第十五話「テニス対決とダニエルの初・デート♪」
事の発端は、キャンパス内でのランチの時間だった。
テーブルを囲んで、トム・レオンハルト・ゾフィーは食事を摂っていた。
マンモス校「ホグワーツ学園」は、大学になるとカフェテリアを使用する事を許される。
ゾフィーは今や勝手に大学に来て、自由奔放・勝手気ままに振舞っていた。
ドイツ語を少々話す日本人の友達もいつの間にか作り、彼女は彼女なりの「楽しいキャン
パスライフ」を送っている。
レオンハルトと長年結んでいた「契約」の事はこの際一旦チャラにし、自分を見つめ直す
時間を作っているようだ。
ちなみに、フランス語を話すめぐみとはそこそこ話が通じる事もあり、良く池照家に出入
りしていたし、何と言っても下の弟二人がえらくゾフィーを気に入っていた。
ダニエルとルパートは「X―メン」と言う勝手なあだ名をゾフィーに付け、仲良くしている。
ゾフィーの方は、そんな二人の弟達の事を併せて「テディ・ベアーズ」と呼んでいた。
二人がいつもじゃれ合っている仕草から、勝手にイメージで付けた名前だ。
ゾフィーはダニエルとルパートから簡単な日本語を毎日少しずつ学び、日本語での会話も
早速始め出していた。
但し、ダニエルとルパートの話す内容が殆どなので、日常会話として役立つかは微妙で
はあるが・・・。
最近は、「トムの意地悪!」と言う言葉を習った。
(しかし、「絶対トムの前では使わないでね」と特に念を押された)
トムは取り合えずゾフィーと接触する事が優先なので、ゾフィーが池照家に来てくれさえ
すれば、供としてレオンハルトが一緒に出入りしても以前ほど文句を言わなくなっていた。
そんな矢先・・・。
「おいっ、何で俺の目玉焼きに勝手にソースなんか掛けるんだよ!」
レオンハルトとしては親切としてやった事だったが、それが仇となった。
トムはランチに頼んだ、大好きな「目玉焼き定食(キャベツの千切り、二倍追加バージ
ョン)」に勝手にソースを掛けられ、ゲンナリしている。
「俺は昔から目玉焼きには醤油なんだよ!」
「あ、そうでしたか・・・大変に失礼しました。僕、聞きもしないで余計な事を・・・。
新しいのを頂いてきます」
「いい、わざわざ・・・」
席を立ったレオンハルトを制した。
しかし、恨めしそうにソースに塗(まみ)れた目玉焼きを見下ろした。
ゾフィーはと言えば、季節はずれの「ところてん」を食べていた。
「ビネガー・テイスト」が好きな彼女・・・。
自国の食べ物、「ザワー・クラウト(キャベツの酢漬け)」を思い出すのだろうか?
天草が材料の「ところてん」は美容にもいいしカロリーもかなり低く、モデルの彼女のお
気に入りの食べ物だった。
ゾフィーはレオンハルトとトムの遣り取りを見てクスクス笑っている。
レオンハルトがトムの前だと、尽く「自分の知らない面」を出してくれるのが面白いらしい。
彼女は顔付きも以前のキツイ感じではなくなっていた。
それがモデルの仕事に何や影響が無ければ良いが・・・。
(ゾフィーの持ち味は、いつだって「獣のような鋭い眼光」だった)
「ひょっとして・・・トム君はコロッケにも醤油な人ですか?」
「何だよ、いきなり・・・?」
「いや、目玉焼きに醤油って事はコロッケにも醤油かなと・・・」
「俺、コロッケにはタルタルソースが好きなんだ」
「はぁっ!?」
レオンハルトが驚いた声を上げた。
「悪いかよ?」
「いや・・・いえ、そうですか・・・タルタルソース・・・なるほど、そういう選択もあ
るんだ」
「じゃ、お前は何掛けんだよ?」
「僕は勿論ソースです。母が神戸出身の関西人なので、必然的にソースが一番好きでして
・・・」
「関西の奴ってそう言えば、『お好み焼き』をおかずに飯食うような奴らだよな?」
「あ、ちょっと今のは凄く偏見なモノの言い方ですよ?美味しいじゃないですか、『お好
み焼き定食』・・・。僕は母の実家に戻ると良く食べます」
「げぇ〜・・・信じられねぇ。粉と飯かよ・・・。どっちも主食じゃねぇか」
「いいじゃないですか・・・美味しければ」
珍しくレオンハルトがトムと討論を始めた。
大概はレオンハルトが全てトムに「譲る」形で話を終える事が多いのだが、食べ物の事に
なると、どうやら譲れないらしい。
「お前とは色々味覚が合わないぜ。ま、味覚だけじゃないけどな」
「僕だって、トム君とは味覚が合いそうにありませんよ!」
「フンッ!『たこ焼きとお好み焼き』で飯食うような奴に嫌われて、俺は清々してる!」
「酷いです!その言い方・・・撤回してください!」
「ヤダね・・・俺、間違ってねぇし」
「では僕と勝負です、トム君っ!」
「は?」
レオンハルトが椅子から立ち上がった。
周りにいた生徒が一斉にそれに注目した。
「僕達は共にテニス部・・・ここは正々堂々と試合で決めましょうよ!僕が勝ったら、『
お好み焼き定食』を認めてください!」
「馬鹿らし・・・でも、いいぜ。じゃ、俺がもし勝ったら・・・お前は今後俺達に近付か
ないってのはどうだ?」
「え?」
「うちの敷居を跨(また)がないって事。それに大学で会っても俺に声を掛けない。どうだ
?」
「・・・・・」
「どうだよ?」
トムがソース塗れのキャベツを口に入れた・・・ニヤニヤしている。
「・・・トム君、そんなに僕の事が嫌いなのですか?」
レオンハルトの想像以上に寂しげな目・・・トムはそれを避けた。
「トム君、そんなに僕の事が・・・」
「変な言い回しするな!俺達は元から友達じゃねぇ!そんな目で見んな!」
トムの言いようにレオンハルトはションボリしている。
ゾフィーは話の内容が分からないので、チュルッと音を立てて、最後のところてんを口に
入れた。
「・・・ま、いいんだぜ?『お好み焼き定食』は野蛮でオカシな食べ物って認めてくれり
ゃあな」
「出来ませんっ!」
「なら・・・決まりだな?」
トムは箸を置き、ニヤリとした。
「あ、ゾフィー・・・『ところてん』もう一杯ご馳走しようか?」
トムは「ヤー(イエス)」と答えるゾフィーに、三杯目「ところてん」をご馳走した。
気分が心なしかウキウキしているトム。
ゾフィーとはお近づきに・・・そして、ウザいレオンハルトとは永遠におさらばかも知れ
ない。
トムはその日一日、「クスクス笑い」を押さえるのが大変だった。
そして決戦当日・・・二月十日。
天気は良かったが、その分寒い一日だった。
授業を全て終えたトムとレオンハルトの二人は、テニス部が使うコートの上に居た。
コートを囲むギャラリーの数が凄い事になっていた。
大学部だけではなく、噂が噂を呼んで高等部や中等部からも多くの見学者が集まっている。
大学部に置いての「イケメン対決」とあれば、「一見の価値アリ」と思ったのだろう。
「お願い・・・トム、負けて!」
ギャラリー席でそう願っているのは、ダニエルとルパートだ。
二人はレオンハルトの事が好きだったので、この機会を最後にレオンハルトと遊べなくな
るのを嫌がっている。
実際、本当の兄に向かって、二人はまたもや「エアー・スペシウム光線」を掛けていた。
それをゾフィーが不思議そうに見ている。
「ゾフィーちゃんも一緒にやって!トムに、こうっ!」
ダニエルとルパートはゾフィーにスペシウム光線の仕方を教えてやった。
ゾフィーは教えられるままに、トムに向かって光線を掛けた。
ビジュアルがビジュアルなだけに、「X−メン・ゾフィー」の掛ける技は心なしか効きそ
うだった。
本当に「超能力」でも使いそうなゾフィーが放つ「スペシウム光線」・・・かなり怖い。
トムには勿論それが全て目に入っている。
ムカッとしたが、敢えて今は無視した。
僅かな心の動揺は見せてはならない・・・今は試合に集中だ!
