第三話「トムのライバル出現!」
エマが望遠鏡で、「喫茶レインボー」の入り口をジッと見ている。
学校がもう終わったのだ。
部活を既に引退した三年生のエマは(元はクリケット部のキャプテンだった。三年生なの
に、未だ部活出ているのは、三年生の中ではダニエルくらいだ)、放課後授業が終わって
からは、良く池袋に出没していた(学校から一番近い大きな街)が、今日は金欠で家に帰っ
ていた。
望遠鏡を覗きながら、眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せている。
ムカムカ来ているのか、時たまエマは舌打ちだ。
彼女は、「良い事」にも「良くない事」にも舌打ちする癖がある。
「何なのよ、あれ・・・」
親指の爪を、悔しそうにギリギリ噛んでいた。
今日から「喫茶レインボー」で働き始めた海藤魔子・・・喫茶店入り口付近の鉢植えなど
に、夕方の水をやっている。
いつもならこの時間その場所を覗き見ると、必ずオリバーが映るはずだ。
なのに・・・。
「何なのよ、あの女は・・・」
エマが覗き込んでいる望遠鏡の中に、オリバーが現れた。
オリバーは何やら魔子と楽しそうに話し(エマにはそう見える)、二人はそのまま店の中に
入って行った。
「これは・・・調査だわ!」
エマは望遠鏡を窓辺に置いて、階段を降りて行った。
「あ、エマァ〜?外に行くんなら、おつかい・・・あら、もういない・・・」
母親が全部の言葉を言わないうちに、エマは外に飛び出していた。
庭同士が繋がっている「池照家」と「河合家」・・・。
不法侵入に近い状態でエマは、「池照家」の庭に入り込み、若干店の中が見える隙間に顔
を近付けた。
「ひゃっ!」
エマが悲鳴を上げた。
その隙間に大きなイモリだか、ヤモリがいたのだ。
モロ、至近距離で目を合わせてしまった。
「シッ!シッ!」
太ももの後ろに鳥肌を立てながらエマはそれを退かし、もう一度気を取り直して「店内」
を見つめる。
「何してんの、エマ?」
「ギャッ!」
今度は背後からルパートに話し掛けられた。
「そこから何か見えるの?」
ルパートはニワトリ用の餌を持っていた。
「ビックリさせるんじゃないわよ、もう!あっち行きなさいよ!シッ!」
イモリと同等の扱いをルパートにするエマ・・・勿論「エマより年上のルパートに」だ。
しかも・・・ここは「池照家」の庭なのだ。
「シッ!」しなくてはならないのは、むしろエマの方だ。
「アンタは『カメ』でも育ててなさいよ!」
「今度はちゃんと育ててるよ。乾かしてないから、元気だよ、『しーちゃん』」
意地悪な事を言ったエマに対しても、普段と変わらない対応のルパート。
まぁ〜・・・だから年下のエマに「ナメ」られているのだが・・・。
「フン、せいぜいアンタん家の『ニワトリ』に食べられないように気を付ける事ね・・・
あ、ルパート!」
「・・・何?」
エマからの度重なる意地悪な言葉にいよいよシュンとして、家の中に入ろうとしたルパー
トは、後ろから引き止められた。
「あの女は何者なのよ?」
ルパートのシャツの襟をムンズと掴み、今自分が見ていた隙間から「レインボー」の店内
を見させたエマ。
「斉藤さんだよ」
「・・・斉藤?」
「うん、八百屋さんの奥さん。エマ知らないの?」
ルパートが「レインボー」を覗いた時、丁度「八百屋の斉藤さん」がダンボールに野菜を
持って、店に配達しに来てくれた所だったようだ。
「違うわよ、馬鹿!斉藤さんは私だって、知ってるわ。その隣で、斉藤さんにレジから支
払いしている女の事よ!」
「あぁ・・・あの子は『魔子ちゃん』だよ」
魔子は今度は、流しに置いた野菜類をを水洗いしていた。
「・・・何よ、その馬鹿馬鹿しい名前。懐かしの『魔法使いのアニメ』みたいじゃない・
・・で?」
エマは魔子の名前にも舌打ちだ。
「『で』って?」
「その『魔子』は、一体何者なのって聞いてるのよ!」
相当にイライラしているエマ。
大好きなオリバーに近づく女は、誰であっても許せないようだ。
「あぁ〜・・・魔子ちゃんはアルバイトだよ。貧血のオリバーに助けた時、アルバイトが
したくなって、履歴書と一緒に、今日からトムとジェームズが大喜びしたの」
「・・・・・?」
エマは不思議な顔で、ルパートを見た。
ルパートは言いたい事が、頭の中でこんがらがっていた。
「・・・もう一回言って」
「ちゃんと聞いててよね?」
ルパートが、少し憤慨(ふんがい)した。
「・・・その前に『ちゃんと喋り』なさいよ、馬鹿!」
エマからの度重なるキツイ「馬鹿」発言を貰い、ルパートはイジケたように唇を突き出し
た。
そして、面倒臭そうにもう一度説明してやった。
「いい、言うよ?魔子ちゃんはオリバーのアルバイトがいいって電話をして、履歴書と一
緒になって貧血で助かって、僕とダンがテレビを見ている時に・・・」
ルパートからの説明は相変らずで、しかもさっきと若干内容が変わっていた。
「・・・もういいわ。アンタに聞いた私が馬鹿だったわ」
「何だ・・・じゃあ、『馬鹿』はエマの方じゃないか。でも、『馬鹿』って言っちゃ、ホ
ントはイケナイんだよ?」
「・・・・・」
エマはルパートとの時間のロスにまたもや舌打ちして、「レインボー」の入り口からバー
ンッと大きな音を立てて中に入っていった。
「アンタは何者―――っ!?」
ドアを開けた瞬間に大声を出したエマ・・・むしろ、「お前が何者?」なエマだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
オリバーと魔子の姿は店内になかった。
客らしきおじいさんとおばあさんが、仲良くカウンターに横座りでコーヒーを飲んでいて
、驚いた顔で入り口に現れた仁王立ちのエマを見た。
「・・・元気なお嬢さんが来たようだよ、ばーさん・・・?」
おじいさんは、二人で一つのショートケーキを頬張りながら、モグモグ喋った。
おばあさんはテッペンのイチゴを丁度口に頬張った所だった。
「あれ、エマちゃん?どしたの?」
オリバーはちょっと買い物に出ていたようだ・・・手に、「99」と書かれた小袋を抱え
