ハリーは向かっていた出口から引き返し、箒を急旋回させた。

箒の柄と「レイブンクローの髪飾り」を持っていないもう一方の手を命一杯まで伸ばして、

学園時代の宿敵ドラコ・マルフォイに手を差し伸べる。

ドラコはどこかで一瞬迷ったような表情を見せたが、背に腹は代えられぬと思ったのか、ハ

リーのその手を取った。

紅蓮の炎はそんな二人を逃すまいと、左右上下からまるで大津波のような動きで飲みに掛か

る。


「進め、ポッター!早く!早く!」

ドラコは自分のすぐ後ろに迫っている炎に怯みながら前を指差し、馬を急かすような動きを

していた。



ロンは後ろにハーマイオニー、前に気を失ったゴイルを乗せ、かなり不安定な飛び方だった

が、先に「必要の部屋」から抜け出した。

ゴイルの事は床に投げ転がしたままだったが、ハーマイオニーの体は腕にしっかり抱きしめ

、床に彼女が体を打ったりしないように庇っている。


ハリーとドラコもつんのめるように部屋から出て来た。

二人が出て来ると、部屋は自然と入り口を閉じた。

「必要の部屋」はおそらく・・・もう二度とはその扉を開かないであろう。

あの部屋は死んだ。       



「・・・クラップ・・・クラップ・・・」

ドラコは無くなってしまった扉の向こうにまだ居る友を想い、何度もその名を読んだ。

「・・・奴は死んだ」

ロンは煤で汚れた顎に手をやりながら、「現実」をドラコに付き付ける。

「クラップ・・・」

それでもドラコは友の名を呼んだ。

ドラコはヨレヨレだった。

初めて出会った時、あんなにふてぶてしくふんぞり返っていた彼の姿は、今微塵も無い。

乱れた髪、擦り切れ汚れた衣服・・・そして表情も今は、友の死を悲しみ涙で濡れていた。



ドラコ・マルフォイは昨年、未成年ながら「死食い人」となった。

ヴォルデモートに課せられた任務により、ダンブルドアを葬り去ると言う大きな課題を出さ

れていた。

その激務のせいか、彼は今まで自分が味わった事の無い感情に現在も押し潰されている。

始終迷い、始終悩み、始終落ち込み、始終恐怖に怯え、始終挫折している。

父親がご主人様に失態の数々を繰り返し、その報いとして息子を「苦しめ」たのだ。

そして、そんな息子が苦しむ姿をルシウス、ナルシッサに見せ、ヴォルデモートはマルフォ

イ一家に二重の罰を与えている。



最初こそクラップは・・・そしてゴイルは、ドラコ・マルフォイのイソギンチャク的存在で

、どこに行くのにもドラコの後ろを歩き、ボーディーガードの様だった。

彼等の家族はみな「死食い人」だったので、子供達も自然に互いの中にある「血」や「家柄

を読み取り、行動を共にしていたのだろう。

が、成長するに連れて彼等にも自尊心が出て来た。


「死食い人」としては少し考えが温いドラコに対し、二人の用心棒は意見するようになり、

今回の「悪霊の火」にしても、止めるドラコを撥ね退けクラップが勝手に作り出したのもの

だ。

が、出したはいいが、消し方をキチンと学んでいなかったらしい。

クラップはその報いを己の身で受け取る事になった。



立ち上がったロンとハーマイオニー・・・そしてハリー。

気を失っているゴイルの事はドラコが面倒看る筈だ。



「あれ、ジニーが居ない・・・・・ここで待ってるはずだったのに」

「必要の部屋」の外で待たせていたはずのジニーの姿がいつの間にか無かった。

ハリーは蒼褪めた。


「おい、ハリー。あんな状態になってまさかあの部屋がまだ『機能』するなんて思って無いだろうな?」

ロンが意見を言った。

ハリーにもあの部屋がまだ使い物になるとは思っていなかった。

だが、姿の消えてしまった恋人がとにかく心配だ。

早く探しに行って、安全な所に彼女の身を隠させないと・・・。





「おい、ポッター!」



踵を返したハリーをドラコは引き止めた。

