ド、ドビー!?と・・・え、クリーチャー・・・どうして?」

ハリーは声を落として驚いた。

ここはマルフォイ邸の地下牢だ。

ハリーは人浚いにロンとハーマイオニーと共に捕まり、この屋敷に連れて来られていた。

「自分の金庫に預けられている筈の『グリフィンドールの剣』を三人が持っていた」咎で、

ベラトリックスは怒り狂い、ハーマイオニー
(おそらく「穢れた血」故)を自らが指名し、彼

女に対する激しい拷問を繰り返していた。

地下牢の古びた天井の亀裂を通し、絶叫する友の声を聞くのは心臓が張り裂けそうな程辛い。

少し前にはゴブリンのグリップフックも上階に呼ばれ、連れて行かれている。


グリフィンドールの剣を作ったのはゴブリンだ。

故に、ベラトリックスはあれが本物かどうかを彼に問い質したいのだ。

ハリーはこの件に関して、もうグリップフックに先手を打ってある。

「お願いだ。あれを『偽物だ』と言ってくれ」

 



ロンは気が狂わんばかりにおかしくなっていた。

泣き叫ぶハーマイオニーの声が地下牢の二人の耳を劈(つんざ)く。

ロンは必死にハーマイオニーの名を呼び、牢の鉄格子を叩いていた。

ハリーもロンも杖を取り上げられていた。

魔法使いと言えども杖が無ければマグルと同じだ・・・何も出来無い。

ロンがこれほど大きな声でハーマイオニーを呼ぶ理由を、ハリーはとっくに気付いていた。

ロンはハーマイオニーを、友としてでなく一人の女性として愛している。

その事がまだ誰にもバレていないと思っているのだから・・・ロナルド・ウィーズリーと言

う男はよほど脳が幸福なのか鈍感なのか・・・だ。


一方、既に牢の中に捕えられていたルーナは、初めて間近で見る屋敷妖精に興味を示してい

た。

彼女はここでの生活が少し長かった筈なのに、それでもいつものルーナのままだ。

どこも変わり無い・・・その事はハリー達を救う。

弱り切っているオリバンダーや気落ちしたディーンを、彼女の存在がどれだけ救いだったか

は計り知れない。

 



「ドビーは、ハリー・ポッターとそのご友人をお救いする為にやって参りました」

ドビーは膝を折って挨拶し、甲高いキーキー声で喋った。

ハリーは驚いた。

自分達は杖を取られてしまい、ここから出る事が出来無い。

それに、この建物には呪文が掛けられており「姿現し」は出来無い筈。

しかし、屋敷妖精達はいとも簡単にここに「姿現し」して来たのだ。

「君達は、ここから出る事が出来るんだね?例えば、僕達を連れて・・・」

「勿論でございます。ドビーは屋敷しもべですから」

屋敷しもべがどの程度の力を持っているのか、ハリーには見当もつかない。

だが、天の助けとはまさにこの事だ!


「・・・で、クリーチャー。君のその傷はどうしたんだ?」

ハリーはドビーの隣で体が半分傾いているクリーチャーの状態に気を止めた。

クリーチャーは今でもお屋敷勤めのしもべであるから、ドビーと違って恰好はとても薄汚い。

が、その衣服にはしもべが流したと思われる血があちこちに付着していた。

今は乾いてしまっていたが、洗濯もせずにそのまま着ているので黒いシミがあちこちに飛び

散っている。



「・・・何でも」

クリーチャーは簡単に答えた。

大きな外傷もあった。

どんよりした片目は半分腫れ上がり、体のあちこちに大きなアザがある。

体の重心が片方に傾いている所を見ると、足でも悪くしているようだ。

「・・・もしかして、死食い人がお前に酷い事をしたのか?」

ハリーの言った言葉が真実だと言う事はすぐに分かった。

クリーチャーの表情が一瞬引き攣ったからだ。

 


