「もう一度言え・・・もう一度言ってみろ!」


ヴォルデモートは静かだった・・・静かに喋った。

しかし、それ故彼の中に沸々と湧き上がる怒りは、誰の目にも明らかだった。

ヴォルデモートの怖さは怒った時では無い・・・むしろ、今のような優しい口調の時だ。


「わ、我が君・・・に、偽物が金庫を破って・・・レストレンジ家の・・・」

ゴブリン達は震えていた。

暴れたドラゴンによって半壊したグリンゴッツ銀行で、小鬼達は各々どう「今」を対処して

いいものやらオロオロしていた。

帳面付けや通帳の照らし合わせは得意だが、こういう独特なお客の対応には不慣れな彼ら。

絶対に会いたくない男が目の前に現れている。


闇の魔法使い・・・悪の帝王と呼ばれるヴォルデモート卿が、グリンゴッツの入り口に姿現

しをしたのはホンの少し前の出来事だった。

ハリー・ロン・ハーマイオニーがレストレンジ家の金庫に眠る「分霊箱の一つ」とされるハ

ッフルパフのカップを持ち去ったホンの数分後、恐怖と威圧を引っ提げて、ヴォルデモート

はグリンゴッツに姿を現したのだ。

ここに来る前、おそらく彼はマルフォイの館に姿を表している筈だ。

だとすれば・・・。

想像するしかないが、今頃マルフォイ邸は散々な状態であろう。



「ほぅ・・・偽物?オカシな事が起こるものだ。グリンゴッツはそういう者共を常に見破る

方法を持っているのではなかったか・・・え?言え、『偽物』とは誰だ?」

ヴォルデモートは尚も静かに喋った。

しかし、ゴブリン達は「その時」がいつやって来るのかと、緊張した面持ちで身動き出来な

いで居る。

あの赤い目が、一たびカッと大きく見開かれたからには・・・想像するだに恐ろしい。


「言え、『偽物』は誰だ?」

「は、はい。そ、それは・・・あのポッターの奴と、あ、あと二人の仲間で・・・」

「・・・奴らが盗んだものは何だ?」

ヴォルデモートの周りに漂う空気が明らかに変わった。

どのゴブリンの目も、一斉に闇の帝王と遣り取りをしているゴブリンに注がれる。

ヴォルデモートと遣り取りしているゴブリンは、誰かに助けを請うようにチラリと視線を横

に這わした。

が、他の小鬼達は誰も彼に助けの手を述べる事は無い。

ヴォルデモート自身、己の中に膨らんだ「怒り」をいよいよ隠し切れなくなっていた。

「些細なきっかけ」で、この場の空気は意図も簡単に変わる。

場がピリピリしていた。



「ち、小さな金のカップです・・・我が君・・・」

「・・・・・」


それが、グリンゴッツの中で喋るゴブリン達の最期の言葉となった。

ヴォルデモートの怒りが爆発した。

辺り構わず恐ろしい呪文を放ち、己の力に任せ、そこに居た全ての小鬼に「死」をくれてや

った。

ものの一分もしないうちに恐怖で顔を引き攣らせた小鬼の死体が、剥がれた大理石のタイル

の床の上にゴロゴロ転がった。

しかし、このくらいではヴォルデモートの怒りは収まらない。

蛇語を使い、彼の唯一の理解者であり相棒と言える蛇を足元に呼び寄せる。



「・・・ナギニ」                   

ヌルリとした感触がヴォルデモートの指から腕に掛けて伝って来る。

闇の帝王は、部屋の在り様を今一度グルリと確認した。

一瞬にして、名高きグリンゴッツは血の海と化していた。

が、彼の内なる怒りは到底収まりきらない・・・収まるはずも無い。


分霊箱の存在を知っていたのは誰も居ないはず。

しかし、ダンブルドアは彼の「封印した姓」を知っていた。

が、そのダンブルドアも死んだ。

ヴォルデモートの不死の秘密を知っている者は誰も居ないはずだった。

なぜだ?

