第十一話「喫茶・レインボーのクリスマス会」



「メリ〜・クリスマ〜ス♪」

「ハッピー・バースデー!めぐみちゃ〜ん♪」



池照家の兄弟の音頭で町内会の、忘年会を兼ねたクリスマス会&誕生日が始まった。

「あンれまぁ〜・・・みなさ〜ん、ありがとうございますぅ〜」

トナカイのヘアーアクセサリーを付けためぐみ(双子が「池袋ヘンズ」で購入)が、いつも

の語尾上がりの口調で礼を述べ、モールや風船だらけの天上に向かって掲
(かか)げたワイ

ンを一気に空にした。

あちこちから拍手やクラッカーが鳴り響く。



「ぅおーぃ、こっちもうビール無いぞぉ!」



地元青年部の酒屋のご主人がもう次の酒を要求した。

酒飲みの彼は良く自分の店から勝手にビールを失敬しては、仕事中にヘベレケになって、

奥さんに叱られたりしている。


街の人は、殆どがその現場を目撃していた事があった。

「もぅ〜、アンタは飲むのが早いのよぉ〜・・・」

「ねぇ!アンタんトコのご主人、最近お腹周りが怪しいんじゃな〜い?」

婦人会の奥さんの一人が、早速「要らん世話」を焼く。

そうなのよぉ!うちのとーちゃんたらさぁ、この間医者でとうとう『メタボ』って言

われちゃって・・・おたくはどうなの?」

奥様同士は互いの情報を根掘り葉掘り聞き出そうと必死だ。

ガタガタうるせぇぞ、母ちゃん!俺は酒飲めなくなったらお終いって言ってんだろー

が?」

「あははは♪だよなぁ〜、勝っちゃん!」

男達の方には「腹の探り合い」など微塵(みじん)も無い。

町内会の「青年部」の面々は、商売人ばかりで唯でさえ声が大きい所に来て早くも大いに

盛り上がっていた。



今年の町内会の忘年会は「喫茶・レインボー」が会場係りだ。

青年部一若いメンバーのオリバーが「仕切る」のは、今回が初めてだった。

(彼はこの数日間重責(じゅうせき)で、悪夢を見たり胃をシクシクと痛めている)

店内にはおよそ三十人強の人々が犇(ひし)めき合い、椅子の足りないレインボーでは、何

人か遅れて来た人間は誰かの椅子を半分譲って貰ったりして相当難儀
(なんぎ)していた。

誰もが自分の居る僅かなスペースだけは占領されまいと、各々自分の場所を死守している。

(
トイレに立つのも大変そうだ)

池照家の兄弟は、忘年会担当になってしまったナーバスな兄を守り立てようと、随分前か

ら一緒になって予算の中からメニューを考えたり、飾り付けを考えたり、出し物を考えた

り・・・色々だった。

特にダニエルとルパートの興奮は連日最高潮で、何か「サプライズ」を二人で用意してい

るらしい。
(兄すら、その内容を教えて貰えていない)



「って言うか、何で『サンタ』なんだよ・・・」

不貞腐れ気味の赤い衣装のトムが、双子の兄をジロリと睨んだ。

自分を含め「レインボー」の中には、赤い帽子に赤い衣装の「サンタ」・・・計三名。

「俺が言いたいぜ、そのセリフ。もう少し脳みそ使いたまえよ、君達・・・。他にも色々

『仮装』はあるだろぃ?」

ジェームズは大皿に盛られたナポリタンを、自分の取り皿に山盛りに取り分けていた。

「俺はだな、敢えて誰もこの『ベタ』に走らないと思ってサンタの格好を・・・」

言い訳をしたオリバーの隣はめぐみだったので、どこの席よりも圧迫され、彼の細い体は

更に細く見える。

「俺だってそうだ。誰か一人くらいサンタが居た方がいいかなってな。おい、トム・・・

もう少しデカイ取り皿くれよ。ナポリタンが零れる・・・」

「少しは遠慮しろよ。俺達、今日は『ホスト役』なんだぞ?」

トムは「やれやれ」と言った顔で次兄を見た。

どうやら池照家の兄三人は、三様に「同じ事」を考えたようだった。

救いと言えば、下の二人が「サンタ」で無い事だ。

しかし、ある意味もっと始末が悪い・・・。



「赤い戦闘服」のダニエルは、ボンボンの付いたとんがり帽子を被り、大ジョッキで「か

ぁ〜っ!」
とコーラを飲んでいた。

「大人(オヤジ)気分」を味わっているようだ。

ダ〜ン!僕に『からあげ』取ってくれんかぁ〜い♪

「はいはい♪」

愛する兄からの申し出・・・ダニエルは自分の飲み物をテーブルに置き、「ピンクの戦闘

服姿」のルパートを優先した。

ルパートはオカシな丸メガネに加トちゃん風のちょび髭を付け(かなり変わった姿)、後頭

部には秋祭りの時に買った「電王お面」を貼り付けて、ワイングラスで「ファンタのグレ

ープ味」を飲んでいる。

そしてダニエルを勝手に「ヒグチ君」に見立て、「ヒゲ男爵の山田ルイ53世」のモノマ

ネを、楽しそうにしていた。

会場係の池照家は今日、みんなして「コスプレ」姿だ。(「おもてなし」のつもりらしい)

が、互いに打ち合わせをしていなかった為、有り得ない凡ミス・・・「サンタが三人」に

なってしまっていたのだ。



「『クリスマス』って言うイベントを、もっと柔軟に考えないとダメだよ、みんな・・・

ねぇ、ルパート?」

「んがんが!」

ルパートは「からあげ」を頬張りながら、末っ子に相槌(あいづち)した。

ダニエルは「馬鹿げた姿のルパート」にもいつもと変わらぬ愛情を感じるようで、暖かな

優しい目でそんな兄を見つめている。

「・・・確かにな。ある意味『柔軟』だぜ、お前等・・・」

トムは「明らかに『借りて』きた衣装です!」と言わんばかりの、かなり不貞腐れ気味の

サンタ姿だ。

しかも、正統派な着こなしの双子の兄とは違い、ルーズに着崩した「オシャレ」なサンタ

・スタイル・・・無駄にカッコいい。




本日の、「『クリスマス会』兼『忘年会』兼『誕生会』」のテーブルを囲む顔は、殆ど毎

日見慣れている顔、最近ちょっとご無沙汰気味の顔・・・様々だった。

オリバーに今も時々勉強を教えて貰っている「山中太一」が、自分の母親と友達一人を連

れて参加していたし、「松の湯」の風呂屋からは、曾曾おじいちゃんの「国松さん」と曾

おじいちゃんの「庄太郎」さんが仲良く揃っている。
(二人併せて御年二百歳だ・・・

凄い
)

オリバー行きつけの居酒屋「いつもここから(いつ・ここ)」の、玄さんと安さんの癒し系

双子の楽しげな顔も見受けられたし、去年の会場係、中華料理「来々軒」の「湯
(しゃん)

家」の四人家族も居た。

それに、八百屋の斉藤さんご夫妻やクリーニング店の前田さんのご主人、肉屋のお喋りお

ばさんで有名な滝田さんなどなどだ。

勿論「秋祭り」でダニエルが世話になった、町会長やその奥さんなども参加している。

普段は「蚊帳(かや)の外扱い」のエマの妹・無口なジニーも、母親や姉と一緒に加わって

いたし、「佳代」と言う名の四十を過ぎた娘がまだ嫁に行っていない、金物屋の主人山根

さんも同席している。

想像以上の集合率・・・「喫茶・レインボー」が会場では、ギリギリアウトの大人数だった。

今日、ジェームスの大好きな「超激うま!バカ盛り一丁♪」の、出稼ぎ屋台のラーメン屋

のおっちゃんは「この時間は稼ぎ時だ!」と言う理由で、声を掛けたが欠席している。




「めぐみちゃーん!これね、僕達からのプレゼント!」

少ない小遣いの中から工面し、大好きなめぐみにプレゼントを渡すダニエルとルパート。

「あンらぁ〜・・・何ですかぁ、こンれ〜?」

めぐみが嬉しそうにリボンを解いていく。

どうも「自分達」で包装したらしいプレゼントの箱・・・。

指紋だらけのセロテープがベタベタ貼られていだ。

中に入っていたのは「巨大なポッキー」と「強制的に100万円溜まる貯金箱」だった。

それに、「めぐみの似顔絵」が入っていた。(似ているかは、かなり微妙)