てエマの後ろから現れた。
「オ、オリバーッ・・・!あのおん・・・いえ、『あのオネエサン』は一体・・・長い
ストレートヘアーの・・・」
しおらしくオリバーに聞くエマ。
「『オネエサン』?あぁ、『魔子ちゃん』の事?今日から入ったうちのアルバイト」
「えっ!?」
嫌な響きに、蛙が押し潰されたような声を上げたエマ。
「昨日、家族会議してさ、彼女の採用が決まったんだ。仲良くしてあげてね」
オリバーはカウンターに入り、たった今買ってきた物を確認しながらまな板の上に出し始
めた。
「仲良くなんか出来るかっ!」・・・エマは心の中でそうツッコンだが、顔は勿論ニコ
ーッと満面の笑顔だ。
「勿論♪じゃあ・・・暫くは、ここでオリバーと一緒に働くのね?」
「そうなるね。うちはホントは人手はいらないんだけど、とにかくトムとジェームズが彼
女の事採用しろってうるさくってさ」
「三男、次男、余計な会話してんじゃねぇーっ!」・・・エマはまた心の中で、大声
でツッコンだが、やっぱりオリバーには満面の笑顔を返した。
魅力的な二面性を持った、可愛らしい「河合エマ、十五歳」。
「色々覚えないといけない事が多いから、魔子さん・・・大変ね。オリバーも教えないと
いけないし・・・」
「そうだね・・・」
「夕飯の支度大変だったら、ママに言って、少し毎日何か持ってくるわ。じゃなかったら
、うちに食べに来ればいいし・・・」
「いいよ、いいよ、そんな・・・。エマちゃんは本当に優しいね。ありがとう」
ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・。
エマはジ〜ンと感慨に耽(ふけ)って、オリバーからの「幸せの言葉」を、足の爪の先にま
で体に沁(し)み込ませた。
そして体中に巡った「オリバー液」の浸透を確認すると、「じゃあ、私帰るわ」と言って
、ルンルンしながら店を出て行った。
「あのお嬢さんは一体何をしに来たのかね、ばーさん・・・?」
「知らん・・・。なぁ、ケーキ、もう一個頼んでいいかい、じーさん?」
老夫婦はそれから閉店までいて、ケーキを結局三つ食べて家に帰って行った。
「おい!あの娘とは何か『進展』あったか?」
トムはバイトから帰ると荷物を部屋の端に置き、すぐにオリバーに「事の経過」を聞き始
めた。
トムは二つのバイトをしている。
一つはガソリンスタンドのバイト・・・もう一つはピザ屋の配達マンだ。
トムはバイクが好きだったので、少しでもバイクに携(たずさ)わった仕事をしたかったら
しい。
今日はガソリンスタンドのバイトの方だった。
「・・・お前は一体、何を期待してるんだ?何もある訳ないじゃないか。彼女はうちに働きに来てる
だけだぞ?」
オリバーはちゃぶ台の上で渋い番茶を啜(すす)りながら、一日の売り上げの計算をしてい
る所だった。
姿勢は・・・またもや正座だ。
それにお茶菓子は・・・これまた渋い!
和菓子屋に登場間もない「栗饅頭」だった(日本の季節感を大切にするオリバーだ)。
「馬鹿な話はいいから、風呂入って来ちゃえよ、トム」
「あ、俺、臭ってる?」
トムは自分からガソリン臭がしているかと、クンクンと自分の服の匂いを嗅いだ。
「そうじゃない。お前は大抵いつも甘いような良い匂いさ」
「・・・・・」
オリバーが言った何気ない台詞に、トムは暫し目をパチクリさせて言葉を無くしていた。
「・・・何だ?」
オリバーが出納帳(すいとうちょう)から顔を上げて、不思議な顔でトムを見た。
「オリバーは時々、狙ってないくせに、凄ぇ『タラシ』っぽい事言うからな。あの娘・・
・魔子ちゃんにもその調子で行けよ?」
「は?」
「風呂入ってくる・・・」
トムはオリバーに後ろ向きのまま手を振って、風呂場へ向かった。
「何が『タラシ』だ・・・トムじゃあるまいし」
オリバーはまた電卓をパチパチ打ち始めた。
少し前までは「そろばん」だったオリバーだが、今は、ルパートが「ジェスコ」の夏の大
抽選会で当ててくれた三等の商品、「ミニ電卓」を使用している。
魔子ちゃんはたまに失敗もあったが、大抵は明るく優しく、暫くすると「喫茶レインボー
」の看板娘になった。
彼女の優しい接客を受けたい町のおじさん、おじいさんが挙(こぞ)って来店するようにな
っていた。
「はい・・・『間中さん』はいつものカフェオレですよね?『新田さん』はアメリカン・
・・」
もう常連達の毎回注文するものも覚えて、テキパキ働いていた魔子。
オリバーはキッチンに篭(こ)もり、「作り物」だけしていれば良くなり、少し体がラクに
なっていた。
カラン♪
エマが、サングラスにオカシな色の口紅を付けて、自称「変装」をして「今日も」現れた。
「いつもの!」
空いている席に足を組んでドッカリ座り、すぐ「気取ったように」窓の外に目をやった。
秋の「気ダルさ」を演出しているようだ。
鼻から半分ズレ落ちている大きなサングラスを、始終上に上げている。
「えっと・・・エマちゃん、今日は何がいいのかしら?毎回『いつもの』が違うから・・
・」
魔子が水を持って来た時に言った。
「『エマ』じゃないわ!私は決して・・・断じて『エマ』なんかじゃないわ。私が『いつ
もの』と言ったら、『ミルクティー』の事じゃない!覚えが悪いわよ、アンタ!」
魔子は少し弱った顔で、カウンターの中のオリバーを振り返った。
エマは最近こうして変装をしては、度々(たびたび)オリバーと魔子の様子を見に来ていた
のだ。
しかも、毎回魔子を困らせるような事ばかり言ったりしたりする。
「梅こんぶ茶が欲しいわ!」
「牛丼頂戴!」
「予約していた『タカハシ』だけど、今日はキャンセルするわ!」←(・・・これはあま
り意味がなかった)
「あ〜・・・エマちゃん。君が本当は優しい子だって事は、俺はちゃ〜んと知ってるよ」
「水を飲むのにわざわざストローを魔子に要求」し、更には店内のみんなに聞こえるよう
に、無作法にブクブクと水で遊び始めたエマに、オリバーが優しい眼差しで言った。
「・・・/////////」
オリバーにそう言われた途端、少し「素」に戻りテレるエマ。
