第五話「新しい家族」


国道17号線から一本中に入った裏通り、街灯の転々とした「庚申塚通り」を、巣鴨方面

に向かってトボトボと歩く、見事な赤毛と黒っぽいブラウンの髪色の少年二人。

言わずと知れた、ルパートとダニエルの後姿だ。

二人は始め、自分の家から近い「新庚申塚駅」から都電荒川線・・・所謂(いわゆる)「ち

んちん電車」に乗って、荒川の河川敷
(かせんじき)辺りに出ようと考えたが、持ち金が二

人合わせて千円も無かった事から、考えを変えた。



「・・・お腹減ったね、ダン・・・」

「うん・・・」

二人はそろそろ「巣鴨地蔵通り商店街(とげぬき地蔵商店街)」に差し掛かっていた。

「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる、日本でも割りと有名な、あの商店街だ。



お地蔵様をお祭りする、毎月「4」の付く日は、日本各地からこの駅(巣鴨)を目指し、高

齢化社会の中心的人物達がドッと集まって来る。

巣鴨駅前にある「マクドナルド」は、「S」「M」「L」と言う明記は無く、「大」「中

」「小」でメニューが書かれている事でも有名だ。

全て「お年寄り優先」の地域なのだ。

朝方、「マック」を利用した客が、参拝後にまた利用するなど当たり前!

お年寄りにも優しい「マック」は、東京都「巣鴨」駅前にあるのだ。



この通りには和菓子屋や甘味処など、「腹減り二人」の腹にダイレクトにブローを効かせ

る店が軒
(のき)を連(つら)ねている。

但し・・・幸な事に二人は、あまり和風甘味を食べなかったので、イマイチそういった店

に食指は動かずにいられた。

二人を刺激したのは専(もっぱ)ら、コンビニから出てきた高校生が持っている、「おでん

」や「からあげ」や「肉まん」の袋の方だった。



「ルパート・・・『おでん』食べたいね。それに・・・喉が渇いた・・・」

「うん・・・でも、僕達あまりお金がないから、少ししか買えないよ?」

それでも行き当たりばったりな二人は、コンビニに入り、それぞれのドリンクと、僅かな

量の「おでん
(具は少ないのに、汁だけ大盛り)」を買って、歩きながら食べた。

「今日・・・どこに泊まろうか・・・?」

ダニエルは三年生なのに、今日も部活をしてきてしまったので、ルパートより更に腹が減

っていた。

おでんを少しばかり食べたくらいでは、腹が「グゥグゥ」鳴っている。

「ダン・・・バックからお菓子出そうか?」

「う、ん・・・」

ルパートは夕方漫画本を見ながら食べていたお菓子の箱をバックから取り出すと、それを

ダニエルに与えた。

「ルパートも食べれば?」

「ううん・・・ダンが食べろよ。僕は今いい」

よもやまさか、夕方部屋で漫画を読んでお菓子を摘んでいる時、夜、自分が家出する羽目

になるとは思わなかったルパート。

こんな事なら、あの時お菓子の箱を開けずに、全部取っておくべきだったと少し反省して

いた。



自分も勿論腹は減っていたが、ルパートはダニエルに全てお菓子を上げたかった。

夕飯が「焼肉」だったのに、自分と一緒に家出を決めてくれたダニエルに対し、「感謝」を

込めての行動だ。

しかし・・・実際には、ルパートだって相当に腹が減っている。

「せめて晩ご飯の焼肉だけ食べてから、家出しても悪くなかった」・・・と、ホトホトガ

ックリしていた。

半分足を引き摺()るようにして歩く二人・・・相当に気の毒な後姿だ。



「ねぇ、ダン。僕達・・・お父さんとお母さんのトコに行こうか・・・」

「え・・・?」

ボソッと呟くように言ったルパートの横顔を、ダニエルが見つめた。

ルパートの笑顔は商店街の灯りに灯され、何だか哀愁漂い、淋しげに見えた。

自分達の両親はとっくに亡くなっている・・・「二人の所に行こう」と言う事はつまり・

・・。

「ダメだよ、ルパート!死ぬなんて考えちゃダメだ!」

「・・・え?何言ってるの?」

ルパートはキョトンとしてダニエルを見つめた。

「だって今、『お父さんとお母さんのトコ行こう』って。二人はもう死んでる人だし、『

行こう』って事はつまり、『あっちの世界に行こう』って・・・そういう事なんじゃない

の?」

「あ〜・・・ごめん、違うよ!僕、『赤鬼の和尚さん』のトコに行こうって言ったんだ」

「え・・・『赤鬼の和尚』・・・あぁ!いい考えだ、それ!

二人は、俄然(がぜん)歩く気力が生まれてきた。

「赤鬼の和尚」・・・と言うのは、「池照家」の菩提寺に当たる、「慈眼寺の和尚」の事

だ。家から歩いても、僅か二十分くらいで着く「慈眼寺」。

文豪・・・芥川龍之介やら谷崎潤一郎の墓がある。

子供の時、小説家になりたかったオリバーは、今は亡き、かの大先生達に肖(あやか)ろう

としたのか、良くこの寺に来ては墓掃除を買って出た。

和尚は、少林寺拳法を使いこなし、気孔を学び、かつては地元の大食い選手権と編み物選

手権で優勝した・・・らしい経歴の持ち主。

この寺に来る前は、京都延暦寺(えんりゃくじ)で修行を積んだ・・・と言う事だ。

だが、そのどの一つも立証する確証はない。



和尚の風体は、縦にも横にも格闘家並みに大きく、酒を飲んだようにいつも赤ら顔だ(

に赤鬼の和尚
)

しかも・・・名前はやっと聞き出した所によると、「ハグリッド」と言うらしい(変わっている・・

・本当に日本人か?兄弟の名前も日本人っぽくなかったが、この際置いておく
)

和尚は、どこで購入したのかちょっと判らない、見た事もないような変わった動物を何匹

か、外で適当に放し飼いで飼っていた。

檀家の人々は、みんなその動物達を怖がって、滅多な事ではこの寺に近寄らない。

食べられてしまうのではないかと、ビクビクしているのだ。

実際、何度もこの寺は地元住民に訴えられ、「奇妙な動物の鳴き声が聞こえる」と、パト

カーを出動させられた経歴がある。

この寺には、両親健在の頃から「池照家」の兄弟達は良く遊びに来ていたし、何より・・

・ここの子供好きの和尚なら、必ずや二人を泊めてくれる事請け合いだった。



「あのお寺に行くの、何気に久しぶりだね、ルパート」

「そうだね・・・いつもあの人から変わった味のおやつを貰ったよね?」

「うん。下手くそなのに、必ず手作りのお菓子なんだよね。ねぇ、覚えてる?『硬くて食

べられないケーキ』貰った事・・・」

「あれは不味かったね・・・って言うか、硬くて一口も食べられなかったから、美味しか

ったのかも分かんないや」

「あはは♪懐かしいね・・・。トムなんか昔、あの和尚さんが飼っていた、『羽の生えた

変な動物』に爪でガリッてされて泣いちゃったしね」

「トムはあれっきり生き物が嫌いなんだ。だから時々『しーちゃん』を虐めるんだ。餌を

箱から取っちゃうんだよ・・・」

「あ〜・・・それは多分、『しーちゃん』が食べなかったきゅうりが、箱の中で腐ってた

から、捨ててくれたんじゃないかなぁ・・・」

二人は楽しい話をしながら、「慈眼寺」に向かっていた。

いつの間にか、「家出」してきた事すら忘れていたハッピーな二人。

勿論その頃トムは、またクシャミをしていた。

 




