1、実家にて・・・

 

 

「研一、ちょっど顔こっぢ!」

「・・・あ?」


ある日部屋でゴロゴロして居ると、母親がノックもせずにわいの部屋を開け、カメラを向けて来た。

今日は日曜日でも祝日でも無い。

ましてや、創立記念日でも体育祭とか合唱コンクールの次の日の振り替え休日などでもない。

要は・・・わいは学校をズル休みをしている。



「何だよ・・・」

ベッドに腹ばいになり音楽を掛けながら漫画本を読んでいた体を半分起こし、半ば睨むようにフィルターを見た。

と、その瞬間母親にシャッターを押された。

「何なんだよ・・・」

わいはすっかり変声期を終えて居た。

少し前までは声が裏がったり喉が始終つっかえたりしてイライラしていたが、今その症状は弟へと移行して居る。

ヤツは今、毎日辛そうだ。



「見でみれ、ごれ」

母親がつっけんどんな言い方で、雑誌のとあるページを広げたままわいに放った。

「BOON」と言う雑誌だ・・・勿論知っている。

学校でも多くの男仲間がこの雑誌を読んでいた。

流行りの服や髪型、新しいスイーツの情報やデートスポットなどが色々掲載されているが・・・実際あまり役に立った例(ためし)は無い。

なぜって・・・渋谷の情報を「ここ」で貰ったってどうにもならないのだ。

それに、ハッキリ言うが母親のような年齢の女が読むような雑誌では無い。

十代、二十代の若者向けのファッション誌である。


「・・・こん色、いんだが悪ぃんだが分がんねな。おがしっげだ・・・」

「馬ぁ〜鹿。そっぢのページじゃ無ぇ」

シャツの特集のページ一面に、ド派手なオレンジと紫のチェック柄のシャツを着たモデルが笑顔で写っていたから、

感じたままの感想を述べると母親に怒られた。



「・・・パルコの、モデル?え、何ごれ・・・」

隣のページに「モデル募集」の記事が載っていた。

芸能事務所のホリプロとパルコと雑誌「BOON」が共同企画で、ホリプロの男性オーディションをすると言う企画だった。

わいは訳が分からず、母親を見つめた。


「アンダ・・・高校、入学しでがら一体何べん通っだ?」

「・・・覚えで無ぇ」

わいは雑誌を閉じながら、半分だけ起こして居た体をまたベッドに伏せた。

嫌な事を聞いて来る・・・・・。

覚えて無いと言うのは勿論嘘だ。

むしろ数えられる程しかまだ通って居ない。

高校はあまり行きたくないんだ。

少し前に先輩に目を付けられて面倒な事に巻き込まれていたし、高校で一体自分が何を学ぼうとしているのかも良く分からなかった。

自分が何をしたいのかも良く分からない。

何となく目立ちたくて、何となくオシャレしたくて、何となく女の子にモテて居れば・・・わいが高校生活に描いた事などその程度だ。

大きな夢も目標も無いわいは、必然的に学校を不登校がちになっていた。



「・・・どーすんの、ごの先?」

「・・・分がんねぇ」

母親の気持ちはちょっとは分かった。

金出して高校行かせて、その息子が高校に行かないのでは何の為の学費だ・・・入学金だ、だ。

わいには弟も妹も居るから、長男としてもう少しまともになって欲しいと両親は思っている事も感じている。

けど・・・どうにも何にもヤル気が起こらない。

楽しく無い。

体も頭も動かない。

何にも感動出来ないし、何にも気持ちが乗らないんだ・・・。


わいって、何の為に生まれて来たんだろう・・・。

人生ってもっと刺激的な事が起こると思っていた。

が、生まれた場所がまず悪い。

青森県だぞ・・・むつ市だぞ?

せめてもう少し東京に近い茨木とか埼玉とか千葉とかで生まれてたら・・・少しは何か楽しい事もあったかも知れない。

な〜んも無い・・・それがわいが住んでるトコだ。



陸上部では棒高跳びの選手をして居た。

少し前に自分の中では新記録を出していたが、こんなの全国レベルには程遠い。

何もかもが中途半端・・・。

多少身長が高いが、顔だって・・・別に普通だ。

モテたと言う実感は余り無い。

いや、一つだけ自慢出来る事があった!

・・・目付きの悪さだ。

・・・チェッ、自慢にもならない。

あ〜あ・・・。

あ〜あ・・・。

何か面白い事起こらないかな・・・。

 



「おとちゃんにも了解貰ったがら・・・」

「何を?」

「それ!」

母親がわいの手の中の雑誌を顎で杓った。

「え?」

わいはもう一度雑誌の表紙に視線を落とした。

「アンダ、モデルのオーディション受けに行げ」

「え?」

「東京行っで自分試しで来い、言ってんの」

「えっ?」

本格的に体を起こした。


何を言い出すんだ、この人は・・・。

訳が分からない。



「んじゃ、もう一回撮るがら!今度はもう少しまなごじっぱり開けで。はい、チーズ☆」

カメラのシャッターが再び母親に押された。

「・・・あっちゃ?」

わいは今度も多分・・・大した顔じゃ写って無いと思う。

「なぁ、あっちゃってば!嘘っこだろ?あっちゃ、わいを騙そうと・・・」

けど、母親はわいの言葉なんか無視し、オーディションの履歴書にその写真を同封して雑誌社に送った。

チラッとだけ見えた「松山研一の履歴書」の欄には、「内向的」とか「口下手」とか「泣き虫」とか・・・

おおよそ我が子を「押す」ような褒め言葉は一切書かれて居なかった。

あっちゃ・・・本気でわいを受からせる気あんのか?

おとちゃんに了解貰ったってのも・・・多分嘘だ。

わいのおとちゃんはそんなの認める訳が無い。

あの人はそういう人だ。



が・・・奇跡が起きた。


僅かして、「オーディション会場と日時」を知らせる通知がわいの家に届いたのだ。

「写真の撮り方がいがったんだな♪東京にはあっちゃも付いで行ぐがら」

母親は嬉しそうだった。

箪笥の中から服を何枚か出して、鏡の前で衣装合わせを始めている。

弟と妹は羨ましそうにわいを見ていた。

父親は・・・・・無言だった。

とにかく、わいが東京に出る事になったのはこんな件(くだり)からだった。



こんな事があるんだ・・・起こるんだ?

生きてるって・・・それだけで少し面白いと思った。

相変わらず、どうしてわいが書類審査を通過したのかは訳は分からない。

けど・・・やった!

東京に行ける♪

東京は修学旅行で一回行ったが、まるで外国だ。

目には入るモノ全てが刺激的で、街行く人はみんなオシャレでカッコ良くって綺麗で・・・。

オーディションなんかどうだっていい。

東京に行ける事自体が、わいの気分を猛烈にウキウキさせた。

やった!




「2へ続く」