「わ、私はエマじゃないわ!『キムラ』よ!」
あくまで、自分が「エマ」ではないと言い張る・・・「キムラ」さん。
「・・・じゃあ、『キムラ』さん。今までの御代を全て頂いちゃっていいですかね?〆て
、¥4520になってますよ。『ツケ』が」
オリバーが冗談で、少し意地悪を言ってみた。
エマは毎回代金を払わずに「喫茶レインボー」で飲み食いしていた。
オリバーは「エマのやる事」を可愛らしく微笑ましく見ていたし、エマが近所の女の子な
上、ダニエルやルパートと半幼馴染(はんおさななじ)みだったので、勿論金を取る事はし
なかったのだ。
「えっ!そ、それはちょっと・・・え、と・・・」
「あらら・・・見つかっちゃったみたいだ」
オリバーが、少し気の毒そうに店の外を指差した。
「ゲッ!」
エマの母親が物凄い睨みを利かせて、「店内の我が娘」をジッと見つめていた。
いつもは優しそうな「河合家のママ」だが、怒るととても恐いのだ。
クイクイと人差し指で、外から娘を手招きしている。
エマは慌てて、オタオタと席から立ち上がった。
「き、今日はも、もう・・・帰るわ。よ、用事を思い出して・・・じゃっ!」
エマは外に出た瞬間に、母親にペンッと頭を叩かれた。
「あなた・・・その口紅、幾らすると思ってんのよ!それに、ママのサングラスまで持ち
出して・・・オカシな『コスプレ』して何やってんのよ!」
「『コスプレ』じゃないわ!私は『キムラ』・・・アイタッ!」
エマは母親に引き摺(ず)られるようにして、アワアワしながら家に引っ張られて行く。
エマは通行人に見られて、恥ずかしくて顔が真っ赤だ。
恥ずかしい事、かっこ悪い事が大嫌いなエマ・・・少しそんなトコはトムと似ている。
魔子が慌てて、外に飛び出した。
「あの・・・あんまりエマちゃんを叱らないでやってください!」
「迷惑掛けてごめんなさいね、魔子ちゃん。オリバーに、『代金はちゃんと請求して』っ
て言ってね」
エマの母親は頭を下げて、そのままエマを引き摺って行った。
エマは少し屈辱的な顔をしていた・・・と思う。
ライバルである魔子に助け舟を出されたのだから。
しかし、彼女はサングラスをしたままだったので、細かい表情までは分からなかった。
「・・・大丈夫かしら、エマちゃん・・・」
心配そうに店内に戻ってきた魔子。
オリバーはただジッと、その様子を見ていた。
「いい子だ・・・正(まさ)しく、いい子だ・・・」
ジェームズがウンウンと腕組して、縁側で頷いている。
昼間のその出来事を、一日の全ての仕事を終えたオリバーから聞いた所だった。
夕食を食べ終え、全員マッタリとした時間を過ごしている。
トムはまだバイトから帰って来ていない。
庭では、夏に使い切らなかった僅(わず)かな花火で、ダニエルとルパートが遊んでいた。
ジェームズは、その監視役だった。
オリバーの方は、畳の上にゴロ寝して天井をボーっと見つめていた。
「現世に現れた天使そのものだね、魔子ちゃんは」
「天使かどうかは知らんけど・・・うん、確かにいい子だよ、あの子」
オリバーは目を瞑り、十月からの新メニューを頭の中で描いている。
「『カレシ』とかいんのかな?」
「さぁ、知らん」
「・・・オリバー・・・魔子ちゃんに興味ねぇのかよ?」
「そういう目では見てない」
「見ろよ」
「何で?」
オリバーは閉じていた目を開け、ジェームズを見つめた。
「オリバーは、今まで色んなモン犠牲にして『我慢』してきただろ?そろそろ『カノジョ
』でも作って、デートとか・・・自分の時間も作れよ」
「お前が作ればいい」
「オリバーは女に興味ねぇのかよ!?」
「ない事はない、俺だって男だし。でも・・・何で、その対象が『魔子ちゃん』なんだ?」
「不服か?」
「とんでもない!彼女は可愛いし優しいし、気が利くし・・・」
「なら、申し分ないじゃん!」
「でも・・・働きに来てる子に手なんか・・・」
「トム曰(いわ)く、『それも出会い』だって!」
「あははははははは!」
絶妙なるタイミングで、ダニエルとルパートが庭で大笑いした。
「ヘビ花火」・・・所謂(いわゆる)「うんち花火」にウケて喜んでいる。
「・・・・・」
双子の兄はドッと疲れを感じた。
「・・・『ペンギン村』みたいな話題で盛り上がってるぜ」
「あいつらは『則巻アラレ』と『ガッちゃん』か?」
双子の兄の心知らずに、二人の弟達は、庭でキャッキャッと楽しそうだ。
「とにかくさ・・・アクション起こしてみろよ、オリバー」
「・・・・・」
「俺がシナリオ作ってやるからさ・・・な?」
「・・・・・」
オリバーは返事が出来ない。
面倒臭そうな顔をして、耳に指を突っ込んでジェームズの声を遮(さえぎ)っている。
「ほらほら、そんなトコに皺(しわ)なんか寄せないの!『イケメン』が台無しだぜ?」
「・・・気持ち悪い事言うな、馬鹿/////」
双子の弟からのヨイショにテレたオリバー。
それに、よく考えたら自分達は双子なのだ。
オリバーを褒める=ジェームズも「イケメン」って事になる。
ジェームズはつまり、自分で自分の容姿を褒めた事になるのだ。
若干秋風が気持ち良く部屋の中に入ってくる夜だった。
「素敵・・・♪」
そんな「池照家」の様子を、またもやエマは自分の部屋から望遠鏡で見つめていた。
しこたま母親に叱られたくせに、全く懲りないエマだった。
ある日トムは、大学での本日の彼の取っている授業を全て終え、所属しているテニスサー
クルの控え室のドアを開けた。
「ん?」
知らない姿の男が後ろ向きに椅子に座っていた。
何と・・・髪がド金髪だ。
それに・・・まるで女と見間違うばかりの、念入りに時間を掛けたと思われる縦ロールの
少し長めの髪、そして、シルクのツルツルのシャツを着ていた。
後ろからのその体格や髪質を見た所によると、どうやら日本人ではなさそうだ。
「あ〜・・・ココ、部外者禁止だけど・・・?」
トムが、その後姿に遠慮深げに話し掛けた。
すると男は背後のトムに気付き、スッと椅子から立ち上がった。
182センチのトムより、更に若干身長がデカイ。
