「必要の部屋」は騒然となっていた。
いよいよ来たる闇の勢力との戦いに燃える者達が、戦い前の緊張感と高揚感からセカセカ歩
き回り、外部との伝達任務に燃え、仲間達と意志の確認をし合っている。
「ねぇ、ロンとハーマイオニーを見かけなかった?」
ハリーはその辺に居る色んな人物に訪ね回っていた。
少し前から二人の姿が見当たらない。
ずっと三人で行動して来たせいだろうか・・・突然自分が、「一人では何も成功しないので
ないか?」と言う不安感に駆られる。
「いけません、ジニー!」
モリーが娘を叱る声がハリーの意識をそちらへ向けた。
どうやら、成人していないジニーが戦争に加わる事をモリーが止めているようだ。
「まぁ、モリー・・・こうしてはどうだろう?」
興奮するモリーにルーピンが助け船を出している。
と、そこへドスンと言う音と共に、誰かがこの部屋に続くトンネルの入り口付近から落下
して来た。
ヨロヨロとして立ち上がるその人物は・・・・・見事な「赤毛」だ。
「やぁ、間に合ったか?それとも、もう始まってしまったかな?たった今連絡を貰ったトコ
で・・・あ」
パーシー・ウィーズリーは、自分の家族が集結している場所とタイミングに現れてしまった
。
キョトンとしてパーシーを見つめるウィーズリー家の面々。
パーシーは一斉に集まる家族からの視線に顔を赤らめ、バツが悪そうな表情をした。
パーシーはウィーズリー家の三男だったが、数年前から家族とはほぼ絶縁状態で、魔法省務
めしていた。
「・・・何しに来た?」
フレッドはあからさまに嫌な顔をした。
ジョージの方も仏頂面だ。
たった今までリー・ジョーダンとフザケ合っていたのに、パッタリとやめた。
父親アーサーも厳しい顔を息子に浴びせている。
何ともギコチ無い雰囲気が家族を取り撒いた。
フラーが気を利かせてルーピンの子供の事を尋ねたりしたが、今は何もならない。
パーシーは少し恥じ入るように・・・それでいて、至極申し訳無さ気に口を開いた。
「僕、気付いたんだ・・・。いや、実はもっと早くに気付いていた。ただ、どのタイミング
で魔法省から抜け出していいのか分からなくて・・・」
「へぇ・・・やっと目が覚めたって訳か?」
「アンタは俺達家族を捨てて、『魔法大臣』とやらになるんじゃなかったのか?」
ジョージは鼻で笑ったし、フレッドは尚も辛辣な言葉を兄に放つ。
兄弟と言えども許せない言動をしてきたパーシーに対し、怒りがメラメラっと湧き上がって
いる。
いや、むしろ兄弟だからこそ、権力・行使力に溺れた兄の情けない数々の振る舞いが許せな
かった。
一緒の家に育ち、一緒の時間を過ごし、一緒の両親から生まれたパーシーなのに、「どうし
てコイツだけが?」と言う懸念は学生時代の頃からずっと腹の底に抱えていたフレッドとジ
ョージ。
「僕は・・・馬鹿だった。どうかしてた。あの省は腐ってる。シックスネスはファッジとな
んら変わり無い。ごめんなさい、お母さん、お父さん・・・」
パーシーは請うような眼差しで両親を順に見つめた。
「崇拝していたクラウチに続きスクリムジョールまでも殺されたから、唯単に次を探してい
るだけなんじゃないのか?権力者がお好みのようだからな、『ウェーザビー君』は。え?」
フレッドの蔑みにパーシーは言い訳を返さなかった。
下を俯き、唇を噛んでいた。
フレッドは以前魔法省に居た「バーテミウス・クラウチ(通称、バーティ・クラウチ)」のセ
リフを皮肉って、パーシーを嘲笑う。
「・・・その言葉、本当に信用していいのか?」
アーサーはまだ険しい表情のままだったが、父親の尊厳を持って息子を見据えた。
パーシーは父親に対しても、耳を疑いたくなるような暴言を以前吐いていたのだ。
モリーの方は早くも涙で頬を濡らし、久しぶりに元気な姿を見せた息子を抱き締めたくて仕
方が無いと言った所だ。
母親と言うのは・・・結局の所、息子にはどうも甘い。
これはむしろ、母親に許される特権だ。
「はい、お父さん。僕は・・・馬鹿でした。本当に・・・本当に・・・」
拳を握りしめ涙を堪える息子を、モリーが抱き締めた。
「お帰り・・・お帰り、パーシー・・・分かってる。勿論、分かってるわ・・・」