「ごめんね、僕達あんまりお金が無くてさ・・・。でも、『大きなポッキー』は嬉しいで

しょ?それと、せめてめぐみちゃんだけはお金持ちになるように、貯金がんばってね♪」

ダニエルは満面の笑顔だ。

そしてめぐみにソッと耳打ちし、「時々借りるかも知れないからよろしくね☆」と付け加

えていた。

結構ちゃっかりしている。

「絵ばね、ぶぐががいだんだお・・・」(絵はね、僕が描いたんだよ)

ルパートがフライドポテトをしこたま口の中に押し込めながら、油でベタベタになった口

でニカッと笑った。

自分で描いた「めぐみ」に、かなり満足しているようだ。

「汚ねぇなぁ〜、お前はぁ・・・。口の中のモン飲み込んでから喋れよ」

トムが下品な弟を嫌ぁ〜な目で睨んだ。

少し前に弟二人を連れて行った、恵比寿のフレンチレストラン「タイユバン・ロボション

」の事でも思い出してしまったのだろうか。

あの時のダニエルとルパートは、とにかく酷かった。

「いンやぁ〜、嬉すぃ〜です〜。ありがとうです〜、ダニエルさ〜ん、ルパートさ〜ん。

けンど、最近私ちょーっとだけ太り気味なんで、今ダイエット中なんですぅ〜。だから少

しずつお菓子は食べますね〜」

めぐみはスロー口調で喋り、何杯目かのワインをグーッと一気に開けた。

まるで「ビア樽がワインを飲んでいる」ようにも見える。

ダイエット中なら、むしろワインもやめた方がいいかも知れない・・・。



「おい・・・『ちょっと』って言ったか、今?!」

めぐみの図々しさに、殊更冷めた目付きで睨んだトム。

「いやいや、めぐみさんにダイエットなんてナッスィングですよ!僕はそのくらいが調度

良いと思いますよ♪さぁ、もう少しどうぞ!まだ沢山あるんです。めぐみさんはワインが

お好きだと『風の噂』に聞いたもので・・・」

「特別参加者」のレオンハルトが、尽かさずめぐみのグラスにワインを注ぐ。

彼は「どこか」らか(おそらく「風の噂」・・・トム以外の池照家の誰かか、めぐみ本人)

今日の情報を聞き付け、強引に参加して来た一人だ。

今日はいつも以上にキメキメファッションのレオンハルト・・・眩しいっ!

「スモークとバラの花、それにスポットライト」こそ見えないが、宝塚のミュージカルス

ターのような眩し過ぎるイデタチだ。

コスプレ姿の池照家の面々ですら、今日の彼には及ばない。



「いンやぁ〜・・・ダメですよぉ、私なんかぁ〜。お腹周りが最近ちょこーっと気になっ

てぇ〜・・・。池照家のみなさんやレオンハルトさんみたいに、スマートならいいんです

けどねぇ〜」

「『最近』ね・・・しかも、『ちょこーっと』ね・・・ほぅ!」

トムがシラ〜ッとした目で、尽かさずツッコンだ。

エマがトムの言い方にウケて、「ハッ♪」と甲高く笑った。(この二人、ツッコミ方にお

いて、かなり気が合う
)

妹のジニーはまるで「目は口ほどにモノを言う」の言葉通り、そんな姉を横からジッと見

上げて、黙ってオレンジジュースを飲んでいた。

「そうよ!ちょっとやそっとのダイエットなんか意味ないのよ!?それにそんなガバガバ

ワイン飲んじゃって・・・アンタ、味なんか分かるの?まず、ワインは目で楽しんで、鼻

で香りを楽しんで、舌で転がすってテレビで誰かが言ってたわ・・・そうっ!確か、『江

川卓』か『川島直美』よ!味も何も分からないような人は、その辺の料理酒でもテキトー

に飲んでりゃいいのよ!あははは♪

オリバーの逆隣を占拠していたエマが、愛するダーリンに「ここぞ!」とばかりに腕を巻

き付け、「フンッ!」と意地悪そうにめぐみに毒づいた。

持っている知識をフル回転させて、自分の「株」を一つでもオリバーにアップして貰おう

という事らしい。

ダニエルとルパートはその「悪魔」のような言い草のエマに、めぐみに代わってテーブル

下から、「エアー・スペシウム光線」を数発黙ってお見舞いしておいた。



「そうですねぇ〜・・・フランスのワインは種類が多くてぇ〜。ボルドーしか詳しくない

んですよ、私〜。シャトーになると半分も年号や銘柄は分かりませんから〜」

「・・・・・」

僅か十五歳のエマには、「ボルドー」も「シャトー」も「何じゃ、そりゃ?」だ。

「フランスのワインはフランス人でさえ全て分かる人はいませんよ、めぐみさん。どうぞ

ご安心を。かく言う僕も、ドイツ人の血が混じりながらも、ドイツの全ての銘柄は分かり

ません。ライン地方のモノだけです。はっはっはっ!

レオンハルトは「水戸黄門」のように軽やかに笑い、新しいワインのコルクを慣れた手付きで

スポンッ
と抜いた。

ジニーは「風変わりなレオンハルト」を初めて目の当たりにし、相当彼が珍しいらしく、

ずっと見つめたままだ。

店内中ほどにある大量の様々なワイン類は、殆どがレオンハルトからの差し入れだった。

彼は突然の訪問に「手ブラ」で来るほど無礼ではない。

レオンハルトを今日初めてお目に掛かった他の商店街の面々も、初めこそ彼に面食らって

いたが、フレンドリーなレオンハルトにすぐ心を打ち解け、ほどなく彼を受け入れた。

(数人の青年部の男達は、「ありゃ、何だ?チンドン屋か?チンドン屋と友達になった

のか?」と最初ほざいた。トム「かなり『イイセン』だ」と返答しておいた
)