クルリと振り返ったその肌の色は、有り得ないくらいに白く、目は碧眼だった。
そして・・・。
「ハァ〜イ!君はひょっとして『トム君』?『池照トム』君だね?」
「・・・・・」
オカシなハイテンション・モードで、トムに向かって握手を求めて来るガイジン。
若干鼻に掛かったような、キザったらしい声だ。
「・・・誰だ、アンタ・・・?」
トムは、殊更に怪訝(けげん)な顔をした。
あまりお近づきになりたくない雰囲気が、その男からプンプン匂ったのだ。
「僕かい?良〜くぞ聞いてくれた!!僕の名前は、『レオ〜ンハルト・ハインリッヒ』。
どうぞ『レオン』と、気軽に呼んでくれて結構だよ」
レオンハルトはオカシなポーズを決めて、トムに自己紹介した。
「・・・・・」
トムがシラッとした表情で固まった。
まるで、少女マンガから抜け出たような「イケメン」振りの「レオンハルト」だが、明ら
かに風変わりな男だ。
はっきり言って、お近付きになりたくない。
相手にしたくなかった・・・名前も変だし・・・。
トムは真顔のままにレオンハルトの脇を通り過ぎ、完璧に無視した。
「ん?聞こえなかったかな?ではもう一度自己紹介しようか!僕の名前は『レオ〜ンハル
・・・』むがっ・・・」
トムはその男の口に、部室に何年も置きっ放しの、少し臭いのおかしいタオルを突っ込んだ。
「一回言えば聞こえてる。で、その『レオ〜ンハルト・ハインリッヒ』が・・・何だ?」
グーの根も言わせない、トムの冷たい視線がレオンハルトを捉(とら)えた。
「チッチッチ♪発音が違うよ、トム君。『レオ〜ンハルト』ではなく、僕は『レオンハル
ト・ハインリッヒ』さ」
「・・・アンタが今、自分で言ったんだろ?『レオ〜ンハルト』って」
「おおぅ、そうか!それは済まなかったね、トム君!僕は生まれがドイツで、未だ現地
の発音が抜けきらなくって・・・いやいや・・・実際参っているのさ。意外に厄介でね・
・・」
トムは、無意味に前髪をサッと掻き上げているレオンハルトを「はっきり無視」して、自
分のロッカーを開け、サクサクと着替えを始めた。
「僕は今日から、このテニスサークルに入るんだ!ど〜うぞ、よろしくね♪」
「あ、そ」
トムは新入部員に興味なさそうに、服を脱ぎ始めていた。
「・・・・・」
「・・・何だよ?」
トムは、自分の着替える所をジッと後ろから見つめている、レオンハルトにガン付けした。
「君は、あ〜・・・とても、その・・・素敵だ、トム君!」
「はぁっ?」
トムが、オカシなものでも見るような目付きで、レオンハルトを斜めに見た。
「その下着・・・『ランバン』だね?しかも新作!」
「そーだけど?」
カノジョの一人に貰ったモノだった。
基本的に女性に優しいトム・・・頂いた物は、大抵身に着けてやっている。
それが「礼儀」と言うものだ。
貰った側から、いきなり質屋に売り飛ばしたりはしない。
「うん、とてもさり気ない着こなし・・・実に君はお洒落だ!故(ゆえ)に素敵だ♪」
「御託(ごたく)はいいからさ・・・アンタも着替えたら?うちの部、遅刻厳禁だぜ?」
「おっと、そうだね!うん、ぜひそうしよう!ちなみに見れくれ。僕は『ジョンガリアー
ノ』さ」
レオンハルトは自分もズボンを下ろし、腰に手を当てて、トムに自分の履いている下着を披露した。
「・・・・・」
トムはレオンハルトを、決定的に「妙な男」だと思った。
会ったばかりだというのに、なぜか好かれている気がする・・・。
レオンハルトにこれ以上深く係わらないように、なるべく早くテニスウエアに着替え、先
に部室を出て行ったトム。
女性に優しいトムだが・・・男には優しくなかった。
一方・・・同じ日の「喫茶レインボー」の昼下がり・・・客は今、誰もいなかった。
洗ったコップを片付けたり、在庫の確認などをして時間を過ごすオリバーと魔子。
「あの・・・ちょっとトイレ行って来てもいいですか?」
「どーぞ」
魔子はオリバーの許しを貰うとトイレに入り・・・そのまま・・・長い時間出て来なくな
った。
オリバーは時間を気にしつつ(そろそろ魔子はバイトを終える時間だった)・・・女性がト
イレに入って入る所を話し掛けるのはどうかと考えていた。
が・・・やはり、あまりに不自然な時間が過ぎて行くのを無視出来なかった。
「あ〜・・・魔子ちゃん?大丈夫?」
オリバーは遠慮がちに声を掛けた。
魔子からは中から返事が返って来ない。
「魔子ちゃん?平気?具合悪いの?」
「・・・・・」
やはり魔子からは返事が返って来なかった。
「ドア開けられる?俺、手を貸そうか?」
「あの・・・」
やっと中から声が帰ってきた。
「オリバーさん・・・あの、私、あの・・・」
「ん?」
「あの、私、『生理』になっちゃって・・・」
「えっ!?」
オリバーは慌てた。
意味なくトイレ前で、オタ付いた。
「ど、ど、どう、俺・・・」
「緊張したダニエル張り」にドモるオリバー。
「スイマセンが、ナプキン・・・欲しいんですけど・・・」
「えっっ!?」
オリバーは益々オタ付いた。
「い、いや・・・うちは、あの、お、男ばかりで、そ、そういうのは・・・」
有り得ないくらい自分の心拍数が弾(はじ)けて、オカシな息遣いになっているオリバー。
「あの・・・後でお金払うんで、買って来て頂けませんか?」
「えっ!お、俺が・・・?!」
「はい・・・」
はっきり言って、今まで「女性用生理用品」に触れた事のないオリバーだった。
買うなんて・・・有り得ない。
「オリバー、ただ今ぁ〜!ねぇ、何かな〜い?僕達お腹空いちゃったぁ!」
まさに絶妙なタイミングで、二人の弟達・・・ダニエルとルパートが揃(そろ)って帰って
来て、店のドアを開けた。
「コラッ!店の入り口からは、『営業中には入って来るな』って言ってるだろ!?」
「だって、家の冷蔵庫に何もないんだも〜ん」
ルパートだ。
「ガキじゃないんだから、自分達で何とかしろよ。戸棚に、煎餅は入ってるぞ」
「ヤダよ、おせんべー・・・僕嫌〜い」
どこまでもマイペースなルパートだ・・・ルパートは甘くないとおやつではないらしい。
オリバーはここでフッと「名案」を思い付いた。