グリモールドプレイス12番地に、ある日突然帰れなくなっていたハリー達だ。

やっとクリーチャーと少しばかり気持ちの距離が縮まったかと思った矢先に、潜入捜査に入

った魔法省での一件の末、自分達が放浪生活を強いられてしまい、あの屋敷に帰れなくなっ

ていた。

クリーチャーはあの日、ハリー達に少しばかりの安らぎの気持ちを感じてくれ、ご馳走を用

意して待っててくれているはずだった。

クリーチャーには「事の真相」をきちんと説明も出来ないまま・・・今に至っている。

クリーチャーは不格好な直立で頭を少しだけヒョコッと下げ、前に会った時よりずっと年老

いたような声で喋った。


「・・・クリーチャーは知っています。ポッター様が薄汚いヤックスリーめの手に落ちまい

として、我がお屋敷に戻られなかった経緯を・・・」

「その傷はヤックルリーにされたのか?」

ハリーは詰め寄った。

ヤックスリーに対し、無性に怒りの感情が沸き上がって来る。

「・・・色々でございます。お屋敷には、あれから色々な者達が出入りしていますれば・・

ゴホッ

クリーチャーは咳をした際に、胃の辺りを押さえた。

「お前・・・どっか悪いんじゃないのか?」

ロンが心配そうに声を掛けた。

「何でもないのです、ウィーズリー様。心配には及びません」

「いいえ、クリーチャーは病気です。もうずっと前から・・・」

ドビーのその余計なひと言に対し、クリーチャーが睨み付けた。

「ハリー・ポッター・・・クリーチャーは拷問を受けました。沢山『真実薬』を飲まされた

のです。それに・・・」

「何でも無い事です、ポッター様。何でも・・・」

クリーチャーはドビーの「戯言」を、まるで聞こえていないような素振りで目を閉じた。

「ねぇ、一つ聞きたいんだけど、君達は一体どうして僕達がここに居る事を・・・・・」

ハリーが疑問をぶつけた時、上階からまたハーマイオニーの叫び声が上がった。



「ハーマイオニー!」

ロンが叫んだ。

今は時間が無い。

ハリーは意識を「今」に戻した。



「二人にもう一度確認したい。君達はここに入って来た。なら、出る事も可能なんだね?」

「左様でございます」

ドビーが答えた。

「僕らを連れても出られるんだね?」

「勿論でございます。屋敷妖精はここから皆様をお連れして外に出る事が可能でございます」

「よしっ!二人はルーナとオリバンダーさんとディーンを連れてここを出て行くんだ。えっ

と場所は・・・」

「ティーンワースの『貝殻の家』に!ビルとフラーが居る」

ロンが上を気にして胸が張り裂けそうに眉を下げながら、ハリーの言葉を補正した。


「君達は三人をそこへ連れて行ったらまた戻って来てくれ。僕らとハーマイオニー、それに

グリップフックもここから逃がして欲しい・・・いいね?」

「かしこまりましてございます」

ドビーは深々と挨拶し、クリーチャーは無言で頷いた。

「よろしく、ドビーさん」

ルーナはドビーと手を繋いだ。

もう片方はディーンが繋いでいる。

オリバンダーはクリーチャーと手を取った。

弱った者同士で大丈夫だろうか」とハリーは心配だったが、破裂音と共に三人と二匹()

の姿は地下牢から消えた。

 