トムは始終仏頂面だった。

こういう集まりが本来得意ではない彼だったし、「どうしてクリスマスにレ〜オンハルト

の顔を見なくてはいけないのだ」・・・と言った所だろう。

本当なら「カノジョの一人」とどこかに出掛けてしまいたかったが、次兄ジェームズに捕

まり、強引に今日のクリスマス会に出席させられている。



「オリバ〜・・・私、あそこのポテトサラダが欲しわぁ♪」

エマが「甘ったれた声」でオリバーに「おねだり」した。

「いいよ、取ってあげる」

オリバーは長いストロークを使い、遠くにあるポテトサラダの皿をラクラク引き寄せた。

エマはオリバーが立ち上がった時、自分のすぐ真横に存在する「愛する人のジーンズ越し

の無防備なお尻」に興奮した。

だが、ここには大勢の商店街の大人達・・・&、一番厄介な「ママ」が居る。

馬鹿は出来ない。

勿論心の中では、「チッ!いいシャッターチャンスなのに!誰も居なかったら・・・いえ

、ママさえ居なかったら軽く『タッチ』だってありなのに・・・」と悔しく思っている。

ジニーは、またもやそんな姉の心をまるで「読んで」いるかのような表情で、大人しくオ

レンジジュースを飲んでいた。

ジニーの思考能力はどうも彼女の年齢に比例せず、色々とフクザツらしい。



「え、と・・・これ、『レインボー』のポテトサラダ?」

エマは「邪(よこしま)な思想を誤魔化すよう」なオカシな咳払いをし、「可愛い中学生」

らしく努めた。

どんなに性格に問題があろうとも、今日ばかりは猫を被って「可愛い、河合エマ」を演じ

なくてはイケナイ、エマ・・・。

遠くの方ではダニエルとルパートがジニーに負けないくらい、「嘘くさいエマ」の演技を

ジッ
と観察している。

「そうだよ。エマちゃん好きだったよね、うちの・・・」

「えぇ!美味しいのよね、オリバーのポテトサラダ♪」

「トド」の事はこの際一切無視して、オリバーに甘える事に専念したエマのようだ。

普段は聞けないような猫なで声を上げるので、ダニエルもルパートもテーブルの下に顔を

隠して「オエ〜ッ」と言う、吐いた真似をしている。

太一はそんな二人にしっかり気付いて、ゲラゲラ笑った。



「山中太一」はすっかり心身共に元気になっており、身長もかなり伸びて、ダニエルとそ

んなに変わらないくらい大きくなっていた。

最近では母親との関係も頗(すこぶ)る良く、学校では人気者らしい。

オリバーは明るい太一を目()の当たりにして、顔が優しく綻(ほころ)んだ。

心境的には、「父親の気分」と言った所だろうか。



オリバーの子供の面倒見の良さは町内会でも定評があり、「家を留守にするんで、二時間

だけ預かって欲しい」なんて図々しい依頼をして来る若奥様が後を絶たない。

オリバーの方も、店はいつも通り暇なので、「大人しくお店に居られるなら・・・」の条

件付で、何人も子供を預かっている。

オリバーに言わせれば、「ダニエルとルパートを育てた俺だぜ♪」という所だろう。

太一は今でも時々仲間を数人連れて、オリバーに勉強を教わりに来たりする。

「喫茶・レインボー」は悲しい事に、さながら「ガクドウ」扱いだ。

太一の母親が、向うからチョコンと遠慮がちに会釈してきたのでオリバーも返した。



「まぁ、エマが当たりだ。ダイエットするんならガツンと五十キロくらい落せよ。それで

やっと人並みだろ。まず飯を七杯食うの止めれば、スコーンと痩せんじゃねーのか?」

「今日の主役」を鼻で笑う失敬な三男に、向かいに座っていたオリバーが太一の母親から

視線を戻し、ドカッと「礼儀」を教えた。

太一がそれにウケて、またゲラゲラ向こうから笑っている。

ジニーも釣られてニヤッと笑った。(彼女・・・ある意味、姉のエマより「黒い」かも知

れない
)



「めぐみちゃん、おめでとう!俺からはこれ・・・」

オリバーは後ろに置いてあった巨大なプリンを出してきた。

トムは長男を睨み付けながら股間を押さえていた。

気の毒にも、たまたま蹴られた「場所が悪かった」らしい。

プリンの上には、「めぐみちゃん、20歳のお誕生日おめでとう!」とあり、キャン

ドルが二十本刺さっていた。

「ダイエット中って聞いたからさ。ケーキより低カロリーだろ?」

「ありがとうですぅ〜、オリバーさぁ〜ん。嬉すぃ〜ですぅ〜。これなら一回で食べ切れ

ますぅ〜」

オリバーは「あ・・・みんなで少しずつ分けるって訳じゃないんだね」と、心の中で少し

だけツッコンだ。

向こうの方ではルパートが、「いいなぁ〜」と言う物欲しげな顔でプリンをジッと見つめ

ていた。

「・・・めぐみさん今日を持って、正真正銘、身も心も成熟した大人ですね」

「言い方がいやらしいんだよ、お前・・・」

トムはやっと痛みが引いた股間を、まだ片手で兄から守りながらレオンハルトを睨んだ。

めぐみは「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー♪」をみんなに歌って貰い、立派な肺活

量を使って一気に火を消した。



「じゃあ、来年早々めぐみちゃん、晴れて『成人式』って訳だ!こりゃ、益々メデタイ♪」

ジェームズがクマのぬいぐるみを、「俺から」とめぐみに渡した。

「うンわぁ〜、めんこいですぅ〜、このテディーベア〜♪ありがとうございますぅ〜、ジ

ェームズさぁ〜ん。年末年始に田舎に帰って、二日の日に成人式やって来るんですぅ〜。

婆ちゃんがもう着物用意してくれているみたいなんで〜」

めぐみは大きなプリンとぬいぐるみにご満悦だ。

あちこちからも「めぐみちゃん、おめでとう」の掛け声が入る。

めぐみはこれでなかなかの人気者だ。

一度見たら忘れない存在感あるビジュアル・・・独特のイントネーション。

頑張り屋だったし、田舎から出て来て健気に働いている姿に中高年者は思わず応援したく

なるのだろう。



「ほぅ・・・『着物』ですか、やはり?見てみたいなぁ、めぐみさんの着物姿。さぞやお

美しい事でしょうね。あ、めぐみさん・・・最後になりましたが、これは僕から!」

レオンハルトは「着物姿のめぐみ」を瞼の奥に想像しながら、満面の笑みで大きなバラの

花束と洒落た瓶に入った香水を贈った。

「ンまぁ〜♪素敵ですぅ〜、レオンハルトさぁ〜ん」

「こいつに不釣合いなモンばっかじゃねーか・・・」

トムがまた、「ケッ!」と言う顔付きをした

「インターネットでフランスから取り寄せました。めぐみさん、フランス育ちなので馴染

み深いかなと思いまして・・・」

そう・・・ズーズー弁のめぐみだが、意外にもフランス育ち。

彼女のシャンソンは、これでなかなかのモノなのだ。

池照家の兄弟達は、めぐみが風呂に入っている時、頗(すこぶ)る上手いシャンソンがエコ

ー付きで歌われている事を知っている。

「ボルドーはワインが有名ですが、香水にも力を入れてますよね。とてもいい所です。昔

、祖父に連れられ何度か旅行で行きました。ひょっとすると、めぐみさんともそこで既に

擦れ違っていたかも知れませんね」

「有り得ますねぇ〜♪」

「有り得ねぇよっ!」・・・トムは心の中で、そうツッコミを入れた。

確かにフランスは広い・・・ナメたらいかんぜよ!(by夏目雅子。知らない人は「ママ

」に聞こうっ!
)



何だか面白くないトム・・・。

彼は未だ外国に行った事が無かったし、フランスのボルドー地帯がどんな所なのかも全く

知識がなかった・・・話題に入っていけない。

めぐみとレオンハルトは「フランス」の話を懐かしそうに話し込んでいる。

知らない話ばかりされて、トムのグラスに注がれたビールのピッチはどうしても上がった。




「トッムは寂しい、悲しがり屋さぁん♪めぐみちゃんとレオ〜ンハルト君が仲良しだ

っかっらぁ〜♪みんなみんなみんな仲良しこよし、そっれでトッムはひっとりぼっち

〜♪」



ルパートがオカシな節(なぜか、「旧ドラえもん」の節だった)で、馬鹿げた替え歌を歌い

始めた。

トムは尽かさず、そんな四男の頭にゲンコツを落とした。

「お前、何か勘違いしてんじゃねーのか?アイツ等が仲良くたって俺は別に何とも・・・

ん?お前なんか酒臭っ・・・あーっ!それ、何飲んでんだ!?

ダニエルとルパートの目の前には、綺麗ボトルが数本カラになって転がっていた。

「馬鹿っ!これ、ワインだぞ!?」

レオンハルトが持参して来た、かなり甘口で有名でかなり高価なドイツの白ワインだった。

おそらく、日本で買うなら一本五万円はくだらない。(Oh!)

