第二十三話「乙女の誕生日」
「ちょっと!どーいう事なのっ!私の誕生日と同じ日が町会の『お祭り』って小耳に挿(
はさ)んだわよ!それって・・・もしかしてオリバーが私のバースデーパーティーに参
加出来ないって事っ!?」
エマは弁当の時間にダニエルにイチャモンを付けた。
「お願いだからさ・・・口の中のモノ飲み込んでから喋ってくれないかな、エマ?ご飯粒が
飛び捲ってる・・・ま、そういう事なんじゃないかな」
ダニエルは自分の(自他共に定評ある「割と端正な」)顔に付いたエマが飛ばしたご飯粒を、
迷惑そうに指で掃った。
「それに、その件に関しては僕に言われても困るよ。町会役員のオリバーに言えばいいんだ
。『翌週にして欲しい』とかさ・・・」
「オリバーに私が文句なんか言える訳ないじゃないのよ、馬鹿っ!」
オリバーはこの度「青年部(そうは言えど、殆どが五十歳以上)」の新役員に任命され、やれ
会合だのやれ来年度の役員旅行の取り決めだので、「レインボー」の仕事をしているよりよ
ほど忙しくしていた。(勿論、役員報酬などは無い。店はここの所ずっとめぐみに任せっ放
し状態になっている)
一緒に弁当を食べている他のメンバー、温田家の三女・夏海、小林、白湯(ぱいたん[みな
さん、覚えているかな?])は、自分の方に「エマの怒りの火の粉」が飛んで来ないように
押し黙って黙々と弁当を食べている。
「って言うか、その『からあげ』一個貰うわよ、ダン!それって、オリバーが作ってくれた
ヤツでしょ?」
「いや、今日はめぐ・・・」
「頂きっ!」
「あっ・・・」
ダニエルが一瞬ボンヤリしている隙を狙って、エマの手がダニエルの弁当箱に延びていた。
「オ〜イシ〜イ♪やっぱ、世界一美味しいわね!オリバーのからあげ♪」
エマはオリバーが作ろうがめぐみが作ろうが、彼女自身で「オリバー作」と思い込んでしま
えば、何でも「オリバーの作った世界一の美味しい物」へと変えてしまう特殊能力を持って
いる。
エマは肉汁の一滴までも「オリバーお手製のからあげ」を味わう事に集中し、俯き、目を閉
じ、自分の世界に浸るように耳を塞いでいた。
「酷いじゃないかっ!僕のおかずが減っただろ!変わりにそのウインナーよこせ!」
「あぁっ、やめてっ!私のお弁当にアンタの箸なんか付けんじゃないわよっ!シッ!
見の程知らずもイイトコね!馬鹿じゃないのっ!?」
「・・・人の事、『馬鹿馬鹿』言うなよ」
ダニエルはムスッと膨れっ面をした。
ルパートじゃないが、エマに「馬鹿」と言われるとダニエルも毎回こういう表情になる。
「池照君?私のミートボール上げるよ。はい」
夏海が自分の弁当箱を差し出した。
流石女の子の弁当だ・・・とても可愛く仕上がっており、色合いもカラフルである。
「優しいなぁ、夏海ちゃんは♪」
ダニエルは遠慮なく、夏海の弁当箱の中からミートボールを二個頂いた。
エマはそんな二人をニヤリとした顔で見つめた。
そして、夏海に耳打ちする。
「ふふ♪私が『悪女』を演じれば演じるだけアンタの評価がコイツに取って『上がる』って
感じでしょ?私に感謝しなさいよね。私の誕生会の時、よろしく頼むわよ」
「・・・うん」
「うん」と答えた夏海だが、エマとオリバーの恋の行方に置いて自分がどうキューピッド役
を買って出るかは良く分かっていない。
大体、夏海が出しゃばる以前にオリバーとエマの距離は既に充分縮まっているように思う。
「今以上に発展しない」のなら、今後もそれ以上は二人の関係は発展しないと言う事だ。
が、勿論怖くてそんな事はエマに言えない夏海だ。
「ねぇ、夏海ちゃん?その後『しーちゃん』はどうなった?研究所に引き取られてから結構
立つけど、もうガラパゴス政府に引き取られたの?」
ダニエルが口トコに付いたケチャップを指で拭き取りながら聞いた。
夏海の二番目の姉・陽子はガラパゴス諸島に生息する動植物全般に関する研究員だ。
少し前に、ルパートの飼っていたカメの「しーちゃん」を「世界遺産の貴重なカメ」と言う
事で彼女の直属の上司と共に引き取りに来て、その後研究所に連れて行った。
「実はまだ日本に居るみたい。お姉ちゃんが言うには、色々検査とかしてからじゃないと向
こうにも連れていけないみたいで・・・面倒だって言ってた」
「そうなんだ・・・」
「ルパート君、一度も会いに行って無いみたいだよね?」
「うん。ルパートは多分、もう『しーちゃん』には会わないんじゃないかな?あんなに悲し
い思いするのは一度でいいって思ってるみたいなんだ。だってさ・・・研究所に会いに行っ
ちゃったらまた『お別れする日』が来るだろ?それがきっと嫌なんだと思う。それに、僕も
ルパートが悲しい顔をするの見たくないし・・・」
ダニエルは止まっていた箸を慌てて動かして弁当を口にかっ込んだ。
思い出しただけでまた自分も悲しい気持ちになりそうだったからだ。
愛する兄のあんな切ない顔は見たくない。
夏海はそんな優しいダニエルの事を、頬を少し染めてジッと見つめている。
そしてエマは、またもやそんなホンワカした二人の間に流れる空気を横目で見つめニヤリと
した。
人の恋路の行方が楽しくて仕方ないらしい・・・大きなお世話である。
一方、小林と白湯は我関せずに「サッカーの話題」で盛り上がっていた。
二人は今、女子サッカー「しらかば・ジャパン」に夢中なのだ。
日本にまた夏が来ていた。
明日から学期期末テスト・・・それが終われば待ちに待った夏休みである。
ダニエルは中学から引き継いで陸上部に入部していたし、夏海はそこのマネージャーだ。
夏休みだからと言って、家でゴロゴロしている予定は二人には無い。