ドラコは涙を拭きながらハリーの顔を見上げいる。

「・・・なぜ、僕を助けた?」

「望んで無かったなら悪かった」

「いや、そんな事では・・・」

ドラコは口籠った。

人に対して殆ど言った事が無い「ある言葉」を、どのタイミングで発していいのか迷ってい

るようだった。


「あの妖精は・・・」

「妖精?」

「あぁ、『クリーチャー』とか言う・・・」

ドラコのその言葉で、ベラトリックスによって殺された可哀想なクリーチャーの事を想った

ハリー。

「・・・僕が葬った」

「お前が?」

ハリーは驚いた。

「やり方は合っているか分からない。けど、僕が葬った」

「そうか・・・」

ハリーは気に掛かっていた事が一つ解決して気分的にラクになった。

あのままクリーチャーが、如何にして惨い捨てられ方をしたのかと気になっていた。

あの家の誰にも期待などしていなかったからだ。



「この際だ、一つ聞きたい。お前はどうしてあの時、『僕』だって言わなかった?」

ハリーはマルフォイ邸での出来事をドラコに尋ねた。

ハリーは「人浚い」に捕まった時、ハーマイオニーに顔に呪文を掛けられていた。

が、それを「ハリー・ポッター」だと認識して、「死食い人」達に報告出来るのはドラコの

み。

ドラコは「分からない。そうかも知れない」と曖昧な答え方で答えていた。

ドラコに分からなかった筈が無いのだ。

憎きハリー・ポッターが実際に彼であったなら、以前のドラコならとっくに伯母に向かって

「売って」いた。


「お前には僕だって分かっていたはずだ。ハーマイオニーの事も・・・なぜ僕らの事、あの

女に言わなかった?」

「さぁ、なぜだろう・・・僕自身分からない」

ドラコはゴイルの側に寄った。

大きな図体でゴロリと床に寝そべっている彼は、ちょっとした巨人族のようである。



「・・・なぁ、これは夢なのか、ポッター?」

ドラコが弱弱しい声で訪ねて来た。

「クラップは死んで・・・学校はメチャクチャで・・・みんな戦争してて・・・これは夢か

?」

「・・・・・」

「僕は・・・お前が嫌いだ」

「・・・・・」

「僕はお前なんか大嫌いなんだ。生まれた時から有名で、学校では英雄で・・・みんながお

前を一目置いて・・・」

「・・・どれも違うけど、でも、お前はそうなりたかったんだろう?」

「分からない。ただ、僕はとにかくお前にはいつも勝っていたかった。覚えているか、ポッ

ター?一年生の時、汽車の中で僕達は初めて会った。あの時、お前は僕の差し出した手を取

らなかった」

「あぁ」

「お前は・・・」

ドラコはロンとハーマイオニーの方を見つめた。

「ソイツ等との友情を選んだ」

「そうだ」


「僕はあの時が初めてだったんだ。誰かに『自分を拒否された』のが。僕の家は魔法界の名

門、マルフォイ家だ。父上は権力者だし、母上は一人息子の僕に取り分け優しい。ゴイルと

クラップは最初から僕の側にいた。『ハリー・ポッター』が汽車に居ると聞いて、そいつも

僕の仲間にしようと考えた。『ハリー・ポッター』には自分はなれ無いが、そのお前を取り

込んでしまえばいいと考えた。けど、お前は僕の申し出を拒んだ」

「その選択は間違って無かったと思っている」

「ハ・・・」

ハリーのその言葉に、ドラコは笑った。



「・・・昔にもう一度戻りたい。僕はムカつくガキで、ただただお前の事が嫌いで、意地悪

していただけのあの時代に。僕は・・・こんな大それた事に首を突っ込むような奴じゃ無い

。器も無い。僕は・・・弱虫だ」


「そうじゃないわ」


ハーマイオニーが突然話に加わって来た。

一度は首を擡げたドラコだったが、再度顔を上げた。

「あなたは多分、充分傷付いた。充分、悲しみを知った。充分反省した。充分学んだ。あの

お屋敷で私達の事を自分なりに守ろうとしてくれた事・・・私は感謝してるわ」