それをこの二人は、味も分からないくせに既に三本も空けていた。

ただ、幾ら甘口とは言え、飲み易いとは言え・・・ワインはワインだ。

度数はビールなんかと比べ物にならない。

二人はアルコールに勿論免疫など無かったので、「いつも以上にヘンテコ」な状態だ。

「ケタケタ率」がハンパ無かったし、「ハイパー・ハイテンション」だった。



「トムがグーで殴ったって、痛くなんか無いモンねーだ!トムなんかちーっとも恐くなん

かないんだモンねーだ!それ返してよ!僕のだよ!」

ダニエルとルパートはかなり酔っているようで、痛さを感じなくなっている・・・相当「

危険」だ。

おい、ジェム爺!こいつ等に・・・お前かよ、犯人・・・」

トムはルパートとダニエルのグラスを取り上げ、次男を非難した。

ジェームズは迂闊(うかつ)にもダニエルの側に、ワインのケースを置いてしまっていたの

だ。

「知らねぇよ・・・ドイツ語なんか読めるかってんだ!いいだろ?クリスマスだし、たま

には・・・なぁ?」

テキトーな事を言う次男。

箱にはしっかり、アルファベットで大きく「WAIN(ヴァイン)」と書いてある。

『ヴァイン』くらいは読めよっ!馬鹿っ・・・こいつ等まだ未成年なんだぞ!?」

この場に、学校の先生が混じっていなかった事を安堵したトム。



「何を仰る、トム君・・・自分だって十六くらいから色々飲んでたくせに・・・。それに

、どこかでちゃっかり『タバコ』とか貰っているくせに・・・。イケナイんだぜ、未成年

の喫煙は・・・それに、『馬鹿』って誰の事だ?おぉっ?

ジェームズが笑いながら、トムの首を〆に入った。

「タスポ」の登場で未成年者の喫煙は今や困難とされていたが、トムはちゃーんと「どこ

から」か調達している。

大方「カノジョ達」に用意して貰っているのだろう。

トムのカノジョは、みんな年上ばかりの「大人の女性」ばかりだからだ。



「俺はいいんだ!ちゃんと抑制が・・・見ろっ!こいつ等・・・イテッ!おぃ、やめろ

っ!

ジェームズの首〆だけでなく、奪われたグラスを取り返そうとダニエルとルパートがポカ

ポカとトムの頭やら胸を殴り始めた。

トムは三人を払い退け、弟二人に「これでも飲んでろ!」と1・5Lのコーラのボトルを

与えて、強引に事無きを終えた。

暫くはブツブツ文句を言っていたダニエルとルパートだったが、五分も絶たないうちに何

度か交互にトイレに行き、アルコール分が多少なりとも体から出て行くと、「新しい遊び

」を始めた・・・「キャバクラごっこ」だ。

店のオネエチャンとお客さんになりきって、「お注ぎしますねー、お客さーん。うわぁ、

お強〜い♪」「おっとっと・・・可愛いね、君・・・」とか言いながら、馬鹿をやっている。

トムは敢えてツッコまなかった。

このくらいは好きにさせておかないと、二人が喚(わめ)き出すと分かっていたからだ。



ダニエルとルパートは頬と頬をベッタリくっ付け合ってクスクス笑いながら、何やらコソ

コソ内緒話している・・・「色んな意味」で危険ではある。

エマは男二人の「ラブラブ」には負けてられないとばかりに、問題のワインのボトルを引

っ手繰ろうとした所で、残念ながらオリバーに先に奪われてしまった。

「エマちゃんはダ〜メっ!ほら・・・向こうで『ママ』が睨んでるよ?」

「・・・・・」

確かに向こうでエマの母親が我が娘「監視」している・・・これでは「悪さ」は出来ない。

「チッ!」

エマは仕方なく諦めた。



カラ〜ン♪



店のドアが開いた。



「デミノピザで〜す!」

「やったぁ〜い!ピザだぁ〜い♪ピザピザ♪」



宅配ピザが届いたのだ。

ルパートが万歳して立ち上がった。



「何味?ねぇ、それ何味?」

酷く暴れるので、テーブルの上のみんなのグラス類から飲み物がビシャビシャと零れ、テ

ーブルの上だの床だのを汚している。

「・・・『普通』のだよ。みんなで食うんだから・・・おい、座れっ!」

オリバーは予算の中から、ピザ三枚分の代金を支払った。

えぇ〜っ!?『ハワイアン』無いの〜?」

「みんなで食うって言っただろ?!お前の趣味には合わせてないの!ほら、す・わ・れ

「ブーブーッ!」

「うるさいっ!」

ジェームズにも叱られ、ルパートのテンションは一気に下がった。

「ほら、ルパート!はい、あ〜ん♪

「・・・あ〜ん」

ダニエルが尽かさず「からあげ」で、ショボ暮れた兄の機嫌を宥(なだ)める。

ダニエルの存在が池照家を何度と救っているのは、もはやあまりにも明確だ。

ルパートはあっという間にまた「からあげ」に夢中になった・・・単純で助かる。





時間が少し過ぎ、場はあちこちでそれぞれに盛り上がりを見せていた。

あれほど嫌々の参加だったトムも、今やかなり赤い顔でクリーニング店のご主人と肉屋の

奥さんの話に混じって、笑ったりしていた。



「全くトムはいい男になったもんだ・・・なぁ?ちょっとしたモデルみたいだぜ・・・。

この間も、何だかすっげぇスタイルと顔のいいネーチャン二人、横に蔓延
(はべ)らせて歩

いてたっけなぁ〜?ありぁあ、どこぞのホステスか何かか?」

「違うよ。青山で宝石のブランド店しているそこの店長と麻布のバーのママだよ。ちょっ

と前に知り合ってね・・・あ、別にカノジョとかじゃないぜ?」

「『知り合う』ったって・・・一体どこで知り合うんだよ?」

「俺、ガソリンスタンドでバイトしてっからさ・・・給油でね。『セルフ』に慣れてなく

て手伝ってやったんだ」

「それにしたって・・・なぁ?大体、連れ立って歩くには歳が離れ過ぎてる!話なんか合

うのか?美人だったが、俺にはお前の十
(とお)は上に見えたぜ?」

「俺、年上好きなんだよね。一緒に歩くなら絶対ビジュアル重視だし、年下は逆にダメな

んだ」

たまたま目が合ったボニーに小さく手を振ったトム。



トムとクリーニング店の主人の話に、肉屋の奥さんが割り込んできた。

「へぇ〜・・・そんなモンかねぇ?アンタの父さんは母さん一筋だったけど、アンタは父

さんに似なかったんだわねぇ?でもまぁ、アンタに限らず、池照家の兄弟はみんな『イケ

メン揃い』って、街じゃ有名だからさぁ〜。アタシだって、もうチョイ若かったらねぇ〜

・・・」

肉屋のコロコロと太った奥さんは、「惜しい!」とばかりにジェームズを見つめた。

ジェームズ・・・たまたまその奥さんと目が合ってしまい、取り合えずウインクしておいた。

(勿論、奥さん大興奮♪)

確かに、変わり者のルパートにしたって顔は頗(すこぶ)る可愛いし、ダニエルは明るく男

らしく学校では相当の人気者だし、オリバーは地味ながらも根強いファンがいたし、ジェ

ームズは奥様軍団の「王子扱い」だ。



「うちの『理香子』と『真理子』がトムとダニエルが好きでさぁ・・・付き合ってやって

よ。そのまま結婚してくれてもいいわよ、アタシ♪」

肉屋の奥さんがトムに色目を使ってきた。(あまりトムには効き目が無い)

おいおい!だったら、俺んトコの『美奈代』だって、トムを狙ってんだぜ?抜け駆け

は困る・・・」

大人二人が少し揉め始めた。

「悪いけどさ・・・俺今『特定のカノジョ』とか要らないんだ。流行らないだろ、そうい

うの。色んな女と付き合ってみたいし、最終的にサイコーなのを捉まえりゃいいって思っ

てる。ま、結婚は当分先でイイんだ。メンドーだろ、そういうの?縁があれば『理香子』

や『美奈代』とだって付き合うかもしれないけど、でも、あいつ等なぁ・・・元同級生だ

からちょっと・・・勘弁かな。おい、ジェム爺!二人のどっちかメンドー見る気無ぇか?」

「いいぜぇ〜、俺は♪どちらでも掛かってらっしゃい!」

ジェームズは「わはは♪」と豪快に笑い、今度はピザに掛かりっきりだ。

彼はどうやら色気より食い気だった。

いつもの彼の取り巻きの奥様軍団が今日は一人もここには居ないので、心置きなく食い気

に専念出来て幸せそうだ。

エマが向こうから、「同じ顔なのに、オリバーと何が違うのかしら?」と不思議そうな顔

で、そんなジェームズを見つめている。



会場ではみんな、思い思いのメンバーで飲んでいた。

「いつ・ここ」の安さんと玄さんは、端っこの方で「湯
(しゃん)家」の無口な主人・立人(

たーれん
)と静かに飲んでいる。

そのメンバーだと楽しいかは微妙だが、たまにダニエルと同学年の白湯(ぱいたん)や妹の

眠眠
(みんみん)が、上手く橋渡ししていた。

(「来々軒」の将来は、安泰(あんたい)と言えそうだ)