「あ、そうですか・・・遅くにすいませんでした」

オリバーは溜め息を吐きながら受話器を置いた・・・次はどこに電話を掛けようかと、電

話帳を睨んでいる。

丁度そこへ、ジェームズが家に帰って来た。

トムとジェームズはオリバーに言われ、二人の弟達を表に探しに行っていたのだ。

オリバーは家に残り、あちこちに「弟が邪魔していないか」と電話を掛け捲っていた。



「雨降りそうだぜ、外・・・オリバー、どうだった?」

「行きそうなトコは全て電話した。どこにも顔すら出してない」

オリバーは眉間に皺を寄せ、心底落ち込んでいた。

「そんな面すんなって。きっとトムが見つけてくれる・・・あいつ、バイク出して探しに行ってるし・

・・」

「だといいが・・・。ダメだ・・・ジッとしてられねぇ。俺も、表探しに行くわ」

オリバーが靴を履いた。

「・・・じゃあ俺は、今度『山手通り』まで行って来る」

「・・・悪いな、ジェームズ・・・」

「気にすんなって。オリバーの方こそ・・・大丈夫か?顔色相当悪いぜ?」

「俺の心配はいい」

「『魔子ちゃんの事』は・・・」

「その話は、もうしないでくれ」

「・・・あ、そ・・・」

オリバーの感じで、ジェームズは詳しく聞かなくとも何となく事態を把握した。

結局は・・・上手く行かなかった恋だったようだ。

残念だが、仕方が無い・・・気持ちを切り替えて行かないと。

オリバーとジェームズの双子は、家の前で別れて、それぞれ逆方向に走り出した。

確かに空は今にも雨が降り出しそうだった。

オリバーは、自分の言ってしまった言葉をずっと後悔していた。

 

「出て行けっ!」

 

ルパートの事を大声で非難した・・・だか、結局合っていたのはルパートの方だった。

海藤魔子は・・・宿敵ヴォルデモート卿の姪だった・・・。

どんなに好きになっても・・・自分の両親の死の原因を作った人間の血縁者とあっては・

・・付き合うのに気が引けた。

魔子自身に非はない・・・とても感じのいい女の子だった。

可愛くて健気で人当たりが良くて・・・しかし・・・既に過去の話だ。

オリバーは魔子の事を考えまいと、我武者羅(がむしゃら)に走った。

腹を空かして歩き回っている二人の弟を想像すると、ズキンと胸が痛んだ。

オリバーは自己嫌悪に陥りながら、段々と灯りが落ちていく商店街を駆け抜けて行く。

全体的に年寄りが多いこの界隈は、明かりが落ちていくのが多分、普通の商店街より多少

早いのだ。

しかし・・・魔子はどうして「遺書」など持ち出そうとしたのか?

あの紙に・・・何か秘密が隠されているのか?

オリバーはブンブンと頭を振り、「今はそれ所じゃない」と自分に喝を入れ、順番に明か

りが消え始めている商店街を走った。

 




「和尚さ〜ん!」

「和尚さん!開けて〜!」

ダニエルとルパートの二人は、「慈眼寺」の表門をドンドンと叩いた。

「聞こえないよ、こんなトコから呼んだって。和尚さんはずっと中の方にいるんだもん。

よし、塀
(へい)をよじ登ろう!」

ダニエルはヒョイと自分のバックを塀の向こう側に放り込み、自分も勢いを付けてジャン

プし、サッと塀の上に上った。

ルパートは「すご〜い♪」と、単純にパチパチ手を叩いた。



「さ、ルパート!」

自分に付いて来いとばかりのダニエル。

「えぇ〜っ?僕、ダンみたくカッコ良くそんなトコ登れないよ」

ルパートは下から情けない声を出した。

運動神経はハッキリ言って、兄弟一愚鈍なルパート・・・ダニエルとは全然違う。

本人曰(いわ)く、「自分はおそらく文科系」・・・らしい。

これには、三人の兄達の大爆笑を買った・・・「ナイス・ジョーク、ルパート!」。

これにルパートは憤慨して、三時間だけ誰とも口を利かなかった。

しかし、実際ルパートには「絵の才能」があるようで、美術だけは毎回通信簿は「5」だ

ったのだ。



「別にカッコ良さは重要じゃないけど・・・手を出して、ルパート!引っ張ってあげるよ」

「登れるかなぁ〜、僕・・・」

ルパートは心配そうに、まず持っていた自分のバックをダニエルに渡し、そして今度は手

を出して、ダニエルに上から引っ張って貰った。

「も・・・も、少し・・・だ・・・」

バタバタともがいているルパートを、顔を真っ赤にしながら引き上げているダニエル。

ダニエルもルパートも必死になって踏ん張り、そして二人は、何とか境内の中に入り込め

た。

見事な着地を見せたダニエルと、情けない格好で砂利の上に転がっているルパート。

「危なかった・・・。向こうの通りを警察官が巡回中だった。僕、見られたかも・・・」

ルパートが少し気にした。

「大丈夫だよ。交番の警察官達はみんな、『喫茶レインボー』の常連だし。さ、何か食べ

させてもらおう。本当に死にそうなくらいお腹がペコペコだ」

「うん」

さっき食べた「おでん」は、すでに腹には無かった・・・どこかに消えてしまったらしい。

二人は砂利の上に転がっている自分のバックを拾うと、ダッシュして寺に駆け込んだ。



しかし、寺の中も勿論真っ暗だった。

いや・・・真っ暗ではない。

大きな仏壇の前の明かりだけがユラユラ揺らめいていた。

不気味に「お釈迦様」や「観音様」や「閻魔大王」などが、こっちをカッと見つめている

コワッ・・・お化け出そう・・・」

ダニエルが少しビビッた。

得意な分野とそうでない分野が、分かりやすいダニエル。

 

「あーーーーーーーっっ!」

 

突然ルパートが大声を出した。

普段の彼からは有り得ないほどの、本当の大声だ。

「ど、ど、ど・・・どうしたの、ルパート?な、何か・・・いたの?」

ダニエルは心臓がバクバクで、持っていたバックを落とし、咄嗟にルパートにギュッと抱

き付いていた。

ダニエルはお化けが大嫌いだったのだ・・・意外な所がヘタレなダニエル。

ルパートにしがみ付きながら、辺りの様子を伺うように、大きな目をキョロキョロさせて

いた。



「ダメだ、ダン・・・もう、家に帰ろう!」

「えっ?」

「明日は日曜日だ!『電王』の日だ!僕、絶対アレ観たい!」

「え〜っ!?」

ダニエルが驚きの声を上げた。

「電王」とは、日曜日の朝テレビでやっている、変身モノの子供向けの番組だ。

「ダンだって、『電王』好きじゃないか」

「好きだけど・・・あれだけオリバーに言われたのに、のほほ〜んと帰っちゃうの?」

「だってぇ〜・・・『電王』がぁ〜・・・」

ルパートは、人生最大の失敗をしたような情けない声を発した。

「友達の小林が、確か毎週ビデオ撮ってたよ。それを見せて貰えばいいじゃん」

「僕ん家、ビデオデッキなんかないじゃないか!借りたって観られないよ・・・あぁ〜・

・・」

ルパートはへたり込んで、もう一歩たりとも歩けないような感じだ。

お気に入りの番組に「命を懸けて」いたルパート・・・。

「小林の家に行けばいいよ。今日は一晩ここに泊めて貰って、明日の朝、僕と一緒に小林

の家に行けばいい。テレビ見せて貰おうよ!」

「・・・うん」

ルパートは膝を抱えてしゃがみながら、「希望の光」が見えたようにダニエルを見上げた。

ダニエルはズキュ〜ンと、その愛らしい自分の兄の瞳に射抜かれた。

どんな境遇だろうが何だろうが、とにかくルパートが可愛けりゃ何でも許せるダニエルな

のだ。

「ホント・・・何て可愛いんだ、ルパート♪僕はやっぱり君と一緒に家出して来て、大正

解だったよ!」



「『家出』がどうしたって?」

「ウッギャーーーーーーーッッ!!」

 