「・・・・・」

意外な言葉にドラコは呆気に取られた。

あれだけ学生時代「穢れた血」を呼んで罵ってやった女が、よもやここで自分に対してそん

な思いがけない言葉を掛けてくれるなど・・・。


「っ・・・」

「あのなぁ、泣く暇あったら少しは世の中の為に何かしろよ。言っておくけど、僕はハーマ

イオニーと違って心が狭い。今までの事をそう簡単に忘れてやるような大人な精神も持ち合

わせて無いんだ」

「ロンったら・・・」

ハーマイオニーはロンをキっと睨む。

「いや、それでいい・・・」

ドラコはゴイルの腕を持って、瓦礫を避けて安全な場所まで運んで行った。

ドラコは額から血が出ていたゴイルの傷に、己の着ていたシャツを引き千切って当ててやっ

ている。


ドラコは母親から借りていた杖もどこかで落してしまったいたらしい。

と言う事は、今魔法は一切何に一つ使えないと言う事だ。



「・・・全くどうなっちまってんだ?」

ロンはドラコのその行動に目を白黒させた。

ハリーは懐から杖を出し、二人が居る場所に向かって「保護呪文」を掛けた。


「これで君達のトコには何者も入って来れない。攻撃もされない」

ドラコは今しがたハリーが使った自分の杖に目を止めた。

ハリーはその視線に気付いた。

「・・・返そうか?」

元々はドラコ・マルフォイの杖だ。

本人が返せと言って、自分がそれを受け入れ返すなら杖はまた元の主人に忠誠を誓う筈だ。


「いや・・・その杖を使っていると言う事は、お前の杖はもう使い物にならないんだろう?

お前には今杖が必要だ。誰よりも。いい、それは持っていろ。ただ、その杖は気位が高いぞ

?粗相に扱うな」

「分かってる」

「ところで、僕の両親を見かけたか?」

ドラコは三人に向かって問い掛けた。

「いや、おそらくアイツと一緒だろう」

「・・・そうか」

アイツ・・・言わずと知れた闇の帝王、ヴォルデモートの事だ。

今はこっちに付いていてもあっちに付いていても危険な状態だ。

戦争なのだから・・・。


「もう一度、父上と母上に会いたい・・・」

「どこかで会ったらそう伝える」

力無く訴えるようにハリーを見たドラコに対して、ハリーが答えた。

「おい、ハリー!そろそろ行こう!まだやらなきゃならない事は山済みなんだ」

「うん。ジニーも見付けださないと」

三人は立ち去った。




「けどさぁ、君は優し過ぎるよ、ハーマイオニー。アイツの事を許すなんて・・・あんなに

酷い事言われたのに」

「ロン、人は『忘れる』事も大切よ?神様は人を作る時、『忘れる』事も教えてくれたのよ

何でもかんでも覚えてたら頭がパンクしちゃうわ。ダンブルドアでさえ、自分の想いを

『憂いの篩』に入れてたくらいよ?私はされた事を忘れないわ。けど、忘れる努力をする。

マルフォイだって、言った事を忘れたりはしないでしょうよ。けど、いつか彼が結婚して子

供が生まれた時、自分の子供に『差別』を教えない人になる事は考えられるわ」

ブハッ!アイツが・・・結婚だって?」

「おかしくないわ。この戦争が良い方に動いたら・・・世の中はまた復活するわ。今はガタ

ガタだけど絶対復興する。人は弱い・・・けど、人はそれほど弱く無い。そうよね、ハリー

?」

「うん」

「・・・意味が分かんないや。『弱くて弱く無い』?」

「お馬鹿さんは、少しその脳に呪文でも飛んで来れば脳も活性化するかもよ?」

「おいっ!」

戦争のさなかだと言うのに、ロンとハーマイオニーは学園名物とまで言われているケンカを

始めた。


ドラコは段々小さくなって行く、数年前からちっとも変わらない三人のその姿に向かって、

小さく「ありがとう」と呟いた。


そして、程なくしてゴイルは意識を取り戻す。




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