第八話「健康診断とオカマの『朱実』」
木漏れ日の中・・・今日一日地球上を照らしていた太陽が弱い光を放ち、そろそろ姿を消し始める時間
・・・秋の夕暮れ時。
「フンフンフ〜ン♪」
ルパートは外の庭の方を向いて居間で正座をし、山のような洗濯物を楽しそうに畳んでいた。
庭では、「コッコッコッ」と池照家の雌鳥(めんどり)三羽、「かあさん」「おくさん」「
よめさん」がチョコチョコと動き回り、何か食べ物が無いかと土を突っ突いている。
部活もバイトもしていない「お気楽な帰宅部」のルパートは、放課後は全て自分の時間だ。
ルパートは働く意欲が無い訳ではない。
しかし新しいバイトは、運良く採用され働き始めても、作業で失敗してすぐに辞めさせら
れたり、かと思えば、馬鹿丁寧し過ぎて時間に間に合わなかったり、面接時に既に「不思
議ちゃん」を見破られて採用されなかったり・・・などなどの原因で、今尚ルパートは「
帰宅部」なのだ。
本当は自分の稼ぎが、少しでも家計の助けになればいい(実際は自分のお菓子代が欲しい)
と、優しい事を思っている。
なのに世間は、「そんな彼」にとことん冷たかった。
悩み事らしきものも、今の所特に無く、池照家の中で一番「楽しい毎日」を送っているル
パート。
毎日、行き先も考えずにどこかへ出掛けてしまったり、道草をくってなかなか家に帰って
来なかったり・・・気ままな「ハッピーライフ」だ。
明日の自分の予定を、自分自身が知らないルパート・・・まさに「未知なる未来」。
ルパートはとことん自由だった。
「パクパク・・・」
右手と左手に「誰かの靴下」をそれぞれに被せ、即席の「蛇のパペット」を作って一人遊
びしているルパート。
「・・・・・」
在り得ないくらい早くに大学から帰ってきたトムが、ルパートの背中越しにその「一人芝
居」をジッと見つめて、音を立てないようにソ〜ッと踵(きびす)を返した。
「大変だ、オリ婆ぁーッ!」
大きな音を立てて「喫茶レインボー」のドアをバァ〜ンッと開けたトム。
「誰が『オリ婆』だっ!それに、ドアは静かに開けろ!唯でさえ最近ドアの調子がお
かしいんだ。第一・・・『営業中』になんだよ、デカイ声出して。ってか、どした?早い
じゃん、今日・・・」
オリバーは一度に色々トムに喋ってきた。
「喫茶レインボー」のカウンターでは、また「太一」が勉強グッズを広げ、オリバーに教
えて貰っていた。
すっかり「レインボー」の「夕方の風物詩」になっている、このシチュエーション。
店のその他の客は、「金物屋の主人、山根さん」だけだった・・・また店を抜け出して、
ココで競馬新聞を読んでいる。
「相変わらず『いい男』だねぇ〜、トム!どうだい?俺のトコの『佳代』をそろそろ貰わ
ねぇかい?」
耳の所に赤鉛筆持参で、ハンチング帽にジャンパー・・・「大井競馬場」辺りに多く出没
している、まさに典型的な競馬好きの「オッサンスタイル」だ。
「『佳代』さんって、四十過ぎてんじゃん・・・他、当たってくれよ(そうは言っても、
実際トムのガールフレンドには、年齢は関係ない。美人で金持ちなら、トムは六十歳だっ
て「友達」に欲しいくらいだ)。なぁ、オリバー!ルパート・・・アイツ大丈夫か?」
「どういう意味だ?」
オリバーは、太一の「漢字の読み」を添削してやっていた。
「あいつ、洗濯畳みながら何かブツブツ『一人芝居』してたけど・・・」
「あ〜、いつもの事だ。気にすんな」
「いつもの事っ?!?なぁ、一回、精密検査とかして貰った方がいいんじゃねぇのか?
アイツ・・・昔から思ってたけど、どっか『オカシイ』よ」
トムが言いたかったのは、自分の弟が「少し脳に問題があるのではないか」・・・と言う
事だった。
「『オカシイ』のはお前の方だ、トム!何でこんな時間に帰って来てんだよ?」
オリバーは、トムの「ルパート・オカシイ説」には全くスルーだった。
確かに「妖精のように不思議なルパート」だったが、勉強だってほどほどは出来るし、絵
の才能は美術の先生からもお墨付きを頂いているほどだ。
ただ、日本の・・・いや、東京のこの「セカセカした競争社会」には、ルパートと言う少
年は合わないかも知れない・・・。
「今日はバイトがねぇんだ。それにサークルもないし、デートする女はみんな出払ってて
、俺は金がねぇ・・・で、帰って来るしかないだろ。悪いかよ、早く帰って来ちゃ?」
トムは文句を垂れた。
「別に悪かないけど、ちょっと不気・・・あ、お帰り、めぐみちゃん!」
めぐみが店に入って来た。
唯でさえ「肉布団」でムクムクなのに、モコモコのコートでいつにも増して丸々している
めぐみ。
「遅くなりました〜!寒いですよ、外・・・。あ、トムさん〜、お帰りデスゥ〜」
寒さに弱いデブ・・・秋田出身の語尾上がりのトド(トムとエマ曰く)、「蒲生(がもう)め
ぐみ」・・・身長182センチの巨身で、トムと同じ十九歳の「乙女」だ。
めぐみの後ろには、何と・・・レオンハルトだった。
「やぁ、トム君・・・」
こちらは、両手に一杯の買い物袋を抱えてヨタッている。
滑らかなレザーのジャケットにカシミアのマフラー、ビンテージモノのジーンズのお洒落
なクォーター「レオンハルト」に、スーパーの「トイレットペーパー」が、悲しいくらい
に似合っていない・・・ビニール袋からは、ねぎと大根が頭を出している。
「う、少し前の俺状態」・・・トムは思った。
オリバーやジェームズに白菜だの味噌だの米だのを頼まれると・・・嫌で嫌で仕方が無か
ったトム。
トムは所帯染みているのが究極に「ダサい」と思っているので、日用品の買い物が本気に
嫌だった。
「トムさん、今日は早いですね〜」
めぐみはコートを脱いでも、まるでコートを着ているように体がムクムクだ。
「トム君・・・お先、お邪魔してるよ!めぐみさん、これはどこに置けばよろしいでしょ
う?」
レオンハルトはスーパーのビニール袋を提(さ)げたまま、「親友のトム(自称)」に挨拶代
わりにウインクした。
トムはそんなレオンハルト見なかった事にした。
トムはレオンハルトの「ワザとらしい」所とか「キザな」所が、相変わらず好きでなかった。
「レオンハルトさ〜ん!じゃあ、そのテーブルに置いてください〜。オリバーさん、『柔
軟剤』がいつもの切れていたんで、今回だけ他のにしちゃいましたけど・・・」
「あ、それでいいよ!サンキュー、レオ〜ンハルト!ご苦労だったな」
オリバーは買い物袋の中身をチェックしていた。
「いえ・・・あれは『か弱い女性』一人が持てる量じゃなかった。僕がたまたま顔を見せ
て、本当に良かったです」
トムはめぐみの図体を見て、「どこが」と心の中で独り毒づいた。
「あ、お兄様。僕は『レオンハルト』ですよ!発音は伸ばさない感じで!それと、僕の勘
定でいいので、めぐみさんに一杯何か飲み物をご馳走したいのですが・・・」
レオンハルトは律儀にも、毎回必ず自分の名前を訂正した。
「あ、そう!そりゃ毎度〜♪良かったね、めぐみちゃん」
「そんないいですよ〜、レオンハルトさ〜ん。レオンハルトさんが殆ど持ってくれたので
、私ちっとも疲れてませんから〜」