背後からの喉太な声に、ダニエルとルパートが抱き合って悲鳴を上げた。

振り返るとそこに、「赤鬼の和尚」がどーんと仁王立ちで突っ立っていた。

久しぶりに見ても、やっぱり見上げるような大男だ。

和尚は、彼の年齢や風体に到底似合わない、「ピンクのドット柄のパジャマ」を着ている。

腕の中に抱いているのは・・・何だろう・・・まさに「見た事もない、変わった動物」だ。

和尚は、しきりにその動物の頭を撫でていた。

二人はあまりに驚いたので、口を開けたままカチンコチンにフリーズしまった。

「何だ、お前ら・・・『池照家』のガキ達じゃねぇか。こんな時間にここで何やってんだ

?ほら・・・取り合えず中に入
(へい)れ」

二人は固まったままの格好でヒョイと和尚に担(かつ)がれ、希望通り家の中へ入れて貰え

た。

とにかく・・・こうして無事、和尚には会えたのだ。

 




「・・・いない・・・」

トムも家に帰ってきた。

ヘルメットを取って、ジャンパーを濡らしていた飛沫(しぶき)を払った。

外は本格的に雨が降って来ていた。

オリバーもジェームズも帰って来ていた・・・二人共髪が濡れていた。

「ボォ〜ン♪」と言う、十年来の調子っ外れな、時を告げる「壁のボンボン時計」の音

で、三人は今の時刻を知った。

夜、十時半・・・普段なら、ダニエルもルパートも「エンタの殿様」を見終えて、楽しそ

うにその話題で盛り上がりながら、一緒に風呂に入っている頃だ。



「俺のせいだ・・・」

オリバーが頭を抱えた。

いつもの正座ではなく胡坐(あぐら)スタイルで、長めの髪を掻き毟(むし)っている。

「違う・・・オリバーのせいじゃない」

ジェームズがすぐに訂正した。

そうでも言ってやらないと、気の毒なくらい落ち込んでいる兄を見兼ねてだった・・・。

 

コンコン!

 

外からの居間の窓を叩く音に、みんなが反応してそっちを見た。

「・・・エマちゃん・・・」

隣のエマだった。

オリバーが腰を上げ、カラカラと扉を開けた。

「どうしたの、こんなに遅く・・・?」

「ダンとルパートなら、多分・・・その辺に居るはずよ。私の友達が、通りの向こうから

二人を見たって・・・」

「え?」

「あの二人・・・そんなに財布にお金入ってた例(ためし)ないし・・・。多分、ご飯を食

べさせてくれて、寝かせてくれるどこかに向かっていたんじゃ・・・」

「そうか・・・。でも、何でアイツらが家出してるの知ってるの、エマちゃん?」

「えっ・・・」

まさか望遠鏡で、一通り覗き見していたとは言えなかったエマ。

目があちこちを泳いでいる。

 

ジリリリリリリ〜ン♪

ジリリリリリリ〜ン♪

 

旨いタイミングで、「池照家」のけたたましい黒電話の呼び出しベルが鳴った。

みんながハッと電話を見つめた。

「お前取れ・・・」

オリバーはかなり逃げ腰に、ジェームズに指図した。

「何で!?オリバーが取れよ。一番近いだろ?」

「いや・・・もし万が一、二人が『オカシな犯罪』とかに巻き込まれてて、警察とかの電

話だったら・・・」

オリバーは、いつの間にか「オカシな想像」をしていた。

「何考えてんだよ、オリバー・・・。じゃあトム、お前が取れ!」

「はぁ〜っ?!」

ジェームズはトムに指図した・・・トムは電話から一番遠い。

トムは、二人の不甲斐無い馬鹿な兄達に冷淡な一瞥をくれながら、仕方なく受話器を取っ

た。



「あ〜・・・もしもし?」

思いっきり面倒臭そうな声で電話に出たトム。

やぁ、こんばんは〜♪その声はトム君だね?僕は君の親友の、『レオ〜ンハルト・ハ

インリッヒ』だよ♪」

トムはその声を聞くと、そのまま無言で受話器を元に戻そうとした。

「お〜っとっと・・・間違っても電話を切らないでくれよ、トム君!『おやすみの挨拶』

をしようとして電話しただけなんだ。君・・・今、何してた?」

「・・・死ね」

トムはやはり受話器を置こうとした・・・が、フッと思い立ってやめた。

「おい!『レオ〜ン・ハルト』!」

「ノーノー、トム君!僕は『レオンハルト』さ。アクセントに多少の問題があるのは、そ

れは僕が・・・」

「今はそんな話聞いてねぇ!お前、今、速攻で俺ん家に来いっ!」

「え、今から?トム君のお宅へ?」

「無理か?!」

「とんでもなぁ〜い!君が呼ぶのなら、マッハで向かうよ!」

「五分で来い!いいな!?」

「う〜ん・・・五分はちょっと、厳しいかなぁ。僕の家は『目白』にあるんだ。君の家か

らは少し遠いと言えるね。でも、嬉しいなぁ〜・・・君の方からまさか、僕をご招・・・」

 

ガチャッ!

 

トムは電話を切った・・・無駄話に興味は無かった。

「応援を頼むことにした。今から『金持ちの馬鹿』が来る。アイツの足を使おう!」

「『足』?」

「お前を崇拝している、あのオカシな外国人か?」

双子の台詞に、事態を知らないエマが目をパチクリさせた。

「まぁな・・・奴の車と運転手を頂く!オリバーとジェームズのバイクは、修理に出して

るから
(黒い煙を撒き散らして走っていたので、苦情が来たのだ)使えねぇだろ?外は雨降

ってるし、車は便利だ。アイツは俺が言えば、大抵は言う事を聞いてくれるからな」

「有り難いねぇ〜、『親友』は。ねぇ、『トム君』?」

ジェームズがジョークっぽく言った。

「俺達は『親友』じゃねぇ!それに、俺を『トム君』って呼ぶんじゃねぇよ!」

トムがまたもや一気に怒り始めた。

ジョークではなく・・・本当に「レオンハルト」を嫌っているようだった。

なかなか二人は「いいコンビ」に思えるのだが・・・。

 