ポッターめ・・・・

ポッター・・・。

あの小僧めっ!

 



既に「骸(むくろ)」と化した小鬼に更なる攻撃を繰り返す。

小鬼の体は今や元来の姿で残っている者は殆ど無く、細かな肉片の残骸になっていた。

大方「綺麗」になると、ヴォルデモートは己の中に次々湧き出て来た嫌な想像を一旦リセッ

トした。

「俺様ほどの・・・このヴォルデモート卿ほどの魔法使いが、我が分身とする分霊箱が危ぶ

まれているのを感じ取れぬとは・・・うむ、考えられぬ。しかし、確認せねばならぬ。ゴー

ントの廃屋か、洞窟か、ホグワーツか・・・」

その中では一番危ういと考えられる、ゴーントの小屋にターゲットを絞る。


ヴォルデモートはフッと、分霊箱とは掛け離れた全く別のモノ・・・世界を想い浮かべた。

遠く、何も知らぬまま生きている愚かなマグル達。

世界最強の闇の帝王が復活し、今その野望を叶えんとしている俺様の存在を全く知らない馬

鹿なマグル共・・・。

「ポッター・・・自分の宝を他人に弄られたらどれだけ腹が立つか思い知るがいい」

ヴォルデモートは不敵でゾッとする笑みを浮かべ、壊滅したグリンゴッツから姿を消した。

 





ペチュニア・ダーズリーは、面白くも無いテレビ番組を見ながら食後のお茶を飲んでいた。

数か月前に突如「プリペット通り」から半ば強引に引っ越して来て住み始めた新しい我が家

だが、どうにも好きになれない。

キッチンが狭い事がまず一つ原因だ・・・いや、キッチンだけでは無い。

この家の何もかもが嫌だった。

壁紙のセンスが酷い・・・カーテンやベッドカバーもちっとも好きになれなかった。

庭などとは到底呼べない玄関前のスペースに花を植えてはみたが、ちっとも気に入らない。


辺鄙(へんぴ)な所だった。

慣れ親しんだ「プリペット通り」が懐かしい。

あそこには自分達家族の全てが在る。

夫の昇進、子供の成長、近所のご婦人達との他愛も無い世間話・・・。

そんな中、稲妻のマークがペチュニアの瞼の中に突如浮かび上がった。

そう、あそこでの暮らしには「ハリー」が居た。

額に傷を持ったあの甥は今どうしているのだろう?