「秋田弁」で見た目「トド」なめぐみと、「クォーター(ハーフの更にハーフ)」で「オシ
ャレ」なレオンハルト・・・二人は有り得ないくらいに不釣合いだった。
「まぁ、そう仰らずに・・・。オレンジジュースなどいかがです?」
レオンハルトは、「当たり障り無いもの」を誘ってみた。
「出来れば私・・・図々しいんですけどパイナップルジュースが好きなんです〜」
結構、ちゃっかりしているめぐみ。
「あ〜、そうですか。素直な意見を言えるめぐみさん・・・素敵です♪では、お兄様。彼
女にパイナップルジュースを!あ、じゃあ、僕にも同じものを!」
「毎度ぉ〜♪」
オリバーは二人分のジュースを注ぎ、カウンターに置いた。
十一月のパイナップルジュース・・・どうよ?(トム、心の声)
めぐみは椅子に座った途端に一気にジュースを飲み干し・・・すぐに立ち上がって、オリ
バーと一緒にキッチンで働き出した。
「のんびりした優雅なお茶の時間」とは程遠い、豪快な飲みっぷりをしためぐみ。
レオンハルトは、折角「カップルのように」めぐみとドリンクを飲めると思ったが、それ
が期待ハズレに終わり、少しショボンとしている・・・トムはニヤリとした。
結局「太一」の横で独り、チューチューとパイナップルジュースを飲んだレオンハルト。
「でもよぉ・・・知らねぇ間に、お前ら髄分親しげじゃん・・・」
トムはこの展開に、普通に驚いていた。
「意外にレオンハルトさんと私、共通点が多かったんですよ」
「まさかっ!?」
トムとオリバーが一緒に叫んだ・・・・・どうやらオリバーもこの二人の組み合わせに、大いに疑問を持って
いたようだ。
「実際そうなんだよ、トム君。僕達、ほぼ一緒の歳までフランスとドイツに住んでいた事
が分かったんだ。お互いに共通の友達も存在していたし・・・めぐみさんとは懐かしい話
が出来て、とっても楽しいんだよ」
レオンハルトはかなり気分が良さそうだ。
少し意味あり気に、カウンターの中のめぐみを見やった。
めぐみの方は、呑気に大あくびをした所だった。
「まぁ、だからって私ら別に何にもねぇですけどね〜。なぁ〜、レオンハルトさ〜ん?」
「あ〜・・・ははは♪ま・・・『今の所』はそうですね、めぐみさん」
どうやらまだまだ「レオンハルトの片思い中」のようだった。
トムはまた、思わずニヤリとした。
レオンハルトの思惑通りに進まない事が、至極楽しそうだ。
カララ〜ン♪
「いらっしゃ・・・何だ、ジェームズか。何だよ、みんなして店に集まって来て・・・。
ってか、お前も早いな、今日・・・」
「さみーんだよ、外・・・。『就活』なんかしてられっかってんだ。あ、めぐみちゃん。俺に『レモ
ンティー』ね!」
「おいっ・・・」
オリバーが嫌そうな顔をした。
しかし、めぐみの方はさっさと「紅茶」の用意をし始めた。
「よぉっ、レオ〜ンハルト!」
ジェームズはレオンハルトの隣に座った・・・レオンハルトはブツブツと、「僕の名前は
レオ〜ンハルトじゃなくって・・・」などと呟いていた。
最近、「池照家」に出没回数の多いレオンハルトだったので、既に家族的感覚だ。
トムもまだ立ったままだったので、いい加減にジェームズの隣に座った。
「仲が良くていいねぇ〜。池照家の兄弟は」
「山根さん」がいた事を、みんな忘れていた。
山根が赤丸を新聞に書き込みながら、ニヤニヤしている。
どうも鼻の頭や頬が赤い・・・酒でも飲んでいるようだった。
「すいません、山根さん・・・。何か店の中、身内ばっかになっちゃって・・・」
オリバーが謝った。
「俺はちっとも気にしてねぇよ」
山根が気にしているのは、「来週に勝つ馬」の事だった。
「あ、そうだ!これ、ポストに入ってた」
ジェームズが何かのハガキをヒラヒラさせて、カウンター席の向こうにいるオリバーに突
き出した。
「あ〜・・・そうか、またそんな時期か・・・」
オリバーが少し面倒臭そうにソレを受け取った。
「何、それ?」
トムが身を乗り出して、ハガキを確認しようとした。
ジェームズが持って来たハガキは、「『健康診断』へのお誘い」だった。
なぜか、学園の理事長・・・ヴォルデモートから必ず秋になると届く。
人様の家の健康状態を、常に考えてくれているようだ。(本当に、あの一味は『悪』なの
だろうか?)
「今年はトム、お前もだからな」
「えええ〜っ!?」
心底、不服そうな声を上げたトム。
「そうだろ!『大学生になったら「健康」を気遣え』ってのが、親父とお袋の遺言にもあ
った事だし。よし!今週の土曜日・・・明後日か、早速行く事にしよう!」
「えっ、明後日!?」
「髄分急だぞ?」
ジェームズとトムがブーブー言った。
ジェームズの目の前にレモンティーが置かれ、めぐみはトムにも同じく紅茶を置いた(し
かし、こちらは言われなくとも「ストレート」だった)。
「ダメ!決まりだ!よし・・・なかなか良く覚えていたぞ、太一!字はとにかく『覚えて
』何ぼだからな・・・明日のテストがんばれよ!」
「うん!九十点以上取ったら、今年のクリスマスは『プレゼント奮発する』って、かあち
ゃん言うんだ」
「じゃ、尚更がんばらないとな。はい、今日はお終い!」
「ありがと、『オリバー先生』!じゃね〜♪」
太一はランドセルを持って、元気良く帰って行った。
「フフ〜ン♪懐かれてんなぁ〜、『オリバー先生』?」
山根さんがニヤリとした。
「お前早く結婚して、ガキでも作れよ。亡くなった親父さんとお袋さんが喜ぶぞ?」
山根さんが益々ニヤニヤした。
「やだよ!俺、まだ二十二だよ?!それに・・・その前にカノジョがいないよ・・・」
オリバーが少し塞ぎがちな顔をしたのを、ジェームズとトムは瞬時に見た。
オリバーの心の中には、まだ「魔子」がいるようだ。
「オリバー・・・こうなったらもう、『佳代さん』貰えよ?」
ジェームズがすぐに話題を「楽しい方向」に持って行った。
「おぅ、そうだ!そりゃいい!おい、オリバー!佳代を貰ってくれ!」
山根さんが立ち上がった。
「・・・だから、佳代さん四十過ぎてんでしょっ!」
オリバーはそう答えたものの、ジェームズの優しさが嬉しかった。
確かにオリバーは、まだ「魔子」の事を忘れていなかった。
元来真面目な性格なので、「すぐに次」・・・とは考えられないオリバーだ。
家族一、不器用で要領が悪い。
夜になり、まず最初に弟二人を風呂に入れ、次にトム、そしてめぐみ・・・と風呂を使わせ
(めぐみが入るとお湯が極端に減るので、次の人間は相当湯を足さないと入れない)、残し
ていた最後の店の片づけをしているオリバーの元へ、ジェームズが現れた。
めぐみが来て以来、居間で遅くまで寛(くつろ)いでいる事が出来なくなった双子は、こう
して「喫茶レインボー」で話す事が増えていた。
ここは母屋と離れていたし、内緒の話や相談事をするのには「もってこい」だった。
「・・・どした、風呂先に入れよ?」
オリバーはジェームズに言った。
「あぁ・・・今、少し沸かし直してるトコ」
「そか・・・」
ジェームズがカウンター席に座った・・・二人の間に「間」が出来た。
「・・・どうした、何か話か?」
オリバーがジェームズに聞いた。