「・・・和尚さん・・・コレは?」

ダニエルとルパートの目の前に、得体の知れない「ごった煮」の鍋がど〜んを置かれた

「暖かいし、滋養が付くぞぉ〜!鯉と鹿とサツマイモ・・・それに、ドジョウとニラ・・

・味噌味で拵
(こしら)えた。ニンニクもたっぷり入ってるし、美味いぞぉ〜!」

「・・・・・」

二人は一気に胃に圧迫を感じた・・・軽く吐き気さえ催(もよお)した。

物凄い獣臭(けものしゅう)が漂う、不気味な食べ物・・・。

「ダン・・・え、と・・・食べてみたら?」

「え・・・いや、ルパートからどうぞ?」

二人は互いに譲り合ってオカシな笑い方をしている。

「子供が遠慮かなんかするな!沢山ある・・・足りなかったら、また作ってやるし、一杯

食え!」

和尚はダニエルとルパートの、今の心情が全く分かっていないようだった・・・どうして

こういう人が「人に徳を説く、仏の道」に進めたのか・・・全く不思議だ。

繊細な心などは、「露」も持ってないように見える。

「僕は・・・いいよ。さっき、ルパートより一杯『おでん』食べちゃったし・・・」

ダニエルが、相変わらず変な笑い方をしている。

「あ〜・・・え、と、和尚さん、『カップラーメン』とかはない?僕、ラーメンが食べた

い気分・・・」

ルパートは考えた。

「お〜、ラーメンあるぞ!北海道から『ふるさと直送便』で、昨日着いたばかりの『ちょ

っと変り種』が!『蝦夷
(えぞ)・トド肉ラーメン』って言ってな、何と牛乳で・・・おい?」

二人共、いよいよ箸を置いてしまった。

どこまでも「味覚破壊」されてる、「慈眼寺の『赤鬼の和尚』」・・・かなり悪食(あく

じき
)だ。

この人に、まともな食事を貰おうと考えた二人が愚かだった。



「・・・僕達もう寝るよ、和尚さん・・・」

ダニエルがドッと疲れきった様子で言った。

「うん?メシはいいのか?」

「うん・・・何だか、突然胸が一杯になってきた。多分・・・『和尚さんの優しさ』が胃

に沁
()みたせいだ」

ダニエルは和尚がショックを受けないように優しく断った。

「いい青年に育ったなぁ、ダン・・・。親父さんとお袋さんが生きとったら、自慢の息子

だろうなぁ。何とも優しい・・・おう、寝るならこっちだ。風呂はいいのか?」

ハグリッドは大きな体にしては、涙もろい性格だった。

「じゃあ、お風呂だけ入らせて貰うよ。ありがとう」

ダニエルとルパートは、風呂だけはまともな慈眼寺の夜を過ごした。

何と言っても、今日一泊だけだ・・・明日は早めに小林の家に非難しようと考えた二人。

 




こ〜んばんは、トム君!この度は、お招きありがとう!」

レオンハルトはどこから買ってきたのか、赤いバラの大きな花束を持参してきた。

「遅いと思ったら・・・こんなモノ買ってたのか、お前は。何で男の家に来るのに、花な

んか持って来るんだよ?」

トムは怪訝(けげん)そうな顔で、その花束を半ば強制的に貰い受けた。

「だって、手ぶらでは来れないだろう。折角のトム君からのご招待ア〜ンド、初めてのち

ゃんとした君の家への訪問なのに・・・」

「で・・・何だ、その脇に連れてるドデカイ犬は?」

トムの視線はレオンハルトの後ろに移動していた。

熊かと思えるような巨大な犬が、ハッハッしながら尻尾をパタパタさせていた。

毛が・・・異常に長い。

どうやら日本の犬ではないようだ。



「この犬は僕のペットの『リュックヒェン・フランクバウアー』さ。実は明日朝一番に、

定期健診があるんだ。ここから連れて行こうと思って・・・。なぁ〜に、安心してくれ。

こう見えてかなり大人しい犬なんだよ、『リュックヒェン・フランクバウアー』は。ヨシ

ヨシ」

レオンハルトが犬を撫でた。

「あ〜・・・何て名前だって?」

玄関に出てきたジェームズが聞き返した・・・後ろにはオリバーだ。

「あ、これはお兄様方、以前はご挨拶もせずに失礼しました。この犬は『リュックヒェン

・フランクバウアー』です。で、僕はトム君の親友の『レオ〜ンハル』ムガッ・・・」

玄関まで出てきた双子に挨拶しようとしたレオンハルトの口に、小腹が空いて食べていた

自分のメロンパンを口に突っ込んだトム。

「挨拶は今は抜きだ。それに、覚えられないような難しい犬の名前のリピートは勘弁して

くれ。で、いきなり用件だけど、お前の車を貸してくれ。表に居るんだろ、運転手?」

「へ・・・あぁ、まぁ・・・」

レオンハルトは不思議そうな顔で、答えた。

「ちょっと野暮用でな・・・使わせてもらうぜ、いいよな?」

「うん、別に構わないけど・・・え、と・・・で、僕は?」

「お前はここで留守番だ」

トムはサクサクと話を進めた。



「あ〜・・・話が読めないのだよ、トム君。一体・・・」

「弟二人が行方不明なんだ。俺達みんな出払うから、適当に寛(くつろ)いでてくれ。うち

の居間に、今隣の女の子がいる。手とか出すんじゃねぇぞ!まだ中学生なんだからな。じゃ

、行こうぜ、オリバー、ジェームズ!」

「悪いね、『レオ〜ンハルト』!」

ジェームズがトントンとレオンハルトの肩を叩いた。

オリバー、ジェームズ、トムの三人は、異常な大きな犬を少し物珍しそうに見つめると、

そのままレオンハルトがポケッとしているうちに、姿をくらませた。

レオンハルトは、自分の名前のアクセントの間違いをジェームズに訂正したかったが、もう三人はいな

くなっていた。

「バウッ!」

「大人しくしているのだよ、リュックヒェン・フランクバウアー」

レオンハルトがまた「ヨシヨシ」と愛犬の長い毛並みを撫で、取り合えず居間に上がった。



「・・・・・」

エマが居間の畳に寝そべって、敷居の所に立っているレオンハルトをジッと見つめていた。

ミニスカートはギリギリまで捲くれ上がって、もう少しするとパンツが見えそうなほどだ。

エマの意識はそこにないのか?

「やぁ、お嬢さん。僕の名前は『レオンハルト・ハインリッヒ』!トム君の親友だよ」

「あ、そ」

エマはレオンハルトに興味無さそうに、「池照家」のアルバムを見ていた。

オリバーの子供の頃の写真に真剣だったのだ。

おぉ!それにはひょっとして、トム君も写っているのかな?」

エマの隣に腰を落ち着かせ、自分も食い入るようにアルバムを見始めたレオンハルト・・

・彼もエマの下着には興味が無かったらしい。

ジェントルマンと言えばジェントルマンな、レオンハルトだ。

「あ、ちょっと・・・私が先に見てるのよ!?アンタは後!あ、悪いけど、私にミルク

ティー入れてくれない?ポットそこ!カップあっち!ティーバックはそこの棚よ」

「・・・・・」

強い口調のエマに、少しだけビビッたレオンハルト。



それにしてもエマは、「池照家」の備品の場所を、オリバーに次いで良く知っていた。

ハッキリ言って、ルパートやダニエルより知っているだろう。

望遠鏡での盗み見は、ザラではないエマだ。

レオンハルトは自分の家ではお湯一つ沸かした事の無い男だ。

その男に・・・エマは「ミルクティーを入れろ」と命令したのだ。

レオンハルトは勝手が分からず、オドオドしながら「池照家」の台所へ入って行った。

玄関ではレオンハルトの愛犬「リュックヒェン・フランクバウアー」が、ご主人様のオタ

付きを知らぬように、また「バウッ!」と吠えた。

 