「・・・分かった。コンビニに行って来てくれたら、余った金でお菓子買ってもいいぞ?」
「え!ホント!?行く行く!」
二人が喜んでいるのを「シメシメ・・・」と言う、「悪魔的な含み笑い」で見たオリバー。
「何買って来ればいいの?」
ダニエルが聞いて来た。
「『女性用生理用品』だ」
「・・・えっ?」
二人は同じような顔で聞き返してきた。
有り得ない言葉をオリバーの口から聞いたからだ。
「何度も言わせるな。『女性用生理用品』と言ったんだ。多分、このくらい・・・あ、魔
子ちゃん?幾らくらいで買えるのかな?それ」
オリバーはトイレのドアに向かって話し掛けた。
「安いのでいいです。量の少ないので。取り合えず今使いたいだけなんで・・・」
か細い声が、トイレの中から返って来た。
「・・・魔子ちゃんのなの?」
「当たり前だ!俺が使う訳ないだろ!あ〜・・・千円あれば、足りるかな?」
オリバーは取り敢えずレジの中から金を借り、「一応オニイサン」のルパートの方に渡し
た。
「これで、頼む!残りはお前達が好きな物を買ってよろしい」
「何で、僕らが買いに行くんだよ!オリバーが行けばいいだろ!?魔子ちゃんはオリバー
のトコのスタッフだろ!」
ダニエルがすぐに「事を理解」して、オリバーに食い付いた。
「俺は今、仕事中だろ!お客さんが来たら、どうする!」
「コンビニなんて、すぐそこじゃん!オリバーが行きなよ!僕ら少しだけ留守番しててあ
げるよ!」
「うるさい!行ってくれるってさっき言っただろ!?ほらっ!早く行け!魔子ちゃんがこのままトイ
レから出れなくてもいいのか!?」
「僕らは困んないも〜ん♪」
ルパートだ。
カラン♪
「あ、いらっしゃいませ〜!」
都合良く客が入って来た・・・オリバーが明るく接客を開始した。
「ほら・・・早く行けって、お前達!」
オリバーはシッシッと、二人の弟達を店の外に押し出した。
ダニエルとルパートは千円札を握り締めたまま、ドアの外からオリバーをジッと睨んだ。
何かに似ていた・・・そう!少し前の「河合家のママ」だ。
「オリバー・・・自分が買いたくないから僕らに頼んだんだよ・・・」
「そーだよ。オリバーなんて『スネ夫』だ!」
ルパートの言った事をダニエルは暫し考え、「あ〜、『調子良くってズルイ』って事?」
と理解した。
仕方なく二人は覚悟を決め、コンビニに「人生初の女性用生理用品を買い」に行った。
「ねぇ、ダン・・・『生理用品』って一体どの辺にあるのかな?」
ルパートが小声で話した。
コンビニの中は、自分達意外に客はいないようだった。
「う〜ん・・・気に留めた事がないからなぁ〜・・・」
当たり前である・・・気に留めていたら、ある意味「問題アリ」だ。
二人は学生服のままキョロキョロしている・・・「店内モニター」に映るその姿は、かな
り怪しい。
この時間、店員は女性だけだった。
しかも、高校生風の女の子と大学生風の女の子の二人だ。
「・・・・・」
二人は、ソロソロと店員の前まで行って、小声で話し掛けた。
「あの、あの・・・」
「ダン、がんばれ」
ダニエルが言うのを、ルパートが脇から応援した。
「ナ、ナ、ナ、ナプ、ナプ・・・」
「はい?」
やる気のなさそうな店員二人が、明らかに年下の「テンパッテいるダニエル」を、半分馬
鹿にしたような態度で見下ろしている。
女性店員は二人共ダニエルより身長が高かった・・・そして態度がデカかった。。
「ナ、ナプ、ナプ、ナプ・・・」
「ダン!もう少しだ」
「・・・ルパートが言ってくれたっていいんだよ?君の方が『オニイサン』なんだから・
・・」
「こう言う事は、ダンの方が巧いから・・・」
「・・・・・」
ダニエルはやはりドモッて最後まで言えず、ルパートは恥ずかしがって言えず、結局二人
は「生理用品置き場」を聞けなかった。
仕方なく、手分けして店内を探す事にした。
「あ、ダン!ダン!」
ルパートが向こうからダニエルを手招きした・・・不思議な事に「お菓子売り場」だ。
「何?あった?」
「ううん。えへへ〜・・・見て見て!『復刻版』のキャラメルコーン!」
「・・・それはあとでしょ!」
「うん、ごめん・・・」
ルパートはスゴスゴとキャラメルコーンを元の場所に戻した。
「ルパート!」
今度はダニエルがルパートを呼んだ。
「あったの!?」
ルパートがダニエルの方に向かった。
「今日の夜、12チャンで『大食い・王座決定戦』やるって!」
雑誌置き場だった・・・。
「・・・・・」
「え、と・・・ごめん・・・」
ダニエルも謝った。
流石に兄弟・・・二人共似たり寄ったりだった。
そして・・・二人はやっと「問題の売り場」に辿り着いた。
なかなか「そのコーナー」を凝視出来ない二人・・・。
「ねぇ、一杯種類があるよ・・・どれがいいと思う?」
ルパートがダニエルに聞く。
「分かんないよ・・・」
店員がジロジロと、カウンターの中から二人を見つめている。
「どうしよ・・・僕達、完璧に怪しまれてるよ」
ルパートが困った顔をしている。
「だと思うよ。だって・・・普通はこんな場所、男はウロウロしてない場所だもん。しか
も、僕達制服のまま来ちゃったし・・・」
「ねぇ、早く買って帰ろうよ」
「うん・・・『多くて安心』?『ギャザーたっぷり』?・・・何の事だ?」
ダニエルが様々な商品を見比べている。
「・・・『横漏れ安心』?どういう事だ?何がどうやって横から・・・」
「何してんのよ、あんた達?」
「わーーーーーっ!」
二人が驚いて振り向くと・・・チュッパチャップスを頬張ったエマが立っていた。
学校帰りの買い食いのようだ。
「『ナプキン』なんか握り締めたりして・・・サイッテーね、ダン!」
「ち、違うよ!僕達、オリバーに頼まれたんだ!」
ダニエルがすぐに自分達の身の潔白を証明した。
「えっ、オリバーに!?え、え・・・?」
エマが慌て出した。
まさか・・・「憧れのオリバーに限って」こんな変態な趣味があるとは・・・考えたくなか
った。
「魔子ちゃんが使うんだよ。で、僕達が帰って来て、『お腹が空いたよー』って、何にも