「レオンハルトを倒す!」・・・この事に全神経を集中させた。
キッとコートの向こうを見ると、レオンハルトはいつもの笑顔だ。
「野郎・・・」
審判役が選手の紹介をし、トムとレオンハルトはネットを挟んで、向き合った。
「トム君・・・よろしく」
手を差し出してきたレオンハルトの手をバチンと叩き返したトム。
「笑っていられるのも今のうちだぜ?」
トムは自分のコートに戻り数回地面にボールをバウンドさせ、向こうのコートで観客席の
女の子達に手を軽やかに振っているレオンハルトに一瞥をくれ、持っていたボールを高々
と空に放った。
観客が、いよいよ始まる戦いにワッと沸いた。
レオンハルトは重心を低く構え、ゆっくりトムの方に向かって落下してくるボールを見据
え、自分に向かって放たれたボールを長いストロークを使って強く打ち返した。
レオンハルトの、少しウェーブ掛かったブラウンの長めの髪がフンワリと揺れる。
華麗なフォームに女の子達からの歓声が上がる。
大学きってのイケメンの二人の試合・・・「単なる余興」の分野を超えていた。
トム派とレオンハルト派に女の子達は分かれ、それぞれを応援している。
ダニエル、ルパート、ゾフィーは丁度ネットの近くに場所を陣取っていたので、一応は中
立な立場を装っていた。
打ち込んでは返される・・・そんな試合内容だった。
なかなか決着が付かない。
両者共、テニスの腕前は確かだった。
関東大会レベルの好試合に、誰もが固唾を呑んで見守っていた。
ギャラリーは増える一方だ。
いつの間にか空はどんよりして、厚い雲が空を覆っていた。
そんな中、中等部のエマは教室の窓からその試合を見ていた。
彼女愛用の望遠鏡・・・どうやらいつも持参しているらしい。
「・・・みんな馬鹿みたい。雪でも降りそうな空なのに・・・気が知れないわ。見てるこ
っちが寒いわよ。オリバーが出ているならまだしも、トムとあの派手なイカレ外国人じゃ
・・・あら?」
エマが何かを発見した。
「何よ、あいつ等・・・馬っ鹿じゃないの!?」
エマの知らない大学生のカップルが観戦者達の後ろにあるベンチに座り、「試合など眼中
にない」ようにベタベタしていた。
しかも・・・。
「あっ!キスなんかっ!キ・・・キスなんか・・・ぬぅ〜〜〜!!」
望遠鏡でカップルをガン見しながら、歯軋りしたエマ。
自分がまだオリバーとキスした事がないので(今後あるかさえ分からない)、年頃もあって
か他人のイチャイチャが異常に気になるエマだ。
「っつーか、『こっちの馬鹿達』は何やってんのよ・・・」
エマはカップルから的をズラして、今度は別の場所に標準を合わせた。
ダニエルとルパートだ。
一番前で試合を観戦しているダニエルとルパートは、寒いのか手を繋いで温かい飲み物を
半分ずつ分け合っている。 (おそらく一人一本買う余裕が無い)
「いいよ、ルパート・・・もう全部あげるよ」
「え、ホント!やったぁ〜い♪」
「・・・可愛いなぁ、ルパートってホント」
「えへへ〜♪」
エマにはそんな幻聴が聞こえた。
「・・・死んでおしまいっ!」
エマはそんな二人に向けて、教室から「エアー・手裏剣」を数発放った。
なかなか勝敗が決まらない試合になったので、審判の判断で「あと二点先に入れた方を勝
ち」とする事にした。
二人の力は殆ど互角で、収集が付かなかったからだ。
コート上の二人は肩で激しく呼吸し、二月だと言うのに汗を掻いていた。
今、トムの方が一点リードしている。
ギャラリーの数は半分以下に減っていた。
流石にこんな長い試合になる事を誰も予想をしていなっかったようで、バイトの時間とか
塾の時間とか、それぞれの予定の為に帰ってしまった。
それに、黙って見ているにはとても寒過ぎた。
教室の中のエマはまだ残っていたがもう試合の方には興味ないようで、自らのケイタイに
収めてある「オリバーの画像」を順番にデスクトップに引き出しては、「素敵♪」を連発
している。
ワァッ!