「松の湯」の二人のお爺ちゃんは、共に「熱燗組」だ。

自前で持ってきた「スルメ」をしゃぶっている。(この二人、歯も健康だ)




「パンパカパァ〜ン♪じゃあ、ここで、今週の『びっくり・ドッキリ・ハイライトォ

ー』!!」



ダニエルとルパートが突如立ち上がって、クラッカーを一つずつ「パーン!パーン!」

鳴らした。

みんなは耳に人差し指を突っ込んで、騒がしさを半減させていた。

大体・・・「今週のハイライト」の意味が分からない。

クリスマス会は今日一回きりなのだから・・・。



「あのねー、昨日ねー(クスクスクス♪)、道で『ハリー・堀田』に会って、『僕ぅ〜、ク

リスマスは好き〜?』って聞いてきたからね〜、だから僕は『大好きだモンねー!』って

言ってねぇ
(クスクスクス♪)、みんなの人数を数えてから、『何色がいいと思う?』って

ダンに相談してね・・・で、『僕は黄色とねー、緑とねー、青も好きだけど・・・』って

少しずつ・・・」

「あ〜・・・ルパート。説明は僕がするよ、ありがとう」

ダニエルがルパートとみんなの溝を一気に埋めた・・・助かった。

ちなみに「ハリー・堀田」と言うのは、この辺を「島」にして子供相手に「胡散(うさん)

臭い商品を売り歩いている、自称「日系・ブラジル人
(少々「イリュージュジョン」好

き♪
)」だ。

彼は、何度か街の人の通報によって、巣鴨駅前の交番のご厄介になっている。



実はルパート、数年前にこの「ハリー・掘田」から「恐竜」を買った事がある。

こうだ・・・・・。



「ねぇねぇ、ボクゥ〜?おじさんね、『ボク』にだけ特別に『恐竜の赤ちゃん』を譲って

あげよーか?」

道端をテクテクと歩いていたルパートを「カモ」と標的を決め、話し掛けたハリー・堀田。

えぇっ、ホントォッ!?僕、『恐竜』欲しーっ♪」

「おじさん、『ボク』の事何となく好きだから、特別に安くしてあげるようね。そうだな

ぁ〜・・・三千円でどうかな?」

「・・・そういうの無理」

ルパート・・・返答に一刀両断!

「・・・じゃ、『ボク』は幾らなら大丈夫なのかなぁ?」

「二百円とか?」

ブッ!

「に、二百円かぁ・・・おじさん、そりゃ流石に困るなぁ。あ〜・・・三千円は『分割』

でもいいんだけど・・・どう?」

「じゃあ、三千円でもいいよ。でもお支払いは五十回に分けてもいい?」

ブッ!

「ひと月・・・六十円ずつ?あ〜・・・うん、いいよ。『ボク』だけに『特別』ね・・・」

「うわぁ〜ぃ♪」

「・・・・・」



この一件でルパートは、兄に相談もせずに「その辺で捕まえたようなトカゲ」を三千円で

購入した為、双子とトムにこっ酷く叱られた。

ちなみにそのトカゲは・・・次の日逃げてしまい、「支払い」だけがルパートに残った。

兄達は敢えてルパートに支払わせた方が自分の冒した過ちに気づくと踏んで、支払いに関

して知らん振りだった。

がっかりしたルパートがその更に翌日拾って来たのが、道端に落ちていた「変わった模様

」のカメ・・・「しーちゃん」だ。
(まったく懲りてない、ルパート)



この「しーちゃん」は現在、破格の勢いでデカく育っている。

もう、理事長ヴォルデモートからお歳暮などで頂いた「缶」の中では飼育が困難になって

来たので、今や庭で放し飼いだ。

オリバーの育てている家庭菜園のキューリなどを食い散らかして、少し前に叱られていた。

だが所詮はカメ・・・叱った所で、どうにかなるものでは無い。

ちなみに、ルパートの支払いはここ数ヶ月滞っていて、支払われておらず・・・。




「え〜っと・・・今から番号を呼びます!最初にみんなに配っておいた券は無くしてない

ですね?これから僕達が、楽しい余興をします!」

「そういう事だよねー、ダン?」

「なぁ〜にが『そういう事だよねー?』だ。お前は結局何も言えてねぇじゃんか・・・」

トムは調子の良いルパートに、またもやダメ出しだ。

ルパートは「フンッ!」とトムを無視した。

今頃遅めの反抗期真っ只中のルパートは、尽く口の悪い三男と揉める。



ダニエルはテーブルの下に隠しておいた、大きな箱を二つ取り出した。

「番号を呼ばれた人は、必ず出されたお題をやらなくっちゃいけないんだよ?いいね?」

「えぇ〜〜〜〜っ!?」

オリバーとトム、それにエマが大ブーイングだ。

他の面々は、「いーじゃねーか。楽しそうだし。よし、引け!ダニエル!」などと囃(

)している。

「へへ〜・・・昨日遅くまで作ったんだ・・・ねぇ?ルパート?」

「うん♪」

ルパートは自分が仮装していたおかしなメガネに付いている、ストローのようなものをピ

ーッと吹いた。

すると、メガネの左右から上に向かって細い紙風船のようなものがプク〜ッと膨らんだ。

これもどうやら「秋祭り」で買った、馬鹿げた商品の一つだったらしい。

ルパートは今日、度々この紙風船を膨らまし、その度にトムに虐められていた。



ダニエルは当たりを付けて、ヒョイと一枚引っこ抜いた。



「まず・・・3番の人!

「おぅ、俺だ!」



クリーニング店のご主人がいきなり当たった。

ダニエルは番号の書いた紙が入っていない箱の方からも、次の一枚を引っこ抜いた。

「え〜っと・・・『目の前の人の膝の上に座って、飲み物を一気に三杯飲めっ』!」

「・・・・・」

ご主人の目の前は、エマの母親だった。

あからさまにエマの母親に嫌〜な顔をされた、クリーニング店のご主人。

ご主人、「いや、参ったな・・・」と頭を掻いてなかなか動き出さない。(むしろ、出せ

ない
)



「ねぇ、早くしてよ!次が引けないでしょー!」

ルパートが急かした。

クリーニング店のご主人が「いやぁ〜・・・何だか、どーもスイマセンね」と、エマの母

親の膝の上に中腰で座り、プルプル膝を震わしながらとっとと三杯ビールを飲んだ。

エマとジニーは自分の母親の顔が怪訝(けげん)そうなので、面白いらしい。

姉妹二人してニヤリ笑いだ。

そしてエマは、よもや「『隣の人にキスしなさい』なんてお題を、もしオリバーが引いた

らどうしよう」・・・と、勝手にドキドキし始めた。
(そして勿論、それを深く強く心の

中で神に願った
)



「じゃ、次・・・16番の人!

「おっ、俺だ♪」



ジェームズがポップコーンを摘みながら、長い腕を挙げた。



「自分の4番左の人にキスしなさい!」

「ゲッ!」



・・・エマだった・・・。



「双子」違いもいい所だ。

大きく、いや「微妙」にエマの「モクロミ」が外れたと言って良い。



「・・・・・」

エマの気持ちなど全く気付かないみんなは、やいのやいのと楽しそうだ。

エマだけがちっとも面白く無い。

かなり不本意ながら、ジェームズからホッペに「洗礼」を受けたエマ。

エマの隣では、オリバーがウケて大いに笑っている。

エマにとっては「最悪」だ。

「エマちゃんの頬っぺた、柔らかぁ〜♪」

ジェームズは「役得♪役得♪」とルンルンしながら自分の席に戻っていった。

エマはポップコーン臭くなった自分の頬っぺたをゴシゴシお手拭で拭いた。

エマはこの後、気分がいたく落ち込んで「お開き」まで明るくなる事はなかった。

ジニーはそれが始終面白かったらしい・・・クスクス笑いが止まらなくなっていた。

全く、この姉にしてこの妹だ。



「じゃ、次・・・23番の人!