ジェームズは心ここに在らずで、その視線は、カウンターのマーブル模様の木目に注がれ
ていた。
「何だよ、一体・・・相談事か?」
オリバーは弟をチラチラ見ながら言った。
「オリバー、俺さぁ・・・」
「うん?」
「『佳代さん』と結婚してもいいか?」
「はぁっ!?」
オリバーはたまたましゃがんでいて、立ち上がった瞬間、開いたままの戸棚に思いっきり
頭をぶつけた。
「痛ってぇ〜・・・」
「あはははは♪馬ぁ〜鹿!ジョークに決まってんだろ!?あはははは♪」
「いっぺん死ね!」
オリバーは、「マトモ」に話を聞いた自分が嫌になった。
「ごめん、悪かったよ・・・。あのさ、俺の就職の事なんだけど・・・」
ジェームズは最初から素直にその事を言うのが出来なかったようで、敢えてオチャラケた
ようだった・・・今度は本格的に相談をしてきた。
「俺にさ・・・『いい返事をくれる』会社が数社あるんだ」
「え、ホントか!良かったじゃないか!?」
オリバーはまだ後頭部を擦っていた。
「う、ん・・・。大学の教授陣も何人か、『大学にこのまま残らないか?』とも言ってく
れてる」
「あ・・・それは辞めた方がいいぞ?前に俺にも言っていたから。『池照家の双子ならど
っちでもいい』って思ってるみたいだ」
オリバーとジェームズの双子は、実は大学院生や研究員になれるほどに頭が良かった。
特に、父親譲りの「実験」関係の事は、教授達と肩を並べるほどだった。
「なぁ・・・俺ってさ、どんな仕事が向くと思う?」
「え?」
突然ジェームズが言って来た事が、理解出来なかったオリバー。
「俺さ・・・自分が良く分かんないんだよ。どういう仕事をしたいのかって・・・」
「『ジェスコ』の下着のモデルはどうだ?」
オリバーはジョークで言った・・・さっきのお返しだ。
「うん・・・それも悪くないかなって・・・」
「えっ!?」
「馬鹿・・・ジョークだよ」
「・・・・・」
オリバーは面白くなかった。
この所、弟達(ジェームズやトム)が「笑いの何たるか」を極(きわ)め始めていた。
それが、全くもって「癪(しゃく)」だった。
しかしジェームズは、ジョークを言った割りに表情が落ち込んでいた。
どうやら・・・本気に「就職の事」を悩んでいるらしい。
「・・・無理に『どこかに決めよう』なんて思わなくていいんだからな、ジェームズ?」
オリバーは気遣った。
「喫茶レインボー」が順調な売り上げさえあれば、双子は揃ってこの店で働いている予定
だった。
だから二人は去年、就職活動をしなかった。
しかし現実的に見て店は一人で充分出来るし、そうなるとどちらか一方は外に働きに行っ
た方が効率が良い。
ジェームズは就職活動を始めて、まだ僅か二ヶ月だった。
「ビジョンがまだ見えないんだよね・・・」
ジェームズが、カウンターに頭を擡(もた)げた。
「・・・焦(あせ)るなよ」
「うん・・・。ま、『ニート』にはならないから、安心してくれ」
「そりゃ、助かる」
双子はニヤリと笑い合った。
「再検査をお願いします」
二日後「健康診断」に行った、オリバー、ジェームズ、トムの三人。
なのに、「トム」だけに別の用紙が配られた。
「胃に影が見えるので、紹介するこの病院に行って下さい」
「え・・・」
一気に青褪めたトムを、後ろから双子の兄が支えてやった。
「まさか・・・」
トムはショックで、少しヨロヨロしていた。
「お前、タバコ吸い過ぎなんじゃねぇの?」
「あんまり真剣に考えるな。早く診て貰って来ちまえ。な?」
オリバーとジェームズの声がトムに聞こえていたかどうかは・・・疑わしい。
落ち込んだトムを双子が両脇から支えるように歩いていると、三人は目の前から来た人物
達と鉢合わせした。
「あ、どーも」
スネイプ閣下とマッド・アイ男爵・・・それに、マルフォイ参謀だった。
「三人のオヤジ」は三様に落ち込んでいた。
「そちらも今日は『健康診断』だったんですか?結果・・・どうでした?」
オリバーが聞くと、ショゲた声でマッド・アイが答えた。
「・・・私達、三人揃って明らかに『メタボリック』なんです・・・」
「・・・・・」
ココの所、決闘もなく体をダラけさせていた三人は、この秋に共に十キロ弱体重を増やし
てしまっていた。
スネイプ閣下とマルフォイ参謀が、自分の腹をグッと握った。
いい「ロース肉」がたっぷり取れそうなほど掴める、憎き腹の肉。
「ま、もう少ししたら忙しくなりそうなんで、時期にこの腹の肉も取れる事でしょう・・・」
「え・・・どう言う事ですか?」
オリバーが聞いた。
「ベラトリックス様・・・あ、うちのご主人様の妹君の・・・。あの方が、次の対決の事
を色々考えてまして・・・」
「へぇ〜・・・」
「やる気満々です、あの人・・・」
マルフォイが言った。
「あの方は・・・『我が君』とは違います。かなりシビアでエグい事考えているはずです
。だって、そういう女だし・・・あっ!今言った事は、どうか『オフレコ』で」
「はぁ・・・」
マルフォイが兄弟の前で、「シーッ!」と自らの人差し指を口の前に立てた。
「では、我々は失礼します」
頭を深々と下げて、三人は去って行った。
三人は歩きながら、「昨日もフォアグラ食ったからな・・・」とか「お前、最近油モノ食
い過ぎなんだよ」とか「酒も少し控えないとな・・・でも、熱燗がそろそろ美味い時期な
のよ、これが」とかブツブツ言っていた。
結構地声の大きな三人の内緒話だったので、周りの人間には殆どその会話は聞かれていた。
「最悪だ・・・」
トムは数日後、病院に再検査に行って帰って来ると、家の台所でめぐみと一緒に夕飯のギョーザの下
準備をしていたオリバーに後ろから泣き付いた。
「どしたっ!?何か『問題』あったのか!?」
オリバーが慌てた。
「結果なんかまだ出ねぇよ・・・違う。看護婦だよ、看護婦・・・」
トムは、大量のニラとネギの臭いに鼻を摘んだ。
「・・・不細工だったのか?」
「逆・・・超美人だったんだ・・・」
「なら問題ねぇじゃん。お前『エロ賢い美人』好きだろ?」
めぐみはギョーザ職人のように、丁寧で仕事が速い。
見ている側から、次々に皮と具を合体させていく。
「・・・時と場合にとっては不細工の方がいい場合があるんだ!特に今日みたいな・・・
ううう・・・」
トムは「自分の人生、既に終わった」・・・とでも言うような、酷い落ち込み方だ。
「何だか、『直腸検査』とか『尿検査』とか・・・まぁ、色々された訳だよ。俺、もうマ
ジ死にたい・・・」
「あぁっ!なるほど・・・ははは♪『それ』、美人にされちゃった訳だ。あははは!気
の毒にな」
オリバーは手でバンバンとトムの背中を叩く事が出来なかったので(ギョーザを作ってい
たから)、足でトムの裏太もも辺りを軽く蹴っ飛ばした。
「くそ〜〜〜・・・人事だと思って・・・」
トムは項垂(うなだ)れながら、居間で夕飯が出来るまでテレビを観ながら「お気楽」に笑
っている、ジェームズとダニエルの近くに所在投無げ座った。
「あははは♪聞こえたぜ。素敵な体験してんじゃん、トム君!ま、ギョーザ食って元気
出せ、な?」
