第十二話「真壁温泉と兄弟の絆」
「はぁ〜・・・シ・ア・ワ・セ♪」
オリバーは宿内の露天風呂の一つで長い足を悠々と伸ばし、自分だけの広々とした空間と
気持ちのいい滑らかな湯に、人生史上十本の指に入るとも言える「至福の時」を静かに味
わっていた。
秋田県大湯温泉「真壁旅館」は、十和田湖インターから三十分と言う場所にある温泉旅館だ。
十六種もの様々な趣向を凝らした風呂場が完備され、全室和室の落ち着く佇まい・・・。
レオンハルトを入れた六人でも快適に寝泊り出来る大きな部屋が、今回の池照家用の部屋
に割り振られた。
その「レオンハルト」はまだ到着していない。
トムのケイタイに朝五時頃、「今、飛行機の中だよ。早く君にア・イ・タ・イ♪」と言う
、絵文字付きの可愛いメールがレオンハルトから入って来た。
(トムは勿論、それに返信などするはずもない。即刻メッセージを「消去」した)
池照家の一行が宿屋に着いた途端、中居達のテンションが俄然上がった。
イケメン揃いの五人兄弟の登場に、朝靄の中の眠たさなど・・・北国の寒さなど、一気に
吹っ飛んだようだった。
コソコソと仲間内で、「やっぱ、都会の人達は素敵だンねぇ〜」「んだ〜、見てみぃ?洒
落てるねぇ〜」などと、濁音気味の語尾上がり発音で話している。
(池照家の兄弟達は、中居達の喋り方に「流石、めぐみの故郷だ」とその身に痛感した)
有り難い元旦の朝日を東の空に拝みつつ、朝早くに宿に着いた面々。
バスの中でぐっすり眠っていたダニエルとルパートは、バスからの下車に「眠〜い・・・
」と駄々を捏ねて双子を困らせたし、トムに至ってはは真冬の秋田の有り得ない寒さに、
バスから降りた瞬間「死ぬっ!」と三連発だ。
(オリバーとトムは繊細なのかなんなのか、バスの揺れでたまにウトウトしただけで、結局最後まで睡眠
らしい睡眠を取れなかっ た)
しこたまバスに揺られた体を楽にしようと、部屋に荷物を置くと早速数ある宿内の温泉に
浸かりに行った、長男オリバー。(他の兄弟達は、もう一眠りするらしい)
今回の話は、そう言った所から始まっている。
「与作はぁ〜木ぃ〜を切っるぅ〜♪」
家のチンケな風呂とは違う、大きな湯船を自分だけで使うと言うのはやはり「オツ」なモ
ノ・・・大きな声で大好きな演歌も自然と出るオリバーだ。
温泉の湯で体が温まっているので、寝不足と言えども咽の調子は快調だった♪
「ヘイヘイホ〜ゥ♪」
「ヘイヘイホ〜ゥ♪よぉっ、ここに居たか!」
自分の声のエコーに酔っていたオリバーの耳に、自分の声と良く似た声の輪唱・・・。
カラカラと浴場のドアを開けて兄の歌の続きを歌いながら入って来たのは、次男ジェーム
ズだった。
「う〜・・・さむさむ・・・」
「///////・・・寝るんじゃなかったのか?」
思いっきりな「本気の歌声」を聞かれ、兄弟と言えどもちょっぴりテレたオリバー。
「いや、最初は寝ようと思ったんだけどな・・・なぜか目が覚めた。アチッ!」
ジェームズは鳥肌の立った体に打たせ湯を何度か浴びせ、歌声どころか双子の長男とソッ
クリな細い体を震わせながら、足を伸ばして湯船に浸かった。
「ウ〜ィ・・・沁みるねぇ〜・・・ここの風呂♪」
満悦してバシャバシャと湯船の湯で顔を洗っている。
「他の三人は?」
オリバーが聞いた。
「寝てたから置いて来た」
「確かにまだ六時半だしな・・・ルパートなんかありゃ、あと三時間は起きないぞ?」
オリバーは骨ばった長い指で前髪をグッと後ろに掻き上げ、大きな窓から見える山の景色
をウットリしながら見つめた。
「そう言えば、レオ〜ンハルトがそろそろ着くってフロントに連絡よこしたとさ」
「そうか・・・じゃあ、朝飯には間に合いそうだな」
ジェームズからの報告に相槌を打ち、オリバーは湯船からザバッと上がると、洗い場で椅
子に腰掛けて蛇口を捻った。
髪を洗おうと言う事らしい・・・シャンプーに手を掛けた。
「なぁ、婆さん?今日は元旦だから、朝飯も普通の朝飯と違うんかな?」
ジェームズは頭を縁に凭(もた)せ掛け、天井を見つめながら喋っている。
「どうだろ・・・朝は普通の日と一緒じゃないのか?元旦に旅館なんか泊まった事ないか
らな・・・勝手が分からん」
オリバー・・・もはや「婆さん」と呼ばれる愛称に「ツッコミ」すら無い。
(すっかり慣れてしまったようだ)
「ま、どっちでもいいや。北国だし、絶対ぇ『飯』が美味いって分かってるから」
「俺達が似なかったのはそこだけだな。お前は昔っから飯の量がハンパなかったし・・・」
オリバーは下を向きながら、ガシュガシュと力強く髪を洗い始めた。
唯一、双子のビジュアルで違っているのは髪の長さだ。
オリバーは暫く床屋に行っていなかったので肩に髪が掛かるくらい伸びていたし、就職活
動中のジェームズの方は、企業に良い印象を付けようとかなり短めに髪をカットしていた。
「飯食う量が違うのに、俺達何で同じ身長で同じ体型なんだろ・・・不思議だぜ」
そう言うとジェームズは、ブクブクと頭まで湯船に沈んだ。
(勿論、本来ならやってはいけない公共宿でのマナーである)
「そう言えばお前、就活どうしたんだ?ここ最近ずっとしてないだろ?」
オリバーが鏡越しに、後ろの湯船に浸かっている弟に聞いた。
「あ・・・聞いちゃったね、それ?」
「・・・まずかったか?」
「いや・・・言わなきゃって思ってたから丁度いい。俺、就職決まったんだ、兄貴」
突然「兄貴」なんて呼ばれて、オリバーはドキッとした。
何やら、弟の「含み」を読んだ。
「ふ〜ん・・・どこだよ?」
オリバーは頭がシャンプーの泡だらけの「白い『パパイヤ・鈴木』」になったまま、ゆっ
くりと弟を振り返った。
「・・・フレンチ・レストラン・・・」
「フレンチ・レストラン?」
予想外の言葉に、オリバーの声のトーンが少し上がった。
「そ・・・外資系だよ、一応」
「・・・何て名前だよ?」
「・・・『トレビア〜ン』」
「は?」
「チェーンだけどな。『フレンチ・レストラン/トレビア〜ン♪』」
「・・・・・」
「何か反応しろよ・・・」
「えっ?あ〜・・・、え、と・・・」
オリバーの微妙な表情をジェームズは汲み取った。
「・・・ま、帰ったらその会社のパンフ見せる」
「・・・・・」
「だから、何か反応しろって」