「ルパート・・・ねぇ、ルパートってば!」

ダニエルがルパートの肩を何度も揺すった。

「ん〜・・・なぁに、ダン・・・?」

ルパートが目を擦(こす)りながら薄っすら目を開けた。

開けても真っ暗だ・・・今は夜中だった。

「ねぇ・・・僕、トイレ行きたいんだけど・・・一緒に付いて来てくれない?」

「え〜・・・っ?一人で行ってよ、トイレくらい・・・」

ルパートが呆れた。

「怖いんだよ・・・一番離れたトコにあるんだもん、トイレ。ねえってばぁ〜・・・お願

いだよ〜。漏れちゃうよぉ〜・・・」

ルパートが寝てしまわないように、ユサユサと毛布を揺さぶるダニエル。

「んもぅ〜・・・しょうがないなぁ〜・・・」

ルパートは眠いのを嫌々ながらに起きて、ダニエルと共にトイレに向かった。

長く冷たい板張りの廊下は、一気に二人の裸足の足裏を冷やした。



「今何時なの?」

欠伸(あくび)をしながら、ダニエルに聞くルパート。

「二時半・・・」

「・・・『電王』の日か・・・」

「まだ言ってる・・・。大丈夫だよ、小林の家に行くんだから。じゃ、ちょっとここで待

っててね」

ダニエルは廊下にルパートを残して、トイレに入った。

ルパートは廊下の窓を少し開け、外の景色を見た。

秋の白っぽい月が夏場より一段上空で、煌々(こうこう)と地上を照らしている。

十月に入って、夜はすっかり秋の気温になっていた。

先ほどまで降っていた雨はいつの間にか止()んで、コオロギだか鈴虫だかが、どこかで

鳴いている。

下は見渡す限りお墓だらけで、少し遠くからは「国道17号線」を通る、車の音が聞こえ

ている。

「ん?」

「何か」が墓の中を動いた。

「・・・?」

ルパートは体を低くして、目だけが外を見るような体制になった。

ルパートの目は、まるで猫のようにキョロキョロと、その「何か」を追った。

確かに、墓の間を「何か」が動き回っている・・・結構大きい・・・何だろう?



「お待たせ、ルパート!どしたの?」

ダニエルは、洗った手をピッピッとしながら出てきた。

「ダン・・・お墓に何かいるよ」

「えっ!?」

「何だろ、アレ・・・人間じゃないみたい・・・」

「み、見るなよ、そんなの!早く布団に戻ろうよ!」

「人間じゃない『何か』」なんて、絶対絶対見たくないダニエルだ。

「でも、何が居るんだろう?こんなに夜中なのに・・・?」

ルパートは一度気になり出すと、とことん気にする性格だった。

「何もいる訳ないよ、夜中だよ?!気にするな!さ、早く布団に入ろうよ!あ、きっと和尚さんの飼

ってるペットか何かだよ。そうに決まってる!」

「う〜ん・・・僕、ちょっと見てくるよ・・・」

えっっ!!馬鹿言うな!お化けかも知れないぞ!?見たら・・・体を乗っ取られるぞ

!」

プッ!ダンって、時々発想が可愛いよね。大丈夫!正体さえ分かったら、すぐ戻って来

るから。プププ・・・先週テレビでやってた『洋画劇場』じゃないんだから・・・」

『ゾンビ』とか『妖怪』の話を、たまたまテレビで観てしまったルパートとダニエル。

ルパートは気にせずに、スタスタと廊下を歩いて行ってしまった。

ダニエルは布団に戻りたかった。

だが、部屋に一人になるのは嫌だったので、否応がなしにルパートを追った。

普段、狭い部屋に三人(自分とルパートとトム)で寝ているダニエルだったので、広い部屋

に一人は・・・耐えられなかったのだ。

 



「は、離さないでよ・・・絶対だよ?」

ダニエルはビクビクしながら、物凄い力でルパートの手を握っている。

深夜の墓場をウロつく、ルパートとダニエル。

「痛いよ、ダン・・・もう少し力を弱めてよ・・・」

「弱めたら『いざ』って時に、君、先に逃げるかも知れないだろっ!」

「逃げないよ・・・ダンを置いては、僕、逃げないよ?昔からそんな事しなかっただろ?」

「うん・・・そうだね。ごめん・・・」

「あ、ダン!あそこ!」

「ひ〜・・・」

ダニエルは、「見たくもないモノ」をジッと見つめなくてはいけなかった。

確かに・・・何か大きなモノが墓の間を歩き回っている。



「・・・黒いね。それに・・・大きいね・・・」

「う、ん・・・」

ダニエルのツバを飲み込むゴクリと言う音は、ルパートにも聞こえた(ルパートが少し笑

った
)

確かに、何か得体の知れない大きなものがノソッと動くのを見た二人。

自分達よりそれは、「大きなモノ」のようだ・・・何だろう?

「もうちょっと近付かないと分かんないなぁ・・・」

「いいよ!ここで充分だ!行っちゃダメだ!」

「ソレ」が気になるルパートと、気になるが見たくないダニエル。

「もう少しだけだって・・・」

ルパートが更に近付いた。

 

グルルルルルル〜ッ・・・。

 

「わっ、何か鳴いたぞ!」

ルパートが「何か」の唸り声に驚いて、声を上げた。

「ごめん、ルパート・・・今のは僕のお腹の音・・・」

ダニエルの腹が鳴った音だった。

「お昼ご飯を食べたっきりだもん、お腹減ってるんだよ・・・。お弁当食べたのが、物凄

く昔のような気がしてるよ」

ダニエルが腹を押さえた。

 

ガサッ・・・。

ムシャムシャムシャ・・・。

 

二人の会話が止まった。

今度は正(まさ)しく、ダニエルの腹の音などではなかった。

「な、な、な・・・何、い、今の?」

ダニエルは興奮時とは違った意味で、ドモり始めた。

「・・・分かんない。何か食べてるみたいな音だった・・・。あの辺からだったよね?」

「あ、ルパート!いやっ・・・」

ダニエルが必死に足を突っ撥()ねて嫌がっているのに、ルパートはどんどん前へ進ん

だ。

「嫌だって、ルパート・・・嫌、嫌だよ・・・やめて、ダメ、僕・・・あっ・・・」

ルパートがジト〜ッとダニエルを睨んだ。



「・・・変な声出さないでよ、ダン・・・。僕達『エッチな事してる』みたいに聞こえる

じゃないか・・・」

ルパートが唇をプクゥ〜と突き出している。

「だって、だって・・・もう帰ろうよ、ルパート。ねぇってば!」

「・・・分かったよ、もう・・・。意気地なしだな、ダンは・・・」

「君に何かあったら嫌なだけだ!僕は決して意気地なしじゃないぞ」

「ダンはエマにもお化けにもヘタレだ。ほら・・・部屋に帰るよ?歩けるの?」

「・・・無理。足が動かない」

「んもぅ〜・・・」

ルパートは仕方なくダニエルをおぶる事にした。

ヤダヤダヤダ!後ろになるの、僕、嫌だ!前がいい!ねぇ、抱っこして!」

「無茶言うな・・・無理だよ・・・」

「根性見せろ!」

「ダンこそ、根性見せて歩けよ!」

「こんなトコ歩けないよ!ルパートの馬鹿馬鹿馬鹿ぁ〜っ!