「ギョーザなんかで元気出るかっ!?それに俺を『トム君』で呼ぶなっ!」
「ギョーザは元気出るよ、トム!ニンニク入ってるし」
ダニエルも会話に加わってきた。
「俺はお前と今、ギョーザの議論なんかしたくねぇんだ。あれ・・・ルパートは?」
トムが辺りを見回しながら聞いた。
「また腹壊して、トイレに篭(こも)ってる」
ジェームズはテレビを観ながら答えた。
「ルパートはお腹が繊細なんだよ」
ダニエルは、とかくルパートのカタを持つ。
「あんまりトイレばっか行ってると『痔』になるぞ。どーせ、また・・・ん?」
トムはちゃぶ台の上に「封書」を見つけた・・・この身に覚えのある封書は・・・。
「また、『決闘の日』を指定してきたのか、『向こう』さん?」
「まーな」
言わずもがな、「ヴォルデモート一味」の事だ。
「今度はいつだって?」
「来週の木曜日・・・」
「木曜!?ヤベェな・・・それ、俺抜きじゃダメか?」
「ダメだろ・・・オリバーが許さねぇと思うぜ?」
ジェームズとトムは、めぐみとギョーザを作っている台所の兄をチラッと見やった。
「そか・・・じゃあ、ガソリンスタンドのバイト休まないとなぁ〜・・・」
普段はこういった事にブーブー文句を垂れるトムだったが、なぜだか「ヴォルデモート一
味」との対決には、彼らしからぬ温厚な態度を取る。(別にビビッている訳ではない)
「場所は向こうさん、初めて『荒川の河川敷(かせんじき)』を指定してきた。俺、何と
かダニエルとルパートを『拾って』行けそうだから、トムは直接『現地集合』な?」
「オッケー。でもこれ・・・初めて見る字面(じづら)だな?」
「あぁ、今回・・・えっと何て名前だっけ?ヴォルデモートの妹の・・・」
「『ベラトリックス』だよ、ジェームズ」
ダニエルが教えてくれた。
「そうそう、『ベラトリックス』!この人が今回から『向こうの指揮を執る』らしいぜ」
「へぇ〜・・・『怪人・藤沢バスケット』?何のこっちゃ?」
トムが怪訝(けげん)な顔をした。
「知らん・・・多分、俺達と戦う予定のヤツだと思う。ご丁寧に紹介文付きだぞ。読んで
みろよ・・・益々『何のこっちゃ』だぞ」
ジェームズが二枚目の手紙をトムに渡した。
「・・・ランニング姿で、キビキビと『はーい♪』を連呼する二人組み?確かに意味不明
だな。『はーい』って・・・何だ、こいつ等『イクラちゃん』か?」
「ねぇ・・・『直腸検査』って何?」
ダニエルが思い出したようにジェームズに聞いた。
どうやら、先ほどトムがオリバーに話していた内容を聞いていたらしい。
「トムに聞いてみろよ。実際にやってきた人間なんだから・・・なぁ?」
ジェームズはニヤニヤしている。
「トム、『直腸検査』って何?」
ダニエルは言われるままにトムに聞いた。
トムはニヤ付いているジェームズに下品な中指を立てると、無垢な質問をしてきた弟に向
かって、無情にも「死ね」とほざいた。
ダニエルは豪(えら)くショックを受け、落ち込んでしまった。
「あ、トムだ!お帰りぃ〜♪」
ルパートがトイレから出て来た。
「お前、今日は一体何食って腹下してんだよ?あれ・・・それ」
トムが聞いた。
「トムの『聖闘士★星矢』・・・えへへ、借りちゃった♪」
ルパートは「聖闘士★星矢」の12巻と13巻を自分の座った脇に置いた。
「勝手に人の部屋から持って行くなよ・・・」
「聖闘士★星矢」はトムの愛読書だった。
今はあまり読み返していないが、昔は相当にお世話になった漫画だ。
トムのお気に入りキャラは勿論「フェニックスの一輝」だ・・・当時、お年玉で『調合金
』も買った事がある。
今は勿論、それは押入れの中で静かに眠っている。
ルパートはダニエルの隣に腰を下ろし、テレビでやっていた「はしるのとびら」を観始め
、僅(わず)か五秒で笑い始めた・・・至極幸せそうだ。
「・・・いいよな、お前。悩みとかねぇだろ?」
トムが白けて言った。
「それがあるんだよ・・・そろそろ期末テストなんだ。僕、国語の平均点を取らないと、
オリバーにお小遣いカットされちゃうんだ。ヘビーでしょ?」
「なぁ〜にが『ヘビー』だ。使い慣れない言葉使うんじゃねぇよ。それにな、そろそろバ
イトしろよ、お前。最近また全然探してないだろ?」
ルパートはこの間、「ドクナマルド」のアルバイトを辞めさせられた以後、どこも探して
ないようだった。
「んふふ〜♪ジャジャーンッッ!」
ルパートが何やらのチラシを、ジーンズのポケットから出した。
「12月7日!駅前に『メイド喫茶』誕生!アルバイト募集中!!」
「アホか!メイドは『女の子限定』だ!」
トムが呆れた。
「違うよ!その下だよ!」
「『客、呼び込み』男性募集!」
「・・・『呼び込み』?お前・・・この間の、『祭の経験』を全く生かせてないな?お前
には向いてねぇよ、『呼び込み』・・・」
「カッコの中を見てよ!」
「(ぬいぐるみを着て、可愛いスタイルで呼び込みします)」
「・・・なるほどね。これならある意味向いてるか・・・」
「でしょっ!?」
ルパートは面接に受かる気満々だ。
「ルパートは本当にぬいぐるみになるのが好きだよね?」
ダニエルがニコニコと話し掛けてきた。
「うん!僕、生まれ変わったら『ティガー』になりたいんだ!」
「この間は確か『ピーターパン』って言ってなかったか、お前?」
ジェームズが言った。
「ううん!今は『ティガー』!」
「・・・あ、そ」
ジェームズとトムは一抹の不安を抱えた表情をした。
十七歳なのに「こんな発想」で、我が弟は果たしてこの世の中渡り歩いて行けるのだろう
か・・・とにかく心配だった。
「ルパートはぬいぐるみなんか着なくたって、充分に可愛いのにさ。隠しちゃうなんて勿
体無いよ」
ダニエルが言った。
「でも僕、ダンにみたいに自分に自信なんてないし・・・」
「大丈夫!エマの一万倍は、軽く可愛いから!」
「ヘ〜キシッ!」
その頃、隣のエマは「今月の恋占い」を見ながら、「加トちゃん」並のオヤジのような大
きなクシャミをした所だった。
「お〜い!鉄板の用意しろ!ギョーザ焼くぞ!」
オリバーとめぐみが大皿に大量に生のギョーザを運んで来た。
「わぁ〜い、ギョーザだぁ〜♪」
ダニエルとルパートはちゃぶ台の真ん中を開けてさっさと鉄板を置き、プラグをコンセン
トに挿した。
暫くすると、みんなでギョーザを焼き始めた・・・「池照家」の家中に、いい匂いが立ち込
めた。
トムだけは流石に、胸焼けしそうになって窓を開けた。
池照家はよくこうして、ちゃぶ台の上で調理するモノを好んで夕飯に用意する。
下の弟二人は、料理が出来上がるのを目の前で待つのが好きなのだ(ウキウキするらしい)。
トムの「再検査」の結果は暫くすると届き、万事「異常なし」だった。
この間に映った僅かな「影」は、どうやら、何か機械の方に問題があったようだった。
安心したトムは、自分の部屋(本当はダニエルとルパートと同室なのだが、ギャザーカー
テンで仕切って、強引に「自分の部屋」を作っていた)で寝転がり、悠々とタバコを吹か
しながら、毎月購入している「カー雑誌」を読み耽(ふけ)っていた。
そのトムの耳に、下からダダダダダとけたたましい音を立て、二人の弟が二階に上がっ