部活、部活、また部活・・・と、夏休み中は部活三昧の毎日になりそうだ。
「ホグワーツ学園」は陸上と水泳とテニスが全国で有名な学校だ。
ダニエルは中等部時代もジュニアレコードを更新していたし、高校界での期待も大きい。
部活中にも時々、どこかの大学のコーチらしき男がダニエルの練習風景を見学に来たりして
いる。
一方、エマは名ばかりに「テニス部」に所属してはいたが、一学期で出席したのは僅か二度
程だ。
何度か先輩に校庭の裏に呼ばれはしたものの、エマのあまりの口の悪さと態度のデカさで先
輩達ももう彼女に関係するのを辞めてしまっている。
高校生になったエマは、益々我が儘し放題、女王様キャラは健在だ。
彼女がなぜテニス部に所属したのかは・・・殆ど謎である。
そしてその日の放課後、校舎の一階中央に存在する職員室にルパートが呼ばれていた。
彼はまだ自分の「先」を決め兼ねていたので、担任をずっと困らせていた。
「あのね、センセー。僕、将来の事なんてまだ分かんないんだけど・・・?」
「いや、それだと困るのは君なんだよ?」
ルパートの事をかなり理解してくれている担任だったが、流石にもう一学期も終盤・・・自
分のクラスから「落第生(宙ぶらりん)」は出したくない所である。
「僕、困んないモン。イイ子にしてるし。今まで通りにお家に居て、オリバーのお手伝いと
かして生きるモン」
「・・・お兄さんはそれ何て言ってる?」
「『ダメ』って言ってる」
「・・・だろうね」
教師は「はぁ〜」と深い溜め息を付き、飲み掛けの缶コーヒーに口を付けた。
そして、自分のデスクの引き出しを開け、美術の時間にルパートが描いたと言う絵を取り出
した。
「今朝返却されて来て君に返そうと思っていたんだ。君のこの作品、都のコンクールで特別
賞を貰ったんだよ?これを将来に生かそうとは思わないのかな?」
「僕、絵描くの好きだよ」
「だろ?僕は絵の事は詳しくないけど、何て言うか・・・君の描く絵のエネルギーは感じ取
れるよ。僕は君の描く絵が好きなんだ」
担任がルパートに絵を返した。
「ありがとー、センセー。じゃ、さよなら。僕帰るから」
「えっ!?困るんだけど、まだ・・・」
「どうして?」
「だって、まだ『本題』の答えをちゃんと貰っていない」
「『本代の答え』?『本代の答え』ってどういう意味?それ、新しい四字熟語?」
「池照君?多分君、今頭の中に違う漢字に変換してるよ。『本代』じゃなくって『本題』だ
。僕が君を元々ここに呼んだ理由・・・まさか分かってるよね?大体、四字熟語になってな
いけど?」
「勿論だよ、センセー。僕、お利口だモン」
「そりゃ良かった・・・」
突然「帰る」と言い出したルパートに担任は驚いたが、何とか引きとめられホッとした。
ルパートとの会話は「いきなり」が多い。
のほほんと話しているとビックリする事が起こる。
が、ルパートのこういう所をこの教師は結構嫌いでは無い。
しかし、高校三年のこの時期だ・・・悠長に構えても居られなかった。
「ねぇ、センセー・・・」
「ん?」
ルパートは自分の絵をジッと見つめながらポツリと話し始めた。
ルパートが今手に持っている絵は、元々は「僕としーちゃん」で描いたモノだったが、塗り
潰し違う題材で描いたものだった。
タイトルは「幸せの色」・・・赤だの水色だの黄色だの黄緑色だのと言うレインボーカラー
でカラフルに描かれた抽象画だ。
「センセーは『フランス』の事知ってる?フランスの事得意?ってゆーかさぁ、フランスっ
てフランス語?」
「あぁ、そうだよ・・・こら、それ僕の!」
ちょっと目を離した隙に勝手に人のコーヒーを飲んでいる、チャッカリしたルパートを叱る
教師。
「あのさ、フランスってさ、飛行機でどれくらいかなぁ?」
「さぁ・・・どのくらいだろう。十時間くらいじゃないかな?」
「違うよ!お金の事でしょ!幾らなの?」
「あ〜・・・費用って事?さぁ・・・ツアーとか旅行で人気の時期を抜かせば割と手頃な価
格があるんじゃ無いかな?僕は分からないよ・・・」
「そっか」
唐突に始まったルパートの会話にも、それとなく付いて行く担任・・・なかなかだ。
他の教師ではこうはいかない。
「ねぇ、センセーはフランスに友達とか居る?」
「え、居ないけど?何、君はフランスに興味があるの?」
ルパートはどことなく少しソワソワした。
「別に・・・んじゃ、僕そろそろ帰るから」
「おいおい・・・また帰さないってば!」
「あのさぁ、僕困るんだよねー!今日はめぐみちゃんと少しお出掛けするんだからさー」
「・・・『めぐみちゃん』?」
知らない名前が突然出て来てルパートに尋ねる担任。
「そ!カエルちゃんのアップリケをズボンに付けてくれるから、僕の好きなのでいーんだっ
てさ♪トムはもう『トド』ってめぐみちゃんの事言わなくなったんだよ。ちゃんとお名前で
呼んでるよ。オリバーが『ダメだろっ!』って怒るからね。僕は最初から『パンダ』だと思
ってたけどさー。フワフワしてるから♪所で、めぐみちゃんはまだパンダ見た事無いんだっ
て。だから僕、いつかめぐみちゃんと動物園行くの!ダンも付いて来るんだってさー。『や
っぱし』って感じでしょ?今は居間に住んでるんだよ。あ・・・あはは♪今の面白いね?『
今は居間に住んでる』って・・・あはは♪」
「・・・・・」
流石のこの教師も隣の同僚に助けを求めた。
が、隣の教師は知らんぷりして彼の助けを無言で断った。
ルパートはまだ自分の言った「韻を踏んだ言葉」にウケて笑っている。
そして、更に聞いても居ない事をペラペラと喋るルパート。