「僕です!」

ダニエルの呼び掛けに、レオンハルトが華麗に手を挙げた。

「4番の人とダンスを踊ってください」

「・・・・・」

誰も手を挙げない。



「4番の人?居ませんかぁ〜?」

ダニエルがキョロキョロ辺りを見回した。

全員「無反応」だ・・・「4番の誰か」を探し、互いにキョロキョロしている。



「お前じゃなかったか、4番って?」

ジェームズがトムの番号を見ようとした。

「違う!俺は4番じゃねぇ〜・・・あーっ、返せっ!

ジェームズは腕を高く伸ばし、トムに取れない所までトムの番号札を持ち上げた。

「ほぉ〜ぅら・・・やっぱお前が4番じゃん!踊れよ、レオ〜ンハルトと!」

「嫌だ!」

みんなが口笛を吹いたりして囃(はや)し立てた。

「トム君だったのですか♪恥ずかしがらずとも、僕がリードしますから・・・」

「『俺は踊らんっ!』って言ってる!」

一人「マジ」になったトム・・・会場が少しだけ盛り下がった。



「・・・いいから、踊れって!」

「空気」を読んだジェームズが人を掻き分けて、弟を僅かながらに空いているフロアに引き摺

(
)り出そうとした。

「だから嫌だって・・・馬鹿、押すなっ!

トムは後ろからも誰かに押され、強引に席から出されてしまった。

そして、取り合えずレオンハルトと向かい合ったが、目も合わさないトム。



「いやぁ、トム君!君と踊れるなんて・・・何ぁ〜んて素敵なクリスマスなんだ♪来た甲

斐がありましたよ♪」

「俺にとっては『最悪なクリスマス』だ!」

レオンハルトは自分への失礼な言い草には全く気にせず、トムの腰にグッと手を回してき

た。

「ゲッ・・・」

みんながヒューヒューと口笛を鳴らして、二人を更に囃(はや)し立てた。

トムは見る見る顔が真っ赤だ。



馬鹿っ!何で俺が『女役』なんだよっ!手を離せっ!」



「不服かい?なぜって、トム君の方が僕より身長が僅かながら低いので・・・じゃ、君が

僕をリードしてくれますか?僕はどちらでも構わないよ?」

「どっちも断るっ!」

トムの意思は、なかなか固そうだ。



「ねぇ・・・トムがこれやらないと次にいけないんだけど・・・」

ダニエルが言った。

「じゃあここで、もうお終いだ!」

「ブーブーッ!」

ルパートが「ブーイング」した。

「うるせぇっ!子豚!」

「ブーブーッ!」

ルパートはどうも、マイブームが「ブーイング」らしい・・・。(色々問題だ)



「・・・いいから踊れよ!サクッと踊ればそれでいいんだ。何マジになってんだよ?ここ

でそんなにマジ反応すると、ホントにみんながお前を『ソッチ』の人と勘違いするぞ?」

「俺はゲイじゃねぇっ!」

次兄の冷やかしにトムは「マジ」に答えた。

「じゃ、決まりだ!ほら・・・」

ジェームズがトムをレオンハルトの方にグイッと向かせた。

「仲良く踊れ・・・な?頼むぜ、レオ〜ンハルト!」

「任せてください、お兄様♪」

トムは顔を全く上げずに、渋々とレオンハルトと手を繋いだ。



「いいな・・・俺の腰に手を回すな!体くっつけるな!それにリードするな!」

「おや・・・それだと、かなり・・・まぁ、いいですよ。えぇ、分かりました」

レオンハルトは優しく微笑んだ。

あまりにトムがケチばかり付けるので、かなりオカシなダンスになった二人。

二人揃って「男役」・・・これがまた、あまりに面白いっ!

トムはみんなに大笑いされながら、暫し「罰ゲーム」に耐えた。

ギャラリーが口笛を吹いたり手を叩いたり歓声を上げるのにも一切答えず、顔を真っ赤に

しながらレオンハルトと短いダンスを踊り終えたトムは、曲が終わるとサッサとレオンハ

ルトから手を離し、席にズンズン「男らしく」帰って来た。



「くそ・・・飲んでやるっ!

トムはその辺にあるワインだろうがビールだろうが熱燗だろうが焼酎だろうが、片っ端か

らちゃんぽんし始めた。

レオンハルトの方は、少し酔った八百屋のおばさんが「私とも踊ってよ!」と席から立ち

上がったので、笑顔でその相手をしてやっている。

「まぁまぁ・・・そう、落ち込むな、トム!弟達の考えた、楽しい企画じゃねぇか。ちゃ

ーんと今のデジカメに撮ってやったからな。あとでダビングしてやるよ」

「いらねぇよっ!」

トムは恥ずかしそうに、風呂屋の曾曾お爺さん「国松さん」から目を背けた。

風呂屋の爺さんは百二歳のくせに、この辺では一番機械関係に詳しいときている。

流行の「家電芸人」真っ青なくらいだ。(三十年ほど前に既に死んでいる、自分の親友が

電気屋のせがれだったのだ
)

「懐かしいねぇ〜・・・俺も昔、婆さんと有楽町に出来たばっかの『みるくホール』で、

ダンスを踊ったもんさぁ〜な」

「お、やるねぇ〜、おじちゃん♪ハイカラだな!?」

青年部の男達が、みんなして風呂屋の爺さんの武勇伝を聞き始めた。



「・・・トムさん?そんな飲み方すると、あとが大変ですよ〜?」

「うるせーっ!」

心配しためぐみが止めたのだが、今のトムは聞く耳持たなかった。

ガンガンあらゆる酒を呷(あお)って・・・そして、物の見事に潰れた。

目は焦点が合わなくなり、真っ直ぐ座っているつもりなのに体はどんどん斜めになり、肉

屋の奥さんの方にだらしなく体重を預けたトム。
(奥さん、ちょっと嬉しそうだ)





「ジェームズ・・・悪いけど、コイツ部屋に寝かしてきてくれよ」

オリバーが相棒の片割れに言ったが、ジェームズは腹を押さえて「ち、ちょっとだけ待っ

てくれ・・・」とトイレに駆け込んでしまった。

今になって、散々食ったモノの「タタリ」が腹を直撃したらしい。



「私が運びますぅ〜」

めぐみが立ち上がった。

「いや、いいよ、めぐみちゃん。君は今日の主役なんだから・・・」

「でも、ドアに私が一番近いし、私まだ全然酔ってませんし・・・力もありますから」

めぐみはぐったんぐったんのクラゲのようなトムを、「よっこらしゃーのしゃ!」とかな

り変わった掛け声で背中に担ぎ、「レインボー」のドアから出て行った。

外からの冷たい十二月の夜風が、一瞬だけレインボーの店内をほの良く冷やした。



「じゃ、次行くよー!12番の人!」

「私です!」

湯家の奥さん、凛麗(りんれい)さんが立ち上がった。

「腹筋、50回やってください!」

「容易(たやす)い事ですわっ!」



店内では、こうして世が更けるまで余興は続いていた。

その後も、「ダニエルが歌を歌った」り、「ルパートが手品をして見せた」り、「双子が

ウケないお笑い」を披露したり・・・。

太一が「ポケモン」のモンスターを全部言ったり、庄之助さんが自分の「武勇伝」を聞か

せたり・・・笑いと拍手が絶えなかった。

かなり遅れて参加してきた「ハグリッド和尚」が来店して来た頃には、彼自慢のオカシな

鍋の味に誰もツッコミ入れられないほど酔っていて、みんなは「こんなに珍しくって美味

いモンは食った事ねーな♪」とまで抜かしたほどだ。

これが原因で、翌日このパーティーに参加してこの鍋を食べた面々はみんな腹を下した事

は、言うまでも無い。

尚、「オカマの朱実」もオリバー会いたさに友達を連れて店に乱入して来そうだったが、

定員オーバー
(ハグリッド和尚の体があまりに大きく、悠に四人分の席を要した)で、無事

締め出された。
(オリバー「ホッ・・・」)