て来る音が聞こえた。
トムは雑誌の横から、「うるせぇな」とばかりの睨みをジロリと利かせた。
「見つからなくて良かったね・・・」
「うん、誰もいなかったからね・・・」
どうやら二人は「兄達」には知られたくない、「何か」を持参して帰って来たようだ。
「じゃ、ル、ルパ、ルパ、ルパ・・・」
「興奮しないで、ダン」
ダニエルが興奮から、またドモり始めた。
「う、うん・・・じゃ、あけ、開けるよ?」
「うん・・・」
二人が声を殺しながら(ルパートは超音波みたいな声を発していた)、ジタバタと暴れてい
る気配をトムは感じ取った。
「?」
弟達が一体「何を開けた」のか気になって、トムは自分が読んでいた雑誌を畳に伏せ、ソ
〜ッと二人の様子を見に行ってみた。
二人は肩を寄せ合って、寝そべって本を読んでいるようだ。
時々クスクス笑ってみたり、頭を抱えてみたり「オカシなオーバーアクション」をしている。
トムは足音を消しながら、更にソ〜ッと二人の後ろから本を覗き込んでみた。
「あ、コラッ!何見てんだっ、お前達!」
「うわぁ〜〜〜〜っっ!!」
いきなり背後から怒鳴られて、ダニエルとルパートは「震度4」くらい体が震えた。
ビビッたなんてモンじゃなかった。
軽く融体離脱して、マッハで帰って来たくらいにビビッた。
「何なんだ、その本は!どっちが買ったんだ!?」
トムは頭ごなしに二人を叱った。
「ち、違うよ!僕達、コレ、拾ったんだ・・・」
ダニエルが慌てながら言い訳を言う。
「嘘付けっ!」
「ホントだよ!ホントに拾ったんだ・・・ね、ルパート?」
ダニエルとルパートが隠し持って家に帰って来て、一緒に読んでいたもの・・・「エロ本
」だった。
子供だ子供だと思っていても、やはり年頃の男の子・・・全く「こういった方面」に興味
が無い訳ではなかったようだ。
トムは一瞬安心したが「いや、教育的に『エロ本』を許してはイカン」と思い直し、目を
究極に細くして弟達を睨み付けた。
「ホントなんだよ、トム。タバコ屋さんの電話の裏に、『みよおばあちゃん』が居て、僕
達、『アイス食べたいねぇ〜』って話してたの。夏にあった『ドンドルマ』、まだ食べた
事なかったから。あ、あれね、前に少し友達から貰ったら、凄く美味しかったんだよ、ト
ム。トムは食べた事ある?あ、そしたらね、ダンの友達の小林が『じゃねー』って、僕達
を追い越して帰ってったのを見たんだけど、凄く急いでたから・・・小林もトイレだった
のかなぁ〜・・・。でね、電話帳の下の・・・」
「・・・ダニエル喋れ」
トムがイライラしながらルパートを無視した。
「学校の帰り道に落ちてたんだよ・・・ホントだよ・・・」
ダニエルは、短い髪をトムに引っこ抜かれるくらい強い力で掴まれながら、言い逃れをした。
「ホントかっ!?」
「ホントだよ・・・こんなの本屋さんで買えないでしょ?僕達、制服のままなんだから・
・・」
「確かに・・・。まぁいい!それ、没収!」
「えええええっっ!!?」
「・・・何か?」
トムは益々冷たい視線で二人をチラ見した。
「・・・何でもないよ・・・」
二人の弟はトムが怖くて、仕方なくエロ本を差し出した。
「ったく!お前らには早いんだよ!これは『大人』が見るモノだ!」
「トムだって、まだ成人式してないじゃないか・・・」
ダニエルだ。
「うるせぇ!『池照家』に置いては、十八歳から大人なんだ!」
「じゃあ、僕だって来年は『大人』だよね?」
ルパートが口を尖らせながら言った。
「お前はまだだ!」
「何でだよぉ!」
ルパートは不満タラタラだ。
「お風呂場にオモチャ持って入るようなヤツは、精神が大人じゃない!俺が認めねぇ!」
「いいじゃないか!『イルカ』と『カエル』くらい!」
ルパートが反論してきた。
「オモチャ無くてもぬいぐるみ無くても、風呂入ったり寝たり出来るようになったら、も
う一回同じセリフ言え!それまでは断じて俺はお前を『大人』とは認めねぇから!」
トムは本を持って自分の部屋に帰ってしまった。
「酷いよっ!」
「馬鹿トムッ!」
ダニエルとルパートが交互に毒づいた、
「何だと〜・・・・」
トムはサッと戻って来て、ダニエルとルパートのこめかみの所を、交互にゲンコツでグリ
グリした。
「イダダダダァ〜ッッ!」
ダニエルが派手に痛がった・・・一瞬だけ声が、「孫悟空」みたいな「野沢雅子」だった。
一方、ルパートはやはり超音波だった・・・限りなく声が「さかな君」だった。
「お前らは試験が近いんだろっ!勉強しろ!勉強!」
トムは自分の部屋に戻って行った。
「何だよ、トムなんて!一人でエロ本見たりして・・・エッチだ!エッチ!」
「そうだ!トムなんか『韮沢さん』だっ!」
ダニエルとトムがイマイチ不思議な顔をした。
「意味分かんねぇけど・・・何だとぉ〜っ!!」
トムは畳に転がっている二人の弟に馬乗りになって、楽しそうにプロレスを始めた。
意外に、こうやって兄弟でスキンシップを取るのが好きな池照家だ。
始めは「ダニエル・ルパート組VSトム」で行われた試合だったが、最後には、互いに「
一対一対一」に変更されていた。
たまたま帰って来たジェームズも加わって、今度は「二組のタッグ・マッチ」へと変わり
、夕飯前までじゃれ合っていた仲良し兄弟。
エロ本は空(むな)しく、トムの部屋で開いたまま淋しく放置されていた。
ちなみに・・・・・ルパートが言っていた「韮沢さん」とは、「パニパニパーティーの『カメコ(カメラ小僧)の韮
沢さん』」の事を言っている。(注意・・・知らない人は各自で調べてくれたまえ)
そして夕飯時、オリバーがルパートに言った。
「ルパート!来週学校を終えたら、俺と一緒に買出しな?」
「いいよ!あ、例の『くじ引き』?」
「そう」
「今年は、どんな景品が出てるのかなぁ・・・」
「景品の中に、もしDVDの機械があったらそれ当ててよ、ルパート」
ダニエルが言った。
「そうだね!そしたら『電王』映せるモンね?!」
ルパートも同調した。
「馬ぁ〜鹿!『電王』なんて一月で終わるんだぞ!?意味ねぇよ、今更映したって」
「いいんだよっ!」
トムは二人の弟に、同時に怒られた。
「でも、俺もDVDの本体が欲しい!そしたら、新年からやる『ぶらりダン輔・大江戸日
記♪』映しておけるし・・・」
オリバーは大抵ドラマ好きだったが、特に好きなのが「サスペンス」と「時代劇」だ。
「家政婦は見た・シリーズ」、「愛川欽也」や「船越英二郎」モノのサスペンスがお気に
入りだ。
その中でダントツなのが、たまにスペシャルで放送してくれる「ぶらりダン輔・大江戸日
記」だった。
この物語は、日本の江戸時代と良く似た「とある国」の話で、主人公の岡っ引き「ダン輔
」が仲良しの「ルパの伸」と共に、沢山の怪事件を斬って捨てる「痛快・時代劇」だった。
(参照・・・このサイトのトップページ「ENTER」から入って、「映画組レベル2」に隣接
してある、「時代劇」を見てくれたまえ)
「オリバーの好きな『あのテレビ』、レギュラー化するの?」
「あぁ!この日を待ち望んでいたぜィ♪」
オリバーが熱いっ!