ない冷蔵庫を見たから、オリバーが一人で魔子ちゃんがいなくて、トイレにやっぱりいて
、オリバーが『千円で足りる?』って聞いて・・・」
折角説明してくれていても・・・やはりルパートの説明には「通訳」が必要だった。
ダニエルは率先してルパートの通訳を克(か)って出て、エマの頭の中でゴチャゴチャにな
っている話を整えてやった。
「要するに・・・魔子が生理になったって訳ね?フン!あの女コレでいいんじゃない?」
エマが「老人用おむつ」を差し出した。
「・・・エマって・・・本当に性格悪いよね?」
ダニエルも白い目でエマを見た。
「私に言った訳、その台詞!えっ!?」
エマはチュッパチャップスを舐めながら、二人をズイッと威嚇(いかく)した。
「・・・だって、本当にエマは・・・」
ダニエルはエマの凄(すご)みに負け、最後の言葉は尻すぼみになった。
「フン!アンタなんかに何が分かるって言うのよ、馬鹿!私はいい子よ!『オリバーだ
け』は『本当の私』を分かってくれているわ!ほらっ、コレ!こっち買いなさいよ」
エマは「昼用」と書いてある「生理用品」を取り、グイッとルパートに付き渡した。
「ありがとう、エマ」
ルパートは胸に「多い日も安心、昼用」を握り締め、少し微笑んだ。
「フン!全く・・・オリバーにまで迷惑掛けるなんて、何て女なのかしら。『近い時』
にはちゃんと持って歩けって言うのよ。『レディーとしての嗜(たしな)み』がなってない
わ」
エマはどうやら、ブツブツと魔子を呪い始めた。
「ねぇ、エマ・・・コレ、レジで買ってよ?」
ルパートが預かった千円札と、手の中のナプキンをエマに差し出した。
「イヤよ!何で、私があの女の為にナプキン買わなくちゃいけないのよ」
「オリバーが喜ぶよ?」
ダニエルだ。
「・・・・・」
「オリバーが喜ぶ」・・・その言葉は、エマを刺激した。
意外なトコで、ダニエルに言いくるめられたエマ。
「・・・チッ!ほら、それ貸しなさいよ」
エマは千円札とナプキンを持って、レジへ向かった。
「あ、エマ!これも買って!」
ルパートは慌てて「復刻版」キャラメルコーンを持ってきた。
「・・・私のは?」
「へ?」
「私にも持ってきなさいよ、それ」
「・・・・・」
ルパートは渋々エマの分も持って来て、レジを通した。
「当たり前じゃない!私が買ってやったのよ?私がいなかったら、アンタ達買えなかった
のよ!?」
「・・・そーだけどさ・・・」
二人は不服そうだ。
「何!?」
「・・・何でもないよ・・・」
三人で「レインボー」に戻り、エマは「自分の手柄」を、あまり偉(えら)そうに聞こえな
いようにオリバーに報告した・・・さっきの客はもういなかった。
「助かったよ、エマちゃん。ホントありがとう!」
オリバーからの「ホントありがとう!」と言う言葉と、「悩殺的なキュートな笑顔」を貰
えて、エマはキャラメルコーンをコンビニで買って貰った時より、百倍嬉しそうだ。
「魔子ちゃん?遅くなってごめんね?ココ置いておくよ?」
「スイマセン。あの、エマちゃん・・・どうもありがとう」
魔子が礼を言う前に、エマの姿はもう店内になかった。
「オリバーの幻想だけ」を胸に、スキップして自分の家に戻って行ってしまったのだ。
そして、ダニエルとルパートも「人生初の武勇伝」を終え、お菓子を食べながらいなくな
っていた。
魔子はやっとトイレから出てきた。
「長い事、トイレを占領してしまって・・・スイマセンでした。私、今日少し長く働いて帰ります。あ
、勿論その分のお給料はいらないです。私の勝手でこの中に閉じ篭っててしまったし・・・」
「いいんだよ、そんなの。はい、時間だよ。もう、上がりなよ。暗くなって来た・・・」
オリバーが外を指差した。
「いえ。本当に最後まで今日はいさせてください。お願いします」
魔子が何度も頭を下げた。
「そりゃ・・・俺は別にいいけど。帰りが遅くなっちゃうよ?」
「いいんです。平気です」
オリバーは益々「魔子」と言う女の子に、好感的な感情を持った。
「トム君!君はどこに住んでるのかな?良ければ送るよ?」
レオンハルトはどうやらお坊ちゃんらしい。
部活を終え、みんながそれぞれ学校から帰って行く。
学校の門の前には「リムジン」が停まっていて、それはどうやら「ハインリッヒ家」から
迎えに来た車のようだった。
「いらね。俺、これからバイトだし」
「え、どこでバイトをしているんだい、トム君?」
「何で、お前にイチイチ俺の全てを語らなくちゃならないんだ?お前、俺の何だ!?」
「親友じゃないか、僕達!」
「アホか!?悪いが、俺はお前を友達だと思ってない。大体アンタ、今日初めて俺に会っ
たんじゃないか。何でそんなに俺に纏(まと)わり付く訳?」
「誣(し)いて言うなら・・・君が素敵だからかな♪」
レオンハルトは「慣れた」ように、トムに向かってウインクした。
校庭に、秋風がヒュル〜ッと舞った。
「・・・生憎(あいにく)だけど俺、『ソッチの趣味』ねぇから。二度とその台詞俺に言う
なよ。マジ、ぶっ殺す!」
「おっとっと!物騒な事言わないでくれよ〜、トム君。君と僕の仲じゃないか。僕は三日
前にこの大学に編入して来て、まだ知り合いらしい知り合いもいない。いいじゃないか、
僕達、ウマが合いそうだし」
「『僕達』って一緒にするな。それに、俺達は絶対に『ウマ』は合わん!」
「僕は兵庫県は神戸市、芦屋から引っ越してきたんだよ、トム君」
レオンハルトはトムを無視して、自分の細かいプロフィールを述べ始めた。
「生粋のお坊ちゃんじゃねぇか・・・悪いけど、俺にはお前みたいな奴はやっぱり合わね
ぇよ。『親友』探してるんなら、他探せ。俺は東京の下町生まれだ。然(しか)るに、俺
達は絶対に『ツルまねぇー』の!お分かり?」
「君が思わずとも、少なくとも僕は君を既に友達だと思ってる。こう見えて、僕は割と『
片思い』には慣れているんだよ。じゃあ、また明日会おう、トム君!ははははは♪」
レオンハルトはリムジンの後部座席から、トムの姿が見えなくなるまで手を振った。
「・・・学校変えようかな、俺。何か『オカシなの』に纏(まと)わり付かれたもんだぜ。いっけね!
