第十八話「謎の穴」
「・・・いいんですか、本当に?」
レオンハルトは遠慮深げに聞いたが、もうみんなはガッツリ食べ始めていた。
目の前にはあらゆる美味しそうな料理・・・とてもここが野外のキャンプ場とは思えない
豪勢な食事だ。
他のキャンプ中の人間達が遠巻きにしてこちらを羨ましそうに見ているのが、なかなか優
越感でもある。
「いいんだよ・・・どうせ、その辺で遊んじまって昼飯食うの忘れてんだ」
トムは珍しく食欲があるらしい。
外での食事は快適で気持ち良かったし、自分が釣った魚は格別に美味しいのだろう。
彼の取り皿には、結構山盛りで食べ物が盛ってある。
「しかし・・・」
レオンハルトは逆に疲れと眠さからか、あまり食欲が出て来なかった。
チビチビワインを口にしながら、レオンハルトは遠くに目をやった。
自分達以外のキャンプ者達も、大方が食事時だった。
濛々と煙を出してバーベキューをしている大学生風のグループ、ダッチオーヴンを使って
、肉の塊を蒸し上げた料理自慢の父親の居る家族、サンドイッチやおにぎりをパク付くO
L風のグループなどなど・・・。
ダニエルとルパートは、「薪拾い」に行ったきり戻って来る様子が無い。
居なくなってから、有に二時間が経っていた。
幾らなんでも・・・遅過ぎる。
レオンハルトは二人の事が心配だった。
土地感も自然も知らない二人が、二時間も帰って来ないのだ。
が、他のメンバーは彼と同じ心境ではないらしい・・・かなり楽観視していた。
わき合いあいにお喋りしながら、ビールを飲んだりサワーを飲んだりして料理に舌鼓(し
たつづみ)をうっている。
エマは最初こそは青白い顔をしていたが、確かにジェームズに言われた通り少し物を口に
したら俄然元気が出てきたようで、今はいつもの(悪魔的な)彼女に戻っていた。
「ここは虫が多い」だの「テレビが見たい」だのとブツブツ文句を言いながらも、夏海を
下女のように使って自分の皿に料理を取り分けて貰ったりしている。
「これ、オリバーが作ったの?」
目の前のポテトサラダを指差してエマがオリバーに聞いた。
勿論エマは、大好きなオリバーの横をしっかりと陣取っている。
「はは・・・馬鹿の一つ覚えだけどね。そうだよ」
「オリバーは馬鹿なんかじゃないわよ!世界一美味しいわよ、オリバーのポテトサラダは
!夏海、『オリバーのポテサラ』超大盛りでっ!」
エマは熱き想いを込めてオリバーのポテトサラダへ(むしろオリバー本人へ)の愛を熱弁し
、またもや夏海を使い、「カキ氷かよっ!?」と言わんばかりの量を皿にキープした。
「あら・・・?」
厚子が向こうに目をやった。
ダニエルがワーワー泣き叫びながら走ってくる。
なぜか、全身泥だらけで木の葉だらけだ。
「うわぁぁぁぁ〜〜〜ん・・・ルパートがぁ〜・・・」
「どうした!?」
末っ子の余りの慌てぶりに、双子が皿を持ったままザッと立ち上がった。
そしてトムも・・・それにみんなもダニエルに注目した。
ダニエルは涙をボロボロ零している。
「む、向こう・・・へ、変な穴を覗いたらルパートがぁ〜・・・」
「落ちたのかっ!?」
双子が慌てた。
「やはり不吉な事が・・・だから奇数人数は良くないと・・・」
厚子が「あぁ」と呟いた。
「違うよぉ〜!ルパートが『これ、絶対にトトロの穴だよ♪』って言って奥まで洞穴
に体を突っ込んだら、お腹から上が穴から抜けなくなっちゃったんだよぉ〜〜〜・・
・」
ダニエルがオイオイ泣いた。
「・・・はぁ!?」
みんなが言葉を無くした。
「そんな・・・漫画みたいな・・・」
温田家の三姉妹は暫し絶句だ。
「とにかく助けに行かなくては・・・どこです、キッド?」
「あっちだよ!」
レオンハルトは泣きじゃくるダニエルをヨシヨシして、案内を頼んだ。
双子も皿を置き、「ったく・・・」と呆れ顔でレオンハルトとダニエルの後を付いて行った。
女の子達とトムだけがその場に残った。
「・・・トムさんは行かなくていいんですか〜?」
めぐみが聞いた。
トムはちっとも追い駆ける素振りを見せなかった。
タンドーリ風に仕上げたチキンで汚れた指を、舐めたり拭いたりしている。
「いいんだよ。大の男が三人も助けに行ったんだ(ダニエルは含まれず)・・・『間抜け(ル
パート)』一人くらいどうにかするだろ?」
「そうですか〜・・・でも、私は行きます〜」
めぐみが重い腰を上げ、ドスドスとみんなの後ろを走って行った。
トムと温田三姉妹とエマだけがその場に残った。
不思議な雰囲気になった。
温田三姉妹とエマがジッと独特の目付きでトムを見つめる。
「・・・くそ!」
トムはチッと舌打ちして立ち上がった。
「へぇ〜・・・アンタは助けに行かないんだ?ふ〜ん・・弟がピンチだって言うのにねぇ
〜」とでも言うようなみんなの心の中を勝手に読んだのだ。
「おい待て、めぐみ!俺も行く!」
めぐみを引き止め、トムは走って行った。
「・・・トム君って、何やかんや優しいわよね。特にめぐみさんに・・・」
厚子が優しい目でみんなの後ろ姿を見送った。
「どこです?」
十分ほど歩いた所でレオンハルトが聞くと、ダニエルは泣きながら特に木々が茂っている
箇所を指差した。
「あそこ・・・」
「ブッ!」
双子とトムが噴き出した。
お尻だけ見えているルパート発見!