「パンダのお菓子食べた事ある、センセー?美味しいんだってさー。ウエノに売ってるんだ
って。めぐみちゃんが調べてくれたんだよ。僕、オセンベー嫌いだから今度はあれがいーの
。クッキーなんだってさ。でもね、めぐみちゃんのケーキはもっと美味しいよ。昔めぐみち
ゃんはフランスに住んでたの。だから、レオンハルト君のジッカと近いんだってさ。レオン
ハルト君はまだハゲなんだよ。後ろのトコだけね。で、トムが笑うの。可哀想だよ、そんな
の。でもね、まだちゃんとカッコいいんだよ。僕、レオンハルト君好きー♪」
「え、と・・・池照君?」
「何?」
「・・・やっぱ君、今日はもう帰っていいよ」
「あ、そ!じゃね〜、センセー♪」
「・・・じゃあね。あ、フランスの事は『めぐみちゃん』に聞くといいんじゃないかな?」
「そうだね」
ルパートが職員室からトコトコ出て行くと、担任はドッと疲れた顔で最後の缶コーヒーを飲
み干そうと顎を上げた。
「・・・入って無いじゃん」
どうやら、全てルパートに飲み干されたらしい。
「・・・どうしたんだ、お前?」
オリバーが呆気に取られ、三男を凝視した。
ある日の夜、一人で正義の味方へ来た依頼を遂行して来たトムはちょっと・・・変だった。
いや、相当変だった。
顔じゅう墨で描かれた落書きだらけ・・・彼は不貞腐れた顔をしている。
オリバーは少し前に弟二人とめぐみと夕飯を済ませ、洗い物をめぐみに任せて自分は居間で
ゴロリと横になって「固い読み物」を読んでいた。
「徳川の埋蔵金」と言う、ガチガチの固いタイトルの本だ。
ダニエルとルパートは、「風呂が沸くまで自分の部屋で漫画を読んでいる」と言う事でここ
にはいない。
ジェームズはまだ仕事から帰って来ていなかった。
彼はここの所ずっと勤務時間が長い。
「・・・待ち伏せされたんだ、悪達に」
「へ?」
「『悪』の奴らだよ!最近音沙汰無しだからどうしたんかなって考えてたら、まるで俺の心
を読んだかのように不意に脇道から現れやがってよ。『怪人』ってーのを俺に送り込みやが
った」
「へぇ、珍しいな。今までは挑戦状を送って来るのがあの人達の流儀だったのに・・・。で
、何だ?それでそのザマか?」
オリバーが「プッ」と吹き出した。
「違う、これはその前の『ヤンママのヤンママによるヤンママの為の集会』に一緒に連れて
来られている『子守り』頼まれたガキ達に・・・」
「子供達に?で、その子供達はどうした?」
オリバーはジーッと弟の顔を見据え、問い質した。
こんな事をされ、トムがタダで済むような弟で無い事は重々知り尽くしている。
「さぁな。とにかく全員『ママ』に返したぜ?」
「・・・子供達に何かしただろ?」
「何もして無ぇよ。心配すんなって。なぁ、風呂沸いてる?この顔、馬鹿弟達に見つかった
ら笑いの種だ」
「さっきめぐみちゃんが洗ってくれたからそろそろ沸く頃じゃないか?」
オリバーはトムの言葉を信用していなかった。
そのうち「ヤンママからクレームの電話」が掛かって来るのではないかとヒヤヒヤだ。
「安心しろって。チクッたらどうなるかもきっちり教え込んで来たから」
「・・・お前なぁ・・・」
やはりっ!
オリバーは「はぁ」と大きな溜め息を吐き、薬箱から胃薬を探し喉の奥に流し込んだ。
「っつーか、生きてたんだな、あの人達」
オリバーは久々に「悪の存在」を思い出した。
ここの所、正義の味方の依頼はあれど、全て雑用と言える事ばかりだった。
正義たるもの・・・やはり悪と戦いたい所だ。
「いや、今日はいつものメンバーは一緒に居なかった。怪人曰く、何でもマルフォイ参謀が
趣味のガーデニングしてたら『鬼門』を弄っちまったみたいで、チョイオカシクなったんだ
と。で、ネットで調べてみんなして除霊してくれる陰陽師探しの旅にずっと出てたみたいだ
ぜ?」
「何じゃ、そりゃ・・・大丈夫なのか、参謀?」
「悪霊みたいなのが入ったらしいって怪人は言ってた。ま、今は殆ど回復してるって。あ、
『来月の下旬に久々決闘しませんか?』って挑戦状貰って来た」
トムがオリバーに可愛らしい封筒を渡した。
「その怪人って何者なんだ?新キャラか?」
トムから渡された手紙の内容をチラッと見て、オリバーは疑問を投げ掛けた。
「じゃねーの?骸骨の仮面みたいなの被ってて顔は分かんなかった。でも俺達の知らない奴
だと思う。女の声だった。しかも熟女。そう言えば、割と色気ある声してたな・・・」
トムは顎に手を置いて、自分の記憶を辿っていた。
「・・・熟女?」
オリバーは一瞬首を捻り、それはひょっとして魔子の母親ではないかと思った。
海藤魔子・・・。
・・・久しぶりに魔子の事を考えてしまった。
以前、少しの間だけ「喫茶レインボー」にアルバイトとして入ってくれていた女の子の事だ。
オリバーは一度、ダニエルのデートを付けて池袋で不意な再会を彼女としているが、それっ
きり魔子の情報は何も知らない。
魔子は悪の組織のヴォルデモート卿の姪である。
ヴォルデモートに言われ、潜入捜査としてオリバーに・・・いや、池照家に近付いた。
何か池照家に関する事を探るように言われていたとかで、家探ししている所をルパートに見
つかりそのまま逃走してしまった。
しかし・・・。
本来なら、悪の組織側の人間で、しかも両親の仇ともあろう男の姪の事など気にしててはイ
ケナイ。
それでもオリバーの心の中から魔子の存在が消える事はずっと無かった。
「・・・未練がましいなぁ、俺って」
「は?」
思わず口を付いてしまった長男の呟きにトムが反応した。