一方、トムを担いで池照家の二階へ登っていくめぐみ。



「・・・気持ち悪ぃ・・・」

トムがめぐみの背中でハアハア言っていた。

「トイレ行きますか、トムさん?」

めぐみにマトモに答えられないくらい、トムは酷く酔っていた。

めぐみがトイレのドアを開けてトムの背中を擦ってやると、トムは一気に胃の中の酒類を

吐き出した。



「全部出し切っちゃった方がいいです。全部出しちゃってください」

めぐみはずっとトムの背中を擦ってやっていた。

「・・・・・」

トムは自分のカッコ悪い失態が、とにかく嫌だった。

しかも、自分を介抱してくれているのが、散々悪口を言っためぐみなのだ。

申し訳無いやらカッコ悪いやら・・・ホトホト自分が嫌になったトム。

それからまためぐみはトムを背中に担いで二階に上がり、トムの布団をサッサと敷いて、

そこに彼を寝かした。



「お水か何か要りますか?」

「要らね・・・」



トムがいつも以上にぶっきら棒な対応をするのには訳がある。

今だけは・・・とにかくめぐみの顔を恥ずかしくって見られない。

自分が吐いているのを後ろから介抱してくれた女が色々その後も面倒を看てくれるのは、

普段めぐみを苛めている分だけ、男としても人間としても、後ろめたいしカッコ悪いし恥

ずかしかった。


ただ、今ここでめぐみに謝るのは、自分のカチカチに固まった「意固地なプライド」が許さない。

「池照トム」と言う男は、なかなかぶきっちょで厄介な性格だった。



「明日の朝、『しじみのお味噌汁』作ります〜。それ飲んだらきっと良くなりますよ〜。

おやすみなさい、トムさ〜ん」

「・・・・・」

めぐみはトムが風邪など引かないように顎まで毛布を持ち上げてやり、部屋から出て行こ

うとした。



「・・・めぐみ・・・」

「はい〜?」



トムの、蚊の鳴くような声がめぐみを呼び止めた。

トムが体裁悪そうに、指で何かを指差した。



「・・・俺から」

「え?」

「プレゼント・・・誕生日の・・・」

トムの顔は、めぐみからは見えなかった。

毛布で顔を殆ど隠してしまっていたので、トムが今、どんな表情なのかは分からない。

本棚の隙間に手の平サイズの小さなプレゼントがあった。



「・・・レオ〜ンハルトみたいな高価なモンじゃねー・・・だから、礼はいい。気に入ら

なかったら捨てろ」

トムは、今度こそ頭までスッポリ毛布を被った。

めぐみがジッとプレゼントの箱を見つめた。

「・・・ありがとうですぅ〜、トムさん・・・」

めぐみの語尾上がりが、何とも優しくトムの「ぶきっちょ」を包み込んだ。

「寝る、もう行け・・・」

「はい〜」

めぐみは襖(ふすま)の所で小さく会釈をして部屋を出て行った。



トムは、酔って朦朧(もうろう)とした瞼(まぶた)で暫く天井を見つめていた。

いつもと違う「脳」は色々な事を考えたり想像したりするらしく、天上の年季の入った木

の目がマーブル状で、いつもは気にもしていなかったのだが、何だか今は興味深くて不思

議だった。

遠くに、ドッとした笑い声がたまに聞こえる・・・「レインボー」での盛り上がっている

みんなの声だ。

トムはその笑い声を子守唄代わりに、あっという間に眠りの世界へ旅立った。





そして翌朝・・・めぐみは、いつにも増して美味い味噌汁を作った。

普段はあんまり食の進まないトムだったが、不服を言いながらも、めぐみの言いつけ通り

に味噌汁を飲んだ。

すると、本当に頭や胃が少しスッキリした。



「婆ちゃんが、教えてくれたんです〜。爺ちゃんって人が昔、物凄い酒飲みだったって・

・・。
しじみの味噌汁のアミノ酸の成分が、体内に入ったアルコール成分の緩和をする働

きがあるって〜・・・」

「へぇ〜・・・まさに『お婆ちゃんの智恵袋』だね、めぐみちゃん?」

オリバーはジュルッと味噌汁を啜りながら、「やっぱり日本人は日本食だよな」と改めて

その身に感じていた。

「レインボー」は仕事でやっているだけで、彼は本来、「ナポリタン」や「ピザ」などで

は飯を食った気がしない、生粋
(きっすい)の日本男児だ。



「昨日のめぐみちゃんが最後に歌ったシャンソン・・・いやぁ〜・・・スッゲー上手くて

、改めてビックリしたよ、俺」

ジェームズはふりかけご飯をかっ込んでいる。(ちなみに三杯目だ)

「フランスでは、『ゴスペルクラブ』に入っていたんです〜。うふふ・・・ちょっとだけ

自慢ですけンど〜、リーダーでした〜」

「やっぱり・・・」

双子が感慨深げに頷き合った。

「そーいやお前、昨日のオリバーからのプリンはどうしたんだよ?」

トムが話題を変えた。

「あ〜・・・昨日、頂きました。冷蔵庫にトムさんの分入ってますよ〜」

「・・・結局『分けた』のか?」

大方、ルパート辺りが「物欲しげ」に見ていたから、切り分けたのであろう。

ルパートの目は、「トム、プリン要らないって言わないかなぁ〜」と言わんばかりにトム

を見つめていた。

トムはルパートが困るのが大好きなので、普段はあまりプリンなどは食べなかったが、敢え

て「あとで食う!」と述べた。
(勿論、ルパートがっくりだ。トム「ニヤリ」・・・)



「ねぇねぇ・・・昨日町会長から貰ったの、何だったの?」

ダニエルが話を変えたので、みんなの意識がそっちに変わった・・・相変わらず気が利く。

「あぁ・・・『JTV』の旅行券。この枠の中の時期から行く日を決めて、行く場所はこ

っちの枠の中から選べるんだと。祭りでもお前に世話になったし、毎年、忘年会の幹事役

やったトコにはこうして旅行券プレゼントしてるんだとさ。知らなかった・・・」

「わ〜ぃ!じゃあ僕、沖縄行きたーい♪」

「僕は・・・うん、僕もルパートと一緒。沖縄がいいや」

オリバーが見つめている「旅行場所一覧表」を、ダニエルとルパートも覗き込んだ。

(ダニエル、こんな時にも「ルパート中心」だ。くっ、泣かせるっ・・・)



「あれ・・・めぐみちゃんって田舎どこだったっけ?」

ジェームズが聞いた。

「私、秋田ですぅ〜」

「秋田のどこ?」

「十和田湖の近くです〜。『大湯温泉』って言うのが近くにあってぇ・・・」

「あるっ!『大湯温泉』!」

オリバーが長く細い指で、一覧表から「大湯温泉」を指差した。



「いい機会だし・・・年始年末めぐみちゃんの田舎、ご挨拶行っちゃうか?温泉あるぞ?!」

「うおっ、マジか!?行っちゃう!行っちゃう!俺、行っちゃう!」

オリバーの提案に、ジェームズがジャーから四杯目のご飯をお代わりしながら反応した。

「わーい!僕、めぐみちゃんの田舎行きたーい♪」

勿論、ルパートもダニエルもこのアイディアに大喜びだ。



「・・・俺、パス」



いつもの通り、トムだけがノッてこなかった。



「またまた、トム君・・・付き合い悪いな、お前」

ジェームズがご飯をかっ込みながら文句言った。

「そうだ!六人分のチケット貰ったんだ!お前が行かないと余るだろ・・・勿体無い!」

「いいじゃん、四人で行けば・・・。って、何で六人なんだ?」

「めぐみちゃんの分だと思う」

「私はいいですよぉ〜・・・大湯温泉は何度も行ってるんで、どなたか他の人誘ってあげ

てください〜」

「じゃ・・・二名分誰かにやっちゃえよ」

トムが言った。

「何言ってんだ。レオ〜ンハルトでも誘って、六人にしようぜ?」

ジェームズが言った。

「なんで『ヤツ』なんだよ!?誘うなら他に誰か居るだろ・・・」

「アイツ居ると楽しいじゃん♪」

「じゃ、テキトーにお前らみんなで行って来いよ。俺は行かねぇっ!バイトでもしてる・

・・」

「長男の意見に従って貰うぞ、トム。『池照家の家訓』をまさか忘れた訳じゃあるまい?」

オリバーも口を挟んできた。

「『ノー』も言えないのかよ、この家は・・・横暴だ!