彼は見事に「詰まって」いた。
「モガガガガァ〜!」
「・・・『プーさん』かよ」
双子とトムが同じタイミングでツッコンだ・・・流石兄弟だ。
腹が痞(つか)えて、二進(にっち)も三進(さっち)も行かなくなっているルパート・・・。
足をブラブラさせて、「うんうん」言っていた。
「全く・・・何やってんだ」
オリバーが「どうしたものかね、コイツ・・・」と言わんばかりに腰に手を当てた。
「とにかく、早く出してあげましょう・・・はは♪」
レオンハルトも流石にコレには笑うしかなかった。
まず、ダニエルがルパートのズボンを「フンガッ!」と引っ張った。
しかし、抜けない。
「おいおい・・・どんだけ詰まってんだ?」
ジェームズが「やれやれ」とばかりに、末っ子の腰を引っ張った。
「およっ、マジかっ!?」
しかし、二人掛かりでも抜ける様子が無い。
「馬鹿、何やってんなよ・・・」
トムが今度は次男の腰をグッと引っ張った。
「あれ?」
三人掛かり・・・が、どうしてもルパートの体は抜けない。
「あンら〜・・・何だか、童話の『大きなかぶ』みたいですね〜」
「暢気な事言ってねぇで、お前らも引っ張れ!」
トムがめぐみを睨んだ。
トムの後ろにレオンハルトが付きそうだったので、トムはレオンハルトに「シッ!」と
して、オリバーを付かせた。
その後ろにレオンハルトが付き、最後がめぐみだった。
「じゃ、『せーの』で思いっきり踏ん張れ!?せーの・・・」
オリバーの掛け声で、みんなが一気に力をグッと込めて後ろに引っ張った。
ぷぅ〜・・・。
「くさっ!」
なぜか、「せーの」でルパートも力を込めた。
いつもの通り、スカンク並みの強烈なオナラが辺りに漂う。
ルパートは力を入れたり緊迫した場面になると、どうやらガスを発しやすい特異な性質が
ある。
「何でお前まで力を込めるんだよ!?」
ジェームズが鼻を押さえ、空いた手でパタパタと扇いだ。
ダニエルは一番被害を蒙(こうむ)った筈なのに・・・「愛」故か、気にならない様子だ。
ちなみにダニエルは今、大河ドラマの「直江兼続」にオリバーと共にハマッている。
来週は織田信長に直江兼継が謁見するシーンだ・・・楽しみだ♪
(めぐみも実家が東北と言う事もあり、一緒に見ていた。三人は「愛・Tシャツ」を巣
鴨の商店街で既に購入済みである)
「じゃ、もう一回引くぞ。ルパート・・・お前は少しでも腹を引っ込めろ!いいな?せー
の!」
オリバーは気を取り直し、もう一度合図を出した。
「いだいいだいいだぁ〜〜〜い!」
ルパートが叫んでいる。
「やめてあげてー!ルパートが痛がってるよ!可哀想だよ!」
ダニエルはルパートの悲痛を聞くのが堪えられないらしい・・・耳を押さえている。
「でも、引っこ抜かないとずっとコイツこのままだぞ?」
ジェームズが言った。
「でも、ルパートが〜・・・」
「・・・お困りですか?」
後ろから声を掛けられた・・・その声は聞き覚えがある。
みんなが一斉に振り返った。
「あ・・・どーも」
スネイプ閣下とマッド・アイ男爵、それにマルフォイ参謀の三人だった。
青白い顔色にちっとも似合わない、アウトドア風なファッションに身を包んでいる三人。
オリバーは一瞬ギクリとした。
三人の後ろに魔子がいるのではないかと思ったからだ。
しかし、魔子はいなかった。
「閣下達・・・何してんスか?秩父なんかで・・・」
ジェームズが聞いた。
「我々もゴールデン・ウィークを満喫しに、昨日から来てまして。ここには『卿』がお持
ちの保養所があるので・・・ね?」
スネイプがマッドアイを振り返った。
マッドアイは無言で頷いた。
「『日頃の憂さ晴らし』ってトコです」
マルフォイが付け加えた。
彼の言葉の裏には、間違いなく「ベラトリックス」の影が窺(うかが)える。
(「ベラトリックス」・・・お忘れかもしれないが、ヴォルデモートの妹で魔子の母親
である。いつも横暴な態度で毒舌を吐き、優しい娘とは似ても似つかない女だ)
「三人で?」
オリバーが探りを入れた。
「はい、三人で。普段の仕事をリフレッシュさせるのが目的です。自然はいいものです♪
やっほーぅ!」
「・・・・・」
スネイプが当たり構わずその辺に向かって叫んだ平地での「やっほーぅ!」には、当た
り前だが「やまびこ」は返って来なかった。
しかし・・・とにかく三人は秩父を楽しんでいるようだ。
「・・・何か変わったモノを持ってますね?虫採集か何か?カブトムシとか?」
「え・・・?」
三人は虫籠のようなモノや虫眼鏡や望遠鏡、見た事も無い不思議な機械を持って、何か実
験でもしているような感じだった。
「はぁ〜・・・まぁ・・・」
言葉を濁すような返事をしたスネイプ・・・聞かれたくない何かだったのだろうか?
突然顔が無表情になった。
「・・・本格的ですね、何だかそういう機械・・・」
オリバーが探りを入れようとした。
「はは♪『東急ヘンズ』に売ってるモノばかりですよ。大した機械じゃありません。えっ
と、私達・・・そう!『天気マニア』なんです・・・ね?で、いつか三人揃って『天気予
報士』になるのが夢で・・・ね?」
スネイプは一瞬またもや無表情だったが、取って付けたようなギコチない笑顔を作り、マ
ッドアイを振り返った。
マッドアイはまたもや無言で頷いた・・・マルフォイの方は話を聞いていなかったと言う
ベタな演技で誤魔化していた。
双子とトムがジッと三人に注目していた。
オジサン三人はソワソワして、視線を逸らせていた。
・・・何か臭う。
(いや、ルパートは今オナラはしていない)
三人は、よほど何か知られたくない何かをしようとしているようだ。
どうも・・・何やら胡散臭い。
最近ちょっと静かにナリを潜めていると思っていたが、良からぬ事を企んでいそうだ。
レオンハルトとめぐみは、突然出現した「風変わりな三人のオジサン」に面識がなかった
ので、トムが簡単に教えてやっていた。
「あの〜・・・このキャンプから帰ったら、久しぶりに『挑戦状』出していいですかね?」
スネイプが遠慮がちに聞いてきた・・・おそらく話題を変えたかったのだろう。
「勿論スよ。いや、最近『果たし状』が来ないんで、もう飽きちゃったんかな〜って思っ
てたくらいで・・・」
ジェームズが答えた。
「そんな事は無いです。我らは何て言ったって『オーロラ5★』のみなさんを打ち砕き、
世界征服を目論む一団ですから♪」
閣下が腰に手を当て、胸を張った。
ダニエルはそんなスネイプを見て、少し「オードリーの春日みたいだな、この人」と思っ
たし、他の兄弟は「次の対戦で、何か奥の手でも出して来ようとしているのか?」と疑った。
「ま、それはさておき、彼を救出しましょう。坊や〜・・・オジサン達が今助けてあげる
からね〜。心配しなくていいからね〜」
スネイプは穴の中に顔を突っ込んだ状態のルパートに向かって優しく話し掛けた。