「何でも無ぇ。早く風呂入っちまえ。あ、トム!祭りの日、俺『警備の巡回役員』なんだ。
けど、人出が足りなくてさ。三時間ばかり手伝ってくれないか?」
「いつって言ったっけ?」
「来週の土日」
「あ〜・・・悪ぃ、無理だ。友達が箱根までツーリング行こうって、俺メンバーに入れられ
てて・・・宿も取っちまってるって言ってるし」
「ガビ〜ン・・・」
「・・・オリ婆の最近のそう言うトコ、時々ジェム爺みたいだな。似て来た」
「馬鹿やろっ!俺の方が兄貴だ!俺がジェームズに似る訳無いだろ!」
変なトコで「兄貴」を主張したがる、ある意味ちょっと面倒なオリバーだ。
トムは凸ピンを食らわして来ようとした長男の攻撃を避け、風呂に入る為その場から立ち去
った。
「お誕生日おめでとー、エマ!」
ダニエルとルパート、そしてめぐみと夏海がパラパラと拍手した。
「・・・シケたメンバーだわよね」
折角集まってくれたメンバーに対し、いきなりのダメ出し・・・流石である。
「しょうが無いじゃないか。オリバーはお祭りのスタッフだし、ジェームズは仕事、トムは
箱根・・・」
「にしたって、どうよ、このメンバー!小林と白湯はどーしたのよ!」
「二人は『しらかば・ジャパン』の練習観に行っちゃったよ」
「はぁっ!?」
エマの目は、明らかに「馬鹿が二人とトドが一匹、それに馬鹿好きの変わった女」と言う括
(くく)りだ。
「エマの為にわざわざ集まった僕達に失礼じゃないか!だったら僕らも帰るけど?」
「帰んじゃないわよ!今日はうち、パパとママが結婚式に呼ばれて帰って来るの夜遅いんだ
から!誕生日を一人で祝う女の子の気持ちになってみなさいよ!」
「ボニーは居ないの?」
ダニエルは「僕は女の子じゃないから女の子の気持ちなんか分かんないよ」と思った。
ちなみに、ボニーはエマの妹だ。
普段はあまり池照家のメンバーと絡まない。
彼女は割と一人で居るのが好きな女の子なのである。
「さぁ、あの子最近何考えてるか分かんないのよね〜。自分の部屋に居るとは思うけど。こ
っちに呼んだんだけど来ないの。食事も独りで食べるって・・・自分の妹ながら、あの子っ
て根暗よね〜?」
エマはベーッと舌を出した。
「ふ〜ん。あのさ、今からでもいいからお祭り行かない?エマもめぐみちゃんも夏海ちゃん
も折角浴衣来てるんだしさ」
確かに女子達はみんな浴衣姿だった。
エマはピンク、めぐみはブルー、夏海はイエローでなかなか華やかである。
「オリバーの仕事の邪魔は極力しないでおこうって決めてるの、私!もう子供じゃないんだ
から♪それに、折角頼んだこの大量のご馳走どうするつもりよ!無視する気っ!」
一日置きに夕方「レインボー」にタダ食いに来てる癖に、言う事だけは「大人の女」をアピ
ールするエマ。(その他の日はジェームズの働く「トレビア〜ン」に出没し、ジェームズの
給料から散々飲み食いしている事も、ここに付け加えておこう)
確かにエマの部屋には大量の料理が並べられていた。
彼女の両親が「みんなで食べさない」と置いて行った金を全て注ぎ込み、自分の誕生会の「
食の演出」を自らしたエマである。
ピザやチキンや寿司は勿論、ケータリングのあらゆる会社から届けられた大皿料理・飲み物
が部屋を埋め尽くしていた。
「何でこんなにご馳走用意するんだよ・・・食べれるの?」
ダニエルは大食感ではあるが、流石にこの量には閉口だ。
部屋はあらゆる料理の匂いが混じり合っている。
「予定がちょっと違ったのよ!来れない奴がこんなに続出するなんて私が考える訳無いじゃ
ない!でも、オリバーだってきっと、大した食事しないで駆け付けてくれる筈だわ!そうに
違いなわ!『絶対来てね』って、愛情タップリ篭ったカード渡したんだもの♪その為の料理
って事でいいじゃないのよ!」
「・・・あ、そ」
ダニエルは反論するのも面倒で、適当に話を合わせた。
「安心してくんちぇ〜、エマちゃ〜ん。大丈夫です〜!私、結構食べれますよ〜?」
めぐみがニヤッと笑った。
「アンタがバクバク食べてどうすんのよっ!今日の主役は私なんですからね!忘れないで欲
しいわ!それにそれ以上デカくなったら、本気『動物園が引き取り』に来るわよ!」」
「チェッ!エマってば、えばってばっか・・・」
「何ですって?」
ルパートの呟きをエマは見逃さない。
しかし、ルパートはまた自分で言った、若干「韻を踏んだ言葉(エマってば、えばってばっ
か)」に自らウケてクスクス笑っている。
「あ、そうだ・・・はい、エマ。これ、プレゼント」
ダニエルがファイルのようなモノを手渡した。
「何かしら?言っておきますけど、すっごく期待してるわよ!だって、十六の誕生日って言
ったら、外国では大人扱いらしいし・・・あらっ、ちょっと!」
エマはファイルを捲り、ワナワナと震えた。
が、「怒りの震え」ではなさそうだ。
「へへ〜、気に入っただろ?」
「こ、こ、こ・・・これ、これはっ!オリバーのプライベート生写真じゃないのよー
っ!アンタにしては上出来じゃない!やるわね!」
エマがダニエルをバシバシ叩きながら、次々ページを捲っている。
「だって、エマの誕生日には『オリバー』が一番だろ?痛いよ・・・」
「その通りよ♪」
エマはまだダニエルをバシバシ叩きながら、「だらしない恰好で眠りこけているオリバー」
だの、「クシャミした瞬間のオリバー」だの、「新聞紙を広げて足の爪を切っているオリバ
ー」だの、「風呂に入る為に下着姿になったオリバー」だのの写真を食い入るように見つめ
、ウットリ頬を染めている。
「それじゃ、コレは僕からだよ」
ルパートはクルクル丸めた画用紙をエマに手渡した。