と言う、大きな歓声が突如沸き起こった。
エマはハッとして窓からコートを見下ろした。
レオンハルトが追い付いたのだ。
レオンハルトはいつの間にか髪を後ろに一本に束ね、ユニフォームを少し汚していた。
「あら・・・少しカッコいいじゃない?」
エマがレオンハルトの事をカッコいいと言ったのは、一箇所だ。
「髪を束ねた」・・・と言う所に、彼女はヒットした。
たまにオリバーが髪を後ろに結んでいる事があるからだ。
「Sein Fus, einige Staaten sind lustig」
「え?」
ゾフィーは険しい表情でトムを見つめていた。
ダニエルとルパートに語ったようだが・・・勿論二人には何が何やら分からない。
「Wahrscheinlich hat er Schmerzen einige Fuse」
また独り言とも話し掛けたとも付かない意味不明な言語を述べた。
「ねぇねぇ・・・ゾフィーちゃんが喋ると何だか攻撃技みたいに聞こえるよね、ダン?」
「あはは、そうだね?」
二人はゾフィーの言う事を、結局この程度で判断している。
ゾフィーの険しい表情はトムを・・・そしてレオンハルトを見据えていた。
レオンハルトからのサーブだった。
おそらく、この一球を最後に勝敗は決まるだろう。
華麗な大きなフォームでレオンハルトがサーブを打ち込んだ。
「・・・ナルシストが」
トムは、ラインギリギリに打ち込んでくるレオンハルトのスマッシュを何度も打ち返した。
大ファインプレーの連続・・・息をも付かせぬ大接戦の結末がいよいよ目前だった。
「トムってさ・・・意地悪なだけじゃないね、ルパート?」
ダニエルは兄のカッコいい勇姿を惚れ惚れと見ていた。
「うん、そうだね・・・。僕、トムって・・・ちょっと『EXELE』に似てると思う」
「・・・・・」
ダニエルは、「僕はそういう事を言いたかったんじゃなかったんだけど・・・ま、いっか
!」と軽く流した。
しかしダニエルは、「でも、確かに髪型は似てるな」とも思った。
トムは超短髪だ。
顔が良いので、むしろ髪は短い方がいい・・・と、トムは自己分析していた。
トム・・・レオンハルトに負けず、充分「ナルシスト」だ。
「あ・・・」
みんなが固唾を呑んだ。
トムがコケたのだ。
膝に違和感を覚え、ガクンと体勢を崩してしまっていた。
レオンハルト・・・絶好のチャンスッ!
が・・・。
「あれ?」
ボールはレオンハルトのラケットを掠め、レオンハルトのコート内に三バウンドした。
「ゲームセッ!池照!」
わぁっ!
ダニエルとルパートが真っ先にトムに走り寄ってきた。
彼らはレオンハルトを応援していたはずだったが、いつの間にかそんな事はすっかり忘れ
ていた。
単純に「兄の勝利」に喜んだ。
いきなりの呆気ない幕切れに、トムが驚いた。
「わーい!トムが勝ったぁ!トムが勝ったぁ!」
「わーい♪わーい♪」
残っていた数人のギャラリーはパラパラと拍手し、みんないよいよ帰って行った。
「・・・てっめぇ〜・・・わざと負けやがったな?」
トムはラケットを杖代わりに体を支え、レオンハルトを睨み付けた。
足がフラフラしていた。
「まさか!僕も疲れていたのです・・・腕がもう上がらなかった。君の勝ちです、トム君
。おめでとう」
「・・・・・」
爽やかな笑顔で自らの負けを堂々と認め、勝者に握手を求めて来たレオンハルトを無視し
て、トムはコートを出て行った。
ダニエルとルパートはその様子をキョトンとして見ていたが、すぐに「ヤバイっ!『ク
レヨンしんちゃん』始まっちゃうよ、ルパート!」、「待ってよぉ、ダァ〜ン!」と
、校門を猛ダッシュで駆け抜けて行った。
「あなた・・・わざと彼に負けたわね、レオンハルト?」
みんなが居なくなってから、ゾフィーがドイツ語で聞いた。
「君までそんな事を・・・。違うよ」
「彼、後半膝を少しおかしくしていたわ。勝てたはずよ?でもあなたは最後、彼のボール
を打ち返さなかった・・・違う?」
レオンハルトとゾフィーは、二人きりになったコートで暫し見つめ合った。
レオンハルトは観念した。
「白状すると・・・見えちゃったんだ」
「え?」
レオンハルトの意味不明な言葉に首を傾げたゾフィー。
レオンハルト・・・チラと降り始めた雪に手を翳した。
「ほら・・・トム君、痩せているだろ?で、コケた彼が片膝をコートに付いた時、その〜
・・・」
「?」
「・・・『ランバン』の新作の下着だった」
「はぁっ!?」
「やっぱり流石トム君・・・流行に敏感だ。彼はいつも素敵だ♪」
「・・・・・」
もう見えなくなってしまったトムの後姿を追うように、レオンハルトは校門をジッと見つ
めていた。
短パンの隙間からトムの下着を久方ぶりに確認し、「うんうん♪」と納得したレオンハルト。
ゾフィーはさっき二人の弟達から習った「スペシウム光線」を、そのレオンハルトの後姿
に向かって、「ビビビ!」と掛けてやった。
「トムの馬鹿ぁ!何でレオンハルト君に勝っちゃったんだよぉ!」
「んもぅっ!」
夕飯の時間はいつも以上に騒がしかった。
今更ながらに、ダニエルとルパートがずっとトムの勝利に文句を垂れる。
トムは散々動いて腹が減ったのか、珍しくガンガン食べていた。
くしくも今日の夕版は、鉄板を出して「お好み焼き」だった。
「めぐみ・・・味噌汁もう少しくれ!」
「はい〜」
横暴な夫のようにめぐみを使うトム。
「・・・お前、変わってんな?お好み焼きに味噌汁かよ?」
オリバーは信じられないと言う目付きだ。
味噌汁はトムのリクエストだった・・・突然飲みたくなったらしい。
「・・・大丈夫かよ、トム・・・そんなに食って?」
ジェームズに心配された。
「何言ってる・・・お好み焼き五枚も食ってる男が・・・」
トムは白けてジェームズを見た。
「しかし、そんな名試合だったのかぁ・・・見たかったな、俺も」
オリバーが紅しょうがをタップリ乗せたお好み焼きを頬張った。