「お母さん・・・ごめんなさい・・・。許してください・・・」
アーサーも側により、妻と馬鹿息子を抱き締めた。
パーシーは両親の慈悲と愛に抱き締められながら、近くに居たビルやジニー、ハリーにも目
配せをし、そしてビルの隣に居る美しいフラーに目を止めた。
「じゃあ、君が噂に聞くビルの・・・?よろしく、義姉さん」
「ケッ!」
フレッドは舌打ちした。
「俺達はそう簡単には許せねぇぞ?」
ジョージが呟く。
「分かってる。僕がそう簡単にはお前達に認められない事を。けど・・・僕は本当にもう目
が覚めたんだ。僕は家族と共に闘う。本当だ」
パーシーは、自分の知らぬうちに双子の弟達が「見分け」が付き易い状態になっている事に
気付いた。
ジョージの耳が片方無い事を、パーシーはこの時初めて知った。
自分が魔法省の中で現実と向き合わずに過ごしていた時に、家族が既に危険な目に遭ってい
た事をまざまざと感じた。
パーシーの瞳は、今や「打倒・闇の勢力」、「打倒・腐った魔法省」に燃えていた。
「ヘン・・・とにかく、遅れを取るなよ?」
「そういう事!俺達は兄貴を庇う為に戦争するんじゃないんだ」
「ジョージッ!」
モリーはジョージを叱った。
二人は確かに憎まれ口を叩いたが、それでも先程までの刺々しさは少し緩んでいるようだっ
た。
ハリーはその様子を少し複雑な心境で見ていた。
一度はかなり手厳しい扱いを受けたパーシーである。
大好きなウィーズリーの一員のはずのパーシーに敵対され、辛い仕打ちを受けたのはもう二
年前の話だ。
アンブリッジの命令でホグワーツにやって来て、ハリーとダンブルドアを「ハメよう」と考
えていた一味の一人だったパーシー。
あの時、ハリーの事を他人行儀に「ポッター」と呼び、親しさの欠片も見せなかった。
それきりパーシーには会っていない。
「ダンブルドア軍団」はあの後とても結束を固めたが、とても行動を取り辛くなってしまっ
た事は確かだった。
パーシーの、あの「悦」に入った威張り腐った顔が・・・忘れられない。
ハリーはその時の事がどうもつっかえた。
自分がウィーズリー家の一員ではないからそう思ってしまうのだろうか?
温かい気持ちですぐに彼を許す気持ちにはどうしてもなれない。
しかし、何とかそれを顔に出すのを控えた。
モリーやジニーがとても嬉しそうな顔でいるのに、冷や水を掛ける事など出来ようか?
モリー・ウィーズリーの存在は、ハリーに取って「母親像」を投影させる。
「母親」とはこういう存在であるかと、いつもハリーに夢を見させてくれる。
モリーは・・・それにアーサーは、現世に置いてハリーにとって心の父と母と呼べるべき人
間だ。
息子達同様に自分に接してくれ、髪形だの栄養だの持って行く学用品だの心配などをしてく
れる、有り難い存在だ。
「『ママ』なんて言う人間は、結局はウザいだけさ」
そう言うロンの事を、どれだけハリーが羨ましく思った事か・・・。
「ウザい」なんて言えるのは、「居る」からこそ言える事だ。
ハリーも母親の事を「ウザく」思ってみたかった。
ハリーには、「ウザく」思える母親は居ない。
ハリーが知り得る中でも最高に愛情溢れる・・・愛情の象徴でもあるウィーズリー家。
ハリーはロンと友達になれた事を、一年生の時からずっと幸せだと感じている。
「ジニーは『必要の部屋』に隠れている」と言う最終決断をアーサーが出し、ジニーは納得
せざる得を得なかった。
普段は決して娘に見せない険しい目付きの父親の表情に、ジニーは従わざるを得なかったの
だ。
そしてその後、みんなは自分の持ち場に向かう。
「ねぇ、ロンとハーマイオニーを知らない?」
「二人は確か・・・トイレがどうとか言ってたような・・・」
「トイレ?」
ハリーは解せなかった。
訳が分からない・・・・・頭を捻った。
そして戦いが始まり、あっと言う間に学校は瓦礫だらけになり炎に包まれ、死者が次々と廊
下や校庭に転がった。
肖像画の人物は誰一人そこに留まっておらず避難していたし、動けるガーゴイルはみんな戦
いに参加していた。
初めてこの学校を湖から見たあの時・・・。