「・・・何、これ?」
ルパートから差し出された紙を広げ、エマが訝しい顔をする。
随分「チンケ」なモノだと瞬時に判断した。
中を見て見ると、筆で悪戯描きした「人(?)らしき」絵・・・。
エマの表情は格段に曇った。
「あのね、それね、『エマ』だよ。僕のお部屋からエマが本読んでベッドで寝っ転がってる
のが良く見えるの。『十六歳のエマ』ってタイトルだよ」
「イヤラシイっ!アンタ、レディーのそういう姿盗み見て絵なんか描いてんじゃないわよ
!馬鹿っ!」
「馬鹿じゃないモン!ゲージュツだモン!」
「アンタが芸術なんか描ける訳がないでしょっ!それに、もっと素敵な私の恰好を描いて欲
しいわよね。言ってくれればせてめ余所行きの格好だって出来たのに・・・。けど、下手く
そね、アンタ!何が何だかちっとも分かんないわよ、この絵。チンパンジーだってもう少し
上手いわよ」
エマはポイッと後ろに画用紙を放った。
めぐみがそれを拾う。
「いンえ〜、エマちゃ〜ん。ルパートさんは都の美術コンクールでこの間『特別賞』貰った
くらいなんですよ〜。美術はずっと通信簿『5』だし・・・んね〜?」
めぐみがフォローした。
「・・・ふ〜ん、こんな奴のこんな絵が?はンっ!」
エマは馬鹿にしたような目でチラッと今一度絵に目をやり、肩をヒョイと上げた。
エマのその態度と言い草に、ルパートの唇がプーッと前に突き出る。
「ま、いいわ。今回は貰って置いて上げる!アンタがもしっ!『もしも』よ?有名になっ
たら、この絵を売り飛ばして金に換えるわ!あはは♪だから、絶対有名になるのね!いいわ
ね!」
「・・・・・」
プレゼントに貰ったモノを本人の目の前でいつか売り払うなど・・・エマくらいしか言えな
い極悪なセリフである。
そして、夏海からはソックスを二足と伊達メガネを貰い、めぐみからは手作りのケーキと綺
麗な色のリップを貰った。
ダニエルからは、預かって来たと言う小林と白湯からの「映画の前売り券」を受け取った。
(エマはそれに対しても、「一人分しか無いじゃないのよ」とか「こんな映画誰が観るって
のよ!」とか・・・文句ばかりだ)
「って言うか、このメンバーじゃ『間』が持たないわ!テレビ付けてよ、夏海!リモコンそ
こっ!」
王様ゲームをやっても居ないのに、既に王様なエマ。
メイドのように夏海を使う。
「ったく!何にもやってないわね。この時間・・・」
エマは一日どれだけ文句を言って暮らしているのか・・・テレビ掛けた瞬間これでは先が思
いやられる。
しかし、そうは言ったものの結局クイズ番組を観る事になり、そして、観ていれば見てるだ
け段々番組に真剣になり、いつの間にかエマはダニエルと競って漢字の穴埋め問題に取り組
んでいた。
「僕、おしっこ・・・」
結構飲み食いし、そこそこ時間が経った頃、ルパートが席を立った。
「エマ・・・トイレどこだっけ?」
「下」
「・・・下のどこ?」
「下に行けば分かるわよ!うるっさいわね!今私『答え』を考えてんだから、話し掛けない
でくれるっ?」
「フン・・・エマなんか、ホント『スネ夫』だよ」
「何か言った?」
「何でもないモンねーだ」
ルパートは心の中で「馬ぁー鹿!馬ぁー鹿!」とエマを呪い、ドアのノブを捻った。
「わっ・・・」
エマの部屋のドアを出ると、エマの妹ボニーと鉢合わせになった。
「こんばんは、ボニー。居たの?」
「こんばんは、ルパート。居たよ」
「ねぇ、トイレどこ?」
「下」
「下のどこ?」
殆ど今、エマに聞いたセリフと同じような事を聞くルパート。
「教えてあげるよ」
「あ、エマと違うね。ボニー」
「かもね」
「それに、髪の毛が変わったね」
「・・・ま、ね」
ルパートの言う「髪の毛が変わった」は、正しくは「髪形が変わった」だ。
以前は短かったボニーの髪は今は随分伸び、両サイドの耳の位置で二つに結ばれてあった。
ボニーは普段は口数が少ないが、ルパートとは割と言葉の遣り取りをする。
それに・・・実は彼女、エマ以上の「毒」の持ち主でもある。
姉の失敗や災いに対し、ほくそ笑むのが彼女なのだ。
それからルパートは結局トイレに行った後エマの部屋には戻らず、下の階でボニーと一緒に
お喋りをしたりゲームをしたりして時間を過ごした。
そしてエマの部屋でも、いつの間にか夏海はダニエルと二人だけの会話を始めていたし、エ
マはめぐみと女子ハナ(ガールズトーク)で花を咲かせ、「え〜、マジでぇ〜」とか「超ウケ
るぅ〜♪」とか言いながら、ファッションだのスウィーツだのの話で盛り上がっていた。
ピンポ〜ン♪
オリバーが誕生会に合流して来た。
オリバーは自前の浴衣の上に、町会の半被姿だった。
エマは舐めるように、ジロジロと愛する人の浴衣姿を眺めている。
「ごめんね、エマちゃん・・・誕生会に遅れた。はい、プレゼント」
「わぁ、綺麗〜ぃ♪ありがとう、オリバー」
エマはオリバーから花束を貰う。
が、イマイチその花束の趣味がよろしく無い。
しかし、そんな事はエマに取ってはどうでもいいのだ。
好きな人が自分の為にくれた花束だ・・・どんな素敵な花より彼女にとっては最高なのであ
る。
こんな所・・・結構エマは「乙女」だ。
エマはイソイソと甲斐甲斐しく、仕事を終え疲れて帰って来たオリバーに対し、ビールを注
いだりグラタン(すっかり冷え切っていた)を取り分けてやったりした。
「あれ、ジェームズはまだなのか?」
オリバーはキョロキョロしてダニエルに聞いた。
「うん」
「オカシイな・・・あいつ、とっくに仕事終わってるはずなんだけど?」
「あ、そうなの?でさぁ〜・・・僕はその時小林にツッコんだんだ。『なんでやねんっ!』