ペチュニアは小さく頭を振って稲妻マークをふっ飛ばし、残りのお茶を飲み干した。



「・・・?」

今、窓の外に一瞬何かが映ったように感じたが・・・猫か何かであろうか。

ここはたまに野良猫が庭に入り込んで来る。

「うっとおしいったらありゃしないよ!庭は荒らすしゴミは食い散らかす・・・えぇ、我慢

ならない!我慢なるモンですか!明日こそは言ってやらないと!明日こそあの人達に」

「あの人達」とは、ここにダーズリー一家を連れて来た魔法使い、ヘスチア・ジョーンズと

ディーダラス・ディグルの事だ。

ハリーの事を豪く褒めちぎり、己の世界の価値観・道徳感で物を言う失礼極まりない輩達。



「ちょいと・・・本当にそこに誰か居るんじゃないだろうね?」

ペチュニアは外に向かって声を掛けた。

オカシな身なりの物乞いや悪戯などごめんだ。

ブツブツ言いながらも、ペチュニアは外を確認しようと玄関ノブに手を掛けた・・・が、ハ

ッとして手を引っ込める。

二人の魔法使いに言われていた事を思い出したのだ。


「我々のお見立てしたお宅と地域です。多少のご不満はどうぞお許しくださいますよう。何

と言ってもハリー・ポッターはもっと過酷な戦いにこれから立ち向かう訳ですから。住み慣

れればここは素晴らしい所ですぞ。『防御の呪文』でこのお宅を保護しておりますが、夜は

なるべく外出は控えて頂きたい。闇を好んで移動する悪い奴らがおりますのでな。全く物騒

な世の中ですよ。我々他の任務も兼用していますれば、始終あなた方と一緒と言う訳には参

らない所で・・・。何か遭った時は無論駆け付けますが、直ちに参上出来無い事もあります

。家の周りにのみ掛けた呪文です故、私達としても・・・」



向こうの勝手な事情をチラつかせて貰っても困る。

ペチュニアは・・・いや、夫バーノンも魔法使いの戯言を信じるつもりは無かった。

が、今はその言葉が頭をチラ付く。

夫バーノンも息子ダドリーも、暮らし辛さを感じているのがペチュニアには分かった。

だが、少しは安心出来た事もある。

バーノンは先週やっと仕事が決まり、働きだしていたのだ。

小さな会社だが、バーノンの実績を気に入り採用してくれた。

 


何かが耳を撫でたような気がした。

ペチュニアは首を傾げ、耳を押さえ辺りを見回す。


誰も居ない・・・。


彼女の夫は今鼻歌を歌いながらシャワーを浴びていたし、息子の方はとっとと部屋に引っ込

んでゲームだかメールだかネットだかしているはずだ。

だが、今・・・確かに誰かがペチュニアに対し、何か話し掛けて来た。



ペチュニアはこんな感覚を以前一度だけ体験した事がある。

魔法使いの世界に何か良くない事が起きたとかで、リリーの行方を追っていた誰かが彼女の

居場所を知ろうと、リリーに近い者に直接語り掛けて来た事があった。

不気味な声だ・・・甲高く、耳障りな・・・。

名前はヴォ・・・何と言ったか?

あの声の主はあの時、むしろリリーと言うより・・・彼女の生んだ子供の方を狙っていたと

記憶している。


「感じる・・・感じるぞ!


背筋を凍らせる引き裂くような声が頭の中に響き、ペチュニアは玄関マットの上にペタンと

腰を抜かした。

全身一気に鳥肌だ。

誰も居ないのに・・・ここには自分達が隠れているとは誰も知らないはずなのに、こんな真

似・・・
まさかっ!

尋常では無い震えがペチュニアの体を駆け巡る。


「もうすぐだ・・・もうすぐお前の前に参上する。『秘密の守人』をしていたあの愚か者共

は、俺様が今しがた始末をした。あの馬鹿な母親の唯一の肉親・・・お前も同じ運命を辿る

のだ」

「あ、あ、あ・・・」

ペチュニアはヨタヨタと這い蹲りながらドアを閉め、鍵を掛けた。

声の主が何を言いたいのか良く理解出来ない。

しかし、危険だ・・・とにかく危険が迫っている。

手が異様に震えていた。

とにかく、夫の所に行かなくては・・・いや、二階だ。

まずは何を置いてもダドリーだ。

息子を何とか守らなくてはいけない・・・息子だけは・・・。

 