「何だ、今の音は!見て来るんだ!」

ベラトリックスはワームテールに指示を出した。

ワームテールは杖を出し、警戒気味に地下牢へ続いている階段を下りて来た。

「ん、居ない!どこだ?」

ワームテールは慌てて中まで入って来た。

が、入り口の両サイドに隠れていたハリーとロンがその体に飛び付く。

「お前の杖をよこせ!」

ハリーがワームテールを押さえ付けている間に、ロンが力付くで杖を奪おうとしている。

ワームテールが叫びそうになったので、ハリーはその口をも手で封じた。

三人は格闘した。

「お前は僕に『貸し』があるはずだ!僕はお前を助けてやったのに・・・忘れたのか!」

ハリーのその言葉は効果があった・・・ワームテールの力が一瞬緩む。

そして「事」が起きた。

ワームテールの銀色の手が、突然自身の首をキツク絞め上げた。

驚愕の表情のハリーとロンの前で、恐ろしい惨劇が始まった。



「やめろ・・・」

ハリーとロンは苦しむワームテールを救おうと銀色の手を何とか退かそうと必死になった。

しかし、銀色の手は尚もワームテールの首を強く握り締める。

いよいよワームテールの顔色がおかしくなって来た。

「手を放すんだっ!」

ロンは自分の指を何とかワームテールの首と銀色の手の隙間に入れようと躍起になっている。

が、無駄だった。

ワームテールは最期、ヒクッと小さく息を詰まらせ死に絶えた。


「こんな事・・・」

ロンは悲痛な顔付きで言葉を詰まらせた。

一度はネズミのペットとして、彼を「飼っていた」ロンだ。

ハリーとは違った想いがワームテールに対して多少あるらしい。

それも仕方無い事だ。

第一・・・ロンがとても優しい男だと言う事をハリーは知っている。



「・・・コイツの心の一瞬の『迷い』を奴が感じ取ったんだ。だから、ご主人様はコイツに

制裁を加えた。さぁ、行こう、ロン!グズグズしていられない。ハーマイオニーを救い出さ

ないと!」

「・・・そうだな」

ハリーはロンに渇を入れた。

二人はワームテールから目を背け、音を立てないように階上へ上がって行った。

 



二人が忍び足で上階に上がると、床にはハーマイオニーが倒れていた。

髪がグシャグシャになっている。

グリップフックも新たに作った顔の傷から血を流していた。


「もう一度聞くよ!あれは本物なのか、偽物なのか・・・どっちなんだ!」

ベラトリックスの強い口調が、ここの空気を一層ピリピリさせていた。

「偽物です」

「確かか?」

「はい」

「嘘を付くと承知しないぞ」

「偽物です」

「ふん・・・ならば準備は整った。あの方をお呼びするのだ。どれ、私が・・・」

ベラトリックスが不敵な笑みを浮かべ、自分の腕に杖先を置こうとした。

が、その腕をルシウスが止めに入る。


「ここは私の館だ。だから私があの方を呼ぶ」

「はン・・・何だって?」

突如割り込んで来たルシウスを一瞥し、馬鹿にしたように鼻で笑うベラトリックス。

「お前にはもうそんな権限は無い。杖を取り上げられた時点でお前は全てを失ったのだ」

「ベラ!夫に対して無礼な事言わないで!」

ナルシッサがルシウスの援護に入った。

「フン、じゃあドラコ・・・お前が呼びな」

「息子の事をそんな風に顎で使わないで!」

「うるさい妹だよ、お前は・・・ほら、早くしな、ドラコ!」

みんながドラコに注目していた。

ドラコは震えていた。

体だけでは無い・・・彼は気もすっかり弱くなっており、骨の髄まで震えている。


「おい、グレイバック!この『穢れた血』はくれてやる。好きにしな」

ベラトリックスが足でハーマイオニーの体ををグイッと狼男の方に押しやった。

「へっへっへっ・・・」

血走った目にヨダレを垂らさんばかりのグレイバックが、ヨタヨタとハーマイオニーに近付

いて行く。

それをチラと見たドラコが、杖先を今まさに自分の腕に置こうとした。

 