「・・・あ、悪い・・・」
オリバーは目に泡が入り始め、痛そうな顔で髪の泡を流し始めた。
ジェームズは熱さで赤くなり始めた顔で、窓から見える雪景色を見つめている。
ジェームズは今、何かを吹っ切ったような清々しい顔をしていた。
「こちらのお部屋でございます〜」
「ありがとう」
場面変わり、三人の仲居がレオンハルトを部屋に案内した所だった。
本来ならゲストの部屋への案内などはスタッフ一人居れば充分のはずだが、到着したレオ
ンハルトが池照家同様これまたあまりのイケメンなので、仲居達のテンションは益々上が
ったのだ。
(つまり、誰がレオンハルトを案内するかを揉めたが、収拾が付かず三人での案内になった
と言う訳だ)
「どうぞごゆっくり〜」
「ありがとう」
レオンハルトは爽やかな笑顔で、立ち去って行く仲居達の後姿をジッと見つめていた。
「流石、めぐみさんの故郷だな♪」
彼も、池照家と全く同じ事を思ったようだ。
部屋のドアを開け、すぐに散乱したスリッパの数々を見て、レオンハルトの口の端が少し
上がった。
「はは〜ん・・・キッズ達だな?」
そしてスッと襖(ふすま)を開けたそこには、障子を閉め切った薄暗い部屋の中に三つの丸
い小山が・・・。
毛布にクルンと丸まって、誰が誰だか判別不可能だった。
しかし、「1セット」は殆どくっ付いている。
「それ」が間違いなくダニエルとルパートだとレオンハルトには分かった。
レオンハルトは入り口付近に荷物を置くと上着を脱ぎ、一つだけ離れているこんもりとし
た山に近寄った。
特にこの山は「丸まって」いる・・・相当に「寒い」のだろう。
トムの短髪が、チラリと掛け布団越しに確認出来た。
「すぅすぅ」と言う小さな寝息が聞こえる。
レオンハルトの口の端がニッと上がった。
「トム君・・・僕です。レオ〜ンハルトです」
レオンハルトはソッとトムの耳に顔を近付け、小声で話し掛けた。
応答は無い・・・相当深く寝入ってしまっているらしい。
レオンハルトはその無防備なトムが可愛らしく感じ、ブルルンと身震いした。
そして今一度小声で話し掛けた。
「トム君、僕ですよ。レオ〜ンハルトです。着きましたよ」
ドカッ!
「・・・っ〜・・・」
再度語り掛けたレオンハルトの鼻に、トムの肘が強打した・・・寝ぼけたらしい。
レオンハルトは高い鼻を押さえ、出血していないかどうか確かめた・・・血は出ていなか
った。
「はは・・・可愛らしい寝相だ♪」
レオンハルトは全くめげない。
「ん?そう言えばお兄様達が居ない・・・どこかへ出掛けられたかな?風呂か?」
レオンハルトは今一度部屋の中を見回し、グッスリ眠っている弟二人とトムに目をやり、
シレッとした顔でトムが掛けていた毛布を持ち上げて、自分もその中にチャッカリ納まろ
うと体を横にした。
「・・・ぶっ殺すぞ、てめぇ」
目と目・・・僅か十センチの距離でトムに威嚇されたレオンハルト。
「ぃやぁ、おはよう、トム君♪たった今到着しました。秋田は寒いですねぇ。輝かんばか
りの元旦の『初日の出』を拝顔しましたか、トム君?いやぁ〜、全く持って今年は最初か
らツイテいると言うものです。こうして池照家のみなさんと共にめぐみさんの育った秋田
・・・モガガッ!」
「着いた早々ペラペラうるせぇんだよ、お前は!あっちにも布団はあるだろ!?」
トムが向こうの方を指差した。
「僕の体は今冷え切っているんですよ。少しでも早く温まりたくて・・・」
「だったら風呂行けよ!兄貴達がもう浸かってる」
「いや、風呂は後にします。今は取り合えずこうしてトム君にくっ付いて・・・おやっ!
?トム君・・・君こそこんなに手足が冷えて・・・。痩せているから相当冷え性のようで
すね?」
「触るなっ!」
ドサクサに紛れて手を握ってきたレオンハルトを、グイーッと向こうに押しやったトム。
「二人で温め合いましょうよ・・・ほら、こうして体をくっ付けていればすぐに・・・」
「抱きつくなっ!」
「うるさいよ、トムっ!」
怒られた・・・しかも、ダニエル「如き」に怒られた。
トム・・・兄としてかなり悔しい。
「仕方無ぇだろーがよぉ!だって、こいつが・・・」
トムは乱暴な口調で弟に言い訳しようとしたが、レオンハルトの方はすっ呆けて寝たフリ
している。
「・・・このやろ」
ゲンコツを振り上げた瞬間・・・。
ガラッ!
「おっ、着いたのか、レオ〜ンハルト!」
ひとっ風呂浴びた双子が、ほの良く湯気を上げた火照った顔に浴衣姿で現れた。
二人は長身なので、「大きめ」を頼んだにも拘らず浴衣が若干小さい・・・。
ジェームズは肩まで袖をクルクル巻き上げた、二の腕丸出しスタイルだったし、オリバー
の方は毛先から肩に、ポタポタと雫を垂らしていた。
廊下でたまたま擦れ違った仲居の二名が、双子の「男のフェロモン」漂う姿に完璧悩殺さ
れていたのは言うまでもない。
「あ、おはようございます、お兄様方。レオ〜ンハルト・ハインリッヒ・・・五分ほど前
に到着いたしました。この度は、素敵な旅にご招待頂き、まことに・・・」
「あ〜、いい、いい!俺達もどうせ『ご招待』だし。腹減ったなぁ、朝飯まだかな・・・」
ジェームズはタイミング良く腹をギュルルルル・・・と鳴らし、部屋の障子を少し開けて
外の景色を眺めた。
「おぉ〜・・・いい眺めじゃん、ここ」
兄オリバーも弟の言葉に、その背後から外を覗き込んだ。
渓谷の上に立つ「真壁旅館」の下には川がチョロチョロと流れており、辺りは雪をこんも
りと纏った山の木々に覆われている。
まさに田舎の・・・「民話の世界」の景色だ。
「なまはげ」の時期にくれば、尚楽しいだろう。
辺り一面の雪の量は凄い・・・聞きしに勝る相当な豪雪地帯だった。
何とか道だけは人や車が通れるくらい雪掻きし終えた・・・と、言った所である。
「仲居さんが、『一昨日吹雪いた』と言っていました。銀世界が眩しいですね〜」
「・・・お前には負けるよ」
雪の反射を眩しそうに目を細めたレオンハルトに、オリバーがボソッと呟いた。
レオンハルトの本日のイデタチは、豹柄のネクタイにブラックのシャツと赤のチェックのベス
トだ。
カラフルなスカーフがポケットからオシャレに顔を出している。
脱いでハンガーに掛かっているコートは毛皮だ。
「今日は『バレンチノ』でキメてみました」