「どっちにしろダメでしたねぇ〜。その時間、また朱実さん来てましたからねぇ〜」
めぐみが笑うので、オリバーが睨んだ。
朱実はまた、めぐみの居ない隙を狙ったかのように「レインボー」に来店していたらしい。
「ったく・・・『俺』のどこがいいんだ?」
オリバーがモリモリ口を動かしながら文句を垂れた。
「体じゃねーの?」
ジェームズがゲラゲラ笑った。
オリバーは双子の弟を睨んだ。
「俺達は双子なんだ・・・朱実はお前を好きになればいいんだ・・・」
オリバーが箸でジェームズを指した。(マナーとしては、本来イケナイ)
「朱実さん、いい人じゃん?何が問題あんだよ?」
ジェームズがアジフライをバリバリ食っている。
「お好み焼きにアジフライ」・・・ジェームズも相当変わっている。
(めぐみにリクエストしたのだ)
「だって男だろ、あの人!」
「そんなの些細な問題じゃん?障害にならねぇよ」
「障害だろっ!」
双子が揉め始めた。
「・・・うるせぇな」
トムは疲れた体に喧しさが加わり、勘弁ならなかった。
箸の動きを一瞬止め、ポケッと試合の事を考えた。
レオンハルトがどうしても、自分にわざと勝たせたとしか思えなかったからだ。
「じゃあ、レオンハルトさ〜ん・・・これからもうこの家には遊びに来ないんですね〜?」
「・・・・・」
めぐみの質問に、トムは味噌汁を飲んで聞こえないフリをした。
「そうなんだよ。トムが意地悪だからさぁ、レオンハルト君はさぁ〜」
「そうだ!トムなんかやっぱり『スネ夫』だよっ!」
またダニエルとルパートの攻撃が始まった。
「うるせぇ!ガタガタ言うな!ルールはルールだ!ご馳走さんっ!」
トムは怒りながら席を立って、自分の部屋に上がって行ってしまった。
「お前ら、あんましアイツを責めんなよ?意外に凹みやすいヤツだからさ・・・な?」
ジェームズがダニエルとルパートの頭を両手でグッと抱え込んで、ヨシヨシした。
「トムは試合でカッコ良かったんだろ?ん?」
「うん・・・」
「ジュース代くれたんだろ?ん?」
ジェームズは兄らしい優しい口調で弟達を諭(さと)した。
「うん・・・。でもさぁ〜、僕、レオンハルト君の事好きなんだもん」
ダニエルは膝を抱え込んで、寂しそうに体育座りだ。
「僕もレオンハルト君好きーっ!あと、不二子ちゃんもね♪」
ルパートがテへッとテレて告白した。
「あ、僕もあの人好き!トランプの顔したお父さんもね!」
「うん、僕もー!」
「不二子」とはレオンハルトの母親の名前だ。
とてもセクスィ〜でノリがいい女性だ。
それに「トランプ顔のお父さん」とは、レオンハルトの父親「ジャン」の事だ。
ダニエルとルパートは以前一度だけハインリッヒ家に遊びに行った時、二人と会っている。
「アイツも意地っ張りだからなぁ・・・。ま、なるようになるだろ」
オリバーは、二階の自分の部屋でおそらく塞ぎ込んでいる三男を透視するかのように天井
を見上げ、「めぐみちゃん、俺にお茶くれる?」と湯飲みを差し出した。
トムは布団に仰向けに寝転がって、天井の「アイルトン・セナ」のポスターを見つめていた。
正しくは「アイルトン・セナ」のポスターの「もっと先」を見つめていた。
「フン!約束は約束だ・・・俺はとにかく勝ったんだ。負けたアイツが悪い」
自分を納得させるように呟いて、枕元に置いてあったお気に入りの菓子「マーブルチョコ
」を二粒口の中に放り込んだ。
数日経ったある日・・・。
ダニエルは放課後の学校を逃げ回っていた。
女の子が後ろからワンサカと追って来る・・・怖い。
「付いて来ないでよー!」
「貰ってくれたらもう追い掛けないからぁ、池照く〜ん!」
女の子達は人目も憚(はばか)らず黄色い声を上げて、チョコを振り回してダニエルを追っ
て来る。
今日は二月十四日・・・「魔のバレンタイン・デー」。
ダニエルはこの日が大嫌いだ。
見た事も話した事も無い女の子達が、朝から大勢で学校のあちこちに待ち伏せして、「こ
の日ばかりは大胆に!」とばかりに束になって攻めてくる。
ダニエルは小柄だったので、大柄な女の子などに囲まれたら・・・一溜まりも無い。
「僕は毎年言ってるけど、チョコが嫌いなんだよぉ〜!」
「嫌いでもいいから取り合えず貰ってよ!」
二階の例の壊れた男子トイレの前に追い込まれたダニエルは、彼だけが知っている独特の
遣り方でドアを開け、中に閉じ篭ってしまった。
ドンドンドン!
「開けてよぉ、池照君!」
ドンドンドン!
「開けてってばぁ!」
「・・・早く帰ってくれ・・・」
ダニエルは体を小さくして、耳を押さえた。
ここは、相変わらず壊れたままのトイレだ。
破損状態がとにかく酷い。
数年前自分の双子の兄が壊したままの状態だった。
ヴォルデモート理事長は相変わらずダンブルドア校長を無視して、このトイレの修復を拒
んでいるようだった。
「・・・そう言えば、最近『悪のみなさん』に会ってないなぁ・・・」
フッと懐かしの「悪の軍団」の事を思い出したダニエル。
「・・・何しているんだろ、あの人達?もう、戦う気失せちゃったのかなぁ・・・」
割れた窓ガラスから見える外の景色を見つめた。
ヘックシッ!
その頃、理事長ヴォルデモートは自分の部屋のベッドの上でクシャミをしていた。
彼は悪性の風邪に罹(かか)っていたのだ。
いや、彼だけではない。
この家に住む部下のスネイプ、マッドアイ・ムーディ、マルフォイ・・・誰もが同じ症状
で各々の部屋で弱っていた。
「大丈夫ですか、おじ様?はい、ティッシュ」
「ずまないで、まご・・・」(すまないね、魔子)
酷い鼻声だ。
ヴォルデモートは姪の魔子からティッシュを貰い、ビブーッと言うオカシな音を立てて鼻
を噛んだ。
「あばりがんびょうにばごなぐでいいんだよ?ぎみにうつっだらだいへんだ。ベダにおご
られるど?」
(あまり看病に来なくていいんだよ?君に感染(うつ)ったら大変だ。ベラに怒られるぞ?)