それからコショコショと何やらあとの二人と内緒話をし、持っていた道具箱の中から小型
爆弾を取り出した。
「ブッ!え・・・それっ!?」
ジェームズが慌てた。
みんなも慌てた。
「爆弾なんか使ったら、ルパートさんが死んじゃいますよぉ〜」
めぐみも心配した。
「大丈夫ですよ。私が着ているこのジャンパーを今彼と木の間に滑り込ませます。これ、
ちょっとした素材で出来ているんで、小型爆弾くらいの熱は防ぐって言う優れもので・・・」
「・・・何で秩父でそんなジャンパー着てるんすか?」
ジェームズが聞くと、またスネイプは無表情になった。
どうも聞かれたくない事は、全てこれで擦り抜けようと言う事らしい。
三人のオジサンは手際良くルパートと穴の間に布(ジャンパー)を攀(よ)じ入れ、躊躇無
しに爆弾を点火した。
一瞬、池照家のメンバーはみんな口が「あっ!」と開いた。
ボンッと言う破裂音がして木っ端が少し辺りに飛び散り、ルパートは咽ながら中から出て
来た。
メソメソ泣いているが、取り合えず大きな怪我は無さそうだ。
「大丈夫、ルパート!」
すぐさまダニエルが側に駆け寄った。
「痛いよぉ〜・・・」
「どこが痛いの?」
「ここ」
ルパートは涙を一杯溜めたウルウルした表情で(彼、18歳)自分の腕を指差した・・・少
し擦り剥けている。
ルパートは顔中小さな傷だらけで、着ていたTシャツは破れていた。
髪はクシャクシャで、木の葉と土まみれだった。
まるで、生まれたばかりの雛のようである。
「痛いよぉ〜・・・」
腕の傷をペロペロ舐めているルパート。
ダニエルもそれに一緒になって加わった。
(勿論、すぐさまオリバーからゲンコツが落ちた)
「うちの保養所がすぐそこなんです。彼を手当てする薬も揃ってます。どうしましょう・
・・彼を連れて行きますがよろしいでしょうか?」
スネイプが言った。
「もし心配なら、どなたかお一人ご一緒に・・・」
「じゃ、僕が一緒に行く!」
ダニエルがやはり手を上げた。
「むしろ、そのまま一生コイツ等そっちで預かってくれてもいいんだけど?」
トムの毒舌な一言に、オリバーがゴツンと制裁を脳天に落とした。
「一緒に行っても、ダニエル・・・お前、帰り道覚えてられるのか?」
オリバーが聞いた。
トムはしゃがんで頭を押さえている。
「あ、私達がそちらまでお連れしますよ。ご安心ください」
「でも・・・」
「いいんですよ。どうせ暇ですし・・・では後ほど。さ、来なさい・・・坊や達」
オジサン三人はダニエルとルパートを引き連れ、自分達の保養所に向かった。
「・・・信用して平気な人達なのですか?」
レオンハルトが胡散臭そうな顔で三人の後姿を見送り、オリバーに聞いた。
「あぁ。悪の組織の人達だけど、悪いヤツ等じゃない」
「しかし・・・『悪の組織』って普通、『悪い人達』の事を言いますよね?」
「・・・まぁな。でも・・・とにかくあの人達は大丈夫だ。飯の途中だったし、俺達も帰
ろう・・・」
オリバーがみんなを促した。
「けど・・・何だってルパートはこんなトコに頭をツッコンだんだ?」
二人の弟達が居なくなると、ジェームズポッカリ開いたその穴を覗き込んだ。
真っ暗だ。
ヒュルルルル〜〜と冷気が顔を掠めた。
「・・・サムッ!」
ジェームズのすぐ後ろに居たオリバーとトムが「何か」を感じ取って、二の腕をワシワシ
と擦った。
温田三姉妹に感じるゾッとする冷気と似ている・・・不気味だった。
「ま・・・どうでもいいか、こんな穴。とにかく帰ろう。向こう、可愛い女の子達だけに
しておくのは色々危険だしな。あ、勿論めぐみちゃんもね♪ははは♪」
ジェームズは慌てて言葉を付け足し、先頭になって歩き始めた。
穴からは、相変わらずヒュルルル〜と不気味な風が吹いていた。
池照家の面々がその場を離れた事を確認し、マルフォイが一人その場にソッと戻って来た。
「・・・危ない、危ない。情報はどこで漏れるか分からないからな・・・」
彼は予定外に幾分デカくなってしまったその穴の中にソッと何かを置き、木の葉を詰めて
穴を塞いだ。
二十分後、ルパートは手当てをして貰い、バンソウコウだらけの顔で帰って来た。
しかしその姿・・・なぜかパンツ一丁に毛布を巻き付けた馬鹿げた姿だ。
「お前、服はどうしたんだ?」
オリバーが聞くと、「ボロボロになったから閣下が捨てた」と言う。
「・・・にしたって、どうして毛布なんだ?」
「お洋服貸してくれるって言ったんだけど、僕が好きじゃない服ばっかしだったから『要
らない』って言ったの」
「・・・そうなんですよ」
スネイプは申し訳無さそうにルパートのすぐ後ろに立っていた。
毛布をドレスのように体に巻き付け、紐を腰に巻いた「笑える状態」のルパート・・・本
人は「変な服」を着るくらいならこの方がいいらしい。
ただ・・・おそらく、ルパートにとって変な服とは普通の服のはずだ。
ルパートは先ほどまで、「チンパンジーが口にゴルフボールを3つ咥えた」馬鹿げたTシ
ャツを着ていたくらいだ。
「オイシ〜イ♪」
怪我の事などすっかり忘れ、ダニエルと一緒にモリモリ食事を喉に通しているルパート。
「スイマセン・・・服がどれも彼に似合いそうなのが無くて・・・。風邪を引かないとい
いのですが・・・」
スネイプは恐縮していた。
「いや・・・むしろこのスタイルは、コイツにこれ以上ないくらい非常に似合ってます。
お気遣いありがとうございます。あ、良かったら少し召し上がりませか?美味いですよ」
オリバーが取り皿を勧めた。
「いえ、少し前に昼食を食べたばかりですので・・・ありがとうございます」
会話に「間」が出来た。
スネイプの方は一緒にここに居る他のメンバーをザッと見渡し、二つあるテントやキャン
ピング・カーを見つめていた。
オリバーは魔子の事を聞きたかった。
池袋で少し前に会ったあの時以来、彼女は元気なのかどうなのか・・・。
「あの〜・・・」
意を決して話し掛けた。
しかし・・・。
「閣下達はいつまで秩父に?」
・・・違う質問をしてしまった。
(「くそっ、俺のチキンっ!」byオリバー)
「明日は上りの高速が混むと予想されているので、今日の夜中には帰ろうかと・・・そち
らは?」
「俺達は明日の夜かなぁ・・・な?」
オリバーがぐるりとみんなの顔を見つめて確認した。
「後で町で何か服を買って来て上げましょう」
レオンハルトはモリモリ食事をかっ込んでいるルパートを、微笑ましく見つめながら言った。
「べずにいいけど、ぼぐごれでぼ(モグモグ)・・・」(別にいいけど、僕コレでも)
「でも、お土産買ったりする時困ると思うよ?毛布姿で君が現れたら、お店の人がビック
リする」
「じゃ、やっばふぐほじい(モグモグ)・・・」(じゃ、やっぱ服欲しい)
食事の中には残念ながらルパートご所望の「麻婆豆腐」はなかったが、とにかく腹が減っ
ていたし、さっき言った事などはすっかり忘れ去っているルパート。