「・・・無駄な『オシャレ』だな・・・」
オリバーが少し呆れた。
「・・・もしかしてこれ『ミンク』かよ?」
ジェームズがハンガーに掛けてあるコートに寄って、舐め回すようにマジマジと見つめた。
「いえ・・・今日のコートはミンクではありません。丁度クリーニングに出してしまって
いたもので・・・。相当な豪雪地帯とめぐみさんにお聞きしていましたので、歩き易く汚
れても構わない格好で来たつもりなのですが・・・」
「・・・あ、そ」
ジェームズがこの話にはもう興味無さそうに短く応えた。
「で・・・え、と、めぐみさんは・・・?」
レオンハルトが誰とも無く訊ねた。
「彼女はバスで終点まで行って、実家に戻った。明日、彼女のお父さんって人がここまで
迎えに来てくれるって・・・」
オリバーが障子を閉めながら答えた。
「めぐみちゃんは明日『成人式』に参加するから、その間、お父さんが俺達を色々どこか
に案内してくれんだとよ」
ジェームズは、このうるさい中でもまだ眠っているルパートの足の裏をコチョコチョとく
すぐっている。
(ルパートはモゾモゾして、「ん〜」と言いながら足を毛布の中にスッと引っ込めた)
「めぐみさんのお父様ですか・・・きちんと挨拶しなくてはいけないな」
レオンハルトがしゃんと姿勢を正した。
「何だよ・・・お前、めぐみちゃんと結婚でもするつもりか?」
ジェームズがニヤニヤしながら聞いた。
トムは三人の会話がうるさいので、毛布を頭まで被って体を丸めている。
「未来がいかなる道に続いているのか・・・それは僕には分かりません。人生、何が起こ
るかは『神のみぞ知る』ですから。大体僕達まだお付き合いすらしていませんし・・・。
しかし、間違いなくめぐみさんが魅力的で素敵な女性である事には間違いありません」
「・・・あ、そ」
ジェームズがまた興味無さそうに話をブチ切った。
毛布に潜りながらも、話を聞いていたトムがジェームズの一刀両断なその言い方にウケて、
ブハッと布団の中で笑った。
「トム、うるさい!」
またもやダニエルに叱られたトム。
「俺の声にだけ反応するんじゃねーよ、このやろっ!」
トムはガバッと起き上がり、末弟の股に足を片方入れて「電気あんま」を掛けた。
「ッギャーーーーーーーーーーーッッ!」
「んもぅっ、ダン、うるさいっ!」
最後は結局ダニエルもルパートに叱られ、元旦の朝の喧しさに一旦終止符が打たれた。
旅館では、ジェームズを満足させる食事が朝も昼も用意され、ジェームズはそのまま部屋
で「元旦特別番組」を観ながら昼寝に入った。
オリバーは足の爪を切ったりしている・・・まるで「家」で寛いでいるかのようだ。
トムは三時と言う中途半端な時間に風呂に向かった。
元旦特別番組の番組メニューが気に入らないらしく、時間潰しの為だった。
トムは、レオンハルトが共をしようとすると断固として断り、一人で風呂に向かう。
仕方なくレオンハルトは、弟二人と「卓球」で遊ぶことにしたのだ。
夕飯前からは外がまた吹雪いて来た。
部屋で早々と夕食を食べ終えた兄弟とレオンハルト。
外は真っ暗だし、吹雪いていて・・・結局今日は一歩も外に出られず旅館に缶詰状態だった。
田舎で過ごす一日の時間の流れがあまりにゆっくり過ぎて、みんな少し飽きていた。
「めぐみちゃんのお父さん・・・明日ちゃんと僕達の事お迎え来てくれるのかなぁ〜・・・」
ルパートが散々遊んだ卓球にいい加減に飽きて、ラウンジのソファーで丁度「子供が電車
の中から外を見つめるようなスタイル」で窓から景色を見つめている。
一方ダニエルは、凝ってなんかいもしない肩をマッサージマシンで解していた。
時折、「あ“〜っ」とオヤジっぽい声を出している。
時刻はまだ夜の八時半だ・・・流石にみんな、寝るには早い。
「でも、来て貰えないと困るよね?」
ダニエルは本棚から「北斗の拳」を見つけ出してマッサージをしながら読み漁り、半ば適
当にルパートに応えた。
「レ〜オンハルト君、さっきから誰にメールしてるの?」
ルパートがレオンハルトを振り返った。
「あ〜・・・友達だよ。ドイツに居る友達が日本に遊びに来るんだ。で、この旅行から帰
った次の日に、成田まで迎えに行く事になっていてね・・・」
「ふ〜ん、ドイツ人のお友達かぁ・・・。『仲良し』なの、その人と?」
「まぁ・・・そうだね、ソコソコ・・・」
「その割りに、顔が冴えないね?」
「え、と・・・今のは『顔色』・・・と言う事かな?」
「どっちでも同じでしょ?」
「あ〜・・・はは♪出来たら『違う』と言って欲しかったな・・・」
「?」
レオンハルトが軽くショックを受けた。
ただ、ルパートに殆ど悪気は無いのでこれ以上色々言うつもりは無い。
確かに、珍しくレオンハルトは暗かった。
「はぁ〜・・・」
しきりに溜息を吐いて、面倒臭そうに相手に返信をしている。
どうやら、数分ごとにメールを送信してくる相手に難儀している・・・浮かない顔だ。
「ほぉ〜ぅら、やっぱりレオンハルト君、冴えない顔だよ」
「・・・『顔色が冴えない』の間違いだよね?」
「え?」
再度訂正してしまったレオンハルトだったが、やはりルパートには意味不明だったようだ。
「・・・何でもないよ。あ〜・・・君はいつも可愛いね、バンビちゃん」
(「バンビちゃん」と言う呼び方は、前にレオンハルトの家にルパートが遊びに来た時着ていた、彼の「バ
ンビ柄のTシャツ」が由来だ)
「あ、ちょっとっ!僕のルパートを好きにならないでよね、レ〜オンハルト君っ!」
漫画を途中にして、突然話に参加してきたダニエル。
レオンハルトのルパートに対する、「君はいつも可愛いね」に反応したようだ。
物凄い目付きでレオンハルトを睨み付けている。
レオンハルトは言葉を返す気にならなかったらしい・・・曖昧な笑顔になっただけだった。
ルパートの方もまた外を見つめ、「ゆ〜きやコンコン、きつねもコンコン♪ル〜ルル、ル〜ル
ル・・・」と、良く意味の分からない替え歌を歌い始めていた。
外の雪は止む気配が無い・・・凄い吹雪だ。
「お〜い、卓球やろうぜ!」
風呂から上がったばかりの、全身から湯気を立てた双子とトム(また入ったらしい)が合流
してきた。
「・・・何だよ?」
トムがネットリと言った感じのレオンハルトの視線にたじろいだ。