って」
「あははは♪」
ダニエルは今、夏海とのおしゃべりに夢中だった。
ダニエルは決して顔立ちが悪い訳でもないのに、どこか一つ女性に「これだ!」と言わせる
決め手に掛けている男なのだった。
理由は簡単だ・・・「話題がスベる」のである。
が、夏海はそのダニエルの話を可笑しそうに笑っている。
ダニエルもやはり、自分の話を面白く聞いてくれる女の子は好感触だ。
いつも以上にハイテンションでドモり捲りながら・・・そして、ボディランゲージ出し捲り
ながら喋り捲っている。
ピンポ〜ン♪
「お、噂のマイ弟・ジェームズじゃないか?」
オリバーの言う通りだった。
ジェームズがエマの部屋のドアを開けた。
「ごめんごめん・・・相当遅れた。満員電車避けるのがちと大変で・・・」
「・・・別にアンタは遅れたって構わないのよ」
エマからは冷たい言葉が発せられる。
同じ顔立ちの双子に対しての対応が百八十度違うエマだ。
実はエマ、自分が長年「初めて会った瞬間に恋に落ちた」と思っていた(思い込んでいた)人
物が、実際はオリバーでは無くジェームズだと知ってから特に彼に対する態度が冷たい。
むしろ・・・ジェームズを憎んでいた。
「お誕生日おめでとう、エマちゃん。これ、プレゼント」
ジェームズは一旦エマの部屋から廊下に出て、何やら途轍もなく大きな袋を手渡した。
「何よ、これ?」
「いーから開けてみな」
エマはニヤニヤしているジェームズの事をジロッと睨み、疑わしそうに袋を破った。
「あっっっ!」
特大のミニーちゃんのぬいぐるみだ。
河合エマは自分より可愛いのは、この世に置いて「ミニーちゃん」しか居ないと思っている。
「マ、マジ?マジなの・・・これ?え?え?」
エマは驚き過ぎて・・・嬉し過ぎて言葉が上手く出無かった。
「マジも大マジ!欲しいって前に言ってたでしょ?」
「言ってたけど・・・これ、メチャメチャ高いのよ!」
「社会人をナメないで貰いたいもんですな〜。お、美味そうだな、料理♪」
ジェームズはオリバーの隣に腰を下ろし、早速海老フライを二口で喉の奥に押し込んだ。
「ほら、俺・・・エマちゃんの『夢』をちょっと壊しちゃったからさ。これで取り敢えず勘
弁してよって事で・・・」
「そうか・・・だからお前、非番の日削って仕事入れてたんだ?」
「え・・・?」
オリバーからのプチ情報にエマがジェームズの顔を見た。
「言うなって!カッコ悪ぃだろーが、ネタばれなんて・・・。はぁ〜・・・俺、喉も乾いた
・・・」
「ビールでいいですか〜、ジェームズさ〜ん?」
「お、サンキュー、めぐみちゃん」
めぐみがジェームズに注いでやった。
エマはミニーちゃんを抱き締めたまま、まだポカンとしていた。
ジェームズは左手にビールのコップ、右手に箸を持ち、口一杯に冷えたピザを押し込んでモ
グモグ動かしている。
「『トレビア〜ン』さ、今日もまた商店街の奥様軍団が来店してくれて・・・有り難いもん
よ、ホント。このご時世に週五日通ってくれるからなぁ、あの人達。で、俺を指名して注文
くれるもんだから・・・店長が『ボーナス少し弾んでくれる』って。いやぁ、顔が良くて良
かったぁ、俺。あ、そっちのサラダ何?マリネ?」
「相変わらず『奥様専門』だな、お前・・・。でも、同じ顔でも俺はオバチャンにはそんな
に人気無ぇぞ?」
オリバーがマリネの入った皿を差し出した。
「そりゃあ、アレよ・・・。婆さんは『固い』モン。その点俺は、写真もいつもオッケーだ
し、握手にも応えるし・・・韓流スターみたいなモンよ♪あ、俺さ、今日仕事してる時に面
白い事考えてさ・・・」
ジェームズは割と下品な話を愉快そうに兄やめぐみに対して話始めた。
エマはすっかりタイミングを逃してしまった。
「ありがとう」の言葉を言う機会を失ってしまった。
そして・・・豪快に笑っているジェームズを見つめ、ちょっと胸が痛んだ。
自分は散々ジェームズに悪態を付いて来た。
勝手に自分が勘違いしてジェームズの事をオリバーだと思って恋して居たのに、その種明か
しが分かるや否や、言葉の猛攻撃を彼に対して送った。
通常言葉の悪いエマが言う毒・・・とてもじゃないが、もう一度言葉にするなど出来ない。
なのに・・・このプレゼントだ。
自分が何気なく呟いた「どうせ貰えないプレゼント」のはずだったのに、ジェームズはそれ
を覚えててくれ、ワザワザ仕事を増やしてまで買ってくれたのだ。
「・・・・・」
しかも自分は、一日置きにジェームズの店でタダで飲み食いしている。
流石のエマも、暫し静かになった。
「じゃあ、おやすみ〜。ダニエル君」
夏海は十時になると家に帰って行った。
帰ると言っても「河合家」「池照家」「温田家」は横繋がりなのだが、夏海は本日の門限を
しっかり守る女の子であった。
「良い子だよなぁ、夏海ちゃんって」
オリバーはビールの後焼酎に変え、かなり目が半トロ状態でダニエルに言った。
「付き合っちゃえよ、ダニエル・・・彼女、多分お前の事好きだと思うぞ?」
「いや!僕にはルパートだけだから!」
ダニエルはコーラでゲップしながら、疲れて眠くて「酔った」ような表情をしていた。
「あのなぁ〜・・・何度も言うけど、お前達は兄弟なんだよ。しかも男同士だぞ?どうにも
ならねぇんだ。いい加減に学べ」
「いや!僕はそれでもルパートが一番なんだ!って・・・ルパート、ちっともトイレから帰
って来ないなぁ・・・珍しく便秘かな?」
「いや。下でボニーと遊んでたぞ?ダーツして・・・」
「えっ!」
ダニエルは慌てて自分もそれに参加しようと階段を下りて行った。