カレービーフンをモシャモシャ食べながら、左手に「スペアリブ」、右手には「焼きマシ
ュマロ」・・・と言う、驚くべきミラクルな凄い組み合わせだ。
「僕、パエリヤって始めて食べたよ・・・。これ、全部めぐみちゃんが作ったの?」
ダニエルは興奮していた。
「はい〜。でも〜厚子さんも一緒ですよ〜」
「いいえ、殆どめぐみさんです。感心しちゃいました、私・・・めぐみさんがこんなに料
理が上手なんて」
厚子が謙遜した。
「いンや〜・・・ただ私は食うのが好きなんで〜、結局作るのが好きなんです〜」
めぐみも厚子に謙遜した。
トムは今日、本当に食欲旺盛だ。
パエリヤを二回お代わりしたし、大方の人間が食事を終えたと言うのにまだたまにスティ
ックサラダを摘んだりチーズを摘んだりしている。
「お前の人生至上、初めてのマトモな食いっぷりだな。腹壊すなよ?」
オリバーが笑った。
スネイプは自分のキャンプに戻り、午後はみんな思い思いに過ごした。
トムは釣が気に入ったようで、レオンハルトの釣道具を借りて川に釣をしに行った。
厚子と夏海は、約束通り野花を探しに出かけた。
旅の想い出に、「押し花」などと言う古風なモノを拵えようと言う事らしい。
ジェームズは下の二人を連れて夕飯の足しになりそうな「きのこ採り」に出掛け(ルパー
トは毛布のドレス姿のまま)、めぐみはレオンハルトと共に車に乗って、この辺りで一番
近くのスーパーにルパートが着れそうな(着そうな)服を買いに走った。
(ルパートの好みそうな、「変わった柄」が果たして売っているかが微妙だ)
そんな中オリバーはランチで飲んだビールが少し利いて、自分とジェームズが先ほど設置
した「男用のテント」の中で居眠りする事にした。
「オ・リ・バー・・・」
エマが辺りを気にしながら、ソォ〜ッとそのテントの中に忍び込んで来た。
テントの中は結構広い・・・大型タイプのテントだった。
靴を脱ぎ、無防備な姿ですっかり寝入ってしまっているオリバーに近付くエマ・・・小さ
く声を掛けてみたが、愛しい人からは返事が無い。
既に、深い眠りに入ってしまっているようだ。
「ぐ・・・た、堪らないわね♪」
思わずヨダレが垂れそうになって、口を啜った。
今は「自分だけ」のその寝顔・・・エマの心が躍る。
オリバーは長い腕をダラリと広げ、大の字で上を向いて眠っていた。
ほんのり赤い頬で、口を少し開いて寝ている。
エマは真上からジッとオリバーの寝顔を見下ろした。
長めの髪はクッションの上で少し乱れ、シャツの胸ボタンが二つ外れた状態・・・高校生
になったばかりのエマには、かなり刺激的なセクスィー姿である。
エマはゴクンと不必要なほどに大きな音を立ててツバを飲み込んだ。
辺りをキョロキョロして、誰も来ない事を再度確認した。
「『キメる』なら今ね・・・」
エマはキランと瞳を光らせ、ソォ〜ッとオリバーの顔に自分の顔を近付けた。
心臓がドキドキしていた。
エマは思い出していた。
初めてオリバーと会った日の事を・・・。
横浜から引越しして来て、隣人宅に両親と挨拶しに行った時の記憶だ。
エマはまだたった五つだった。
当時はまだ池照家の両親も健在で、池照モリーが「レインボー」を切り盛りしていた。
「隣に引っ越しして来た河合です」
エマの父親がまずそう口火を切り、店のカウンターの中で洗い物をしていたモリーがコロ
コロした体付きで中から出て来た。
「まぁまぁご丁寧に・・・池照でございます。こんにちは、お嬢ちゃん達♪」
母に手を引かれていたエマにニッコリ微笑んできたモリー。
小さなボニーは母親の腕の中で眠ってしまっていた。
エマは知らないおばさんの笑顔に、警戒心丸出しの消えそうな声で挨拶した。
その時だ・・・不意に「レインボー」のドアがカランカラン♪と大きく鐘を鳴らし、勢
い良く開いた。
「母さん!明日のお弁当なんだけどさ、博史の母ちゃんが俺達のも一緒に・・・あ」
少年は「ヤベ・・・」と言う表情になって、母親の顔色を窺った。
どうやら、営業時間中は店の正面のドアから入って来るなと言われていたらしい。
少年は引き返そうとした。
「・・・丁度いいわ。こちら、河合さんよ。今日からお隣に越して来たの。ご挨拶して」
「え、と・・・こんにちは」
母親がどうやら「営業用の笑顔」だったので、一安心したオリバー。
ペコッと挨拶したその格好は、サッカーのユニフォーム姿だった。
「サッカーしているのかい、君」
「はい」
「大きいね・・・中学生?」
「いえ、僕、六年です」
エマの父親が親しげにオリバーに話し掛けている。
エマには、そんな小学校六年生のオリバーが物凄く「お兄さん」に見えた。
「時々河合さんのお家へご迷惑を掛ける事になるかも知れません・・・実は、うちは男の
子ばかりが五人もおりまして・・・」
「あらまぁ・・・賑やかですね♪」
エマの両親とモリーが親しげに話していた脇で、エマはオリバーしか見えていなかった。
ジャキジャキと切った短めの髪に、長い手足・・・少し汚れたユニフォーム・・・。
幼稚園に通う男の子達とは全然違う・・・「素敵なお兄さん・オリバー」。
数日後エマは、自分の部屋から池照家の庭で双子の弟ジェームズとリフティング勝負をし
ているオリバーをジッと見つめていた。
「あ・・・」
オリバーが先にリフティングをハズした。
ペロッと舌を出してボールを拾いに行った時、たまたま隣の二階に視線を感じ、オリバー
はそっちを見上げた。
「あれ・・・こんにちは、エマちゃん」
「//////////////」
河合エマ・・・その時、僅か五歳にして衝撃的な恋に陥る。
エマは生まれてこの方感じた事の無い、激しく熱い痛みを小さな胸にこの時感じた。
太陽の光の中、爽やかに笑ったオリバーが・・・エマにとって、あまりに素敵であまりに
カッコ良かったのだ。
テントの中・・・エマの唇は小刻みに震えていた。
全く「らしく」ない。
しかし、ずっと想い焦がれて来た大好きな人との初めてのキスの瞬間だ。
ドキドキしない方がおかしい。
「ん〜・・・」
オリバーの腕がグンと片方持ち上がった。
ガッ・・・!
「っ痛ぅ〜〜・・・」
エマは鼻を押さえた。
オリバーは寝返りの際にエマの鼻に一撃入れた。
エマは鼻を押さえ、鼻血が出ていないかを確認した。
右の鼻から、ツーッと言う久しぶりの感覚・・・。
しっかり鼻血が出ていた。
しかし・・・。
「ふふ・・・めげないわよ、このくらいじゃ。ずっと夢見て来たんですもの・・・」
エマは鼻血を気にする事無く、口の端をニヤリと持ち上げた。
思えば・・・悪名高い河合エマが、オリバーを想い続け早十年。
ここに辿り着くまでは本当に長かったし、これ以上の恋は今後二度と味合わないと確信し
ているエマだ。
エマは気持ちを入れ変え、再度口を「ん〜」とオリバーに近付けた。
二人の唇と唇の距離・・・僅か三センチっ!
パリーンッ!