低空飛行になったドラゴンの背中から掛け声で湖に飛び込み、今後の事をロンとハーマイオ

ニーと語り合っていたハリーはガクンと膝を突いた。


「ハリー?」

ハーマイオニーが尽かさず顔を覗き込んで来た。

「・・・そんな・・・」

ハリーは今聞いた内容を信じられ無かった。

「大変だ。アイツが・・・」

「アイツって?もしかして『例のあの人』の事か?」

ロンがダイレクトな言葉を使わずハリーに話を合わせる。

「ああ。え、と・・・僕、行かなきゃ・・・」

「行くってどこへ?」

ヨロヨロと立ち上がるハリーを見上げ、ロンとハーマイオニーが同じタイミングで同じ事を

言った。

「どこだろ・・・僕、分かんない。けど、あの人達の所へ行かなくちゃ」

「誰だよ、あの人達って?」

「ダーズリーだ。アイツは今、おばさんの『脳』に一瞬入り込んだ。おそらく、それで大方

の場所を感じ取って、居場所を付き止めたんだ」

「待てよ、ハリー。だって君のおばさん達の事は、ディーダラス・ディグル達が何とかして

くれたんじゃなかったっけ?」

「・・・アイツが殺した」

「待ってよ、ハリー!またあの人の心の中に入ったのね?それはイケナイって・・・」

「そんな問答は後にしてくれ、ハーマイオニー。僕、行く。あの人達がこのままじゃ殺され

る。君達はここで待っててくれ」

「馬鹿言うな!」

ロンが怒鳴った。

「僕らも行くよ・・・なぁ?」

「勿論そうよ」

立ち上がったロンの提案に、ハーマイオニーも溜め息交じりだったが腰を上げた。


「アイツは・・・怒ってる。相当怒ってる。僕らが分霊箱を探している事に気付いた。その

怒りをおばさん達に向けようとしている」

「ヤバいじゃないか。あの人は確かめるのかな?分霊箱がその・・・無事かどうか・・・」

「そのつもりみたいだ。けど、その前にまずおばさんのトコに行くらしい」

ハリーは空腹と疲れとで、本当なら今すぐにでも眠りたい。

しかしダーズリー一家に危険が迫っている。

義理も恩も無い家族だが・・・それでもハリーは心を決めた。



「急ぎましょう、ハリー!手を!」

ハーマイオニーはもうロンと手を繋いでいた。

「でも・・・言っただろ?僕、おばさんの所が分からない。ディーダラス達から聞いていな

い。それに、僕と一緒に行ったら君達は完璧に危険に曝されるんだ」

「おいおい・・・今更言うのか、それ?その問題は当に話し合ったはずだろ?僕らはいつだ

って君と一緒だ」

ロンのその言葉にハーマイオニーは力強く頷いた。

「ママに聞いた事があるんだ。その人の事を想い強く念じれば、年端も行かない子供でも、

魔法使いなら親のトコにすっ飛んで行けるパワーが秘められるって。僕らは『年端も行かな

い子供』じゃない。もっと上手く消息を掴む事が出来るさ」

「だったらそれ、最初から問題だよ、ロン」

ハリーがこの世の終わりのような、絶望的な声を出した。

「僕、おばさんの事を強くなんて想えない。あの一家との間には嫌な想い出の方が多過ぎる

。救いたい気持ちは確かにあるんだけど・・・それは嘘じゃないんだけど。あぁ、自分が何

言ってるのか分からないや」

「なら、むしろ好都合じゃないか!その嫌ぁ〜な想い出を思い出せよ、ハリー!」

「え、そういう『想い出』でも構わないの?はは・・・パトローナスの呪文する時とまるっ

きり逆だな」

「さ、ハリー・・・早く!あなたしかおばさん達を見つける事は出来無いんだから」

ハーマイオニーの手とハリーが繋いだ。

ハリーは目を閉じ、もう二度とは会わないと誓って別れたダーズリー一家の事を考えた。


ダドリーのお下がりをタブタブさせて着ているのが嫌だった。

いつも割れたメガネを掛けているのが恥ずかしかった。

美味しそうなアイスクリームだのケーキだの食べているダドリーの横で、お腹と背中がくっ

つきそうな程痩せこけた自分の体・・・ひもじかった。

バーノンおじさんが連れて来る連中は不快な奴らばかりだった。


ハリーの嫌な記憶が次々に思い出されて来る。

 


厭味なおばさんの所へ・・・。

あのムカつくバーノンおじさんの所へ・・・。

大嫌いなダドリーの所へ・・・。

 


三人の体がゆっくり回転し始めた。

行く宛ての不透明な姿現しをするのがどれだけ危険かは・・・計り知れない。

しかし、今はこれしか方法を思い付かない。

「導いてくれ・・・ダーズリー一家の所へ!」

そして、破裂音と共に三人は湖畔から姿を消した。

 