「折角温泉に来たと言うのに・・・トム君は僕と風呂に入る事を頑なに拒み続ける・・・
悲しいです」
「『風呂に入るな』とは言ってねぇ。『俺と一緒に入るな』って言ってるだけだ。俺の入
っている風呂場に来ないんだったら、同じ時間に風呂入ったって俺は文句言わない」
「・・・それならどちらも一緒です。この旅行で、益々親睦を深めようと思っていたと言
うのに・・・この仕打ちはちょっと酷いです」
「その手には乗らねぇぞ。お前の魂胆なんか全てお見通しだ。事故だとか見せかけて、俺
の体に触れようとしてるのは見え見えだ」
「・・・凄い爆弾発言してるぞ、お前・・・」
ジェームズがオリバーとの試合に玉を構えた所だった。
「トムは根っこはエロなんだ。ま・・・『スケベの典型』だ・・・」
「おいっ!」
鼻で笑ったオリバーにツッコンだトムだったが、ジェームズの方は「ははは♪」と笑い飛
ばすと、開始直後から猛烈なデット・ヒートな試合をオリバーとし始めた。
ルパートもダニエルもそれに注目して、楽しそうに観戦し始めた。
テレビ番組より、断然こっちの二人の試合の方が面白い。
遠くの方では中居達が束になって、そんな六人を熱い眼差しで見つめている。
「カッコいいねぇ〜・・・」
「アンタぁ、どの人が好みぃ〜?」
「アタシは、あの双子の子達が好きだわぁ〜」
「私は、あの短髪の子かねぇ〜・・・口がちょっと悪いトコがなかなか・・・♪」
「あの外国人も素敵だわよぉ〜。ちびっ子二人も可愛いし・・・」
「決められないわねぇ〜♪」
仲居・・・とても楽しそうだ。
気分はまるで、突然ジャニーズ事務所のタレントが泊まりに来た感覚だ。
兄弟達はその後、二人ずつのペアーになり(オリバーとレオンハルト、ジェームズとルパ
ート、トムとダニエル)、トーナメント戦で勝ち抜いたペアーに「明日の一日王様にさせ
る」と言うゲームで盛り上がった。
次の日の朝、朝食を食べ終わって暫くすると、仲居が兄弟達の部屋をノックした。
「お迎えの方が、もうロビーにみえていますよ〜?」
チェックアウトをそろそろしようかと荷物を纏めていた時だった。
レオンハルトは先程からしきりに鏡を気にしている。
枕の高さが少々合わなく、オカシな「ハネ」が毛先にあるのだ。
なぜか水を付けて髪を押さえてもなかなか直らない。
めぐみの父親に第一印象で気に入られようとしているのに、こんな時に限って決まりきら
ないレオンハルトだ。
トムがそれを見つめ、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑った。
「悪いンねぇ・・・車、隣んちから大っきいのさ借りようと思ったら〜、んまぁ〜・・・
こったらすんごい雪んになっちまって〜。で、んまぁ、雪掻きしてから来たからねぇ・・
・。あらら、嫌だねぇ、挨拶も遅れちまって〜。私、めぐみの父の卓夫です〜。娘がまぁ
、いっつも世話になってるみたいでねぇ〜・・・ありがとねぇ、こったら遠くて寒いトコ
にねぇ〜・・・」
「・・・・・」
みんな目が点だ・・・めぐみの父親の存在感があまりに凄い。
見た目は普通の男なのだか、とにかくめぐみ以上のキツイ訛りだ。
「・・・なんか『U字工事』みたいだね、あの人・・・」
ルパートがコソッとダニエルに耳打ちした。
ダニエルは堪えるはずだったのに、そのあまりの不意打ち発言にブハッと吹き出してしま
った。
他の兄弟まで、そのセリフに思わずウケて笑っている。
「俺はむしろ、『吉 幾三』だと思うけどな・・・・・くくく・・・・・」
ジェームズがコソッとオリバーに呟いた。
意味が分からないようでシレッとしているのはレオンハルトだけだった。
(多分、彼は「U時工事」も「吉 幾三」も知らないのだろう)
「初めてお目にかかります。長男の池照オリバーです。めぐみさんにはこちらの方こそお
世話になってます。ご実家の方からもいつも美味しいお肉とか野菜とか頂いちゃって・・
・兄弟みんなで美味しく食べてます。ご馳走様です」
オリバーは多少緊張しながらも、「長男として」しっかり挨拶した。
「いんやいんや・・・他にもっと洒落たモノ送ってやらなきゃって思ってんだけどねぇ〜
、俺達ほれ・・・仕事なかなか休みが無くってねぇ〜・・・申し訳ないよぉ〜」
「とんでもない・・・うちの弟達は大喜びです。肉なんか滅多に食わせてやれないんで・
・・。それに、頂くお肉も野菜もとっても美味しいので・・・。こいつなんか食が細いく
せに、『おばあちゃん』が自分で作っているって言う『味噌』で作った味噌汁なんか、ホ
ント大好きで・・・」
トムは自分を指差した長男に、「余計な事言うな」とばかりに卓夫に分からないようにオ
リバーの足を蹴飛ばした。
「ま、何にもないトコだけんどなぁ〜、飯は確かに美味い土地なんだぁ、この辺は・・・。
んじゃ、行きますか〜?」
「はい、お世話になります」
蹴られた足を撫でながら三男を睨みつつ、小さく会釈したオリバーの後からレオンハルト
がスッと現れた。
「めぐみさんのお父様、初めまして。僕はレオ〜ンハルト・ハインリッ・・・ムガッ!」
「後にしろよっ!」
挨拶しようとしたレオンハルトをトムが静止した。
九人乗りの大型ワゴン車を借りて来てくれたお陰で、全員が悠々と乗れた。
「僕、前っ!」
助手席にはルパートが乗る事になった。
「ルパート&ジェームズ・チーム」が昨日の卓球での勝者だった。
レオンハルトが意外にも卓球未体験者で、尽くオリバーの足を引っ張った為だ。
故にルパートとジェームズは本日の王様だ。
他のみんなは「王様」に従わなくてはいけない。
「めぐみちゃんはもう式に行ったんですか?」
運転手席の後ろの真ん中に納まったジェームズが聞いた。
ジェームズはサイドにオリバーとトムを従え、腕を揉んで貰っている。
(オリバーとトムはブツブツ文句を垂れた)
「朝早くに美容院まで母ちゃんが送ってたぁ〜・・・そのまま公民館で式やって来るんだ
と〜。まぁ〜ったく大変だぁ〜」
「めぐみさん、着物姿で帰って来るでしょうか?ぜひ拝見したいものです」
レオンハルトはダニエルと共に、一番後部座席だった。
レオンハルトはモコモコのコートだったので、ダニエルに良いように寄り掛かられていた。
殆ど巨大なぬいぐるみ扱いだ。