「うおっ!」
テントのすぐ外でグラスが割れる音がした。
オリバーが驚いて、ガバッと跳ね起きた。
エマはバッと離れて姿勢を正し、正座して「居眠りしているフリ」をした。
オリバーが不思議そうにエマに声を掛けた。
「・・・何してんの、エマちゃん?それに鼻・・・」
「あ・・・あはは♪女子用のテントと間違えたわよ、私・・・。あははは♪失礼〜」
エマが無駄にハイテンションでいそいそとテントから出た。
ドキドキは続いたままだったし、まだ顔が赤かった。
しかし・・・それ以上に悔しかった。
「ったく・・・どこのどいつよっ!人の恋路を邪魔する大馬鹿三太郎はっ・・・あら」
厚子がテントのすぐ前で割れたグラスを拾っていた。
昼食の後片付けをしていたようだ。
「ごめんなさいね・・・驚かせちゃった?」
「・・・・・」
エマがジッと、割れ物を拾い集めている厚子のツムジの辺りを見つめた。
「あ、大丈夫っすか、厚子さん・・・?」
オリバーがテントから顔を出した。
「えぇ、平気です。ごめんなさいね、どうぞ続けて・・・」
「は?」
「・・・・・」
エマは目を半分にしてジ〜〜〜〜ッと厚子を睨んだ。
(左の鼻には、鼻血の痕が一本残っている)
厚子は割れたグラスを集め終えると、フンフン鼻歌を歌いながらそこから去って行った。
「・・・厚子さんが言ったの何の事?エマちゃん、分かる?」
「・・・さぁ?」
「あ、エマちゃん・・・君、鼻血が・・・」
「平気よ。お構いなく」
エマは歯を剥き出して舌打ちし、厚子の後姿を激しく睨み続けていた。
「・・・タダじゃおかないわ。あの雪女」
エマはゴニョゴニョと小さく呪いの言葉の発した。
おそらく厚子にはそれは届いていない。
エマの十年越しのファーストキスは、こうして見事に打ち砕かれてしまった。
夕方、キャンピング・カーの中でルパートはどうした事か大人しくなっていた。
かなり珍しい。
ルパートの傍らには、車に内蔵されてある液晶テレビから相撲を見ていたジェームズの姿。
もう暫くすると「横綱・朝青龍」が出て来る・・・彼はそれを待っていた。
そしてその彼に寄り添うようにくっ付いて、ルパートは目をショボショボさせていた。
レオンハルトとめぐみが買って来てくれた、グリーンのTシャツを着ていた。
(中央に「アイスクリーム」の柄だった)
「どうした、ルパ?」
ジェームズが聞いた。
こうして大人しくしてさえ居れば、ルパートはこれでかなり可愛い。
十八にはなったが、少し大きなフワフワしたぬいぐるみが居るような印象だ。
「僕、頭が痛いの・・・」
「どっかぶつけたのか?」
「ううん・・・熱があるかもなの」
「どれ?」
ジェームズが瞼の重そうな弟の顔を覗き込むようにして手の平をその額に当ててみると、
確かに少し熱があるようだった。
「あら・・・どうかしたの、ルパート君?」
側を通り掛った陽子が聞いてきた。
めぐみと厚子の夕飯の準備を手伝っているようだ。
車の中の方が明るく火力も調節可能なので、三人は料理を車の中のキッチンで作っていた。
「昼間作った傷が原因で少し熱が出たらしい。じゃなかったら・・・買って来て貰った服
をついさっきまで着ないで、馬鹿げた格好のままダニエルと川遊びしていたのが原因か・
・・そのどちらかだな」
「お薬あげようか、ルパート君?あっちのソファーで寝てる?」
陽子が優しくルパートに聞いた。
「ヤダ・・・僕、ここがいい・・・ックシ!」
ルパートはジェームズに甘えながら、陽子の「サムさ」にクシャミをした。
「あら、やっぱり風邪だわ」
陽子にはルパートのクシャミの原因が自分だとは気付かなかったらしい。
「何、甘ったれた事言ってんだ?ん〜?」
ジェームズはそうは言ったが、ルパートを自分の膝の上に寝かせてやっていた。
普段はあからさまな兄弟愛など見せない池照家の兄弟達だが、こうした時に垣間見せる優
しさは持ち合わせている。
兄弟達は大概口が悪かったり問題児ではあったが、基本「優しいヤツ等」だ。
ルパートは兄に髪を梳かれ、ウトウトし始めていた。
「ジェームズさん、足が疲れちゃうんじゃないですか?ソファー空いてるし、向こうへ・
・・」
「はは♪大丈夫。コイツの頭、あんまり頭重くないから。お前、髪が大分伸びて来たな?
帰ったら切ってやろうな」
「ん〜・・・」
ルパートが生返事した。
意識は殆ど無くなっているようだった。
「え・・・ルパート君の髪は、いつもジェームズさんが切るんですか?」
陽子が少し驚いて聞いた。
「いや・・・特に『係』とかじゃないんだけど、ダニエルとルパートのは、何でか昔から
俺が切ってるんだ」
「・・・そうなんですか」
陽子はジェームズの兄らしい優しさをまた一つ知り、薄っすら微笑んで去って行った。
「ックシ!ジェームズゥ〜・・・頭痛いよぉ〜・・・」
ルパートは眠いのに寝られないらしい。
「がんばって、少し寝ろ。そうすれば直に治る。美味しい夜ご飯食べたいだろ?お前がリ
クエストしたから、めぐみちゃん『麻婆豆腐』作るって言ってたぞ?」
「ん〜・・・でも、僕が寝たらジェームズどっか行っちゃう?」
ルパートは熱を含んだウルウル潤んだ目で兄を見上げた。
「安心しろ、どこも行かねぇよ。ここで本でも読んでる。それに・・・おっ、出て来た
!」
本日最後の取り組み・・・「朝青龍vs白鵬」の試合になった。
ジェームズは目はテレビに釘付けのまま、弟の腹の辺りを優しくポンポンと叩いた。
「ねぇ・・・ダンは?」
「あいつは今レオ〜ンハルトと、外で『スポ・チャン(スポーツ・チャンバラ)』して遊ん
でる」
ジェームズはテレビから目が離せない。
「僕も遊びたいなぁ・・・」
「熱が下がったらな。ほら、少し寝ろ。よし、行けっ!」
拳に力を込め、テレビに向かって叫んだジェームズ。
ジェームズは、スポーツは大概何でも好きだった。
「う、ん・・・じゃ、僕、寝るね・・・」
んぐー・・・。
・・・あまりに突然にルパートは寝た。
「え・・・マジ?」
ジェームズは口に手をやって、その可笑しさを必死に堪(こら)えた。
「・・・色んな意味でスゲェな、コイツ・・・」
ルパートの意識が無くなった途端、三男のトムが丁度釣から帰って来て、次男のすぐ側に
ドカッと腰を下ろした。
「釣れたのか?」
テレビの中の二人はなかなか対戦しない・・・時間命一杯まで試合を延ばしそうだ。
「まぁな。俺、釣ハマりそうだ。超楽しい♪何、コイツ・・・熱?」
トムがルパートの寝顔を見下ろした。
「あぁ、さっきの傷口から少しばい菌でも入ったんだろ」
「ふ〜ん・・・。ま、馬鹿だからすぐ治るさ。あ、夕飯俺が魚色々釣ったから『アクアパ
ッツァ』もメニューに加わったぜ!めぐみはホント、料理だけは巧いぜ。おーい、めぐ
みー!俺にコーヒー!」
夕飯の準備で奮闘中のめぐみに向かってトムが催促する。
殆ど、「妻に我が儘言う夫」状態だ。