「・・・どこだい、ここ?」

ロンは辺りを見回した。

「さぁ・・・天国では無さそうだ」

「ちっとも笑えないわよ、それ。ハリー」

軽はずみなセリフはハーマイオニーの癇に障った。

「何にも無いトコだな・・・あれ?あそこ家がポツポツあるぞ?」

ロンが指差した方向に、僅か五件だけ家がある。

「・・・入り口のドアを片っ端から叩いてみるしか無さそうね。手分けしましょう」

三人は三手に別れ、それぞれ「これだ」と思う家の玄関ドアを叩いた。



「夜分遅くにすみません。ちょっとお話を伺いたいのですけど?」

ハーマイオニーは丁寧に訪ねた。

ハリーとロンも同じとは言えないが、家主を確認した。

が、互いの家の灯りは消えていて真っ暗だった。

勿論返事は返って来ない。


「居ないみたいだ。じゃ、残りは二つだ。これで違ってたら・・・もう手遅れだ。どこか遠

くでダーズリー達はアイツに殺さている」

「望みを捨てちゃダメよ、ハリー。こんばんは〜、夜分遅くにすみません!ちょっとよろし

いですか?」

ハーマイオニーはさっさと手前の家のドアを叩いた。

ハリーとロンは最後の一軒を確認する。

が、ハリーとロンの家の灯りはまたもや消えていた。



「何だ、この村・・・早寝ばかりで住んでんのか?」

「ここも留守なのかしら?ボンヤリ電気が点いているみたいなんだけど、音沙汰が無いわ」

ハリーの傷口が酷く疼いた。


「そこだ、ハーマイオニー!退いてっ!」


ハリーはハーマイオニーの体を突き飛ばし、大声を上げた。



「おばんさん!ペチュニアおばさん!開けてください!僕です!ハリーです!」

ハリーは近所迷惑になるくらいドンドンど激しくドアを叩いた。

「開けてください、おばさん!危険が迫ってるんだ・・・ここを・・・」


「・・・うるさい」


ギィとドアが軋んで入り口が開いた。

顔を覗かせたのは、ハリーの知らない老婆だった。



「あ、あれ・・・ここはあなたのお宅ですか?」

「そうだ」

「ごめんなさい、僕・・・」

「ハリー!ハリー!」

ハーマイオニーがハリーの服を引っ張っている。

ハリーはその手を払い除けた。

「あの、知りませんか?この辺りに数か月前に引っ越して来た三人の家族が居るんですけど

・・・」

「ハリー!ハリー!」

「何だよ!僕は今・・・」

青冷めているハーマイオニーの横で、ロンがワナワナと老婆を指差し言った。

「ハリー・・・そいつが喋ってるの、蛇語だ」

 