「オリ婆さんは、ホント『ジジくせぇ』の好きだよな。『婆ぁ』だけど・・・」
トムは言わなくていい事を言った・・・その為、速攻オリバーの「餌食」になった。
「何度・言えば・分かるんだ・お前は、えぇっ?!この頭蓋骨にキッチリ学習させろ
っ!この大虚(おおうつ)け者がぁっ!」
思わず時代錯誤な言い回しになったオリバー(池照家は基本的に、みんな単純だ)。
トムはオリバーに、自分が先ほどダニエルとルパートにやった「頭のこめかみの所グリグ
リ攻撃」をされた。
トムは、「さかな君」真っ青な叫び声を上げた。
「俺は髪が短いんだ!ルパートみたいにモッサリしてないんだ!直に皮膚に骨っぽい
指を立てるなっ!」
「ははははは♪」
「うるせぇ!ジェム爺!」
高笑いしたジェームズに当たる、トム。
「んだと、コラァ〜ッ!」
今度は、ジェームズにプロレス技を掛けられたトム。
これも先ほど、自分がダニエルとルパートに掛けた技だった。
やる事が・・・まさに「兄弟」!
思考回路が一緒のようだ・・・恐るべき「池照家」のDNA。
めぐみは軽くみんなを無視し、テレビの「旅番組」に夢中だった。
しかし「似ている」とは言っても、基本的に「双子」意外は、この兄弟はトコトンビジュ
アルが似ていない兄弟の集まりだ。
まず・・・上三人は長身なのに、下二人は大きくない。
ダニエルに至っては、160センチちょっと・・・かなり小柄だ。
ルパートは「赤毛」だし、ダニエルは筋肉質で少々毛深い所もある。
上の三人は体毛が薄く、体系が華奢だ。
みんなの共通点と言えば唯(ただ)一つ・・・「二重」と「単純な性格」くらいだった。
「実際さ・・・このうちの誰か一人くらいは、この家の本当の子供じゃないかもな」
トムが言った。
めぐみは食事が終わり、今日は珍しく一番最初に風呂を許された。
通常は、めぐみは後の方だ。
そうでもしないと、めぐみの入った後は相当「お湯の量」が減ってしまうからだ。
今日はジャンケンにしたら・・・たまたまめぐみが勝ったのだ。
「僕、だったら・・・それルパートがいいなぁ〜」
「何で、僕っ!?」
夢見がちな表情で言ったダニエルの発言に、少し腹を立てたルパート。
「だってさぁ〜・・・そしたらさぁ〜・・・」
ダニエルが意味あり気な視線をルパートにチラッと向けた・・・若干頬がポッと赤くなっ
ている。
「アホッ!例え、お前の言うようにルパートが血縁者じゃなくったってな・・・結婚とか
出来ねぇから!?」
「え、何でっ!?」
ダニエルの思考を読んだジェームズが言った。
「『最大の難問』が待ってるだろ!?男と男は結婚できないの!」
「あぁ〜っ、そうかっ!その問題がぁ〜・・・」
ダニエルが頭をガバッと抱えた。
「いや・・・待てよ。オランダとかイギリスとかアメリカとか行けば、確か『男同士の結
婚』が出来るはずだよ!日本でダメなら僕、外国に行くよ!」
ダニエルは、「君もそれで問題ないね?」とばかりにルパートを見つめた。
「嫌だよ!僕は女の子と結婚するんだ!」
ルパートは「しーちゃん」と遊んでいた・・・一日一回は必ず「遊ばせてやる」らしい。
「僕の事が嫌いなの、ルパート?!」
ダニエルがショックを受けた、情けない顔になった。
「嫌いじゃないけど、ダンは僕の弟だろ?何だよ、その『結婚』って・・・」
「だって、僕ルパートの事大好きだし・・・」
「僕だってダンが好きだけど、僕は女の子と結婚する!」
「そんなのダメだぁ〜っ!!」
ダニエルが吠えた。
「はいはい・・・ホモ話はその辺にしてな、少しはテスト勉強しろ。ほら、二人共部屋へ
行け!」
オリバーが疲れたような、ウンザリした声で言った。
みんなドッと疲れていた。
「あ、お風呂上りましたぁ〜」
めぐみはバスタオル一枚の、「見る人が見れば、ある意味セクスィ〜♪」な格好で出てきた。
しかし池照家の兄弟は、誰もめぐみの「セクスィ〜♪」な姿に興味が無かった。
翌日・・・。
「喫茶レインボー」は暇だった。
めぐみに、銀行やら郵便局などの公共料金の払い込みを頼んだオリバー。
故(ゆえ)に・・・今オリバーは、店に独りだった。
「ん・・・?」
店の外を見た事のある「オカマ」が歩いていた。
「あの人、確か『玄さん』と『安さん』の店に居た・・・ウェッ?!」
あろう事か、その「オカマ」は「レインボー」に入って来た。
「・・・いらっしゃいませ・・・」
一気にテンションの下がったオリバー。
オリバーは「このテの人種」が究極に苦手だったのだ。
「あの、カウンター・・・いいかしら?」
「あ〜・・・どうぞ」
キモっ!
何だ、今の一瞬の『オカシな色目」はっ!
何で、テーブル席に座んないんだよ!
テーブル席に座れよ・・・テーブル席にっ!!
オリバーは「心の声」とは裏腹に、無表情のまま水を置いた。
「え、と・・・メニューこちらです。決まったら・・・」
「私、あなたの『お薦め』を飲みたいわン♪」
ぞわっ!
「あなたのお薦めを飲みたいのン♪」
甘えてくるような声を出す「オカマ」・・・。
「・・・・・」
オリバーはオカマに背を向けて、飲み物を作り始めた。
うわわわ、どうしよ・・・この人、うちの「常連」とかになったら厄介だぞ!?
めぐみちゃん、まだ帰って来ないかな・・・。
あ〜・・・こんな時にいないなんて・・・。
う〜・・・耐えられない、俺・・・。
カラ〜ン♪
「あ、おかえ・・・」
オリバーが安堵の声を上げようとしたら、それは残念ながら三男のトムだった。
トムは最近帰りが早い。
聞く所によると、一人のカノジョに「本命の男」が出来たようで、昼過ぎにいつも会って
いた「その女」との時間が浮いてしまっていたのだ。
トムは、オリバーに飲み物でも貰うつもりで店に入ろうとしたが、「オカマ」をチラッと
見ると、ソッとドアを閉めてそのまま静かに出て行った。
あんにゃろ〜・・・逃げやがったな、くそっ!