「ママには内緒♪だって、私この家のみなさんが好きなの」
魔子は二日にいっぺんずつこうしてみんなの様子を見に、この家を訪れる。
母親のべラトリックスには内緒のようだった。
彼女に話したら、絶対来る事を止められる。
とにかく、兄を兄とも・・・夫(シリウス)を夫とも思わないキツイ女だ。
魔子の優しい性格は両親二人に似ていない。
「早く元気になってね、おじ様」
「・・・やさじいね、おまえば」(優しいね、お前は)
ヴォルデモートは、妹とは似ても似つかない姪っ子の優しい言葉に涙した。
「ぞろぞろ大戦状ぼ出ざないどイゲナイ時期だじだ・・・」
(そろそろ大戦状も出さないとイケナイ時期だしな)
窓から見える庭の枯れ木を見つめ、自らの病の早い回復を願ったヴォルデモート。
「ただ今ぁ〜♪」
一方、二月十四日はルパートの大好きな日だ。
彼はルンルンしながら家に帰って来た。
「美味しいチョーコ♪楽しいチョーコ♪チョコチョコチョーコ♪♪♪」
・・・不思議な替え歌を歌っている。
彼もまた、流石に池照家の男・・・これで結構モテるのだ。
但し、同級生と言うよりむしろ上級生にだ。
それに、他校の女性徒や知らないOLさんなどにチョコを貰う率が高い。
「キミ、何だか可愛〜い♪」と言う事らしい。
しかしルパートも、意外になかなか疑い深い・・・。
知らない人からのとそうでないのとをまず分け、知らない人のを「しーちゃん」にあげよ
うとした。
「あ、ダメだ・・・しーちゃんが具合悪くなったら大変だモン」
ルパートは庭に出て、池照家のニワトリ・・・「かあさん」「おくさん」「よめさん」を
手を叩いて呼んだ。
「おーい!チョコあげるよー!」
ニワトリの方はコケーッと言ったが、ばら撒かれたチョコには興味を示さない。
「んもぅ〜・・・お馬鹿さんっ!」
ルパートは今度はオリバーの大事に育てている・・・今は単なる土になってしまっている
「きゅうりの幸子」の所にまで行って、上にチョコを置いて、その上から水を掛けた。
「大きくなぁれ♪チョコだよー!」
「なるかっ!」
オリバーがたまたま後ろから現れ、ルパートの首にチョップをくれた。
「痛いでしょーっ!」
「得体の知れないモンを『幸子』にやるな!」
オリバーも・・・ある意味、充分得体が知れない。
言うなれば、ルパートと同じ部類だ。
きゅうりに「幸子」と名付ける彼・・・。
三羽のニワトリの命名もオリバーだったし・・・。
「痛いでしょー!チョップしたら馬鹿になっちゃうでしょー!」
「何度も言わせんな!お前は充分馬・・・」
オリバーはギリギリの所で言葉を飲み込んだ。
禁句だ・・・。
ルパートに「馬鹿発言」は気の毒だ。
彼が色々「お馬鹿な言動」をするのは、彼のせいではないのだ。
ルパートの持病が、彼をそうさせているのだ。
オリバーは理解深い兄であろうと、深呼吸して怒りを鎮めた。
「さぁ、大きくなぁれ♪」
「こンの、馬鹿―――――――――っっ!!」
オリバーの隙を見て、また同じ事をしようとしたルパート・・・。
オリバーは折角封印した言葉を、抑えた分だけ余計に威力を増して叫んだ。
ご近所に丸聞こえだ。
「『馬鹿』って言った方が馬鹿なんだモンねーだ!」
ルパートは「フン」と言ってソッポを向いた。
と、垣根の間からこっちを覗き込む顔と目が合った。
「あ、エマだ・・・」
ルパートの視線の先・・・池照家と河合家の垣根の所にエマが居た。
「・・・ハァ〜イ・・・オリバー//////」
エマは何だかモジモジしている。
「・・・ハァ〜イ」
オリバーは少し嫌な予感がしたが、エマの挨拶にお付き合いした。
「これっ!」
「え?」
「早く・・・これっ!」
エマが恥らいながらも、「チョコと思しきブツ」をグイグイ差し出してくる。
「今年は初めて手作りに挑戦したの・・・。『初めてはオリバー』って決めてたし♪」
「・・・はぁ」
「ちゃんと食べてね♪私・・・『いつも見てる』から」
「・・・はぁ」
エマはルンルン言いながらスキップで帰って行った。
オリバーはそこで封を開けてみた。
・・・酷い仕上がりだ。
「オリバー・・・それ『幸子』にやれば?」
「・・・・・」
絶妙なタイミングで魅力的な言葉を言われたオリバー・・・心がフラッと一瞬動いた。
「いや、イカン!うん・・・イカン!ちゃんと食うよ、俺は。それに幸子にはやらん!気
の毒だ」
「あぁ、居たぁ〜♪」
「ゲッ!」
朱実が池照家の庭を覗き込んでいた。
「めぐみちゃんに聞いたらココだって言うからさぁ〜・・・貰ってよね、ア・タ・シ・
の・き・も・ち♪」
朱実がチョコをオリバーに渡した。
ちゃっかりと、しっかりオリバーの手を握っている。
オリバー、一気に全身の毛が総立ちだ。
「今日はもう行かないといけないの。これから仕事でさぁ・・・あ、バイバイ、ボーヤ♪」
「・・・・・」
朱実にバイバイを返したルパートの横で、オリバーはチョコを二つ持って無言だ。
「オリバー・・・」
心配そうに兄の顔を覗き込むルパート。
「ルパート・・・これ、お前食っていいぞ!」
「・・・・・」
オリバーはブルブル震える手で、朱実から貰ったチョコをルパートに差し出した。
「・・・いいの?これ、『ゴバディ』のチョコだけど?」
「いい」
「わーい♪」
その日の夕飯はまず居間からチョコを退かす事から始まった。
とにかく凄い数なのだ・・・居間が半分チョコで埋まっていた。
何と言っても筆頭はダニエルだ。
彼は結局クラスメイトの小林と、隣のクラスで「来々軒」の息子・白湯(パイタン)に手伝
いを頼み、計十二袋を学校から持ち帰って来た。
兄弟一のモテ男トムは、チョコではない高額商品を「カノジョ達」から貰って来ていた。
ブランドのネクタイやタイピン、香水やブランド下着、靴下やマフラー、帽子などだ。
総額・・・三十〜四十万と言った所だろうか?