「そんだなぁ〜・・・ばあちゃんに見せなくては仕方ねぇしなぁ・・・。ばあちゃんが用
意してくれた着物だっからなぁ〜・・・おっとっと、ここ曲がらねぇと・・・」
標識も何もかも、殆ど雪で見えない。
今雪は治まっているが、道も何もあったものではない・・・と言った感じだ。
「可哀相な時期の成人式だよなぁ・・・」
オリバーがめぐみを想い、呟いた。
「いんやぁ〜・・・これでも昔っから比べると雪は幾らか少なくなったんだぁ〜・・・俺
等が子供ん時はそりゃあもう、酷くってねぇ・・・。今はこの辺も少子化だからねぇ〜・
・・アンタ達、将来ちゃーんと子供作らなダメだよぉ〜」
ドサッとフロントガラスに雪が落ちて来て、卓夫はワイパーを全快にした。
兄弟の方は、今の卓夫の言葉には敢えて何も答えなかった。
ルパートは折角「前」になったと言うのに、どこを見ても白一色なので詰まらなくなった
のか、車の中の暖房で次第に体が温まり、間もなくして大人しく寝に入ってしまった。
「めんこいねぇ〜・・・この子・・・」
ルパートの寝顔を横目で見た卓夫が微笑みながら呟いた。
「ちょっと!ルパートを好きにならないでよ、おじさんっ!」
ダニエルが「めんこい発言」に反応して、後ろから怒鳴った。
「アホかっ!」
「お前じゃあるまいし・・・」
それをトムとオリバーが「有り得ねぇだろ!」と更に叱る。
ジェームズはそれをケタケタ笑っていた。
「大丈夫だよ、キッド。誰も君の『バンビちゃん』を取ったりしないから・・・」
「ホントかなぁ〜・・・」
レオンハルトは、自分の横で唇を突き出して心配そうに前を覗き込んでいるダニエルの頭
をヨシヨシと撫でた。
レオンハルトは何となく「その手触り」に、自分のペットである「リュックヒェン・フラ
ンク・バウアー」を思い出していた。
ダニエルの髪を撫でた感じが少し似ていたのだ。
「答えは簡単だよ、キッド・・・。僕は男性なら『トム君』と決めているし、めぐみさんのお
父様には『奥様』がちゃんといらっしゃる」
「おいっ!」
レオンハルトの馬鹿発言にツッコミを入れたトム。
その声に反応して一瞬ルパートがビクッと目を覚まし、寝ぼけて「ごめんなさぁ〜い」と
言った。
みんながドッとそれを笑った。
予定よりかなり時間が掛かって家に到着した。
めぐみの生家は、昔話を髣髴させるような古い造りだった。
聞いた所によると、めぐみの曾祖父の頃からこの建物だと言う。
「ここ・・・夜とかお化け出るんじゃね?」
弟をオチョクろうとしてトムがニヤ付いたが、二人の弟は珍しい造りの家に感激している
ようで、トムの言葉など聞いていなかった。(トム、自らの不発発言に対して舌打ちした)
「うっわーーーー!見てよ、ルパート!天井が凄〜く高いよ!」
「ホントだぁ!あ、あれ、何?!」
見た事も無い様々な「民芸モノ」全てが珍しい二人・・・テンション・マックスだ。
「お〜い!婆ちゃ〜ん?東京の池照さん連れて来たど〜?」
卓夫が家の中に向かって大きな声を出した。
「お〜い、婆ちゃんたらよぉ〜!」
「聞こえとる・・・」
「ギャッ!」
「婆ちゃん」はみんなの後ろから現れた。
トムが不意を付かれて驚き声を上げた。
「表に出とったんだ〜。大根と白菜取って来た・・・晩にこの子等に煮てやろうと思って
ね・・・よっこらせ〜のせ」
「・・・・・」
「婆ちゃん」の掛け声は、めぐみのそれに良く似ていた。
「婆ちゃん」はかなり腰が曲がり、思いっきり足が「O脚」だった。
割烹着を着て、下はモンペ姿・・・綿がタップリ入った半纏(はんてん)を着ている。
どこから見ても、100%「北国のお年寄り」だ。
長年畑仕事をしてきたせいか肌の色は日焼けしたような地黒だったし、腰の曲がり具合が
凄まじい。
地面の方へ顔が近い。
「あ、こんにちは・・・僕達東京から来た池照です。数日ご厄介になります。めぐみさん
にはいつも・・・」
またオリバーが代表して挨拶した。
「大変だったね〜・・・こんな遠くて寒いトコにねぇ〜・・・さぁ、そんなトコ突っ立っ
てないで上がんな〜。囲炉裏の傍に来ぃ〜」
挨拶もそこそこに、めぐみの婆ちゃんはとっとと中に入っていった。
体は気の毒なくらいに前へ折り曲がっていたが、至極元気そうだ・・・チャカチャカと歩
いて行く。
「へぇ〜・・・普通の家なのにまだ囲炉裏あるんだ、この家。スッゲ〜・・・」
ジェームズは「どうもお邪魔します」と言って、サクサク靴を脱いで家の中に上がった。
婆ちゃんは「ミエ」と言う名だった。
ミエは土間に降り、取って来た野菜を流しに張っておいた水にドップンと漬けた。
「めぐみも大変だぁ〜な〜・・・こったら天気で『成人式』なんてよぉ〜?」
ミエは誰に話すとも無く、大きな独り言を言っている。
「・・・あの婆さん、ひょっとしてボケてんのか?」
失敬を言ったトムの凸を、オリバーが「聞こえるだろ!」と凸ピンした。
「卓夫―、紀美子とは会わなかったかぁ?途中まで迎えに行ったんだけんど〜」
「いンやぁ〜、会わんかったよぉ。何じゃ、アイツ・・・待っとけって言ったんにぃ〜」
「おめを迎えに行ったんじゃね!こン子達迎えに行ったんだぁ〜」
「同じじゃねぇだかぁ。俺が車運転してんだぁ〜」
囲炉裏を囲んだ池照家+レオンハルトは、まるでドラマのような「リアル北国弁」を面白
そうに聞き入っている。
ダニエルとルパートは、あからさまにそれをクスクス笑っていた。
「何だ、面白いけぇ〜?」
「面白―い♪」
ミエの言葉に素直に答えるダニエルとルパート。
(すぐさま二人は、オリバーにゲンコツを貰うハメに。ダニエルとルパートは痛そうに
頭を押さえていた)
「あンらぁ〜・・・めんこい顔してんなぁ、おめ達ぃ」
ミエがダニエルとルパートの顔を感心しながら言った。
「んだなぁ・・・やっぱ『都会の人』は違うモンだ。紀美子が帰って来たら、まぁ、ビッ
クリすんど〜?」
卓夫はズラリと揃ったイケメン軍団一通り見て、「めぐみはまぁ、幸せだぁ」と呟いた。
ダニエルとルパートは褒められて気分良くしている。
今回は自分も「めんこい」と言われたので、ダニエルは気分がいいらしい・・・・・結構これでゲンキンな彼
だ。
「ねぇねぇ・・・僕、表でダンと遊んで来たーい!」
「『カマクラ作るんだ。約束したんだよね、昨日?」