ダニエルが突然子供帰りした・・・こうなると手が付けられない。

「ダンが勝手に付いて来たんだろ?!だから先に部屋に帰れば良かったんだ」

「だって・・・だって・・・」

ダニエルは涙声だった。

「僕・・・『お姫様を抱っこ』するみたいには、無理だからね。ダンも前から抱き付くよ

うにしてくれないと・・・」

「あぁ、ルパート・・・ホント大好きっ♪

ダニエルはルパートの真正面からピョ〜ンとしがみ付くように抱き付き、ルパートはオラ

ンウータンの親子のようにダニエルを抱えながら、墓場をのっしのっしと歩いた。

その二人の姿を、二つの目がジッと後ろから見つめていた。

 




お〜い、起っきろぉ〜い!『ビリー』と『掃除』の時間だぞぉ〜!」

ハグリッドは木魚(もくぎょ)をポクポク鳴らし、ダニエルとルパートを起こした。

「えぇ〜・・・?まだ朝の四時半じゃないか」

ダニエルが目を擦(こす)った。

馬鹿タレッ!寺の朝は早いんだ!ほれほれ・・・起きて、俺と一緒に『ビリー』する

ぞ!」

「え、『ビリー』・・・?『ビリー』って・・・?」

言わずもがな「ビリー・ザ・ブート・キャンプ」の事だった。

和尚は通販で「ビリー」のワークアウトビデオを手に入れ、毎日こなしていた。

ダニエルもルパートも「ビリー」は初体験だ・・・特にルパートは二十分で根を上げた。

そして、約一時間の「朝の運動」を終えると、休みなくして、今度は境内(けいだい)と墓

の掃除を任された二人。



「お墓の掃除なんて・・・僕、生まれて初めてだ・・・」

ルパートだ。

「オリバーが昔ここに掃除しに来た時、僕、一緒に手伝った事あるよ」

「ふ〜ん・・・エライな、ダン・・・」

ルパートはまだ眠そうに、「ふぁあああ〜」と大きな欠伸(あくび)をした。

「夜中の『アレ』は、一体何だったのかなぁ〜?」

ルパートはまだ気になっていた。

「・・・・・」

ダニエルは早くその記憶を失くしたいようだった・・・ルパートの話を無視した。

 




「池照家」の居間では、レオンハルトが転寝(うたたね)していた。

 

ガタタ・・・。

 

「ん?」

外で何やら音がした。

「帰って来たのかい、トム君!弟さん達は・・・誰だ、君は!?

慌てて玄関まで出て行ったレオンハルト・・・しかし、居たのはトムではなかった。

鉤鼻に土気色の肌・・・ネットリとした少し長めの黒髪の男が、「池照家」のポストに何

やら入れ込もうとしている。

どう見ても「郵便局員」ではない。

君は誰だ!?『トム君』の家のポストに、今、何を入れようとした!?」

「え、と・・・あれ?君は?」

その人物がレオンハルトに聞いた。

「僕はトム君の親友の『レオ〜ンハル』・・・こらっ!逃げるな!リュックヒェン・フ

ランクバウアー!リュックヒェン・フランクバウアー!アイツを追え!怪しい輩
(

から
)
だ!

レオンハルトは愛犬を「スネイプ閣下」に嗾(けしか)けた。

驚いたのはスネイプの方だ。

まさかこんな大きな犬が、「池照家」にいるとは思わなかった・・・まるで、熊だ。

町内を何周もし、人目も憚(はばか)らず電信柱によじ登った・・・まさに、どこかの四コ

マ漫画のようだ。

「シッシッ!」

リュックヒェン・フランクバウアー」を何とか遠ざけたい閣下。

スマートにポスティングするだけの予定が、飛んだ事になった。



「・・・スネイプさん?アンタ・・・何してんの?」

トムが声を掛けた。

電信柱の下に「池照家」の三兄弟がいた。

「おい、やめろ。この人は知り合いだ。こらっ、犬!

「リュックヒェン・フランクバウアー」は、誰にも名前を憶えて貰えていなかったので、

ただ単に「犬」と呼ばれた。

ドイツの血統書付きの素晴らしい犬なのだが・・・気の毒だ。

トムは犬を上手に宥(なだ)め、その間に双子がスネイプを下ろしてやった。

「何で、この犬に追い掛けれてたんだ、アンタ?」

トムが聞いた。

「こ、これ・・・次回の『果たし状』を、ポストに・・・」

少しボロッとなった「果たし状」の文字・・・有り得ないくらい丸文字だ。

世界征服を狙っているヴォルデモート卿は、高校生並の絵文字やら顔文字を使いこなし、

「可愛い果たし状」をいつもスネイプに持参させていた・・・今日はピーチの香り付きだ。



「あ〜・・・ちょっと色々あって、留守番させてた奴の犬なんですよ。コレ、読んでおきます。あ、ヴ

ォルデモート卿に、『夏に頂いたキャノーラ油、すっかり使わせて頂きました』
とお伝えください

オリバーが丁寧に挨拶した。

「はい、じゃあ、また・・・」

スネイプ閣下の方もペコリと会釈した。

不思議な事に、互いに戦い合っているのに、お喋りの時は丁寧な二組だった。

去って行くスネイプの後姿に、相変わらず物凄い剣幕で吠える「リュックヒェン・フラン

クバウアー」。

犬、うるせぇ!ご近所に迷惑だろ、黙れ」

トムがペンッと犬の凸を叩いた。

「リュックヒェン・フランクバウアー」はそれで大人しくなった。

トムが自分より「↑」の人間だと認めたようだ。

 



「どうだった、弟君達は?」

一睡もせずにクタクタなって帰ってきた三人を迎えた、レオンハルト。

みんなにミルクティーを出してやった。

「居る場所は分かった。巡回中の警察官が『慈眼寺』の塀に登ったルパートを見掛けてい

る。後で迎えに行く。なぁ、少し寝とこうぜ?俺、疲れた・・・」

ジェームズは居間にゴロリと横になった。

続いて、オリバーもトムも横になった。

「俺・・・」

オリバーが何か言おうとした。

「今は少し寝ろ、オリバー」

ジェームズは早々と目を閉じた・・・トムも閉じた。

オリバーは暫く考え込んでいたが、やはり疲れていた・・・すぐに眠りに落ちた。



「・・・・・」

レオンハルトは困った。

「池照家」三人がみんな寝てしまって、自分はどうしていいものか迷った。

しかし、すぐにトムの横に添い寝した・・・レオンハルトも実は寝不足気味だったのだ。

エマが、作る度にレオンハルトのミルクティーをダメ出しするので、その度に作り直しをさ

せられていた。

おかげでレオンハルトは一夜にして、「ミルクティーの達人」に成り果
(おお)せた。

それに、「リュックヒェン・フランクバウアー」は、意外に神経質だったようで、自分の

家ではない場所での雰囲気になかなか馴染まず、何度も「熊並み」のクシャミをしていた。

その為、レオンハルトの眠りは度々中断されたのだ。

エマは「美味しいミルクティー」を飲むと、とっとと家に帰って行った。



「痛いっ!」

レオンハルトが頬を押さえて起き上がった。

「・・・俺の横に寝るんじゃねぇ!そっち行け!」

トムがレオンハルトの顔面にパンチを入れたらしかった。

「酷いじゃないか、トム君・・・君と僕の仲だろう?」

「どんな仲だ・・・」

トムはレオンハルトに背を向け、自分の体を守るようにして寝入った。

「気にするなよ、『レオ〜ンハルト』。トムは昔っから口が悪いんだ」

ジェームズが向こうから言った。

「あ、平気です、お兄様。僕は彼が、それでも僕の事を好いてくれていると確信していま

すから。それに僕の名前は『レオ〜ンハル』・・・痛いっ!