エマも散々騒ぎ食いしたので、疲れたのだろう。
ジェームズに貰ったミニーちゃんを抱き締めながら眠ってしまっていた。
「じゃあ私、先に帰ってお風呂沸かしておきます〜」
めぐみは大方空き皿やコップを片付けて、「よっこらしゃーのしゃ」と立ち上がった。
「あ、助かるよ。俺も一緒に帰るわ。風呂入って寝たい・・・流石に疲れた。玄さん(みな
さん、覚えているかな?)にジャンケンで負けて、盆踊り久しぶりに踊っちまったからさ・・・」
オリバーも酔った足を縺(もつ)れさせ、フラフラと立ち上がった。
「ジェームズ、お前はどうする?」
「俺、そこの『(スパ)ゲッティー』とガーリックトーストだけ食ったら帰るわ。余らして置
いたってどうせ捨てるだけだろ?勿体無ぇ・・・」
「・・・良く入るな」
オリバーは胃を押さえて少しポンポンと叩いた。
「俺、自分が時々牛じゃないかって思うね。胃が四つくらいあると思う。婆さん、腹叩くな
よ。アンタの事を愛しているレディに嫌われっぞ?」
ジェームズがエマを指差した。
「高校生からすれば俺なんかオッサンだ。それにエマちゃんは充分可愛い。そのうち、素敵
なカレシを見付けるだろうよ。って言うか、我が家のエンゲル係数をあんまし上げるような
食いっぷりはよしてくれよな?場合によっては『胃』を半分にする手術を兄として薦めるぞ?」
「しょーがねーじゃん、育ち盛りなんだから〜ン♪」
ジェームズが甘え声を出した。
「何言ってんだ。充分もう育ってるだろが。お前と俺今年幾つだっ!」
「みっちゅでしゅ♪」
「よせ、気持ち悪いっ!」
オリバーがジェームズの背中を足で軽く蹴っ飛ばした。
めぐみがエマの顔を覗き込んだ。
「エマちゃんに挨拶しなくて大丈夫ですかね〜?それに、ベッドで寝ないと風邪引くかも・
・・。けンど、めんこい顔して寝てんなぁ〜」
めぐみは割と毒舌キャラに対し、好感を持つ人間なのかも知れない。
トム然り・・・エマ然り・・・だ。
「あぁ、これだけ食ったら俺が寝かせてやるから大丈夫よ。ご老人は風呂入って寝ろ!」
ジェームズは兄を「オブラートに包んだ言い方」をし、口に命一杯スパゲッティーを頬張っ
て口をモゴモゴしながら喋った。
「エマちゃんに手出すんじゃねーぞ?」
「出すか!この子は兄貴に夢中なんだろが」
「顔が良くって良かったぜ、俺。女子高生に好かれてるんだモンなぁ。『オバ専』のどこか
の誰かさんは可哀想だけど・・・」
「てめっ・・・」
「あはははは!じゃーな!エマちゃんの事、よろしくな!」
オリバーは笑いながらめぐみと帰り、部屋にはジェームズとエマの二人だけになった。
が、エマは寝ている。
ジェームズはテレビのリモコンを自由に弄ってチャンネルを変えた。
「おっ!あははは♪」
「お笑い」がやっていた。
ジェームズはお気にりのコンビをそこで見つけ、大いに笑った。
「あれ・・・婆さん、焼酎結構残してんじゃんか、勿体無ぇなぁ・・・」
ジェームズはキャップを開けると、とっくに溶けて無くなってしまった氷の無いグラスに焼
酎をドボドボと注ぎ、山盛りに残っているスパゲッティーを肴にロックでそれを飲み始めた。
夜が更けて行く・・・。
「・・・重っ」
何時間か経ち、エマが腹の上に圧迫を感じて目を開けると、豪快なイビキを掻いたジェーム
ズの腕がドッカリと自分に乗り上げていた。
「こいつ・・・重いじゃないのよっ!んもぅ、馬鹿っ!」
「うんしょ」とジェームズの腕を払い除け、ムックリと体を起こす。
「って言うか・・・今何時なの?」
ショボ付いた目を擦って壁の時計を確認すると、夜中の十二時半を有に回っている。
「ちょっと・・・アンタ!起きなさいよ!こんな時間よ!ちょっと!」
エマはユサユサとジェームズの体を揺すったが、ジェームズは本気の深寝で全く起きる気配
が無い。
何かをたまにムニャムニャ言ってはまたイビキ・・・そんな感じだ。
「浴衣着た意味無かったわね、私。祭り、結局行かなかったんだし・・・。ま、いっか・・
・取り敢えずオリバーには披露出来たし」
傍らで豪快に眠っているジェームズをチラッと見るとエマは立ち上がった。
「・・・お風呂入ってパジャマに着替えようっと。そろそろもうパパとママも帰ってるかし
ら?帰ってるわよね?」
神戸のおばさんの娘の結婚式に参加して今日帰って来る筈の両親・・・。
「ホントあの二人、こんな可愛い娘を置いて良くもホイホイ出掛けられるもんよ。しかも、
今日は・・・あ、もう昨日か。私の誕生日だったってのに。プレゼントは相当凄いのを要求
してやるんだから」
ミニーちゃんの巨大ぬいぐるみを今一度愛おしそうにギュッと抱き締め、イビキを掻いて眠
っているジェームズに今一度視線を落とすエマ。
「ん〜・・・」
ジェームズが寝ぼけてミニーちゃんに抱き付いた。
「放しなさいよ!これ、私のでしょっ!ちょっと・・・あっ」
ジェームズの腕がエマをグイッと自分の方に引き寄せた。
エマはそれにより、ジェームズに覆い被さるような格好になった。
エマの顔の僅か十センチの所にジェームズの寝顔がある・・・。
「・・・/////」
エマは息が出来なかった。
愛する人とソックリな顔の男の寝顔がすぐ目の前だ。
ドキドキが止まらない。
「ちょっ・・・あの・・・」
エマらしからぬ、緊張したか細い声を出した。
「・・・だ」
「え?」
ジェームズが何か言った。
「何?今、何て言ったの?」
「・・・だ。俺、ンだ・・・」
「・・・?」
「俺んだ・・・」
オレンダ・・・?
俺んだ・・・。
俺のだ・・・。
・・・えっ?
お、「俺のだ」って・・・そ、それ「私」の事?
・・・えっ?