「そー!」
「何言ってんだぁ?表、雪降ってんど〜?」
卓夫がすぐに反応した。
「作りたいんだモン!秋田来たら作るって考えてたんだモン!ねー、ルパート?」
「そー!」
「・・・ガキじゃねぇんだからよ・・・。そういうのやめろよ・・・」
トムが弟二人に言った。
「いいじゃん!別に・・・ねー、ルパート?」
「そーだよ!トムなんか『カマクラ』作ったって入れてあげないんだからねーだ!」
「あぁ、結構だね!そんなの入って喜んでるのお前らくらいだ!俺は寒いから外なんか頼
まれたって行かねぇぜ」
「『フーン』だ!トムなんか『ベーッ』だ!」
二人はミエにモコモコの帽子と手袋と長靴を借りて、「北国の子」に変身してトコトコと
外に出て行った。
「フン・・・全く犬みたいな奴らだぜ・・・よくこんな寒い中出て行く気になるよな」
トムは囲炉裏に中りながら、ゾゾゾと体を震わせた。
「お父様・・・?先ほど車の中から『リフト』が見えましたが、ひょっとしてこの辺には
スキー場が?」
レオンハルトが聞いた。
「あぁ、あるぅ〜。今日はやってんかなぁ?雪降ってるし、成人式だからなぁ・・・。ど
ぉ〜ぅれ、ちょっくら電話して聞いてみてやっか?待ってなぁ。あそこは確かにこじんま
りしてっけど、良いスキー場だぁ」
卓夫はスキー場に電話を掛け、営業しているとレオンハルトに伝えた。
「僕、少し滑って来ます。この裏の道行けばスキー場に着きますよね?」
「着くけんど〜、そろそろ昼飯になるぞぉ?」
「動いてなくて食べてばかりだったので、昼食は僕は結構です。めぐみさんが帰ってくる
まで少し滑って来たいのです」
「けンど、この雪じゃ歩いたら時間掛かるど〜?車乗せてってやるよぉ」
卓夫が立ち上がった。
「いえ・・・雪の中を歩くのもななかな乙なものです。一本道のようなので、道には迷わ
ないと思いますし、僕、ケイタイがあるので何かの時はこちらに電話します。番号を伺っ
ておいてよろしいでしょうか?」
「そりゃあ、構わねぇけっどよぉ〜・・・」
「じゃあ・・・俺も行こうかな」
ジェームズがユラリと立ち上がった。
「俺は昼飯は入るけど、流石に食ってばっかで体が鈍って来た」
「じゃ、俺も行く・・・」
オリバーまでが立ち上がると、トムが慌てた。
「何だよ・・・みんな行くのかよ?」
「じゃ、お前も来くれば?」
「え〜・・・寒ぃし、かったるい・・・」
「グダグダうるせぇな・・・スキーすりゃ温まる!ほら、来いって!折角秋田に来たんだ
から、少しは雪と戯れろ!『王様』の命令だ!」
結局、本日の王様・ジェームズに半ば強引に引っ張って行かれたトム。
兄には逆らえなかったと見える。
「ひゃっほぅっ!」
ジェームズが豪快な滑りっぷりで急斜面を降りていく。
「おぉ・・・お兄様、スキー相当お上手ですね。さぁ、トム君、競争ですよ!」
レオンハルトが感心し、自分もすぐさま滑り降りた・・・これまた相当巧い。
「ナメんな、レオ〜ンハルト!」
トムもそれに続いた・・・結構楽しそうだ。
オリバーが「しんがり」だった。
四人とも、スキーの腕前が並々ならなかった。
小さなゲレンデだったので大いに目立つ四人組だ。
「あの〜・・・良かったら、少しスキー教えて頂けませんか?」
東京から来ていると言う女子大生のグループ四人組とすぐに仲良くなって(所謂「逆ナン
」)、彼女達にスキーを教えてやったりして、時間はあっという間に過ぎ去って行く。
「遅いですねぇ〜・・・みなさん」
めぐみは着物姿がいよいよ辛くなっていたようでダラしなく足を伸ばして座り、窓から山
の方に目をやった。
めぐみが家に着いたのは午後二時過ぎだった。
久しぶりに会った友達と少しお喋りして、池照家の面々が来ているので早々と帰って来た
のだ。
昼食にダニエルやルパートとうどんを食し、スキーに行った四人の帰りを待っている状態だ。
「まだ着替えないの?めぐみちゃん?」
ダニエルは納屋で、昔めぐみが買ったと言う「すごろく」を見つけ、ルパートと卓夫と三
人で遊んでいた所だった。
「はい〜・・・レオンハルトさんに見せるって約束してましたし・・・他のみなさんにも
ぜひ・・・」
「めぐみちゃん、そうやっているとホント『天童よしみ』みたいだよ♪」
「ありがとうございますぅ〜」
ルパートの言葉を良くも悪くも無く「そのまま」受け取り、礼を言っためぐみ。
「天童よしみ」が褒め言葉なのかどうかは・・・この際置いておく。
「何か空模様が良くねぇなぁ・・・また降り出すぞぉ、こりゃあ〜・・・」
卓夫が窓から裏山を見上げた。
「電話して帰って来いって言った方がいいんじゃないかね、アンタ・・・」
紀美子が旦那に言った。
「そんだな・・・めぐみ、お前掛けろやぁ」
「んだ〜」
めぐみがレオンハルトに電話を掛けた。
しかし・・・。
「何だろぉ・・・出ねぇなぁ、レオンハルトさぁ〜ん・・・」
娘の呟きに、卓夫と紀美子が心配そうに顔を見合わせた。
「ど〜れ・・・チョロっと向かえに行って来るかぁ・・・」
卓夫が立ち上がった。
「僕達も行くー!」
ダニエルとルパートも立ち上がった。
二人は途轍もなく大きな「カマクラ」を製作し終え、お風呂も早々と頂き、甘酒までご馳
走になっていた。
二人は卓夫から借りた大きなドテラを着て、まんまと「北国小僧」と化していた。
「風邪引くから、ここで待ってなぁ〜?」
紀美子が止めた。
「やだー、行くー!行きたーい!」
ルパートがまた駄々を捏ねた。
ルパートの今年の目標は、「年上の人の言う事を良く聞く」だ。
しかし、正月明けて僅か二日目で既に「目標達成ならず」である・・・早い。
「父ちゃん・・・私も行く」
めぐみが着物を脱ぎ始めた。
「何だ、おめ・・・着物姿、みなさんに見せんじゃなかったのけぇ〜?す〜ぐに連れて帰
って来るからぁ、そのまま待っとけ〜?なぁ?」
「・・・んだ〜・・・」
めぐみは父親の言う事を渋々聞いて、紀美子とミエと「留守番組」になった。
卓夫がダニエルとルパートを連れてスキー場に到着すると、すぐに何かの異変に気付いた。
「どしたんだ〜?」
何だか辺りがザワザワと騒然としている。
ゲレンデのリフトは通常ならとっくに止められていてもおかしくない状況なのに、なぜか
無人で動いていた・・・まだ誰か滑っているのか?