レオンハルトはもう一撃トムからパンチを頂戴した。

「いいから、もう寝ろ!」

そしてトムから更に怒られ、いよいよ押し黙ったレオンハルト・・・。

約十分後、四人の男達は、互いのイビキの大きさを競い合うような酷い寝姿を居間に晒(

さら
)していた。

「素敵・・・♪」

隣の二階からは、やっぱりエマが望遠鏡で、オリバーの「ダラしない寝姿」に見とれていた。

 




「ご苦労さん!さぁて、じゃあ朝飯に・・・ん?」

和尚が、二人の寝た部屋に朝食に迎えに行くと、畳まれた布団の横に置手紙があった。

「どうもありがとう、和尚さん。僕達行きます。コレ・・・→捨てて置いてください」

「とんがりコーン」の箱が置かれていた・・・コンビニで買った、コーラと水のペットボ

トルも置いてあった。

「まぁ〜ったく・・・最近の奴らは、お菓子ばっかでメシをろくに食わん・・・。だから

ダニエルもルパートも意外に身長が伸びなかったんだな?親父さんは大きな人だったのに

・・・」

和尚はお菓子の箱をグシャリとグローブのような手で潰(つぶ)し、ポイッとゴミ箱に放っ

た。

「ん?誰だ、そこから覗いている奴ぁ!?

和尚が突然、窓辺に向かって怒鳴った。

かなり大柄な女の子がノッソリとそこに突っ立っていた。

洋服は何となく薄汚れ、口の周りには「あんこ」らしきモノが付いていた。

どうやら墓に備えられていた菓子を食べたようだった。

「・・・何か食べさせてください・・・」

「・・・・・」

和尚は女の子を家に入れてやり、ダニエルとルパートに与えようと思っていた「変わった

朝食」をその子に与えてやった。

たまに箸が止まってジッと自分のお椀の中身を見ていたが、女の子は「ソレ」を六杯お代わりした。

 




正午近くになって目を覚ました男達は、簡単な食事を摂り(レオンハルトも「初ちゃぶ台

」での、純日本的な和朝食を頂いた。物凄く感激していた
)、三人兄弟は「慈眼寺」へ、

レオンハルトは犬を連れて定期健診に行ったので、そこで別れた。

「ダニエル!ルパート!迎えに・・・うおっ!

表門を入った三人をすぐに出迎えたのは、まさに「名前も分からない変わった動物」だった。

大きな羽をバタ付かせ、トムに襲い掛かろうとした。



ははは!トム、確かお前、前にもココで、「羽の生えた変わった動物」に食われそうに

なった事あったよな?」

ジェームズが言うと、オリバーも思い出して笑った。

笑い事じゃない!『平成』の世の中で、恐竜に食われそうになったんだぞ!?笑える

かっ!


トムの言う「恐竜」は満更嘘ではなかった・・・・・確かにアレは「恐竜のような動物」だった。

オリバーは少し寝た為か、いつも通りの落ち着きが出てきていた。

今は心穏やかに、ルパートと仲直りが出来そうだった。

和尚が、お経の教本を整頓をしているのを見つけた三人・・・挨拶して弟二人を迎えに来

た事を述べた。

「うん?ダニエルとルパートなら朝早くに出て行ったぞ?昨日は何かあったんか?聞いて

もアイツら答えなくてな・・・。オリバー、店の調子はどうだ?」

「あ〜、まぁまぁです。え、と、出て行ったって・・・どこへ?」

「そりゃ知らん。手紙だけ置いて出て行きよった。あ、昼飯食っていかねぇか。一杯拵(

こしら
)えたんだ。さぁ、上がれ上がれ!」

半ば強引に三人は家へと上がらされ、そして・・・かなり怪しい昼ご飯を、半強制的に食

べさせられた。

食べ終えた後、三人の顔色は限りなく「むじん君()」だった。

 




「楽しかったねぇ、ダン。やっぱ『電王』は楽しいよ。ご飯も美味しかったね?」

「そうだね、ルパート。僕・・・ふぁあ〜・・・お腹も一杯で眠たくなってきちゃったよ

・・・」

「帰ったら、少し寝れば?今日は、日曜日だし・・・」

「そうするよ。ルパートは?」

「多分・・・僕も寝ちゃうかも。へへ・・・」

「またくっ付いて寝てもいい?」

「いつもくっ付いて寝てるじゃないか」

「昨日は違ったモン。和尚さんが二つの布団、思いっきり放してくれていたしさぁ〜」

「それでも朝になったら、ダンの布団は、僕の布団のすぐ隣にあったよ?」

「夜中にちょっと動かしたんだ。だって、あの部屋寒いし、ルパートは暖かいし・・・」

「ダンはいつまで経っても甘ったれだなぁ〜・・・ただ今ぁ〜!

二人は元気一杯に挨拶して帰って来た。

「あれ?誰もいないや・・・どうしたんだろ?」

「すぐに帰ってくるよ、きっと。ダン・・・やっぱ僕も凄く眠たくなって来た」

「じゃあ、みんなが帰ってくるまでちょっと寝ようよ」

「うん・・・」

二人は何食わぬ顔で自分達の家に戻って来て、そして部屋に布団を敷いて、すぐに眠って

しまった。

家出して家を出ていた事を忘れて、いつものモードで戻って来てしまった二人。

基本的にハッピーな二人なのだ。

 



「大丈夫か、オリバーもトムも・・・?」

中では一番元気なジェームズが、オリバーとトムを半分抱えるようにして家に着いた。

「ヨイショっと・・・ん?」

弟達の靴が二足、玄関に脱ぎ散らかしてある。

「あれ?」

オリバーとトムを玄関に置いたまま、ジェームズが居間に顔を出した。

しかし二人はそこにいなかった。

「上か?」

今度はズダダダダと階段を上って、そして・・・。

「おお〜い!来て見ろよ、二人共!」

ジェームズが二階からオリバーとトムを呼んだ。

「何だよ・・・」

二人は玄関にひっくり返っていたが、這()うようにして二階へ上がっていった。

「・・・・・」

ダニエルとルパートが、パジャマ姿でまたもやペッタリくっ付いて、いつものように一つ

の布団で寝ていた。



「・・・呑気なモンだんぜ・・・」

トムが「やれやれ」と少し笑った。

オリバーはホッとしたのか、ヘナヘナと部屋の入り口に正座してしまった。

そんなオリバーの背中を、ジェームズがポンポンと叩いた。

「オエッ・・・」

タイミングが悪かった。

オリバーは気分の悪いトコにきて「ポンポン」と叩かれてしまい、ずっと耐えて我慢して

きた「モノ」が、一気に喉元まで上がってきた。

口を押さえて慌てて一階にあるトイレに走り込み、慈眼寺で食べた全ての物を吐き出した。

間接的にそれはトムにも伝染し、トムもオリバーに続いてトイレで戻した。

「・・・全く『感動的な再会シーン』になったもんだ・・・ん?」

口を拭きながらトイレからヨロヨロ出てきたトムは、玄関に突っ立っていた「何か」に気

付いた・・・デカイ!?