それでもめぐみは仕事途中でも文句言わずに、「はい〜」とキッチンから返事を返して
来た。
「めぐみちゃんは裁縫だって掃除だって洗濯だって巧いぞ」
テレビは今「はっけよい・・・」の状態だ。
「まぁな」
トムは短く答えた。
トムもジェームズ同様にテレビに目を向けた。
ガップリ組んだ二人は、力自慢を駆使し・・・今日の所は朝青龍の勝ちに終わった。
行事が「朝青龍〜!」とその勝利を称えた。
「・・・早めに手を打つなら打たないと、レオ〜ンハルトに持って行かれるぜ?」
「は?」
トムが聞き返した。
テレビに夢中になっていて聞こえていなかったようだった。
「いや、何でも無ぇよ」
ジェームズはルパートの髪を撫でながら、その辺にあったお菓子を摘んだ。
テレビ画面では、座布団が土俵に向かって勢い良く飛び交っている。
観客が早くも帰り始めている映像をカメラが捉えていた。
「馬っ鹿じゃねぇの?何、有り得無ぇ事考えてんだよ。俺があんなトドをどうにかすると
、どうしてそんな発想が浮かぶんだ?死ね、くそジェム爺!」
トムはフンと言って去って行った。
「あ、このヤロ・・・そんなムカツク事言いやがって・・・後で見てろよ。ん、違うぞ・
・・お前の事じゃない」
「ん〜・・・」
ルパートが一瞬自分の事を言われたと思って目を覚ました所だった。
ジェームズに頭を撫でられると、すぐにまた彼は意識が落ちた。
夜は川沿いでキャンプ・ファイヤーをした。
ダニエルとレオンハルトと夏海で小枝を拾って来たので、それを燃やして雰囲気を高めた。
ルパートは少し寝た為か随分気分が良くなったようで(トムの言った通りだった)、今はダ
ニエルとラグビーの試合でもお馴染みの「アボリジニーの『ハカ』ダンス」を披露している。
(知らない人は調べるように♪)
レオンハルトはワインを飲みながら楽しそうにそれを見つめ、ジェームズは一緒になって
「ハカダンス」の仲間に加わった。
みんなが楽しそうにそれを笑った。
暫くすると、レオンハルトは本格的に眠たくなったようで目がトロリとしていた。
「レオンハルトさぁ〜ん、こンれ〜・・・」
めぐみが気を利かせて毛布を手渡してやった。
(先ほどまでルパートが体に巻き付けていたあの毛布だ)
「ありがとうございます、めぐみさん」
めぐみはまだまだ食事の真っ最中だ。
トムの釣って来た魚がふんだんに使われたアクアパッツァはシェフ真っ青なほどの出来だ
ったし、麻婆豆腐もこれまた今すぐ商品になりそうな素晴らしい味だった。
トムは夜も食欲旺盛だった。
暫くすると、温田三姉妹が何やらコソコソと内緒話していた。
「ん、どうしたの?」
オリバーが聞くと、夏海が恥ずかしそうに「池照君と踊りたい」と述べた。
「サムさ」を発する女の子なのに、思いの他なかなか熱い想いのある積極的な彼女である。
「え、と・・・どの池照?」
オリバーが聞いた。
「池照」は五人いるのだ。
「え、と・・・あの、ダ、ダニエル君と・・・/////」
「あらっ♪」
エマの「スイッチ」がキラリとロックオンした。
人の恋愛事情を色々詮索するのが大好きな乙女だ。
エマはさっき夏海に聞いた「好きな人」の答えが、ここへ来て漸(ようや)く分かった。
何だかウキウキしている。
「自分のライバル」は一人でも少ない方がいい。
「ねぇ・・・アンタ、あんなのでいいの?」
クスクス笑いながら、向こうでルパートと「ねずみ花火」で盛り上がっているダニエルを
見つめ、肘でグイグイと夏海の脇腹を小突いた。
夏海は恥ずかしそうに小さく頷いた。
「それに、ダンスって言ったって何踊る気よ?『マイムマイム』とか?」
エマは「ククク・・・」と意地悪く笑った。
「お〜い、ダニエル〜!夏海ちゃんがお前となぁ〜・・・アホっ!何やってんだよ!
」
オリバーが末弟に声を掛けてると、既にダニエルは愛する兄・ルパートと「チークダンス
中」だった。
(花火を松明のように小石の間に幾つか挿し、ロマンチック気分を醸し出していた)
二人は体をピッタリくっ付け、キャンプファイヤーの炎と花火の中、キラキラ光る瞳で互
いをガン見し合っている。
「気の毒だけど勝ち目ないわよ、アンタ・・・」
エマがまた「ククク・・・」と意地悪く笑う。
「ルパート君の次でも、私はいいモン」
夏海にも意地があった。
エマに笑われて終わるのでは癪(しゃく)だったらしい。
夏海は立ち上がって、強引にラブラブ中の二人の中に入って行った。
「あら・・・なかなかやるじゃない」
エマは夏海の行動を認めてやった。
今後は互いにタッグを組んで、それぞれの恋が成就するよう力を合わせるのも悪くないと
思ったのかも知れない。
夏海の入った三人組は花火の松明を中心にし、キャッキャッしながらやはり「マイムマイ
ム」を踊り始めていた。
陽子の視線はずっとジェームズだった。
「ハカ・ダンス」を遣り遂げて帰って来た姿を、ジッと目で追っていた。
「『オールブラックス』・・・俺、一回は観に行きてぇなぁ〜・・・」
「あら・・・じゃあ、その時はご一緒させてください」
妹夏海に負けてられないと思ったのか、今日は陽子も積極的だ。
「あれ、陽子さんってラグビーファン?」
「あ〜・・・えぇ、まぁ・・・」
陽子はテキトーに返事し、笑って誤魔化した。(ラグビーなど、実際は見た事がなかった)
豪快に食べ、そして豪快に飲み始めたジェームズをウットリした表情で見つめている陽子。
そんな中、厚子は一人「タロット占い」の真っ最中だ。
何を占っているのか・・・みんな、敢えてそれを聞かず無視していた。
聞いた所で、「不吉な事」を言いかねない女性だからだ。
ダニエル達のダンスは、いつの間にか「ジン、ジン、ジ〜ンギスカァ〜ン♪」へと変わ
っていた。
レオンハルトはいよいよ限界を迎えた。
上の瞼と下の瞼がくっ付いて離れようとしない。
彼は疲れ過ぎている・・・。
「スイマセン、みなさん・・・僕、先に休ませて頂きます。また明日・・・おやすみなさい」
そう言って、男用のテントに早めに引っ込んだ。
「申し訳無ぇな〜・・・あったら疲れちまって〜・・・」
めぐみが男用のテントを見つめていた。
「誰も頼んで無ぇぜ?アイツが自分で運転手を買って出たんだ」
トムは「ヘン」と鼻を鳴らした。
「ねぇねぇ!何かして遊ぼうよ!」
ダンスに飽きたルパートは次の遊びを要求して来た。
「ダニエルと遊んでろよ」
オリバーが言った。
今日彼はとにかく、ガンガンとビールを呷っている。
「ダンと夏海ちゃんはちょっと疲れたんだって。ねぇ、何かして遊ぼうよぉ!」
元気になったルパートはウザい。
先ほどの大人しいルパートが嘘のようだ。
「じゃ・・・怖い話とかはどう?」
エマがニマ〜ッと笑った。
「ヤダー!」と言う声と、「いいねぇ〜♪」と言う声が二つ上がった。
「ヤダー」なグループには主にダニエル・・・それにトムだ。