彼は本当なら、今すぐ「ホスト」になった方が賢明なのだ。
相当稼ぐだろう。(勿体無い事だが、その気が無いらしい)
バレンタインの定番・チョコは、やはり中・高生の遣り方だ。
故に、俄然ダニエルがナンバー1だった。
次に多かったのがジェームズだ。
ジェームズは商店街を往復しただけで紙袋三袋を持ち帰って来た。
殆どが地元の奥様達からだ。
その他、オリバーとルパートは二袋ずつだ。
オリバーは「太一絡み」でたまに小学生に勉強を教えているので、その生徒達からが殆ど
だった。
「すンごい数ですねぇ〜、こンれ〜」
めぐみは仰天していた。
池照家で迎える初めてのバレンタインの彼女・・・驚くのも無理は無い。
「チョコレートショップしてもいいくらいだぁ〜」
「僕の分一杯食べてね、めぐみちゃん♪勿論、ルパートもね」
ダニエルがグッタリした顔で微笑んだ。
「ありがと〜ございますぅ〜」
「わ〜い♪」
「さ!とにかく片して・・・飯にしてくれ。腹減った・・・」
ジェームズの腹の虫は先ほどから凄い事になっていた。
まるでガマカエルが輪唱しているようだった。
「お前、『トレビア〜ン』の研修って飯出ないの?」
オリバーが聞いた。
「いや、出るよ。それに俺、『キッチン』も覚えてるし、味見もし放題♪」
「なのに、どうしていつも腹減らしてるんだ?」
「育ち盛りだから♪」
「・・・・・」
ジェームズのその言葉は兄弟全員に無視された。
「そういやぁ・・・あれから全くレオ〜ンハルトとは音信不通か、トム?」
オリバーがちゃぶ台を用意しながら、チョコを片付けているトムに聞いた。
「あぁ」
「・・・寂しくないのか?」
「アホか!清々してる」
ダニエルとルパートは、取り皿や箸をキャッキャッと楽しそうに用意している。
「ふ〜ん・・・俺は寂しいけどな。アイツが来なくなって・・・」
「・・・・・」
トムはそれには答えを返さなかった。
ジェームズがちゃぶ台の周りにみんなの座布団を置いた。
「俺も寂しいぜ・・・アイツ、いいヤツじゃん。年上って聞いてビビッたけど。ゾフィー
ちゃんも来なくなっちまったし」
「俺はゾフィーとは学校で会えてる。だからコレで俺は清々し・・・」
トムの声は、後半小さくなっていた。
「さぁ、ご飯出来ましたよぉ〜」
めぐみが鍋を持ってドーンと現れた。
トムの言いたい事はそこで尻すぼみになった。
「みなさんのリクエストにお応えして、『きりたんぽ鍋』にしましたぁ〜」
「うおーっ!」
「やったぁ!」
「イェ〜ィ♪」
みんな大喜びだ。
めぐみの作る「きりたんぽ鍋」は相変わらず絶品だった。
秋田のおばあちゃんから送られてくる手作り味噌を入れた、めぐみの「きりたんぽ鍋」は
、秋の町内会の祭り以来、池照家兄弟みんなの大好物だ。
「最後、少〜しだけお腹に余裕残しておいてくんちぇ〜♪バレンタインのチョコレートケ
ーキ作ったんで〜」
「マージーでー!?」
兄弟・・・トム以外はテンション・マックスだ。
「お口に合えばいいんですけンど〜」
めぐみの料理は、兄弟のお口に合わない事など一度もなかった。
勿論、〆の手作りのチョコレートケーキも絶品だった。
みんな腹が膨れ、思い思いに部屋に戻って行った。
トムは、隣の部屋に弟二人が戻って来た事が分かった。
「ねぇ・・・レオンハルト君には僕達、もう一生会えないのかなぁ〜」
「トム、仲直りしてくれないかなぁ〜」
「そうだよね。僕達みたいに仲良しならいいのにね」
「うん」
小さな声で二人がコショコショ喋っている声が聞こえる。
トムはまるで「アイルトン・セナ」に意見を聞くように、ジッとその目を見つめ続けた。
二人の弟達は寝てしまったのか、暫くして声が聞こえなくなった。
「おいっ!」
翌朝、大学構内・・・。
思わず鉢合わせしてしまったトムを避けるように、角を曲がったレオンハルトを呼び止め
たトム。
「あの・・・いいんですか、僕に話し掛けて?」
レオンハルトがソロ〜リと後ろを振り返った。
テニス対決のルールで、負けたレオンハルトは池照家の兄弟とその家に近付く事を禁止さ
れていたのだ。
「・・・ヤメだ!」
「え?」
「・・・あれは無しだって言ってんだ!俺ん家に今まで通り来ていい!」
「・・・本当ですか?」
レオンハルトはすぐには信じられなかった。
「仕方無ぇだろ・・・弟二人はお前を好きなんだとよ!」
「・・・僕もそりゃ彼らの事は・・・いや、むしろご兄弟みなさん大好きです」
「声が大きい・・・周りが勘違いするだろ/////」
トムは、「大好き」と言う言葉に反応して自分達を好奇の目で見つめた女の子達の手前、
少し恥ずかしくなった。
「・・・いいんですか、本当に?本当にまたトム君と・・・いや、池照家のみなさんと・
・・」
「・・・いいって言ってる。もう言わせんな。用件はそれだけだ。じゃな・・・ぎゃっ!
」
トムがオカシな声を上げた。
レオンハルトが背後から抱き付いて来たからだ。
「てめ、この・・・離れろっ!」
「嫌ですっ!もう、二度と言い争いはやめましょうね。僕はとても寂しかったです。ト
ム君とお話が出来なくて・・・」
「だから、離れろって!誤解される・・・退けって!」
トムはアワアワして顔を赤くしていたが、実際の彼の本心は・・・如何なものだっただろ
うか。
思った事を顔や態度に表すのが極端に下手なトムだ。
レオンハルトのような個性派と知り合って彼の存在が自分から消えた途端、ポカンと穴が
開いたような日常を過ごしていたのは事実。
トムはウザいながらも、レオンハルトとのこういう交流を懐かしく思ったに違いない。
「時にトム君・・・ご存知ですか?」
「いきなし話変えんなよ」
一瞬感慨に耽っていたトムだったが、急に現実に引き戻され少し驚いた。
「『キッド』の事です・・・彼、多分次の日曜日に女の子とデートしますよ?」
「何っ!?」
レオンハルトを振り返った。
「さっき裏庭に呼び出されて、何やら約束していたのをたまたま聞いてしまって・・・」
「・・・マジか?」
「マジです!」
トムは信じられなかった。
なぜって・・・ダニエルは「兄・ルパート一筋」なはず。
「・・・マジかよ・・・」
「マジです」
「分かってる!ってか・・・離れろよ//////」
レオンハルトは、どさくさに紛れてまだトムに抱きついていたのだ。
そして、問題の日曜日。
「僕、友達と出掛けて来るよ。帰りは多分夜になると思うんだけど・・・」
ダニエルが朝食を食べ終えて兄弟みんなに報告した。
「そ、そうか・・・ま、ゆっくりして来いよ」
オリバーは演技が下手だった。