「店が終わったら、トムを〆てやろう」とオリバーは思った。
オリバーは客商売なのに、苦手な客が来ると途端に無表情になる。
ある意味・・・とても「商売に向いていない」オリバーだ。
ジッと「オカマ」に見つめられる恐怖に耐えながら、オリバーは飲み物を製作した(無表
情で)。
「・・・お待ちどう様です」
オリバーは、「ホット・キャラメル・チャイ」なるものを「オカマ」に出してやった。
めぐみちゃんの考案した商品だ・・・最近それは、「女性客」にウケが良かった。
「あら〜ン♪やだぁ、コレ何か可愛いぃ〜♪」
お前が可愛くねぇっ!
可愛くない奴が「可愛い」を使うなっ!
オカマは鼻から抜けるような・・・オリバー曰く「〆たくなるような、ムカつく声」を出して、オリ
バーに意味あり気な目付きをした。
オリバーはその視線を軽くスルーして、また「オカマ」に背を向けて洗い場で洗い物をし
始めた。
・・・誰かにこの人似てるぞ・・・誰だろ?
テレビで最近・・・あ、アレだっ、「どんだけぇ〜」って・・・。
情報は全てテレビから仕入れるオリバー・・・意外にテレビ好きだ。
家族中で、実は一番「お気に入りのテレビ番組」を多く持っていたオリバー・・・歩く「
テレビガイド」だ。
有り難い事に「オカマ」は、大人しく飲み物だけ飲んで勘定を済ませた。
「450円になり・・・」
オリバーの手をしっかり握って、「また来るから♪」と力を込めたオカマ。
ぞぞぞ・・・・っっ!!
オリバーの体の中をミミズが・・・いや、虫唾(むしず)がノタくる悪寒が走った。
「アタシ・・・ねぇ、覚えてるかしら?前に『いつ・ここ』であなたの隣の席に居たんだ
けど・・・」
「いつ・ここ(いつもここから)」・・・・・言わずと知れた、「玄さん」と「安さん」の店だ。
「あ〜・・・さぁ?」
オリバーは覚えていないフリをした。
嘘を付いた・・・覚えていない訳が無い。
こんな「存在感のあるオカマ」は、早々お目に掛かれない。
全体的に色黒で、不自然なくらいに艶やかな、「エロス」を追及したようなピンクの唇。
バブル真っ只中な「ボディ・コン」にピンヒール・・・加えて、刈り上げに近い独特な髪形。
「アタシ『朱実』。今度、友達連れて来るから・・・じゃねン、オリバー♪」
オカマはバイバイしながら出て行った。
オリバーは水浴びしたように体が芯まで冷えていた。
「どうして自分の名前を知っていたのか」とか、「どうしてこの店に入ってきたのか」と
か・・・色々疑問はあったが、体が震え過ぎて思考回路が静止していた。
「ただ今帰りましたぁ〜」
それから約十分後に、めぐみが帰って来た。
今日もいつも通りの語尾上がりの喋り方だ。
「すいませ〜ん。月末で銀行も郵便局も混んでて・・・オリバーさん?」
オリバーの様子がおかしいと、すぐに気付いためぐみ。
「・・・ねぇ、風呂って今、沸いてたっけ?」
オリバーが自分の体を擦りながら、めぐみに聞いた。
池照家の色々な事情は、いつの間にかめぐみが一番良く把握していた。
「昨日の残り湯なら。洗濯に少し使っちゃいましたけど・・・」
「何でもいいや。ねぇ・・・店、任せてもいいかな?俺、風呂に入りたい。寒くって・・・」
オリバーが豪快なクシャミをした。
「やンだぁ〜!風邪ですか、オリバーさん?大丈夫ですか〜?」
めぐみの「心配」は、「心配」に聞こえないイントネーションだった。
「うん、寒いだけだから・・・・ごめんね?」
オリバーは腕をワシワシ擦りながら、「レインボー」から小走りに出て行った。
「ルパートッ!何だ、あの風呂は!」
オリバーは衣服を脱ぎ、お風呂の蓋を開けた所で・・・ルパートを呼び付けた。
「あ〜っ!今お風呂なんかに入らないでよ、もぅ〜!そこで『みんな』が『集会してた』
んだから〜・・・」
「みんな」・・・ルパートの「お風呂のおもちゃ」が、湯船に大集合だった。
「イルカ」だの「アヒル」だの「カエル」だの「恐竜」だのが・・・湯船にプカプカと隙
間無く浮いている・・・「全員」お風呂でホカホカだ。
「さっさと片付けろっ!お前は本当に高校生にもなって・・・テスト勉強しろっ!」
オリバーはいつも以上に、ルパートの行動にカリカリいていた。
「歳は関係ないだろ。僕は昔からこうして遊んでたし・・・」
「お前・・・来年十八だぞっ!?いいのか、それで?!」
「僕、まだ子供だも〜ん」
ルパートは「フン」とそっぽを向いた・・・最近、かなり遅ればせながらの「反抗期」な
ルパートだ。
「お前は『ああ言えば〜』・・・ハ〜クションッッ!!」
オリバーの鼻水が少しルパートの服に付いた。
「んもぅ〜・・・裸でいるからだよ。ダラしないなぁ、オリバーは」
ルパートはその辺のタオルで、自分の服に付いたオリバーの鼻水を迷惑そうに拭き取った。
「一体誰のせいだと・・・う〜、さむっ」
オリバーがブルブル震え出した・・・かなり顔色が青白かった。
「ヤバイ・・・俺、風呂やめる。ちょっと寝るわ・・・」
オリバーは歯をガチガチさせながら、もう一度服を着始めた。
「風邪引いたの?ねぇ、アイス食べる?」
「アホかっ!俺は今『寒い』って言ってんだ!う〜・・・さむっ」
「僕は風邪引いた時、アイス食べたくなるよ?」
「・・・お前とは今、話をしたくない。熱出てきそうだ・・・」
オリバーが体をワシワシ擦りながら、自分の部屋に歩いて行った。
「大丈夫なの?明日から、めぐみちゃん二泊三日で町内会の婦人部の旅行だよ?」
ルパートが後ろから話掛けて来た。
「・・・そうだった。ま、大丈夫さ。一日寝れば・・・うん・・・」
オリバーは部屋に引っ込んだ。
そして次の日・・・ある程度予想通り、オリバーは高熱を出した。
「オリバーさん?私旅行辞めます・・・」
めぐみが出かける用意を途中にして、布団の中で顔を真っ赤にしたオリバーに話し掛けた。
「大丈夫・・・旅行行って来なよ、めぐみちゃん。メンバーが突然キャンセルになると、
向こうに迷惑になる。俺は寝てれば平気だから・・・」
目が半分しか開けられないオリバー。
「でも、お店は・・・」
「・・・今日は休むよ。今日中に治して、明日は普通通りに営業するから、気にしないで
・・・」
オリバーは辛そうな顔で笑顔を作った。
「じゃあ〜・・・行って来ます。早く帰ってきますから・・・」
「楽しんでおいで」
オリバーは無理やりな笑顔で、めぐみを送り出した。
「んふ♪シメシメ・・・」
その様子を隣の家のエマは、またもや自分の部屋から盗み見ていた。
「あのトド・・・旅行に行ったわ。これで暫く『邪魔者』は消えたわ」
エマの高笑いを、妹のボニーはまたジッと見ていた。
「あははは♪」
