2、オーディション
一体、世の中何が起こるか分からない。
何と・・・一次オーディションに合格した。
してしまった。
20000人近くも居た筈の、わいと同じような年頃の男達(言葉を変えれば「ライバル」だが)は
バッサバッサと篩い落とされ、一気に半分以下の人数だ。
何でわいなんだ?
何でわいが残ってる?
「松山っ!おぃ、松山研一っ!いっくら加減起ぎろっ!」
ん〜・・・?
・・・わいの事呼んでる誰が居る・・・。
誰がさ?
「おぃ、松ケン!起ぎろっで!」
「菊男におめ、叩がれっぞ!」
隣の席のクラスメイトが、小声でわいの事を揺さぶって起こしてくれた。
が、起きた時にはもう遅かった。
菊男はわいの席の前まで来ていて、教科書を丸めて自分の手の中でポンポンと叩いて居た。
「・・・おめが居眠りすてるの、いっづからおべでだんで(随分前から知ってたんだ)。気持ちいがっだが・・・え?
わいの授業はそげにいい塩梅か?」
「・・・・・」
嫌みな奴だ・・・ネチネチしてて・・・。
歴史の「菊男」事「山下先生」は、歴史と言う授業を生徒がとにかく眠くなるよう行うのに天才的な力を発揮する教師だ。
なぜ彼を「菊男」と呼ぶかと言うと、どうしてか彼の近くを通るといつも菊の匂いがするからである。
それが香水なのかコロンなのか、はたまた彼の体臭なのか・・・・・生徒の間では色々意見が飛び交ったが、それにしたって
「菊」の香りのする香水付けてると言うのも・・・・・かなりセンスを疑われる所だ。
彼の名前は菊男ではない。
確か安次郎とか何とか・・・うん、わいは知らね。
興味がない。
だども、保険医の相田先生の下の名前が「佳代子」と言うのは知ってる・・・うん。
学校一の美人で若い教師だから、多分男はみんな彼女のフルネームを知っていると思う。
わいも足をちょっとくじいた時診て貰いに保健室行った事があるが・・・細い指で色々足首触れられたり湿布張られたり
包帯捲かれたりすると・・・何て言うか・・・。
あ〜・・・思い出しただけでちょっと興奮して来る。
うん、相田先生はそんな教師だ。
今日は久々学校に登校したが、とにかく眠い。
実はこの五時間目の歴史どころじゃ無く、一日中眠いのだ。
一日で今日は何度欠伸をしただろう?
しかも弁当を食ったあとのこの時間は余計に眠い。
「歴史」なんか語られたってちっとも頭に入って来ないし、音楽の無い子守唄みたいだ。
明日は二次審査だ。
どう言う訳か、今回は「台本」を貰った。
「身毒丸」と言う変わったタイトルの台本で、その中のセリフを少し言う事になっている。
どうしてモデルのオーディションにセリフを覚える作業が入っているのか全く訳が分からないが、そういう事らしい。
わいは俳優のオーディションに行く訳じゃないし、劇団に入るつもりも無い。
演劇なんて・・・昔観たピーターパンくらいだ。
知識はその程度である。
今頃、一次審査を通過した奴らはどこかしらでこの台本のセリフを覚えて居る頃だろう。
と言う事で、わいはまた明日東京だ。
嬉しい。
仲の良い友達には一応今回のオーディションの経緯や経過を報告して置いたが、とにかく「グランプリにはわいはならん」と言う事で、
二人の親友には[他の誰にもこの事を言うな]と強く念を押しておいた。
わいにとっては、オーディションなんか相変わらずどうだっていい。
「また東京に行ける♪」と言う方が百万倍も嬉しい。
が、今回もあっちゃが一緒だから、気になる店に寄り道したり色々出来ない。
残念だ。
まぁ、なんぼなんでも明日のオーディションでわいは確実に落ちる。
東京へ行く事ももう暫くは・・・いや、ひょっとしたら一生無いかも知れない。
その事言えば、あっちゃも少しわいの希望を聞いてくれるかも知れない。
原宿と渋谷にどうしても行ってみたい店が二店あるんだ。
服を買って貰う事は出来なくても、友達の和也と直人には「店に行ったど!」と自慢は出来る。
が、あ〜あ・・・。
現実はまだ歴史の授業中だ。
菊男は取り合えず教壇まで戻ったが、まだわいの事を時々チラチラ見て様子を窺っている。
・・・ウゼッ・・・。
大体、何が「平清盛」だ・・・。
何が「保元の乱」だ・・・。
「げんぺいがっせん」って何だ?
白川?後白河?
何で「後」とか付けるんだ?
同じ人物なんじゃないのか?
もう一回天下取ると「後」とか付けるのか?
意味分がんね・・・。
菊男一人、熱く「平安時代の歴史」を語っている・・・。
過去の事なんか勉強して、一体何になるんだ?
どこで役立つんだ?
あ〜・・・寝んぶて・・・。