ルパート以外の兄弟とめぐみは、既にトムから「ダニエルが女の子とデート」してくる話
を聞いていた。
「えぇ〜っ!?ダン、一人で出掛けちゃうのぉ〜?僕、詰まんな〜い・・・うちで遊ぼ
うよぉ〜!」
ルパートがダダを捏ねた。
「ごめんね、ルパート」
「ダンが出掛けるの、僕、ヤダーッ!」
ダニエルは困った。
愛する兄・ルパートが、こんな時ばかり自分と居たがるとは・・・。
彼の心は思いっきり揺れた。
「僕・・・その友達に断ろうかな、やっぱ」
「馬鹿言え!約束はキチンと守れよ!『池照家の家訓・第十三条』を忘れたか!?」
珍しく、トムが熱血していた・・・いや、むしろウキウキしていた。
今までモテるクセに女っ気一切ナシだった末っ子に、降って沸いたデート話・・・。
彼は上手くこれを纏(まと)めたかった。(「仲人」化しているトムだ)
「で、どこ行って来るんだ?」
ジェームズがナチュラルに「探り」を入れる脇で、ルパートはまだ「ブーブー」言っている。
「え、と・・・多分『池袋』だよ。『ハンズ』とか・・・そういうトコ。映画も見るかも・・・」
「僕も映画見たーーーいっ!ダンだけズル〜い!」
「うるせぇ!黙れ!」
トムは騒ぐルパートの口を後ろからガバッと押さえた。
「コイツがうるさいからもう行け!」
オリバーがダニエルを急かせた。
「え、でもまだ待ち合わせ時間じゃないんだけど・・・」
「何でもいいから、もう行けっ!」
「え〜・・・!?」
ダニエルは無理やりバックを持たされ、渋々出発する事となった。
「巣鴨駅」前で人待ちのダニエル。
時刻は十時二十分だ。
どうやら、十時半が待ち合わせ時間だったらしい。
(ちなみにダニエルはオリバーに急かされた為、もう三十分もこうして待っている)
その様子を、大きな交差点を挟んでジッと垣間見ている怪しい格好の男三人+女二人。
数人ずつに分かれ、「スナック」やら「パチンコ屋」のステ看板の影からダニエルを見つ
めている。
「デートを覗くなんて〜・・・こんな事しちゃっていいんですかぁ〜?」
「めぐみ・・・お前隠れきれてない。もっと腹引っ込めろ!」
ハンチング帽子を被ったトムが、全身黒ずくめの服装のめぐみの腹をグーッと押した。
「やンだぁ〜、トムさ〜ん。そったら強く腹押したら、朝ごはん出ちゃいますよぉ〜」
オカシなメガネをしたオリバーがめぐみに、「めぐみちゃん、もう少し体低くして!ダニ
エルに見つかる」と促した。
ジェームズは、チョビ髭に馬鹿げたロン毛のカツラを被った「ピッピー姿」だ。
ルパートは、苦肉の策で「女の子」に仕立てられていた。(「女二人」の謎はここに解明)
彼はポンポンの付いたモコモコの水色の毛糸の帽子を目深に被り、めぐみの少し大きなダ
ッフルコートを借りて、手には女物のバックを持ち、めぐみにリップを塗って貰っていた。
コートの胸の所には、「赤いサクランボ」のピンバッチを付けている。
スカートこそ履いていなかったが、意外に・・・なかなかだ。
(コーディネート・・・byめぐみ)
兄弟はダニエルの後を付けて来たのだ。
末っ子の晴れての「初のデート」・・・気になって仕方無かった。
今日は全員して全ての予定をキャンセルし、弟のデートを尾行する事に決めていた。
話を一切聞いていなかったルパートだけは、未だちゃんとした情報は伝わっていない。
「変装してソォ〜っとダニエルの後を付けてみよう♪見つかったら負けゲーム!」くらい
の、軽いノリと思っている。
「ねぇねぇ、僕可愛い?ねぇねぇ、僕可愛い?」
先ほどからウザいくらいに同じ事を質問するルパート。
「はいはい、可愛い可愛い」
ジェームズは心が全く篭っていない言い方でルパートを取り合えず黙らせた。
「わーい♪僕可愛いー!」
「うるっせぇ、黙れ!ブス!」
「・・・・・」
トムは「我慢していた怒り」が一気に出た。
トムに「ブス!」と言われ、ルパートの目にあっという間に涙が溜まる。
「僕、可愛いモン・・・」
唇を突き出し、メソメソし始めたルパート。
「充分可愛いぞ!大丈夫だ!俺なら惚れちゃうね。ぃよっ!」
ジェームズがテキトーな事を言ってまた誤魔化した。
「余計な事を言うな!」と、オリバーから脇腹にエルボーを食らったトム・・・無言で蹲(
うずくま)った。
「そンだぁ〜・・・ルパートさんはとってもめんこいど〜」
めぐみがちゃんとフォローした。
「わーい、僕めんこーい!わーい♪わーい♪」
「だから、うるせぇっての!」
流石のオリバーもルパートを「シッ!」と黙らせた。
「あ・・・来たっ!」
兄弟が見守る中、ダニエルの元に女の子が走って来た。
「へぇ〜・・・なかなかじゃん・・・」
トムがニヤリとした。
しかし、その言い方には感情が殆ど篭っていない。
元来彼は年上好みなので、年下は全て「興味無し」だ。
殆ど犬・猫を「可愛い」と言うのと同じ感覚で、その女の子を褒めた。
やって来た女の子は歳相応の格好で、ピンクのマフラーと耳当てと手袋をしていた。
走って来たようで、冷たい外気に白い息を「はぁはぁ」上げている。
「フンッ・・・ぶりっこ!」
「エマちゃんっ・・・ど、どうして!?」
オリバーはビックリして大声を上げたが、慌てて声を落とした。
エマが、これまたオカシな変装をして後ろから姿を現したのだ。
昔、全く同じ格好で「レインボー」に忍び込んだ事のある彼女・・・。
確か、間違いなければ「木村さん」と言う名だった。
「どうしてここに?」
「あの子、確か二年の『米田マリ』よ。すっごく性格悪いわよ・・・」
「・・・・・」
「何か!?」
一言言いたげなルパートの視線を感じ、その頬っぺたをギューッと思いっきり抓(つね)っ
たエマ。
みんなからの質問には全く答える様子が無い。
大方、また望遠鏡で覗き見て得た情報だろう。
ひょっとして彼女、趣味が高じて「読唇術」が出来るようになってしまったのかも知れない。
「痛ぁ〜いなぁ〜・・・」
ルパートの頬が、抓(つね)られた一部赤くなった。
文句言いたげに、頬を押さえながらエマを睨むルパート。
「あ、ほら・・・動くわよ!早くっ!」
エマがルパートの腕をグイーッと引っ張って、横断歩道を渡った。
いつの間にか、エマが「場」を仕切っていた。
その後ろをみんながゾロゾロと付いていく・・・オカシな一団だ。
山手線を二番線から乗車し、二駅目がすぐ「池袋」だ。
池照家が住んでいる「新庚申塚」の駅から、一番近くて大きな駅が「池袋」だ。
普段、学校が終わってどこか遊びに行くと言ったら、ここに出るのが一番手っ取り早く手
頃な場所でもある。
今日は日曜日とあって、いつも以上に人の量が多い。