「ここ・・・さっぎ『お寺』に来ていた人達の家ですか?」

微妙に・・・言葉が訛(なま)っている。

「寺?寺って、『慈眼寺』の事か?」

トムがジロジロと「ソレ」を見ていた。

多分並べばトムより身長は大きい・・・それに、横幅も相当な肉付きだ。

「はい・・・お願いです。私をここの喫茶店で働かせてくんちぇ〜!」

はっ?あ〜・・・俺、その担当じゃないから・・・あ、オリバー、ちょっと!」

トムがオリバーに「ソレ」を任せて、上手く逃げた。

オリバーは水を飲みながら玄関に現れた・・・まだ若干顔色が悪かった。

「ん?あなたは、どちらさん?」

「私を・・・ここの喫茶店で働かせてくれねぇでか?」

「・・・・・」

ジェームズも玄関まで出てきて、オリバーと全く同じ不思議そうな顔で、「その人」を見

つめている。



「私、東京出で来で、色々騙されて、お金が無くなって、田舎に帰れねぇんだ。あの和尚

さんが、あんた達はいい人だって教えてくれた。なぁ、頼むぅ〜!人助けと思って、こ

こで働かせてくれねぇかぁ〜?」

「・・・今うちの店、人足りてんだよ・・・悪いけど・・・」

オリバーは、自分の後ろにポカンとして控えている二人の弟にアイコンタクトをした。

 

「警察呼ぼうか?」(トム)

「いや、大丈夫だろう?」(オリバー)

「適当に言って、出て行って貰え。係わるな!」(ジェーム)

 

「じゃあ・・・じゃあ、バイト料はいらねえ!その代わり、暫くココに住み込みで働かせ

てくんねぇかぁ〜?」

「はぁ〜っっ!?」

これには流石に、三兄弟がユニゾンした。

何て大胆な申し出をする人なのだろうと、ある意味恐れ入った。

「泊まるトコも今、ねぇんだぁ、私、なぁ、お願いだぁ〜・・・」

「あ〜・・・寺に行けよ?」

トムが言った。

「・・・あそこの食事、口に合わねぇ・・・」

ボソッと本音を言うその人物・・・みんなが無言で頷(うなず)いた。

「・・・ところで、あなたは男?それとも女?」

ジェームズが聞いた。

「まだ十台の乙女に対して、アンタ失礼でねかぁ〜?私は女だ!どこから見ても、女だべ

?アンタ、私をコケにした!セクハラだ!私この事、法的処置してもいいくらいだぁ〜。

でも、許してやる。だから、ここで住み込みのバイト・・・オーケー貰えるね?」

「はぁ〜っ!?」

「何〜?どしたの〜?」

ダニエルとルパートがパジャマ姿で、目を擦りながら下に下りて来た。



あ、オリバー達だぁ!帰って来たんだね?さっきビックリしたよ、みんないないんだ

モ〜ン」

「・・・お前達、家出してた割には、全然めげてないね」

ジェームズだ。

「あ、そうだった!僕達、そう言えば家出中だったよ、ルパート!」

「ホントだ、ダン・・・。間違って帰って来ちゃった・・・」

ジェームズの言葉に、いつもの「おっぺけ」な台詞をのたまった二人。

「・・・ルパート・・・あの・・・」

オリバーが突然言葉に詰まった・・・何かを言おうとしている。

「え、と・・・」

「ねぇ・・・昨日の焼肉食べちゃった?」

「へ?」

「肉・・・」

ルパートの言ってる事が、瞬時に理解出来なかったオリバー。

「あ〜・・・いや、残ってる・・・そっくり・・・」

「じゃあ、今日は絶対、夜『焼肉』しようね?」

ルパートがオリバーにニコッと笑い掛けた。

その笑顔は、「もう終わった事はナシにしよう」とオリバーには感じられた。



「・・・ダニエルの気持ち・・・俺、今なら少し分かるかも・・・」

オリバーがルパートの無垢な笑顔を見ながら言った。

「・・・お前・・・ホント、可愛い奴だわ・・・」

オリバーがギュ〜ッとルパートを抱き締めた。

あっ!ズルイぞ、オリバー!僕だって・・・」

ダニエルからも後ろから抱き付かれてしまったルパート。

「重いよ、二人共・・・」

「あ、私、実家が肉屋で・・・母ちゃんがタレ作るの見てたから、味付けは私がします」

「アンタ・・・まだ俺は・・・」

オリバーが何か言おうとした。

「はいはい・・・もうパジャマは脱いでね、子供達。顔を洗って。宿題はやったの?」

女はまだオリバーが採用と言っていないのに、サクサクと家に上がり込んで、散らかっている居間の毛

布やら、座布団やらを整頓し始めた・・・すっかりここの住人と化してる。

「おい・・・」

トムが「どう言う事だよ」とばかりにオリバーを見た。

「まぁ・・・暫くだけ、置いてやってもいいんじゃねぇか?困ってるみたいだし・・・」

お前はキリストかっ!?困ってるなら誰でも助けるんかいっ!?」

「誰に言ってる・・・俺か?兄ちゃんの言う事に文句あるのか?あぁっ!?

「池照家」に置いては、絶対年上の人に失礼な言葉や非難をしてないけないと言う、暗黙

の掟が存在していた。



「・・・チェッ!あんな図体ばっかりなトドみたいな女・・・オリバーの軽く五倍はある

んじゃねぇか?」

まさかっ!?せいぜい、三倍くらいだろ?」

オリバーが笑いながら言った。

「・・・オリバーって・・・表現がリアルだよな」

「?」

トムはオリバーが、「実は一番落とし込みが上手い奴」と思っていたのを、改めて実感した。



「フン!俺はあんな得体の知れない奴、認めねぇからな!」

トムが玄関で靴を履き出した。

「おい、どこに行く!?」

「バイト!」

「あ、そか・・・でも、早めに帰って来ないと肉無くなるぜ?食いブチが・・・しかも取り

分けて、よく食いそうなのが増えたんだからな」

「俺の肉食ったら、マジ許さん!」

トムが「女」の背中に中指を立てた。

「だから、早めに帰って来いって」

「あ〜・・・行ってきますっっ!!」

 

ガララ・・・ピシャッ!

 

トムは半ばヤケになりながら、家を出て行った。

望遠鏡で、そんな様子を見ていた隣のエマ・・・。

「何なのよ、あのトドみたいな女は!軽く相撲取りじゃないの!折角『魔子』がいなくな

ったと思えば、今度は『トド女』?オリバーったら、ホントに人がいいんだから。んもぅ

〜・・・チッ!

オリバーの優しさに、またもや舌打ちなエマだった。

女の名前は、蒲生(がもう)めぐみ・・・「めぐみちゃん」とみんなは呼ぶ事にした。

その晩、トムが帰った時には、やはりすでに肉は皿から消え失せ、玉ねぎが若干だけ残っ

ていた。

トムは益々めぐみが嫌いになった。

「・・・あの女・・・いつか必ず家から追い出してやる・・・」



めぐみの寝室は「居間」になった。

この家の誰よりもイビキのデカイめぐみ・・・。

玄関入ってすぐの居間に彼女がいる・・・と言う事は、ある意味「番犬」を一匹飼ったの

と同じだった。

「レオンハルトの犬」が一匹いると思えば我慢出来る・・・と言うのが、みんなの意見だ。

トム意外は、みんなすぐに「めぐみちゃん」の存在を柔軟に受け止めていた。

 

 

第五話完結       第六話へ続く        変身目次へ        トップページへ