(実際、結構「チキン」なトムである)
温田三姉妹はかなりそういう話を好むようだ・・・目が俄然キラキラし始めている。
事実、夜になればなるほど温田三姉妹は活き活きしていた。
「じゃ・・・まず、私から何か話しましょうか?」
「却下!」
厚子が一番乗りで名乗り出たが、早速オリバー、トム、ダニエル、エマがダメ出しした。
厚子が「怖い話」など・・・似合い過ぎて怖い。
「じゃ、俺しようか?」
ジェームズが簡単に手を上げた。
トムは怖い話は全般に嫌だったが、次兄の顔をジッと見て「ま、爺さん(ジェームズ)の話
ならそんなに怖い訳ないだろ」と勝手に判断し、一応オーケーを出した。
ジェームズが「じゃ・・・」と、コホンと小さく咳払いをした。
「俺が仕事場の先輩から聞いた話なんだけどさ、今から十年位前の冬の事・・・」
突然、グッと凄みを増すような静かなトーンで話し始めたジェームズ。
ダニエルは、キョトンとしているルパートの手を強引に握って、体をピッタリくっ付けて
いる。
(夏海・・・やはり全く勝ち目は無さそうだ)
トムの横は、レオンハルトがいなくなった為「めぐみ」だった。
トムは今から何を聞く事になろうとも、よもや「めぐみに抱き付く」ような真似は絶対に
無いよう、少し彼女から距離を置いた。
オリバーの横はまたもやエマで、恐がってもいないくせにどさくさに紛れて引っ付いている。
温田三姉妹はケロッとした顔で、ジェームズの語る話がどんな展開になるのかを楽しみな
表情だ。
川の流れはサラサラ・・・そして時折、野鳥が鳴いたりしている。
月は高い位置に三日月を作っており、辺りは真っ暗だ。
虫が遠くて鳴いていた。
黒く聳(そび)え立つ山々に辺りを囲まれ、メンバーは「孤立」している。
他のキャンプの人間達は近くのバンガローに引っ込んでしまっていた。
いつの間にかキャンプファイヤーの炎も燃え尽き、カンテラだけのボンヤリした灯かりの
中、ジェームズは臨場感タップリに「怖い話」を話して聞かせた。
「・・・でな、そのタクシーの運転手がソォ〜ッと後部座席を振り返ると、居ないはずの
男が血だらけで笑って・・・ほら、そこーーーっ!」
「うっわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」
誰の声がデカいのデカく無いのって・・・ダニエルとトムだ。
ダニエルはギャーギャー喚きながら、半狂乱になってルパートにしがみ付いた。
トムは絶対したくないと心に誓った「めぐみに抱き付く」を見事成し遂げ、あまりの恐さ
に、話の張本人に向かって「この馬ぁ〜鹿!馬ぁ〜鹿!こえ〜だろ、馬ぁ〜鹿!」を
連発した。
(馬鹿を十回ほど言った所でやっとトムは落ち着いて来たようで、何とか押し黙った)
ダニエルはルパートの首を「これでもかっ!」と言わんばかりにキツク締め上げていた
ので、ルパートは白目を剥いて、「グエッ」と変な声を上げた。
「おいっ・・・いつまで俺に引っ付いてる!離れろ!」
トムは少し平常心を取り戻すと、自分から抱き付いたくせにめぐみの体をグイーッと向こ
うに押しやった。
「とてもお話がお上手ですね、ジェームズさん。なかなか〆方が慣れていらっしゃるわ」
厚子は感心していた。
「ぼ、ぼ、僕・・・ト、トイレ・・・ど、ど、どうしよ・・・」
ダニエルがガタガタ震えて立ち上がった。
怖い話を聞いて、突然尿意を催したらしい。
「ねぇ、ルパート〜・・・付いて来てよぉ〜・・・」
「えぇ〜・・・!?」
情けない声を出して、ルパートの服の袖を引っ張っている。
「んもぅ〜・・・仕様が無いなぁ〜、ダンは〜・・・」
ルパートはノロノロと立ち上がった。
「ま、待て・・・俺も行く」
トムも立ち上がった。
流石に兄としては、末っ子のように「トイレに付いて来てくれ」とは弟に言えないので、
「たまたまタイミングが合っただけ」と言うベタな演技で誤魔化していた。
(みんなには勿論バレバレだ)
ルパートはブツブツ言ったが、ちゃんと二人に付き添ってトイレまで行ってやった。
キャンプ場に設置してある公衆トイレは、ここから見えない所にある。
辺りは真っ暗・・・とてもじゃないが一人でなんて行けない感じだ。
キャンピング・カーにもトイレは完備してあったが、「もしも」に備え、水のタンクはい
つでも一杯にしておこうとみんなで決めておいた。
女の子達と双子は手分けして夕飯の片付けを始めた。
時刻は九時を回っていた。
寝るにはまだ早いが明日も色々と遊ぶ計画があるので、みんなは男女それぞれのテントに
戻った。
「・・・レオ〜ンハルト、相当疲れてんのかな?」
ピュルルル〜と言う不思議なイビキを掻いているレオンハルトを、ジェームズが面白そう
に上から見下ろしている。
「でも確かコイツ、この間の秋田の旅館でもこんなイビキ掻いてたぞ?鼻炎なんじゃねぇ
のか?」
オリバーが言うとジェームズが笑った。
「なぁ、車で少し入った所に自然の温泉があるらしいんだ。安さんから聞いてさ。地図書
いて貰ったから、明日そこへみんなで行ってみないか?」
オリバーが自分用の寝袋を広げながら言った。
「お、いいね〜♪秩父って蕎麦も美味いらしいぜ?一回は蕎麦食いたいな、俺」
「お、蕎麦か。それもいいな〜♪」
双子の会話はポンポン弾む。
双子は手分けして、ここに居ない三人の弟の分も寝袋を広げてやった。
そこへ・・・。
トムがゼエゼエ言いながら走って帰って来た。
「どうしたんだよ?」
「別に何でも無ぇ!」
息を弾ませながらも薄ら笑いのトムは、かなり慌てていたのでレオンハルトの足に躓(つ
まず)いてコケ、その足を「このやろっ!」と蹴っ飛ばしたりしている。
次にギャーギャー喚く声が近付いて来た。
「酷いよぉー!トムの馬鹿―!」
ダニエルが帰って来た。
彼は半泣き所か、大泣きだ。
「静かにしろよ・・・レオンハルトが寝てんだぞ?」
オリバーが言ったが、ダニエルは納まらない。
「トムが悪いんだよ!僕がトイレから出られないように、外からドアを押さえたんだ・
・・許せないっ!」
早速双子に兄にチクッたダニエル。
「まー、いーじゃねーか。ちょっとしたジョークだろ?」
トムは自分も恐がりなくせに人の事はおちょくる・・・と言う、ちょっと厄介な性格だ。
「ジョークで済む事と済まない事があるんだよ!今度覚えてろよ!同じ目に遭わせてやる
からな!」
ダニエルは普段なら決して兄に対して使わないような暴言を吐き、トムを罵(ののし)った
。
「知〜らね〜・・・もう忘れたし♪俺、もう寝るわ」
トムはさっさと自分の寝袋を広げ、スポンとその中に納まった。
(レオンハルトからは思いっきり離れた、テントの一番奥まった場所をキープした)
「おい・・・ルパートは?」
オリバーが聞いた。
「ルパートは、星が綺麗だから暫く外で見てるんだって・・・」
「外って、どこの外だよ?」