バイト遅れる!」
トムは時計を気にして、ダッシュして今日のバイト先・・・「ピザ屋」に向かった。
「お疲れ!」
オリバーは、店の閉店時間まで残ってくれた魔子に礼を言った。
「いえ」
魔子はエプロンを外し、一纏(ひとまと)めにしていた髪を解いた。
オリバーがジッとその後姿を見ていた。
「あ〜・・・魔子ちゃん?俺もさ、今日結構疲れたし、その・・・夕飯の支度とかあんま
りしたくないし。で、そのぅ〜・・・弟達と一緒で良ければ、夜ご飯とか、一緒に食べに
行かない?」
「え?」
「あ、いや・・・ごめん。突然・・・そうだよね?困るよね?帰りが益々遅くなるし・・
・ね」
「いえ、そんな・・・いいんですか?もし良ければ・・・はい、ぜひ一緒に・・・」
魔子は嫌がらなかった。
「あ、うん。勿論!じ、じゃあ俺、ちょっと弟達呼んでくるよ。待ってて!」
「はい」
オリバーは妙に慌てながら店を出て、自宅に走り込んで行った。
魔子は自分のバックからケイタイを出した。
メールが入っていた。
そして、そのメールを確認すると・・・表情が少し曇った。
「わぁ〜い♪『かっぱ』!『かっぱ』!『かっぱのお寿司』♪」
ダニエルとルパートは大喜びだ。
夜道を歩きながら、『寿司ダンス』を踊っている・・・外食は久しぶりだったからだ。
「恥ずかしいから、やめろっ!」
オリバーが怒っても、二人の耳には全く届いていなかった。
魔子はクスクス笑っていた。
「ごめんね・・・馬鹿な弟達で・・・」
「いえ。二人共とっても純粋で可愛いと思います」
ジェームズとトムは互いにバイトで今日は遅くなるらしいので、四人で近くの「かっぱ寿
司」に行く事にした。
ダニエルとルパートの、切なるリクエストだった。
カウンター席に通され座ると、当然の事ながら、目の前を沢山の寿司が回って行く。
ダニエルとルパートのテンションは、最高潮だ。
「・・・ごめんね?回転寿司で・・・」
オリバーがお茶を飲みながら言った。
「いえ、お寿司大好きです」
左の席からオリバー、魔子、ルパート、ダニエルだった。
「あ、そう言えば、まだちゃんと弟達を紹介してなかったね。あっちのチビ・・・『ダニ
エル』、一番下の弟。一応中三。で、こっちの赤毛・・・別にヤンキーじゃないよ。コイ
ツ、産まれた時からなぜか赤毛で・・・『ルパート』。信じられないかも知れないけど、
これでも高二」
「クスクス♪こんばんは、魔子です」
オカシな紹介の仕方に憤慨しているダニエルとルパートの脇で、魔子は挨拶した。
「『魔子ちゃん』って、近くで見るの初めてだけど、近くだと余計に可愛いな〜♪」
ダニエルとルパートはウキウキしている。
やはり男・・・可愛い女の子が近くにいると、心が弾むようだ。
「『エマちゃん』だって可愛いじゃない?どちらかのガールフレンドなんじゃないの?」
魔子は、「とびっこ」の乗った器を取りながら言った。
「え〜〜っ!?エマぁ〜?まさかっ!」
二人は思いっきり不服そうだ。
「ヘ〜ッキシ!」
その頃エマは、自分の自宅で食事を摂りながら、まるで「カトちゃん」のようなクシャミ
をした所だ。
「池照家」の明かりが消えているので、詰まらなそうに「肉じゃが」の芋を箸でぶっ刺し
た。
「どこ行っちゃったのかしら、オリバー・・・」
「ダン〜、何皿食べた?」
「う〜ん、僕今二十五。ルパートは・・・あれ?」
「僕も二十五皿目だよ」
二人の脇には、トーテンポールのように、皿が天井へと伸びていた。
「・・・ルパート・・・プリンとメロンばっかじゃないか・・・」
「だって、好きなんだも〜ん♪」
ルパートは「あ〜ん」と大きな口を開けて、本当に幸せそうに八個目のプリンを食べてい
る。
「寿司屋来た意味がないじゃないか、ルパート?」
オリバーが向こうから覗き込んで来た。
「玉子食べたよ。あとカッパも!」
「クスクスクス♪ルパート君は、デザートが好きなのね?」
「まぁね〜♪」
「馬鹿・・・褒めたんじゃないぞ、魔子ちゃんは。呆れたんだ」
オリバーがガツンと言った。
「ダニエル君は、逆に・・・かなり『シブいモノ』食べるのね?」
魔子は二人の対比を、面白そうに見ている。
ダニエルがさっきから食べている物は、「〆サバ」とか「アジ」とか「とびうお」とか、
光物が多かった。
「コイツは魚が好きなんだ。な?」
「うん♪」
「オリバーさんのトコは、あとまだ、お二人弟さんがいらっしゃるんですか?」
「あぁ、そう。今日は二人共バイトで遅くなってるけど、一人は俺と双子の『ジェームズ
』って名前の弟。あとは俺達の二個下の弟の『トム』。あ、ヤバッ!魔子ちゃん、こん
な時間だ。駅まで送るよ」
「あ、ホント!」
二人が慌て出した。
「ねぇ、あそこに回ってるメロン食べるまで待ってよぉ・・・」
ルパートが、もう間もなく回ってくるはずのメロンを指差しながら切ない顔をした。
「もういいだろっ!幾つ食ったんだ、メロン!?」
「え、まだ五個しか食べてないよ」
「充分だっ!あ、お会計お願いします。全部一緒で!」
オリバーはみんなに外に出てもらい、会計を済ませた。
夜はかなり冷え込んで来ていた・・・流石に十月だ。
「ご馳走様でした・・・何か、逆にスイマセンでした」
魔子は、店から出てきたオリバーに礼を言った。