「右だって!右!あ〜あ・・・馬っ鹿だなぁ、この人・・・あはは♪」
夕飯時・・・ダニエルとルパートはクイズ番組を観ながら大笑いだ。
「頼む・・・もう少し静かにしてくれねぇか?」
オリバーはボ〜ッとしながらみんなの団欒の席に顔を出し、また幽霊のように部屋に戻っ
て行った。
「なぁ、おかゆとかもいらねぇの?」
ジェームズが後ろから声を掛けたが、オリバーはそれに答える事無く、自分の部屋に入っ
て行ってしまった。
「・・・相当死んでるな」
今日の夕飯はジェームズが作った。
普段はオリバーに任せっきりのジェームズだが、かなり料理は上手い。
スパゲッティとサラダの簡単な食事だったが、弟二人には大好評だった。
特にルパートは、夕飯にスパゲッティで大喜びだ。
オリバーが用意する場合、絶対に夜は「ご飯」になるからだ。
しかもジェームズは、自分のアルバイトが「ジェスコ」のチラシモデルだったので、食品
売り場で働いている彼のファンのオバちゃん達から、「いいオコボレ」を沢山頂戴してきた。
「からあげ」「たこ焼き」「焼き鳥」「ほうれん草の胡麻和え」「肉豆腐」云々・・・。
「僕の苺には、ミルクとお砂糖振ってね」
食後のデザート・・・ルパートは「苺ミルク」を希望した。
ダニエルとトムはそのまま・・・ジェームズは練乳派だった。
「オリ婆さん・・・まさか『ノロ』とかじゃないだろうな?」
トムが心配そうに言った。
「だったら俺ら、今頃とっくに感染してる。アレは感染者の後を歩くだけで染つるって言
うし・・・単なる疲れと普通の風邪だろ」
「あ〜、実はバイトのヤツがさ・・・カノジョの為に懸賞で手に入れた『フレンチレストラン
の食事券』いらねぇって言うんだ。三人入れるらしいんだけど・・・」
トムがポケットからチケットを出した。
明後日までの有効期限だった。
「カノジョと別れちまって、必要なくなったんだとさ・・・」
トムは半分「ザマーみろ」と思っていた。
何度もその男は「カノジョとよろしく」していて、アルバイトをバックレたりしていたか
らだ。
トムは「ダラしないヤツ」が大嫌いだった。
トムにはカノジョが大勢いたが、そんなヘマは今まで一度だってした事がない。
「三人か・・・ビミューな数字だな」
「はいはい!僕行きたいっ!」
ルパートが最初に手を挙げた。
「じゃあ、僕もっ!ルパートが行くんなら、僕も行く!」
「・・・お前らはダメ!」
トムはズバッと断った。
「何でだよぉ〜!」
「ケチ〜!」
「ケチじゃねぇっ!大体お前ら、『フレンチの本格的なマナー』とか知ってんのかよ
!」
「『食事は美味しく、楽しく』!これが一番だよ!ね〜、ダン?」
「そうだよ!お喋りしながら楽しく食べるのが、一番のマナーさ!」
ルパートの言葉にすぐに同調するダニエル。
「違うね!『マナー』あっての楽しい食事だ。とにかく・・・俺はお前達『だけ』は連れ
て行きたくねぇ!」
「何でだよぉ〜!」
「ケチ〜!」
全くさっきと同じリピートをしたダニエルとルパート。
「でも、この分じゃ『オリ婆』復活出来るか分かんないぞ?それに、俺はそれ辞退するよ
。明日、明後日って単発のバイト入ってんだ」
ジェームスが言った。
「めぐみちゃんもいないしな・・・」
更にジェームズが呟いた。
「俺はあいつを連れて行く予定は無い!」
「違う!めぐみちゃんはああ見えてフランス育ちだ。彼女がダニエルとルパート連れて、
三人で行ったらいいって思ったんだ」
「俺が貰ったチケットだ・・・俺は行くだろっ」
「だったら、カノジョの誰かでも誘えよ・・・」
ジェームズが面倒臭そうに言った。
トムが、「あれはダメ、これはダメ」とうるさいからだ。
「俺+カノジョ二人を同席させるって訳に行かねぇだろ」
「だから、僕らが行くって言ってんだろ!」
「そうだ!僕達を連れてけ〜!」
ダニエルとルパートが本格的に駄々を捏(こ)ね始めた・・・ドタンドタン暴れて騒いで
いる。
「うるせーって言ってんのが、分かんねぇのかぁ〜っっ!!」
オリバーが茶色っぽいオカシな顔色で、襖(ふすま)をバァ〜ンッと開けた。
そして、そのまま白目を向いて、後ろに勢い良くぶっ倒れた。
「オリバーッ!」
みんなが駆け寄った。
「『元気ですかぁ〜っ』!?」
「・・・・・」
ルパートの突然の雄叫びに、みんなの目は点だ。
「・・・何が言いたいんだ、お前は?」
トムが「アブナイ奴」を見るような目付きでルパートに言った。
「『元気が出れば何でも食べれる!』・・・アントニオ小野木の真似だよ?大丈夫、オリバー?
ねぇ、元気?アイス食べる?」
ルパートは意識の無いオリバーの横にしゃがみ込んで、顔を覗き込んでいる。
「あんたホント馬鹿じゃないの!?『TPO』を考えなさいよ。私が助けに来たわよ
、オリバー!」
エマは、「この瞬間を待ってました」とばかりのタイミングで、まるで「正義の味方」よ
ろしく登場して来た。
しかし、縁側から無理やり入ろうとしたらしく、片足を引っ掛けたかなりカッコ悪い格好
で「ウンウン」もがいていた・・・相当に強引な「訪問」だ。
ジェームズが気の毒に思い、中からエマを助けてやった。
エマはまた塀の間から池照家に忍び込んだようで、頭に小さな虫と葉っぱを付けていた。
ジェームズはそれも取ってやった。
「・・・だな。今日ばかりはオリバーを、お隣さんに預かって貰った方が良さそうだ」
ジェームズとトムは納得した・・・自分達じゃおそらく看病が出来ない。
それに、こんなに騒がしい「池照家」にいたら、治る風邪も治らない・・・。
「エマちゃん・・・悪いね。俺達でオリバー運ぶから、今日一日そっちで預かってくれる?」
ジェームズがぶっ倒れているオリバーの片方の肩を持ち上げた・・・尽かさずダニエルが
もう片方を担いだが、酷くバランスが悪くなったので、すぐにトムに引き継いだ。
「えぇ、勿論!そのつもりで私、一日中自分の部屋の掃除を・・・」
「・・・俺、隣の部屋でいいから・・・」
オリバーが一瞬意識を取り戻し、エマが言葉を言い切る前に、今日の自分の「身の振り」
の訂正をした。
エマは小さく舌打ちした。
そして夜・・・。
「・・・素敵♪」
エマは隣の部屋のドアを少し開け、しきりにオリバーの寝顔を「写メ」っていた。
「・・・・・」
オリバーはスッポリ頭まで毛布を被り、エマに背中を見せるようにして目を閉じた。
河合家に非難してきて彼是(かれこれ)二時間・・・オリバーはちっとも眠れなかった。
頻繁に「カシャッ!カシャッ!」と音がすると、寝るに寝れない。
「・・・誰かぁ〜」
オリバーは心の中で、空しく助けを求めた。
結局その日の深夜、オリバーは自分の家に戻って来てしまった。