次の瞬間、ハリーは持っていた杖をズボンのポケットから引っこ抜き、老婆に向かって攻撃

をした。

老婆はシュルシュルと音を立てて蛇に変身し、とぐろを巻いた。

ハリーはチラリと見えた家の在り様に愕然とした。

そこら中血だらけだ。

・・・おばさん、おじさん、ダドリー・・・。


生きているとは到底思えないような酷い在り様だった。

部屋は散々荒らされ、破壊されている。

ハリーはロンと一緒に蛇に攻撃した。

その間にハーマイオニーは外に出て、今更ながらに保護呪文を掛けている。

ナギニは暴れながら家の窓を叩き割って外に出、暗闇の中に逃げ遂(おお)せた。



「・・・誰か、居る?」

ハリーは心の準備をした。

大嫌いな一家だが、それでも唯一の肉親だ。

その死体とこれから対面しなくてはイケナイ。

落ちた食器や花瓶を足で避け、ハリーはロンを後ろに引き連れて家の中に歩を進めた。


「・・・何をしてる、小僧?」


ハリーはその懐かしい声に振り返った。



「わしらを訪ねて来たんなら・・・家が違うぞ。我が家はこの坂を下った所だ」

「おじさん・・・無事だったんですか?」

以前会った時と寸分変わらないバーノン・ダーズリーが、ペチュニアとダドリーを引き連れ

て夜道を歩いて来たのだ。

「無事なもんかい。心臓を握り締められるほど恐い思いをしたトコさ。全く魔法使いなん信

用ならないよ。こんなトコに引っ越して来たって言うのに・・・お〜、嫌だ嫌だ!」

ブツブツ文句を垂れるペチュニアの後ろで、気恥ずかしそうにダドリーが軽く手を挙げた。

ダドリーは本当に変わった。

元からこんな性格なら、もっとあの家での想い出は楽しいものだったに違いないとハリーは

思った。



「奇妙な声がしてね。で、気は向かなかったけど、リリーが私の両親に残した箱の事を思い

出したのさ。あの子は昔、『私のせいで何か怖い事が起こった時、開けてくれ』って・・・

こんなモノを置いてった」

「それ・・・」

噂には聞いた事がある。

古い魔法の一つで、魔力を失った魔法使いが危険回避の為に己の身に振り掛けると言う・・・。

「はは、偽『透明マント』か?いや、『透明パウダー』って感じか」

ロンが笑った。

「おい、小僧!大蛇はどうした?始末したのか?」

バーノンがハリーに訪ねた。

「いえ、逃がしました」

「全く・・・な〜にが魔法界を救うヒーロー様だ。蛇一匹逃がすとは・・・」

バーノンにとっては、ハリーの能力など信じるに足りぬものだ。

「でも、どうして蛇はおばさんの家じゃ無くこの家に居たんだろう?」

「最初は家の玄関の所に現れたのさ。けれど、あの蛇は何か別の獲物に気が取られたみたい

で移動した。良く考えてみたら、この辺りの人間は気味の悪い動物を色々飼って育てていて

ね。大方、そのご馳走を蛇が感じ取って、餌でも食いに移動したんだろうよ」

「マ、ママ・・・この家、血だらけだ」

ダドリーが大きな図体には不釣り合いな行動で、母親の袖を掴み、床や壁を指差した。

ペチュニアは気味悪そうに二の腕を擦りながら喋った。

「あの蛇は、この辺りの住人もろとも全てを食っちまったんだろうね・・・」

バーノンもダドリーも、驚愕なペチュニアのセリフにゾッと背筋を凍らせる。

「・・・とにかく良かった、みんなが無事で。じゃ、僕らは戻ります。時間が無いんだ」

ハリーはロンとハーマイオニーを連れて踵(きびす)を返した。



「待てっ!」

バーノンがハリーを引き留めた。

ハリーは期待した。

もしや、あの時のお別れでは聞けなかった、「人間らしい言葉」を今ダーズリー一家から聞

けるのではないかと・・・。


「わしらの住まいにもっと強い保護を掛けてから行け!オチオチ寝ても居られん!またあの

蛇がやって来たら、今度はいよいよ我々がお陀仏だ」

その言い草に、ロンとハーマイオニーは口をあんぐり開けた。

命を救わんと駆け付けた甥に言うのが・・・それである。

しかし、これが・・・これでこそダーズリー一家だ。

ハリーは、「この一家の為」に行動を起こした自分が今更ながらに馬鹿馬鹿しくなって来た。

 





「いやぁ・・・流石だね、君のおじさんとおばさん」

湖畔に一度戻って来たハリーは、呆れ声のロンに反論出来なかった。

「けど、ハリーのあのいとこ・・・初めて間近で見る魔法に驚いていたわ。何だかちょっと

可愛い」

「オッホン!」

ロンが辛辣な視線をハーマイオニーに向け、無駄に大きな咳払いをした。

「とにかく、もうあの人達は大丈夫だ。ハーマイオニーが強力な呪文を施してくれたから。

蛇は僕の感じだと、もうご主人様の側に侍
(はべ)っている。ヴォルデモートは・・・今、ゴ

ーントの小屋の中だ」

ハリーは傷跡の痛みと格闘しながら喋った。



「じゃあ、行こう!時間をロスしたけど、僕らはまずホグズミードへ!」

「うん、ホグズミーへ!」

「そして、ホグワーツへ・・・」

ハリーの手にロンとハーマイオニーが手を重ね、三人は強い意志の元、今一度クルクル回転

し、美しい湖畔の景色から今は悪の手に落ちたホグズミードへ向かった。




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