめ返したジェームズ・・・・・オリバーの方もそんな弟を無言で

見つめ返していた。

かなり変わった雰囲気の中に双子は佇(たたず)んだ。

そして、トム達はいつの間にかフロアーから居なくなっていた。

 



そして夕方・・・買い物を終えて双子が家に帰ると、渋谷名物「愛(ラブ)饅(まん)」が、

ちゃぶ台の上に乗っていた。

今、女子高生の間で爆発的人気の、ハート型をした話題の渋谷名物だ。

フワフワの生地の中に色々な味のクリームが入っていて、ロシアンルーレット並みのパフ

ォーマンス性がある。

「これだっ!」

オリバーが何やら閃いた。

「これをクリスマスの時にみんなでそれぞれ食って、中身によって景品を与えるってのはどう

だ?」

「なるほど・・・楽しいかもな」

ジェームズが賛同した。

あーっ!勝手に食べないでよね、それ!僕がめぐみちゃんに買って来て貰ったんだから

ね!」

双子がラブ饅を手に取って話し込んで居ると、後ろからルパートがインスタントのコーン

スープをお椀に作って持って来た。

どうやら、ドリンク代わりに「コーンスープ」のようだ。


流石ルパート・・・・・ドリンクのチョイスの仕方も個性的だ。

「何だ・・・これ全部お前のか?」

「少しくらいなら食べてもいいけどね」

ルパートが中(あた)りを付けて一つ取り、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく一口で食べた。

ラブ饅の恐い所は「わざびクリーム」や「カラシクリーム」、「ハバネロ味」などがある

事だ・・・そこが若者にウケている原因でもある。



「やったね・・・チョコだった♪」

「お前は中身が分かるのか?」

「勘だよ!次は・・・コレかな?!」

ルパートはまた一口で食べて喜んだ。

「やった♪マヨネーズだ!」

「・・・何が『やった』なんだか・・・」

オリバーは、コーンスープを飲みながら次の中(あた)りを付けているルパートを見つめた。

あ、ラブ饅だ!僕にも一個頂戴?!」

ダニエルが後ろから姿を現した。

ダニエルは散々吟味して一つ取り、考えた挙句、ルパートに習い一気に口に入れた。

モグモグしているダニエルの顔が、モノの数秒でオカシな表情になった。

「・・・わさびイエス!」

ダニエルがジンワリ目に涙を溜めた。

「あはははははは♪」

ルパートが笑い、双子も笑った。

「ハズレ味」の「わさび」をチョイスしてしまったダニエル・・・・・。

ダニエルは涙目で笑いながら、台所から牛乳を持って来て、辛くなった口をリセットした。

とにかく・・・これで、「喫茶レインボー」における、クリスマスの最大のイベントは決

まった。



「そう言えば、お前達・・・期末テストの結果がそろそろ返って来てんじゃないのか?」

「・・・・・」

長男の何の気なしのセリフに、ダニエルとルパートの動きがハタッと止まった。

「・・・見せろ」

オリバーは長男の特権で手をヒラヒラさせた。

ダニエルはまぁ・・・そこそこだった。

かなりキワドイ教科もあったが、取り合えず赤点は免れていた。

しかし、ルパートの方は完璧にアウトだった。

池照家の一番の罰・・・「トイレ掃除」ならぬ、庭先で行われる「公開・お尻ペンペンの刑」

になったルパート。

道行く人が、みんな庭を覗き込んで笑って去って行く・・・。

「うわぁぁぁぁ〜〜〜ん!ごめんなさぁ〜い、もうしませぇ〜ん!」

ルパートは派手に泣いて喧(やかま)しかった。

隣のエマが二階の自分の部屋から、ルパートのお尻を叩く「オリバーの勇姿」を望遠鏡で

見つめ、ウットリしながらたまに写メしていた。

「素敵・・・♪」



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