3、水着審査

 

DVDを友達からレンタルして(わいの住んでるトコには近くにレンタルショップなんて言う都会的なモノは無い)、わいは弟と

アニメを観て居た。

「・・・ガンダムにはぐるっ(全て)と詰まっでる」

と言うのが、わい達二人の見解だった。



「なぁ、あんちゃ?『グランプリ』ってじぇんこ幾ら貰えるがさ?」

「分がね。あっちゃが知ってんじゃねだが?」

「大金のじぇんこ貰えるって言っでたど?」

「んだば、十万ぐれ貰えっがな?」

わいは弟を見つめニタッとした。

「十万もし入っだら、わいに一万ぐれ小遣いくれるがさ?」

「んだな・・・そんぐれならやってもイイがな」

「やった!」

まさか自分がグランプリなど取れる筈も無い。

たまたま今回何かの間違いで数回の予選を辛くも通過していたが、世の中そんなに甘くない事は流石のわいにも分かっている。


残る面々を見れば、顔が豪く整った奴だとか、身長が恐ろしく高い奴だとか、顔が途轍もなく小さな奴だとか、ダンスが上手い奴、

暗記能力と演技能力が凄い奴、何か分からないけど自分自身自信がある奴、歌が巧いヤツ、楽器が弾ける奴・・・そんなのばっかりだ。

どうしてそこに何の取り柄も無い自分がまだ篩い落とされないで入っているか・・・審査員に聞いてみたい。

ま・・・そんな事聞ける機会は勿論無いし、大方予想は付いている。

「あのすっげぇ訛ってる奴・・・アイツ残しておくと絶対面白い」

多分そんな理由だ。

わいがもしそれをどこかで聞いてしまい多少傷付いたって、関係無いと思ってる奴は沢山審査員の中に潜んでいるだろうし、

エントリーの中で勝ち進んでいる人間にだって言える事だ。


「松山研一は、訛ってて面白い」・・・・・。


わいはこのオーディションに関係する人間が、みんな「イイ人」なんて「違う」と当に気付いて居た。

青森県の下北弁喋る男がどれほど面白いか・・・わいが東京出身者なら間違い無く笑うだろうし、友達に喋る。

「すっげぇ『笑える奴』が居てさ・・・」って。

 



次の審査はどうやら水着審査だそうだ。

体のラインとか姿勢でも見る為なのだろう・・・。

わいは姿勢はあまりイイ方では無い。

どっちかって言うと猫背だと思う。

それに、どうしよう・・・。

わい、泳げないから水着を持って無いのだ。

あっちゃはこのオーディションの為に買ってくれるって言ったけど、そんな事に金使うくらいなら、原宿でわいが気になっている服屋で

買って欲しいパーカーがある。

わいはそっちの方に母親の財布の紐が緩む方が何倍も嬉しいし、期待している。

 


わいがどれだけ勝ち上がっても、おとちゃは別に何とも言わなかった。

何も言わず、何も聞かず、いつも通り朝暗いうちから新聞配達の仕事に出掛けて行ったし、みんなで食卓を囲む事があっても

そういう話題をする事も無い。

わい達は今、互いに少し「距離」を感じていた頃だった。

それを「成長」とか「大人になる事」とか「思春期」を迎えた子供と親の通過点だと言うのなら・・・わい達はまさにそれであった。

何を話していいのか分からないし、向こうもそう見える。

 


わいの頭には、かなり目立たなくなったが実は小さな傷跡がある。

三年前におとちゃに反抗して降っ飛ばれた事があるのだが、当たり所がたまたま悪く、わいは頭から出血した。

額に生温いドロッとしたものを感じ、それがゆっくりと瞼の上まで落ちて来た時、わいは驚いて慄(おのの)いてしまった。

自分の血をこんなに沢山見たのは、その時初めてだったからだ。

が、おとちゃの方がもっと焦って真っ青な顔になっていた。

息子にしてしまった事の重大さを目の当たりにし、言葉も発せなかったし行動もすぐ起こせなかった。

あっちゃがパートからたまたまその時帰って来て、わいの頭をタオルで抱えて病院まで車飛ばしてくれた。

病院に着いた時には完璧に「夜間」で医者が極端に少なく、わいが頭を数針縫って家に帰って来た時にはもう深夜十二時近くになっていた。

いつもなら完璧に寝て居るおとちゃは、その時起きて居た。

わいを突き飛ばした時と同じくらい帰って来た時青い顔をして居て、「・・・大丈夫か?」と小さく短い言葉で「詫び」た。

うん、多分あれは「詫び」だったのだと思う。

おとちゃは謝るのが下手な人なんだ。

わいは眠かったし何だかくたびれたし、腹が減ってんのかそうじゃないのか分からなくなっていて、「もう寝る」と言って弟と同室の

自分の部屋に引っ込んだ。

おとちゃはあの晩・・・ちゃんと寝たのだろうか?