「何とでもお言いっ!」

ジェームズは胃下垂気味で、「もっと食えば?!」と言われれば勿論まだまだ腹に飯は入

ったが、流石に家計の事を考え、ここで朝食を終えた。

そして、トムのケイタイをサッと引っ手繰って「レオンハルト」に早速電話を掛けた。



「馬鹿っ!返せ!」



トムがジェームズからケイタイを奪おうと立ち上がる。



「ねぇねぇ・・・『横暴』って何?」

ルパートが二本目のヤクルトを飲みながらオリバーに聞いた。

ルパートは朝食はいつも食べない。

だが、最近ヤクルトだけは飲むようになった。(しかも二本)

「『横暴』って言うのはだな・・・」



「何だ・・・ちゃんとアイツの番号入ってんじゃん、トムくん!」

「俺じゃねぇ!ヤツが勝手に・・・おい、返せって!

オリバーがルパートに教えようとした所で、ジェームズとトムが、ちゃぶ台を挟んで追い

かけっこを始めた。

「ほら、暴れるなって・・・」

オリバーが二人を叱った。

「イテテ・・・やめろ。あ、レオ〜ンハルト?あ、俺・・・そ!『トム君のお兄様』♪

よぉっ!お前さ、年始年末で俺らとめぐみちゃんの田舎にある温泉とか行かねぇ?」

どうやらレオンハルトへの連絡が繋がった。



「返せって!」



自分のケイタイを奪い返そうと躍起になっている三男を足で蹴飛ばしながら、ジェームズ

が勝手に話を進めて行く。

「素敵な企画です、お兄様!ぜひ僕もご一緒させてください!めぐみさんの生まれた

土地・・・大変興味あります♪」

レオンハルトがそう言うのが、トムにもみんなにも聞こえた。



おしっ!詳しい事はまた連絡する!じゃな・・・ほらよ」

ジェームズは今更ケイタイをトムに返してきた。

何やってんだよっ、ジェム爺!アホ・・・アイツ本気にするぞ!?」

トムは舌打ちしながら、ケイタイをズボンのポケットにしまった。

「本気に誘ってんだ・・・。それに、誰が『アホ』だ、コンニャロ・・・」

ジェームズがトムの首を「フンガッ!」と〆に入った。

トムは大いに暴れ、白目を剥く寸前で解放された。

ジェームズはゲラゲラ笑っている・・・釣られて、ダニエルとルパートも笑っていた。

トムは咳き込みながら頭を抱えた。

「冗談じゃない・・・何が楽しくて、折角の冬休みって言うのに、めぐみの田舎やレオン

ハルトなんかと旅行しなくちゃイケナイんだ!?くそ、絶対ぇ〜何か予定入れてやる!」



「いンやぁ〜、素敵ですぅ〜・・・みなさんと一緒に田舎帰れるなんて〜♪大湯温泉の旅

館からうち近いんで、父ちゃんに車回して貰いますぅ。ぜひ寄ってってくんちぇ〜。父ち

ゃんと母ちゃんと婆ちゃん、喜ぶなぁ・・・。母ちゃんなんかきっと、みなさんがあんま

りカッコいいんで、おったまげると思うなぁ〜」

「はは♪うん。ぜひそうするよ。俺も毎回色んなモノ貰っちゃっているから、お礼言いた

かったしさ・・・」

オリバーは食器を片付けながら立ち上がった。



ピンポ〜ン♪



「早いな・・・誰だろ?ダニエル見て来い」

ダニエルは、嫌な素振りも見せずサッと立ち上がって玄関を見に行った。

そして、暫くすると話し声が聞こえ、何やら手紙らしきものを持って居間に帰って来た。



「誰だったんだ?」

「『閣下』と『男爵』だったよ」

宿敵ヴォルデモートの部下、スネイプ閣下とマッド・アイ・ムーディ男爵の二人だったよ

うだ。

おーっ・・・居たなぁ、あの人達。何だかすっかりご無沙汰で、存在すら忘れてたぜ」

ジェームズがダニエルから「決闘状」を受け取った。

「何々・・・『十二月三十一日の除夜の鐘の下、今年最後の決闘を求む』・・・って、無

理じゃん、コレ。俺らその頃もう秋田向かう深夜バスん中だろ?」

「そうだな・・・。でも、あの人達の住所も電話番号も知らないから、断る事も出来ない

。どうするか・・・」

「一時間も待って俺達来なかったら、流石に帰るだろ?ほっとけ、ほっとけ!」

ジェームズは細かい事を気にしないタチだ。




それから・・・かなり慌しい年末を送る事になった池照家。

めぐみと自分達分の深夜長距離バスの座席のゲット、めぐみの田舎に持って行く荷物の荷

造り、下の弟達の旅行カバン中身のチェック。

(やはりダニエルとルパートは、バックの中にしこたま「漫画本」を入れていた。勿論

、それらは全てオリバーによって片された
)

「喫茶・レインボー」の大掃除と家の大掃除、今年世話になった人への早めのご挨拶と、

今年の年始に授かった神社からのお札を焼いて貰う為に「ハグリッド和尚」の寺に持ち寄

ったり・・・。

レオンハルトはギリギリまで何やら予定が詰まって居るとかで、旅館に直接登場するらしい。





「不在の親父とお袋のモロモロの仕事をするんだとさ。意外にエライ奴だぜ、アイツ・・・」



十二月三十一日の深夜、ジェームズは高速バス発出場で感心していた。

白い息がファ〜ッと上がり、もう間もなく出発する時刻に合わせて、運転手がタバコを吹かしていた。

「フンッ、どうだか・・・」

トムはあくまでもレオンハルトの味方は出来兼ねるようだ。



「あれ、めぐみちゃん・・・そのマフラー新しいね」

ダニエルが言ったセリフに、トムがドキッとした。

「はい〜」

めぐみは両端にボンボンの付いた、赤いマフラーをしていた。

「誰かに貰ったの?」

オリバーが聞いた。

「はい〜」

トムはソッポを向いた。

そして、めぐみが口の堅い女で良かったと思った。

マフラーは・・・言わずもがな、トムが誕生日にめぐみに贈ったモノだ。

「とっても似合ってるよ♪」

「ありがとうございますぅ〜」

ルパートの褒め言葉に、素直に喜ぶめぐみ。

トムは胸が少し痛んだ。

かなりテキトーに買ったプレゼントだった・・・・・なのに、めぐみは嬉しそうにそれを首に巻いている。



「さぁ!お客さん!ご乗車ください。そろそろ出発しますよ!」

運転手が兄弟達を座席に座るように促(うなが)した。

夜行バスは混んでいた・・・・・乗車率120%。

補助席まで使用されている。

兄弟達は、2パターンに分かれる形で席に着いた。

ダニエルとルパートとめぐみ・・・・・そして、双子とトムだ。

ダニエルとルパートは席に座ると、怒るオリバーが見ていないのをいい事に早速お菓子を取り出した。



時刻は二十三時半・・・。

六人は約八時間強の道のりで、冬の秋田へ向かった。




第十一話完結     第十二話に続く      変身目次へ      トップページへ