「気が利か無い野郎だぜ・・・女の子の手を掴んでやれっての」
ダニエルを見ていたトムがイライラした。
女の子はかなり小柄で、人の波にあっという間に飲まれてしまう。
「じゃ、お前めぐみちゃんと手ぇ繋いでやれよ。なかなか人を掻き分けられずに、向こう
で苦しがってるぞ?」
オリバーが後ろを振り返った。
めぐみは向こうの方から、「待ってくださぁ〜い!」と手を振っていた。
「何で俺がめぐみと・・・」
トムはスタスタと前を突き進んだ。
「おい、逸(はぐ)れんなよ!」
先頭を歩いているトムは、それでもたまに後ろを気にした。
何やかんや言っても、めぐみを放ってはおけないようだ。
「んで・・・アイツ等はどこだ?」
オリバーが少し背伸びをした。
これだけの人が居ても、双子の長身は群を抜いている。
「『サンシャイン通り』歩いてる・・・」
ジェームズが前を指差した。
この通りは映画館やチェーン店の飲食店、そして突き当たれば「東急ハンズ」などがあり
、大体いつも混んでいる。
信号を渡れば、「サンシャイン60」も聳(そび)え立っている。
「僕、映画見たーい!」
ルパートが映画館の前で騒ぎ出した。
「・・・『ポケモン』かよ」
トムはウンザリした・・・全く興味が無いからだ。
「僕、『ポケモン』見たいんだけど?ねぇねぇ、僕『ポケモン』見たいんだけど?」
ルパートは映画館の前に立ち止り、繰り返し騒いでいる。
「フン!ガキ!」
エマは大人ぶった。
「騒ぐな・・・ほら、来い!注目されるだろ/////」
オリバーはルパートが女装していたので、注目されるのをなるべく避けたかった。
第一ルパート云々置いておいて、自分達は奇怪な一団なので人目は出来れば避けたい。
「私ぃ〜、ルパートさんと『ポケモン』見てきますよぉ。どうぞみなさんはダニエルさん
を追ってくんちぇ〜。映画が終わったら、トムさんのケイタイに連絡しますから〜」
結局めぐみのアイディアに乗って、メンバーは二手に分かれた。
ダニエルと米田マリは「ハンズ」でダラダラと時間を潰し、「アニメイト」でフィギュア
を見たりゲームセンターで少しだけ遊んだ後、「マック」で昼ごはんをし、グダグダした
一日を過ごしていた。
「あいつ等、あれで楽しいのか?」
「さぁ・・・楽しんじゃない?」
トムは白けた顔でコーラをズズッと飲み干し、それにエマが答えた。
ジェームズはビッグマックを三つも食ったのに、「次に何を食べようか」とまたメニュー
を見つめている。
「めぐみだ・・・」
トムが自分のケイタイに出た。
「お〜!俺達今、元『三越』前のマック・・・」
それだけ言って、トムは電話を切った。
池袋の三越デパートは、経営難から少し前に閉店していた。
今はカバーで覆われ、その全貌は明らかにされていない。
暫くするとルパートとめぐみが合流し、ダラダラと時間が過ぎ去った。
「お、やっと立つか?」
ダニエル達がトレーを持って立ち上がったので、こっちのメンバーも立ち上がった。
ルパートは案の定、服にソースを溢していた。
「取り合えず、コート着ちゃえ!そうすれば・・・ゲッ!」
オリバーはルパートのコートのボタンを留めてやるのを途中で止め、マックの店の前で低
くしゃがみ込んだ。
「お前らもみんなしゃがめ!」
全員に指示を出し、怪しい軍団はしゃがんだ・・・益々怪しい。
「何だ?ダニエルにバレたか?」
トムが気にした。
「違う・・・『朱実』だ」
通りの向こう・・・オリバーが指差す方向に、朱実がオカマ友達のヒロミと買い物袋を沢
山抱えて歩いていた。
「見つかるとヤバイ・・・俺、もう帰るわ」
「えぇ!?」
オリバーが身を低くしたまま歩き出した。
「だって、健全なデートだ。兄としては充分満足した」
「まぁ・・・確かにな。詰まらねぇ一日を過ごしちまったぜ」
トムも同感だった。
「僕は楽しかったよ!『ポケモン』も見たし、『チーズ・バーガー』も食べたし♪」
ルパートは満足そうだ。
「だよな。お前の服は早く帰って洗濯しなくちゃ落ちないぞ?気に入ってるんだろ?その
『鳥がひっくり返った、オカシなトレーナー』?じゃ、晩飯の支度でも買って帰るか・・・
あ、すいません」
立ち上がったオリバーは誰かにぶつかった。
「あ・・・」
オリバーもジェームズもトムもルパートも目が点になった。
ぶつかった女の子も目が点だ。
「魔子ちゃん!」
ルパートが声を出すまで誰も声が出なかった。
「あの、え、と・・・こ、こんにちは。さよなら・・・」
魔子は慌てて人混みに紛れ、走り去ってしまった。
「おーい、魔子ちゃーん!」
ルパートが呼んだが、魔子は振り返らずに去ってしまった。
「・・・どうした、婆さん?」
凹み気味の兄にジェームズが聞いた。
「・・・こんな馬鹿げた格好見られた・・・」
「いいじゃん、別に・・・フッた女だろ?」
トムはしゃあしゃあと答えた。
「知り合いですかぁ〜?」
「あぁ、婆さんの元カノ」
魔子を知らなかっためぐみに、ジェームズが教えてやった。
「・・・帰る」
オリバーはおかしなメガネを取って、酷くションボリしながらトボトボと駅に向かった。
みんなもその後に続いた。
「あれ・・・そう言えば、エマちゃんは?」
エマはその頃、マックのトイレから出て来た所だった。
「チッ・・・誰もいないじゃない」
勝手にみんなに帰られて、エマはプリプリ怒っていた。
「ただ今―!」
元気良くダニエルが戻って来たのは、みんなが夕飯を食べている頃だった。
「おかえり・・・飯は?」
「食べてないよ。お腹ペコペコ・・・ただ今、ルパート♪」
「僕、寂しかったよぉ、ダン・・・」
「ごめんね・・・僕も寂しかった」
「ケッ・・・良く言うぜ」
トムは呆れた。
ルパートもダニエルも、それぞれ今日は楽しそうにいたのをみんな知っているからだ。
まぁ、無理やり言う事も無いので「そういう事」にしておいた。
「今日遊んだ子・・・・・春にアメリカ行っちゃうんだって。で、最後だからって、一緒に遊んだんだ」
そういう事のようだった。
ダニエルはやはり、基本「ルパート一筋」に変わりなかった。
「あ、オリバー!今そこで朱実さんに会ったよ。で、『これ渡して』って」
ダニエルから受け取ったカードを見て、オリバーは後ろにひっくり返った。
「俺、絶対行かねーぞ!」
カードには、「朱実・二十歳のバースデーパーティーご招待券★オリバー専用♪」と書い
てあった。
「・・・あの人、二十歳なのか?」
「馬鹿・・・・・信じるな」
ジェームズが半分ジョークで聞いた事に、オリバーは冷たくあしらった。
第十五話完結 第十六話へ続く オーロラ目次へ トップページへ