ジェームズの言った意味は、「まさか、また穴に詰まったりして無ぇだろうな」と言う事だ。
「分かんない・・・川の方に行ったけど・・・」
「・・・落ちたりしねぇだろうな、おい・・・」
オリバーが少し心配になってテントから顔を出し、外を確認した。
暗くてここからでは川の方は全く見えない。
「けど、珍しいなダニエル。ルパートの側にくっ付いてなくていいのか?」
「僕・・・夜の外、ヤダもん」
「はは・・・なるほど」
ダニエルは極度の恐がりだ。
例え今は「愛するルパート」の側でも、外には居たくないらしい。
「僕・・・寝る場所、オリバーとジェームズの間がいいな・・・」
ダニエルが呟いた。
遠慮がちではあるが、「希望100%」発言だ。
「ルパートの側じゃなくていいのか?」
「だってルパート、いつ帰ってくるか分かんないもん・・・」
「まぁ、確かに」
「ったく・・・いつまで立っても子供だな、お前は」
オリバーとジェームズは「ほら、来い」と、自分達の間にダニエルの入る場所を作ってや
った。
「わーい♪大好き〜、オリバー!ジェームズ〜♪」
ダニエルはスポンと双子の間に納まった。
トムは「くそっ」と小さく悪態を付いた。
本来なら・・・自分も今だけは双子の間で眠りたかった。
夜中・・・ジェームズが喋った怖い話を思い出しそうで嫌だった。
しかし・・・そんな事は口が裂けても言えないプライドが高いトムだ。
昔から、兄弟一の意地っ張りの彼。
レオンハルトが何も考えずにスヤスヤ眠っているのを見ると、無性にムカムカした。
それから何時間も過ぎた頃・・・。
ルパートは自分の体がフワフワ浮かぶような感覚を感じていた。
夜風に当たっていた為体少し冷えてしまっていた所へ、温かな人の温もり・・・。
ルパートは誰かに抱き上げられ、体が宙で揺れていた。
「だ〜れ〜・・・?」
ルパートは薄っすら目を開けた。
「・・・お父さん?」
そう訪ねたが、その人物は答えなかった。
しかし、覚えがある腕の感触と匂いだ・・・。
ルパートは安心して自分の身をその人物に任せた。
「怖いモノ」では無さそうだった。
現実とも現(うつつ)とも付かぬ「眠りと正気」の狭間で、確かにルパートは父親と母親を
感じ取っていた。
「お母さん・・・?」
そう呟くと、自分を抱き上げている人物の隣にいた影が動き、ルパートの髪を優しく梳いた。
「お母さ、ん・・・」
ルパートはもう一度母親を呼んだ。
が、如何せんルパートは眠過ぎた。
記憶がしっかりしないままその場面は途切れ、かなり早い明け方トイレに行きたくて目が
覚めた時には、彼はテントの中で寝ていた。
「・・・レオンハルト君・・・僕のお腹の上に足乗せないでくれる?おしっこ漏れちゃう
でしょ」
「あ・・・あぁ、ごめんよ、バンビちゃん。んごー・・・ピュルルル〜・・・」
疲れきっていたレオンハルトには、まだ睡眠が必要なようだ。
かなり早い時間だ。
辺りは薄暗かった。
しかし、灯かりは必要ではないほどの時間のようである。
景色は見渡せたし、横のテントを見るとまだ女の子達も起きていないようだった。
「う〜・・・トイレ、トイレ・・・」
タタタ・・・と小走りして、昨日ダニエルとトムに付き添って行ったトイレに辿り着いた
ルパート。
トイレの窓から見える朝もやの風景が美しい。
ルパートは手を洗って外に出ると、ふと・・・昨日自分が詰まった穴の事を思った。
「・・・やっぱ僕、あれ『トトロの穴』だと思うんだよね。で、多分・・・僕をテントに
寝かせてくれたのはトトロなんだ・・・」
まだ誰も起きて来ないのを確認すると、ルパートはもう一度あの場所へ黙って向かった。
そして本格的な朝・・・。
テントでは「ルパートが居ないっ!」と大騒ぎになっていた。
「夜中にアイツを確認した」
「僕は早朝、彼がトイレに起きたのを覚えてます」
「僕のルパートが『神隠し』に遭ったぁ!」
それぞれが慌てていた。
「・・・『神隠し』?ひょっとして〜・・・」
めぐみが何かを閃いた。
「・・・・・有り得る。俺達、ちょっと見てくる」
そのアイディアに乗って、昨日の洞穴まで向かった双子とトムとダニエル。
レオンハルトや他の女の子達は、モロモロの片付けや準備をする事にした。
「・・・お前なぁ・・・」
案の定・・・同じ過ちを繰り返していたルパート。
またもや穴に体を突っ込んでモガいていた。
「何でお前はこう・・・馬鹿なんかな」
オリバーが「うんうん」と弟の体を引っこ抜こうとしている。
ルパートはTシャツが穴のギザギザに引っ掛かり、出られなくて難儀していた。
「ここにねぇ、やっぱ何かあるんだよ〜。僕、見つけたの。けど、出られなくなったの」
「・・・何言ってんだ、お前?」
トムもオリバーと一緒になって手助けをした。
爆弾で破壊したおかげで昨日より少し穴が大きくなっていたせいか、ちょっと助けてやる
とルパートは自力で穴から出てきた。
「・・・何持ってんだ?」
オリバーが聞いた。
ルパートは「缶」を持っていた。
「・・・『浅草海苔』?」
缶には「浅草海苔」と書かれてある。
「・・・どっかで見た事あるな、この状況・・・あっ!」
ジェームズが叫ばなくとも、池照家の面々はみんな思い出していた。
「お父さんとお母さんがコレ埋めたんだよ!絶対そうだよ!」
ダニエルが興奮した。
「・・・・・まさか・・・・・」
オリバーは笑ったが、ジェームズの方は笑っていなかった。
以前、自分達の両親が「缶」に詰めた・・・と言う遺書を、兄弟みんなで家の中で捜索し
た事を思い出したのだ。
「貸してみろ・・・」
オリバーがルパートから缶を受け取った。
池照家の兄弟はみんな、缶の中身を想像してドキドキしていた。
パコッと音がして、キツク閉じられた缶の蓋が開いた。
兄弟は十個の目玉で中を覗き込んだ。
「・・・ん?」
紙が数枚入っていた。
オリバーが一枚引っこ抜いた。
「・・・『ベラトリックの馬ー鹿、馬ー鹿!根性悪っ!鬼!悪魔!蛇!ブス!』」
どうやら・・・マルフォイ参謀の文字だ。
中身は大方、ヴォルデモートの悪口やら日々の生活での愚痴云々ばかりが綴られていた。
日頃の鬱憤を、ココで晴らしていると言うのは本当のようだった。
「何だよ・・・この穴は、『王様の耳はロバの耳』の穴か?」
トムが的を得た事を呟いた。
「・・・アホらし・・・戻ろうぜ?」
トムは山の中の湿地でジメジメした雰囲気が嫌なようだ。
細かい虫が辺りをブンブン飛んでいるのも気になるらしい。
オリバーは缶の中にメモを入れ直し、またその穴の中にしまった。
「見なかった事にしてやるのも優しさだな。さ、温泉行こうぜ!風呂だ、風呂!」
一向はその場を離れた。
缶は元の場所にしまわれた。
が・・・実際はその中に「気になるメモ」が数枚紛れていたのだった。
確認出来なかったのは、兄弟の不覚だった。
第十八話完結 第十九話に続く オーロラ目次へ トップページへ