「やめろぉぉぉぉーーーーっ!」


ロンが飛び出した。

ハリーもその後へ続く。


「エクスペリアームス!」


ロンの呪文がベラトリックスの杖を吹っ飛ばした。

ハリーはその杖を掴み、ドラコの杖をもぎ取った。



「おやめっ!」

ベラトリックスは足元に転がっていた気絶したハーマイオニーを抱き上げ、その喉元にナル

シッサの杖を奪って突き立てている。


「コイツの命が無いよ!」

「・・・・・」

「杖を置くんだ」

「・・・・・」

「杖を置けと言ってのが分からないのか!置けっ!この娘が死ぬぞ!」

「・・・・・」

ハリーとロンはベラトリックスに従う他無かった。

が、どこからか不思議な音がする・・・上だ。

ドビーがいつの間にか戻って来て居て、ベラトリックスの真上に在るシャンデリアの金具を

外している。



「お前・・・」

ベラトリックスはハーマイオニーを突き飛ばし、自らもその場を遠退いた。

間一髪、それで大怪我を防ぐ事が出来た。

が、ベラトリックは顔に切り傷を残していたし、ドラコは顔じゅう血塗れだ。

ドラコは顔面を両手で覆い、呻き声のような叫び声を上げている。

ロンはその間に破片の中からハーマイオニーを救い出し、ハリーの方はグリップフックを救

い、みんなを援護するようにベラトリックスに向けて杖を向けた。


「お前・・・しもべの癖によくもこんな真似を・・・」

ワナワナとドビーを睨み付け、ベラトリックスは立ち上がった。

手には、壊れたシャンデリアの破片を握り締めている。

ドビーは自分を盾にして立ち、後ろにハリーとロン、そして気を失っているハーマイオニー

とグリップフックを庇うようにしていた。



「ん・・・お前は?」

破片を持った方のベラトリックスの手を、クリーチャーが掴んでいた。

が、掴んでいると言うより、むしろベラトリックスの腕に掴まっていると言った方がいい。

そのくらい、クリーチャーは弱っていた。

おそらく、「姿現し」で体力を消耗したのだ。


「クリーチャー・・・と確か言ったな?お前はブラック家のしもべのはずだ」

ベラトリックスがジロリとしもべを見下ろした。

「お願いでございます。ポッター様達をどうぞお見過ごしください」

「何だと?」

「あの方達をどうか・・・」

「お前、いつから寝返った?えぇい、私に触れるなっ!汚らわしい、小猿がっ!

ベラトリックスは気が触れたような金切り声を上げ、弱ったクリーチャーの体をまるでボー

ルのように蹴っ飛ばした。

クリーチャーは脇腹を押さえ、コロコロと転がった。

「私の現在のご主人様は・・・ポッター様でございます」

「・・・ほぅ」

クリーチャーはヨロヨロと立ち上がった。

「見下げ果てたものだな。クリーチャー。レギュラスはさぞかし悲しむだろうよ」

「・・・・・ポッター様はお約束くださいました。我が生涯の主、レギュラス様の無念と本懐を遂げようと・・・・・」

「馬鹿め。大体、レギュラスはあの方に対し、最終的には忠誠を誓って居なかった。我が君はアヤツを信用

して居なかった。むしろ、賢明だ」

「レギュラス様の事をそのように仰らないでください、ベラトリックス様」

「フン!アイツも最終的には『血を裏切る者』とそう変わりない。愚かな奴の兄と一緒だ」

ベラトリックスは癇に障る笑い方をした。



「お願いでございます、ベラトリックス様。ポッター様達を・・・」

下手(したて)にクリーチャーは願い入れた。

しかし、クリーチャーは言葉を最後まで言え無かった。

ベラトリックスは持っていたガラスの破片でクリーチャーの心臓を一突きしていた。


「クリーチャー!」


ハリーが近寄ろうとした。

が、それをドビーが止めた。



「クリーチャーの命を無駄にしてはいけません。ハリー・ポッター。手を!」

ドビーは後ろに居る全員の手を繋ぎ合わせ、クルクルと回転し始めた。

ベラトリックスはその回転に向かって、クリーチャーの血の付いた破片を勢い良く投げ付け

る。

ハリーは回転しながら、投げ付けられたガラスの先と床に小さく転がっているクリーチャー

を見つめ、「貝殻の家へ」と強く心で唱えた。

マルフォイ邸がグニャリとボヤけ、ベラトリックス達の姿をおぼろげにしていく。




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