「あンれ、蒲生さ〜ん。どした、アンタぁ〜?」
「ちょっと人を迎えになぁ。娘のめぐみが東京で世話になってる家族が会いに来てくれて
ねぇ・・・。ん?あの女の子達、どして泣いてんだぁ?」
卓夫が隅の方でメソメソしている二人の女の子に気が付いた。
「あの子達の友達二人が、まだ山頂から降りて来ないって言ってねぇ・・・」
「何だぁ・・・迎えに行ってやれよぉ、アンタぁ、羽間さぁ〜ん?ゲレンデに放送は流し
たのけぇ〜?」
「いやね・・・居なくなった女の子達と一緒に滑ってたって言う男の子二人のお兄さんっ
て人達が今、リフトに乗って上さ様子見に行ってくれたんだぁ。双子っちゅうて、ホント
顔がソックリだった・・・。あ、めぐみちゃん成人式だったっけね?おめでとうねぇ〜」
ダニエルとルパートは、双子と言うキーワードにピクッとヒットする反応を見せた。
卓夫も一緒だ。
「・・・するって言うと、何だぁ?女の子二人と男の子二人が今まだ山の中に居るって事
になるのけぇ〜?」
「んだ〜」
羽間が返事した。
「何か良くない事が起こった」らしい・・・。
ダニエルとルパートは黙って山の頂上をジッと見上げた。
重く暗い雲から絶え間なく大粒の雪が、斜めになって地上へと降りしきっている。
「あ、オリバーとジェームズだ!」
雪山を滑り降りてくる二つの小さい粒を、ダニエルが窓から目敏く見つけ指差した。
ロッジの中にいる二人の女の子達の顔色が、「双子だけの滑走」を確認して、サッと恐怖
の色に変わった。
不安そうにお互いに手を取って、滑り降りて来る双子を真っ青な顔色で見つめている。
「・・・ダメだ、居ない・・・片っ端からコースは探したんだけど・・・」
レンタルのゴーグルをグッと頭に持ち上げてジェームズが喋った。
ジェームズは鼻の頭や頬が、無駄に血色良かった。
この寒さの中この顔色・・・相当長い時間、この荒れ模様の中居なくなってしまった四人
を探し回っていたのだろう。
二人の女の子達が耐え切れなくなってワッと泣き出した。
羽間と呼ばれた男は「大変だぁ」と血相を変えて事務所のドアを開け、どこかに慌てて電
話を始めた。
「お前達・・・」
オリバーがダニエルとルパートの姿に気付いた。
(弟二人は、この緊迫した場面に全く似つかわしくない「北国ファッション」)
「・・・トム、帰って来てないの?レオンハルト君も?」
「・・・あぁ」
ダニエルの真っ直ぐに自分を見つめる瞳がまともに見れないオリバー・・・。
「・・・一体、何がどうしたんだぁ?」
卓夫がオリバーに聞いた。
オリバーは卓夫の登場に少し安堵したのか、説明を始めた。
「・・・女の子四人のグループと仲良くなってスキーを教えてたんです。初めはみんな一
緒にいたんですが、何となく二手に分かれて・・・。で、うちの三男とレオンハルトが、
教えていた女の子達と一緒に・・・行方が分からなくなって・・・」
「・・・大っ変でねぇかっっ!!」
卓夫が血相を変えて事務所に入り、羽間の電話を横から奪った。
「救助隊を要請してくれ・・・早くっ!男二人、女二人が行方不明だ!なしてだ!?こ
りゃ、これから吹雪くど?!四人も下山してねぇんだど!?」
温和そうに見えていた卓夫の声が荒い・・・みんなが益々緊張した。
女の子達は揃って、地面に泣き崩れた。
「すぐに救助隊がやって来る・・・大丈夫だよぉ、オネエチャン達。アンタ達どこの子?」
卓夫が優しく女の子達に聞いた。
「わ、私達・・・東京から来、来て・・・で・・・」
泣いているので、喋るのが一杯一杯だ。
「どこに今泊まってんのぉ〜?」
卓夫が更に聞いた。
「ホ、『ホテル・レイクサイド』・・・。ま、麻衣は初心者なの・・・千絵だって、あん
まりスキーは上手くないし・・・ど、どうしてこんな事に・・・私がスキーに行こうなん
て言わなかったら・・・」
「愛子のせいじゃないよ・・・自分を責めるのやめなよ。まだ、何か起こったって訳じゃ
な・・・ないんだから、さ・・・」
そう言った女の子の方が始めに泣き崩れた。
「そかぁ・・・。じゃあアンタら、そこに戻ってなさい。今、救助の人に連絡したから、
これからお友達を見つけてくれるから・・・な?」
「麻衣と千絵が心配で帰れないよ・・・」
二人は泣きながら卓夫を見上げた。
「大丈夫だぁ!今、ここは忙しくなるから、アンタ達いい子だからホテルに帰ってな。な
?お友達が見つかったら電話掛けるから・・・なぁ?」
「蒲生さん・・・この子達ぃ、ホテルまで送ってってやってくれないかね〜?」
羽間が事務所から青い顔で出て来た。
「お安い御用だぁ・・・ほら、おめ達も来ぉ〜?」(発音は「こぉ」)
ずっと黙ったままのダニエルとルパートと双子に声を掛けた卓夫。
「・・・僕達・・・ここに居たいです」
ダニエルが硬い表情のまま答えた・・・手はギュッと強く握り締められている。
「ダメだぁ・・・家さ帰ぇって待ってるんだぁ。ほら、こっちゃ来ぉ〜?」
卓夫が今一度四人を呼んだ。
兄弟は誰も動こうとしなかった。
双子は事の重大さを身に沁みて心底打ちのめされたようだったし、ルパートは頑な表情で
ギュッとダニエルの手を握ってやっていた。
ダニエルの手は、寒さとは関係ナシにブルブル震えていた。
「僕達、歩いて家に帰れます・・・。だから、おじさんはどうかその女の子達をホテルに
・・・」
オリバーが言った。
卓夫は返事をしなかった。
兄弟を・・・特にオリバーの「真意を見定める」かのようにジッと見つめた。
「・・・ちゃ〜んと帰るかぁ?」
卓夫が疑ったような目でオリバーを見た。
「帰ります・・・約束します」
オリバーは静かに答えた。
「母ちゃんには俺から電話しとく。家で風呂でも入って、二人が帰ってくるのを待ってろ
?なぁ?」
「はい・・・」
卓夫は泣いている女子大生二人を立ち上がらせて、車に連れて行った。
「・・・ごめんな」
オリバーがダニエルとルパートに、小さな声で謝った。
「・・・何やってんだよ、オリバー・・・」
ダニエルは口を尖らせて、オリバーの胸の辺り一点を見つめたまま言った。
今にも泣きそうだった。
「何で、こんな事になっちゃったんだよ・・・。どうしてトムとレオンハルト君が・・・」
ダニエルの声がそこで消えた・・・代わりに鼻を啜る音が聞こえ始めた。
ルパートはダニエルの方を見る事無く、もっと強い力でギュッと弟の手を握ってやった。
末っ子の涙ながらの問いに、返す言葉の無い双子・・・こんな状況は、池照家において初
めての事だった。
兄の方が弟に一言も言い返せない事など・・・今まで一度たりともなかった事だ。
そして、次の言葉を発するのを誰もが怖がった。
「・・・帰ろう・・・約束したし・・・」
ジェームズが最初に口火を切り、歩き始めた・・・今ここに自分達が居ても、これから来
るレスキュー隊の邪魔になるばかりだ。
気丈なジェームズの後ろを、三人がトボトボと続いた。
ルパートとダニエルは互いに黙っていたが、ずっと手を繋いだままだ。
「湧き上がってくる怖さ」を認めないようにしているのだろう・・・顔が強張って、いつ
もののほほんとした二人じゃなかった。
ロッジの出入り口のドアを開けると、大量の雪が目や口、そして鼻に入り込んでくる。
さっきより視界が悪くなっていた・・・本格的に吹雪いてきたのだ。
四人は外に出た所で救助隊のメンバー八人と擦れ違った。