「ううん。こっちこそ、こんな遅い時間まで引き止めちゃってごめんね?おい・・・お前
ら、道端でふざけるな。通る人の邪魔になるだろ!」
オリバーはフザケ合っている弟二人を叱った。
「お前達、先に家に戻ってろ。俺、魔子ちゃんを駅まで送ってくるから。あ、どっちでも
いいから、風呂沸かしておいてくれ」
「はぁ〜い♪」
「バイバイ、魔子ちゃん!」
ダニエルとルパートは魔子に「おやすみ」を言うと、手を振って家に戻って行った。
「とっても可愛い弟さん達ですね?」
「そんな事ないよ。うるさいし・・・馬鹿だ」
「いいえ・・・今日は私の為に買い物して来てくれました」
「あ〜・・・ごめんね?今度はそのぅ〜・・・少し買い足しておくからね?」
オリバーはやっぱりテレて、ダイレクトな言葉を言えなかった。
「いいえ!今日は私が持ち歩いていなかっただけなんで・・・気にしないでください。あ、そうだ
・・・お金!」
魔子は「ナプキン代」を払おうとした。
「いいって、そのくらい」
「でも・・・」
二人は駅前に着いていた。
「ほら・・・電車来そうだよ?あれに乗った方がいい」
「・・・はい。あの・・・」
「ん?」
「オリバーさんは、その・・・『カノジョ』とか、いるんですか?」
「え・・・」
「もし・・・いえ、スイマセン。帰ります。じゃ、また明日!」
「あ・・・」
魔子は走って、JR「巣鴨駅」の改札口を入って行った。
「・・・・・」
「よっ!この色男♪」
突然後ろから声を掛けられてオリバーが振り返ると、ジェームズとトムがそこにいた。
「何だ・・・・・二人共、たまたま一緒になったのか、帰り時間?」
「そんな事ぁどーでもいい!何だよ・・・いい感じだったじゃ〜ん!このこの!!」
ジェームズが肘でオリバーを突いた。
「別に・・・メシ食っただけだ。ダニエルとルパートも一緒だったし・・・」
「家族ぐるみで付き合えれば、儲けもんさ!彼女、ダニエルとルパート、大丈夫だったか
?」
トムだ。
「あぁ・・・『可愛い』って言ってた」
「ぃよ〜し!あの娘、やっぱうち向きだ!絶対『モノ』にしよろ、オリバー!」
ジェームズの盛り上がり方が異常だ。
「そんなんじゃないって・・・」
「聞いたぜ?聞いたぜ?『オリバーさんは・・・カノジョとかって・・・』」
ジェームズが「魔子の声色」を真似た。
「気味悪いモノマネすんな。ほら、帰るぞ!」
オリバーは散々帰り道で、ジェームズとトムに冷やかされながら家に帰った。
「何してんだ!お前達!」
帰った早々、オリバーの怒鳴り声が「池照家」に響いた。
ダニエルとルパートは、二人の部屋で・・・互いに半裸で揉みくちゃになっていた。
下敷きになっているルパートはモガモガとモガいている。
「『亀田のマネ』だよ・・・」
ルパートに覆い被さっているダニエルが言った。
三人の兄達には「そう」は見えなかった。
どう見ても、発情したダニエルがルパートを襲っている・・・・・絵ズラだ。
「『ボクシングで相手を組み敷く』なんて・・・・・聞いた事ないぞ!テキトーな事言ってんじゃねぇ!」
トムがダニエルをルパートの上から退かし、代わりに自分がダニエルの首にプロレス技を掛け始めた。
「ホントだよ!『亀田』はホントに・・・・・イテテテテ!」
この間の試合内容の再現を二人でしていた・・・と言うのだ。
「嘘付くな。あ〜もう、お前は風呂でも入って来い!」
オリバーがダニエルを風呂場へ促(うなが)した。
「じゃあ、ルパートと・・・」
「一人で入れ!」
「え〜・・・」
「何が『え〜』だ。なんなら俺が一緒に入ってやろうか?え?」
ジェームズがかなり上の方からキラ〜ンと、トムに技を掛けられているダニエルを見下ろ
した・・・相当に恐い。
「分かったよ、分かったよ。ホントにもう〜・・・」
ダニエルはトムに顔を押さえつけられている・・・・・結構カッコいい顔なのに、今は台無しだ。
「何が『ホントにもう〜』だぁ〜?えぇ〜?」
トムが二本の指を、ダニエルの鼻の中にグイッと押し込んだ。
「わぁ〜!!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
ダニエルはジェームズとトムに布団に押さえ込まれ、ケチョンケチョンにやられた。
そして・・・しまいに、泣いた。
「泣くまで虐(いじ)めるな、馬鹿。ほら・・・来い、ダニエル」
オリバーが悪ノリしていたトムとジェームズからダニエルを救い出し、悔しそうに泣いて
いるダニエルの頭を撫でながら、風呂場に連れて行った。
「で、お前は平気だったのか、ルパート?」
トムが聞いた。
「うん。だって、僕達、本当に『亀田ごっこ』してただけだし・・・。この前の『アノ試
合』だよ?二人共見てたでしょ?」
「まーな。でもな、ルパート?あんましポケーッとしてっと、そのうちマジにダニエル
に・・・いや、何でもない」
トムが言葉を濁した。
「ダンに・・・何?」
「何でもないって。気にするな」
「ねぇ、何?何?」
「しつこい!」
トムとジェームズに、それぞれ頭をゴツンとされて、ルパートは布団の上でひっくり返
った。
下の階に置きっぱなしの「しーちゃん」もその頃、飼育箱(水ようかんの空き缶)の壁をよじ登ろうとしてひ
っくり返り、飼い主同様、モガ付いていた。
ダニエルは湯船で、まだ鼻を啜(すす)っていた。