次の日・・・と言っても殆ど今日になっていたが、いつも通り暗いうちに新聞配達の仕事に出掛けて行った。


わいが高校へ行けたのは、両親が一生懸命働いてくれて作ってくれた金の結果だ。

そのわいは・・・高校をやはり今でも不登校がちである。

親不孝して居ると感じている。

グランプリは無理でも、もし「審査員特別賞」なんてものに引っ掛ったら、二人には何か少ししてやりたいと考えて居る。

あの事件以来、父親とはしこりがあるままだ。

けど、わいがもう少し大人になれば・・・いつかもっと正直な気持ちをぶつけ、そしておとちゃの事を理解出来るような人間になれるかな

と、時々考える。

今はまだその時期じゃ無いだけだ。

大体、仕方ないじゃないか・・・わいはまだ誰かの「親」になって無い。

親の気持ちを分からなくたってしょうがない。

 


おとちゃの凄いトコは、何十年もいつもと同じ仕事をずっと続けてる事だと思う。

おとちゃは相当広い範囲を、たった一人で朝晩二回新聞を配達して回っている。

少し前には数人同僚が居たらしいが、今はおとちゃだけだ。

熱が出ても寒い日も・・・おとちゃは「わいが配達せねば」と、一日も休まず新聞を配達し続ける。

わいには絶対そんな真似は出来ない。

同じ事を何年も繰り返すなんて・・・わいには無理だ。

熱があったらわいは何もしないでずっと寝てるし、いつも以上に何もしない。

けど、大人って・・・働くってそういう事なんじゃないだろうかと感じる。

「責任」と言う、わいがまだ良く分かっていないモノを背負って、大人達は自分の居場所をこの世に確保して生きて居るのかも知れない。

・・・あ、わい今ちょっと頭イイ事考えた


責任の無さは信用の無さに変わり、信用の無い人間は他の誰かとすぐ交換させられる。

わいもいつか・・・そういう「責任」を負える人間になれるだろうか?

 






何度も来たオーディション会場、控室・・・。

けど、わいには話をする友達は一人も居なかった。

わいは訛っているし、何だか他のみんなとは溝がある。

だからわいは、控室では大抵音楽を聞いて居るとか漫画を読んで居るとか・・・とにかく一人で居た。


「良くここまで残れたって感じだよね、俺等」

「・・・・・」

顔を見た事はあったが名前をインプットして無い人物から突然声を掛けられた。

「俺、静岡から来てるんだ。松山君は青森・・・だっけ?」

「何でわいの名前・・・」

「知ってるよ。キミは多分この中で一番有名だ」

「わいが?」

「あれ?もしかして気付いて無いの?キミ、すっごいオーラあるよ?」

「えっ!?」

驚くべき事を言われた。

「みんな直には言わないかもしれないけど、キミを一番の『ラスボス』だと思ってる」

「わいがラスボス?」

「あはははは♪直に聞くとホントに面白いよね、キミの言葉。青森の人ってみんなそういう感じなの?」

まるで昔から友達みたいに話し掛けて来てれくた山岸充と言う名の男は、わいと同じ歳だった。

わいなんかより遥かに都会的だし、カッコいい私服をいつも着て居る。

母親と二人暮らしだから、なるべく早く親に楽をさせいと考えているのだそうだ。



「松山君、多分今日すっごく審査員の注目浴びると思うよ」

「なして?」

「だってキミ・・・今日すっげぇキマッてるもん」

「・・・え?」

「美容院行ったでしょ?髪型イイよ。顔がしっかり分かるようになったから審査員に充分アピール出来る。あ、俺呼ばれてる。じゃね!」

山岸君は服を脱いで水着姿になって控室を出て行った。

・・・わいが、キマッでる?

鏡が控室にあったのでチラッと自分自身を確認したが、他の誰よりキマッてるとは到底思えなかった。

 


わいが呼ばれるまであと二人になった。

このくらいの順番待ち状態が一番ドキドキする時間だ。

呼ばれるなら早く呼ばれてしまいたい・・・・・。


わいは「苦肉の策」で今回の水着審査に挑んでいた。

学校のジャージを膝まで捲くし上げ、上半身裸で水着審査を受けるつもりだった。

あっちゃは色々言ったが、わいは結局、「要らね」と断り水着は買って貰わなかった。

と言う事で、わいのオーディションもここでおしまいだ。

このオーディションへの意気込みは山岸君の比では無い。

今日でホントのホントにおしまいだ。

充分楽しい思いをさせて貰ったし、緊張感って言うのを体験で来た事も楽しかった。

何か「本気」で取り組みたい事が出来た時は、本気でぶつかって行こうと言う訓練になった。

言葉には出して居なかったが、両親に対し今回のチャンスをくれた事を感謝している。

帰ってからは、もう少し(だけ)真面目に学校へも通おうと思った。

 



「十八番、松山研一君!そろそろスタンバッて!」



・・・キタ。


スタッフに呼ばれたのでわいは服を脱いで、ジャージのズボンだけになった。

「それも脱いで。次水着審査だから」

「これがわいの水着です。わい、水着持ってなぐって・・・」

スタッフは面食らったようだったが、わいは構わずそのままステージに立った。

審査員が度肝を抜かれた顔をしてるのがすぐ分かった。

けど、仕方ない・・・わいはホントに水着を持って無いんだ。

ウケを狙った訳でも無いし、人と違う事をして注目を浴びようとかでも無かった。

こんなスポットライト浴びて、知らない人間の前を「堂々」と歩くのも今日で最後。

最後だと考えると、妙に清々しい気分になった。

わいは一旦ステージに立つと特に緊張もせず、「悠々」と辺りを歩き回り、言われればその場で止まってみたりした。

一通りステージを歩いてステージの中央に立つ。

と、ここで審査員に質問を受けた。

・・・わいの一番苦手な「質問タイム」である。




4へ続く