リーダーらしき人物が、トランシーバーで誰かと話している。
オリバー達四人には目もくれず、ロッジに入って行った。
入り口のドア越しに、羽間と呼ばれたスキー場の管理を任されていた男と救助隊のリーダ
ーが話しているのが見えた。
「・・・行こう。あとはあの人達に任せよう・・・」
ジェームズが先頭を歩いた。
ダニエルとルパートが「北国スタイル」で手をギュッと繋いでそれに続く。
オリバーは、繋がれた弟達の手を見つめながら「言い知れぬ責任」を感じていた。
おそらく、それは彼が一家の「長男」だから・・・。
両親不在で今まで・・・彼は「俺が家族を守る」と心に決めていたから・・・。
優しく笑っている母親の顔が思い浮かんだ・・・オリバーの記憶の中の母親モリーだ。
「お兄ちゃんでしょ?トムの手を繋いでやって!?」
母親モリーが幼い日のオリバーに声を掛ける・・・遊園地での事だった。
「やだよ・・・俺、ジェームズとアレ乗って来たい・・・」
ジェットコースターを指差すオリバー。
「お母さん、ダニエルとルパートで手が一杯なのよ・・・。オリバー、お兄ちゃんでしょ?」
「ジェームズだってそうだよ・・・ジェームズにも言ってよ」
「・・・『一番のお兄ちゃん』でしょ?」
「・・・・・」
モリーは良くそうして、「オリバー」と「ジェームズ」を別個に考えたものだった。
双子が以前、双子である事が嫌でケンカした事があったからだ。
学校でその事で何か言われたらしい・・・。
「あなたが一番のお兄ちゃんだから、お母さん頼んでいるの。ほら、トム・・・オリバー
と手を繋ぎなさい」
「・・・トムはまだアレには乗れないよ?」
モリーはオリバーのその問い掛けには答えなかった。
「・・・・・」
面白くなかった・・・。
母親が、何かと自分を「こういう時」だけ「長男扱いする事」が。
しかし、不意にトムが少し気を使ったような顔で自分を見上げている事に気付いたしまっ
たオリバー。
「兄らしく」・・・・・仕方なく、弟の意見も聞いてやる事にした。
「・・・トムは・・・何に乗りたいんだ?」
「・・・俺・・・ちゃんと待ってるからさ。いいよ・・・ジェームズとアレ乗って来なよ」
トムは少し前から、「僕」から「俺」へと自分の呼び方を変えていた。
「・・・・・」
「俺、ここで待ってるから・・・」
トムが「チェッ!」と、心の中でスネたのを聞いたような気になったオリバー。
トムは昔から、自分の本心を隠すような所があった。
「・・・馬鹿だな。三人でちゃんと乗れるヤツに乗ろう。お〜い、ジェームズ!ストッ
プ!それやめ!向こうのコーヒーカップ乗ろうぜ!そうすればトムも乗れる!」
「え、アレ、乗らないの?!」
ジェームズが「えぇっ!?」と残念そうにしている。
「うん・・・いいじゃん!来年になれば、トムも一緒に乗れる!あとたったの二センチだ
もんな・・・」
オリバーは自分よりもかなり小さいトムの手を引っ張って、コーヒーカップに急いだ。
「分かった・・・ガンガンハンドル回して、トムを気持ち悪くさせてやるぜっ♪」
ジェームズがニヤリと笑って、二人に続いた。
ジェームズはオリバーの気持ちを理解したらしい・・・・・ワザとオチャラケた。
その時のトムの自分を見つめる目付き・・・オリバーは忘れられなかった。
トムは恥ずかしそうだったが・・・同時にとても嬉しそうだったのだ。
トムは何かと、兄弟の中で孤独感を感じていたのかも知れない。
双子は結局、「双子」と言う事で団結力が強かった。
ダニエルとルパートにも、誰にも入り込めない団結力があった。
その中において、トムがどうしても仲間から外れる。
だからトムは、特に「母親」に甘えていた。
トムは間違いなく、母親が家から居なくなって・・・一番ショックを受けたのが事実だろう。
「トムはね、オリバーが好きなのよ・・・だから本当は色々かまって欲しいのよ」
モリーは時々オリバーにそう言って、トムの面倒を任せた。
トムの性格をモリーは流石母親・・・誰よりも見抜いていた。
「・・・婆さん?」
ジェームズが後ろを振り返った。
ダニエルとルパートも足を止め、後ろを振り返った。
「・・・・・」
オリバーは口を押さえ、不安で堪らない顔を半分隠していた。
現実と過去がごっちゃになって、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
「・・・大丈夫だよ、トムは・・・レオンハルトも居るし。女の子二人も大丈夫だ」
ジェームズは半分崩れ掛けた長男の体を支えた。
「・・・お袋と親父・・・まだトムを連れて行かないよな・・・?」
「当たり前だ、馬鹿っ!」
ジェームズが本気に怒った。
「死んでたまるかよ・・・何、弱気になってんだ!?アイツには五千円貸してる・・・。
死なれて・・・たまるか・・・」
ジェームズは険しい顔のままオリバーを脇から支え、ズンズン先を急いだ。
ジェームズのオチャラケは、いつものキレが無かった。
ダニエルとルパートはその間一言も喋らず、兄達の後ろを黙って歩いて家に向かった。
「ごめんね・・・みんな、ごめんなさい・・・」
麻衣はその頃、しきりに謝っていた。
「・・・喋らなくていい・・・」
トムは麻衣のスキー板を外してやっていた・・・麻衣の足がおかしな方向を向いて、折れ
ていた。
四人は崖の下に居た。
一番初心者だった麻衣は、コースから外れて崖から落ちてしまったのだ。
大した高さではなかったが、どうも足を痛めてしまっている。
ひょっとして、骨折してしまっているかも知れない・・・。
ただ、今は気が動転しているようで、痛みよりも他の事に神経がいっているようだった。
「私達がここに居るの、誰か見つけてくれるかしら?」
千絵が不安そうに辺りを見回した。
吹雪いているのでどこを見ても雪だけだ。
心なしか、先ほどより雪の降り具合が激しさを増していた。
「僕らが戻って来なかったら、絶対に誰かが探しに来ます。大丈夫・・・」
レオンハルトがみんなを勇気付けた。
「アンタ、何でコース外れたんだよ?」
トムが少しキツく麻衣に聞いた。
「コンタクトがゴーグルの中で落ちちゃって、で、慌てちゃって・・・。コンタクトをハ
メたの、今日が初めてで、で、痛くって・・・」
トムがドッと疲れた顔をした。
「済んでしまった事は仕方の無い事です。足、動かさない方がいいですよ。寒くないです
か?」
レオンハルトは麻衣と千絵を気遣った。
彼はケイタイをどこかに落としてしまっていた。
麻衣が落ちる瞬間を見つけたのがレオンハルトだった。
二人諸共落ちる瞬間を見たのがトムと千絵で、トムと千絵は回り道をして落ちた二人と合
流した。
レオンハルトはおそらく、麻衣と落ちた時にケイタイを失くしたのだろう。
「千絵・・・ごめんね?」
麻衣が謝った。
「大丈夫だよ、麻衣・・・。由香達が絶対に何とかしてくれているから・・・」
トムは「由香」なんかより、心の中で自分の双子の兄を想った。
上を見上げると、あっという間にゴーグルには雪が降り積もってしまう。
寒かった・・・。
「俺達はここに居るぜ・・・早く見つけてくれ、兄貴・・・」
トムは一刻も早い救助を心で願った。
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