エマの顔が真っ赤になった。
「こ、困るわよ、そんな・・・。だって、私にはその・・・オリ、オリバーが・・・////」
エマが慌てた。
「好、き・・・」
「・・・え?」
「好き、俺・・・ん〜・・・んが・・・」
「え・・・す、好き?好きって・・・え?わ、私?えぇっ!?」
声が引っ繰り返った。
エマは心臓が飛び出そうな程、緊張していた。
生まれて初めて、人から告白されたしまった。
こ、こんなのって・・。
こんなのって、まるで・・・ド、ドラマみたいじゃないのよ・・・。
エマは伏し目がちにもう一度ジェームズの寝顔を見つめた。
ジェームズの睫毛は思いの外長い。
こんなに間近でジェームズの顔を・・・いや、父親以外の男の人の顔を今までエマは見た事
が無かった。
「あ、ホクロ・・・」
凄く小さかったが、オリバーの首の所にはホクロがあった。
が、ジェームズにはそれがなかった。
二人の違う所を一つ発見してしまったエマ・・・。
「うぷっ・・・」
不意にジェームズの息が気になり、エマは顔を背けた。
酒を散々飲んでいた為、ジェームズは物凄く息が酒臭かったのだ。
エマは顔を顰(しか)めた。
しかし、それは逆に「大人の男」を意識させた。
同じ歳のダニエルなどには無い、大人の男の匂いだ・・・・・。
「あら、ヒゲの剃り残し・・・」
間近で見ると、色々な発見があった。
肌が意外と綺麗な事とか、髪の色が実は真っ黒では無かった事などだ。
「ん〜・・・」
ジェームズがまた寝言をムニャムニャ言った。
たまにモゴモゴ口を動かしたりニヤケたりしている。
何か夢を見ているようだ。
エマは、ジェームズの唇が突然気になってしまった。
ドッドッドッ・・・。
こんな時、ドラマや漫画の世界では男女は「次の展開」がある。
エマの中に妄想の世界と現実とが一緒くたにになった。
彼女には、ずっと憧れていたキスシーンがある。
あまりにもベタだが、夕焼けの中校舎の裏でキスする学生服姿の自分と相手・・・・・。
多少それとは違うが、現実なんて・・・意外とこんなモノなのかもしれない。
ドッドッドッ・・・。
ジェームズは依然眠ってままだ。
・・・これはひょっとして、神様がそうしろって言ってるのかしら?
私に、「大人への扉を開けなさい」って・・・・・。
エマは独自の判断をした。
しかし、葛藤もした。
・・・でも「ジェームズ」なのよ?
いいの、私?
この人は顔は同じでも私がずっと好きだった人じゃないのよ?
「オリバーじゃない」のよ?
それでホントに良いの、私・・・・・?
エマ心臓の音は、人生で最大級ので早鐘を打っている。
ドッドッドッ・・・。
「あぁ、ヤダ・・・なんかもうどうでも良くなって来た。私、もうこの『間』に耐えられな
いっ!」
エマが勇気を振り絞り、少しだけ「ん〜」と唇を突き出してみた。
「ねー!まだスパゲッティー残ってるー?」
ルパートがダニエルと一緒に元気良くエマの部屋を開けた。
ドッキーーーーーーーッッ!!!
焦ったの焦らないの・・・・・・焦ったなんてもんじゃない。
エマは間一髪ジェームズを突き飛ばして向こうに追いやり、自分も彼から身を翻(ひるがえ)
した。
その為ベッドの足に思いっきりお凸をぶつけ、「っつぅー・・・」と痛がっている。
「あ〜あ・・・もうスパゲッティー無くなっちゃったよ。ジェームズめ〜」
ルパートはエマに突き飛ばされたくらいでは起きやしない、二番目の兄の尻にポカッと蹴り
を入れた。
「・・・何してんの、エマ?」
ダニエルが不思議そうに聞いた。
「・・・何でも無いわよ。まだ居たの、アンタ達?」
エマはお凸が赤くなって腫れていた。
「もう帰るトコ。ボニーと久々に遊んで楽しかったよ。あ、じゃね、エマ。おやすみ」
「で・・・ジェームズはエマのお部屋にお泊まりなのかな?」
「ばっ・・・そ、そんな訳無いじゃない!連れて帰ってよ、こんな奴!」
ルパートの言った何気ない一言にまた顔を赤くしたエマ。
「でも、めぐみちゃん連れて来ないと無理だね。一回帰るよ・・・行こう、ルパート」
「うん」
二人が階段を下りて行く。
エマはドキドキしながらソォ〜ッとジェームズを見た。
「コイツ・・・良く寝てられるわね」
「会いたかったぁ〜、会いたかったぁ〜、会いたかったぁ〜、イエ〜ッ♪」
「・・・・・」
ボニーが開け放たれたエマの部屋のドアの前を、「AKB」のヒット曲をを歌いながら通り
過ぎて行く。
エマは一瞬意味深な目で自分を見つめた妹に対し「何よ?」とばかりにガンを付け、ドアを
バンッと激しく閉めた。
「ホント・・・あの子って妹ながらちょっと不思議・・・?」
一方、ジェームズはドアの衝撃音に驚いて跳ね起きた。
「うぉ・・・何だ?」
「何でも無いわよっ!起きたんなら、アンタもとっとと家に帰りなさいよ!」
「おりょ?みんな居ないし・・・。わっ、こんな時間じゃん!ヤベッ!おやすみ、エマ
ちゃん」
「・・・・・」
ジェームズはあちこちに体をぶつけながら部屋を出て行き、階段の途中までジェームズを迎
えにやって来ていためぐみにおんぶされ、下に降りて行った。
「あ、おじさん、おばさん・・・お帰りっす。そして、おやすみでーす。ウエッ・・・流石
に食い過ぎた。俺、多分夢の中でも何か食ってたな・・・う〜、腹が重い」
少し前に帰って来て居間で寛いでいた河合家の両親に挨拶し、ジェームズはめぐみの背中で
揺れながら玄関のドアを出て行った。
エマは自分の部屋の窓からそんな二人の姿を見下ろしていた。
「・・・カッコ悪」
と、温田家の二階の部屋でも次女の陽子が窓から顔を覗かせていた。
どうも時々こうしてジェームズ絡みで陽子と鉢合わせしてしまうエマ。
陽子はフレンドリーな笑顔でエマに「こんばんは」とばかりに手を振って来たが、エマは無
表情で手を振り返し、「フンッ」と窓を閉めてカーテンを閉じた。
「あ、そう言えばケーキ食べ忘れた・・・」
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