尊厳に満ち、楽しさと夢に満ち、温かく生徒を迎え入れたホグワーツ魔法魔術学校は今、戦
場と化していた。
毎日上った階段、みんなで学んだ教室、走り回った廊下・・・全て原形を留めていない。
破れた寮の旗、破壊された窓、穴だらけの校庭に、炎上するクィディッチ競技場・・・。
大好きな場所が汚されていく。
想い出も何もかも全て飲みこんで行く。
ハリーはそんな中、やっと二人の仲間に出会え「レイブンクローの髪飾り」も手に入れた。
ロンとハーマイオニーが「秘密の部屋」からバジリスクの牙を持って現れたのには、かなり
驚いた。
グリフィンドールの剣が無い今、分霊箱を見付けてもそれを破壊する手立てが無かった所へ
来ての、ナイスアイディアだ。
と言うか・・・「蛇語」は特別では無かったらしい。
ロンは「ハリーの真似をして」蛇語を話し、「秘密の部屋」の入り口を開けたと言う。
「何度か間違ったけど、コツさえつかめば結構簡単さ、『蛇語』って」
あっけらかんと言うロンに、ハリーの今まで自分が背負って来たヴォルデモートとの絆の重
みにガクッとしたと言うか笑ってしまったと言うか・・・だ。
こういう所、ロンには一生勝てないとハリーは思う。
フレッドとパーシーが死食い人と戦っている所に三人は合流した。
「お三方、ここを通るには通行料を頂くぞ?」
パーシーがジョークを言う。
・・・今までなら考えられない。
突然、緑色の閃光が飛んで来た。
パーシーの耳元を掠め、それは壁を破壊した。
「やぁ、これは大臣・・・」
パーシーが杖を男に向けた。
相手は新魔法大臣・・・つい先程まではパーシーの上司だった男の筈だ。
「君か、パーシー・・・。フン、裏切り者めが」
「裏切り者?嫌だな・・・とんでもないですよ!だって僕は、元々『ウィーズリー』ですから」
パーシーがシックスネスに攻撃をした。
「君如きに私を殺せるのか?ハッ!ナメて貰っては困るね・・・ヒヨッ子がっ!」
シックスネスは神経質な高笑いを上げながら、元部下に向かって呪文を叫び続けた。
パーシーはそれを全て防いだ。
「へぇ〜・・・やるじゃん、兄貴」
フレッドはニヤリとして自分の兄を見直している。
そしてフレッドは、自分のすぐ後ろに現れた死食い人を一人気絶させた。
「アイツは僕が仕留める。いいか、誰も手を出すなよ!」
パーシーは正義感に満ちた瞳で、シックスネスを捉えていた。
パーシーの杖を振る様を、ハリーは初めて見た。
流石優等生のパーシーだ・・・呪文を放ち攻撃するそのスタイルは、教科書に載っているま
まの正確さだ。
お手本のような杖捌(さば)きである。
少し、マクゴナガル先生のそれに似ていた。
シックスネスが少し押されつつあった。
パーシーからの攻撃を交わすだけで一杯になっていた。
「くそ・・・」
シックスネスの攻撃が、パーシーでは無く不意に隣に居たフレッドの肩を貫いた。
肩を押さえ、フレッドは地面に肩膝を付く。
「決闘の契約違反だ!」
パーシーの怒りに火が付いた。
紳士的な杖を振り方を捨て、パーシーは思い付く呪文を怒涛のようにシックスネスに浴びせ
た。
そしてシックスネスはその呪文が幾つか当たり、壁に激突して起き上がらなくなった。
「大丈夫か、フレッド・・・」
「チェッ・・・貸しを作っちまった」
「弟のお前が僕に『貸し』なんかある訳ないだろう?立てるか・・・あ、お父さん?」
突然アーサー・ウィーズリーが姿を現した。
かなりあちこち服が切れて汚れていたが、大きな外傷は無い。
流石、「不死鳥の騎士団のメンバー」だ。
「向こうが人手不足でな。加勢を・・・ん、大丈夫か、フレッド?」
アーサーは息子の肩から大量に流れている血に気を止めた。
「大した事無いよ、後でママに・・・」
あまりに突然爆風が起きた。
と思ったら、次の瞬間、今度は凄まじい爆発が起きた。
そこに居たみんなが四方の壁に激突した。
「何が起こったんだ?」
ハリーは自分のこめかみに、生温かいドロリとした物が流れる感覚を感じ取った。
「誰かが『呪い』を時間に封じ込め、このタイミングでそれが解き放たれるよう細工してた
らしい・・・死食い人の仕業だろう」
物凄い量の瓦礫の下敷きになりながら、パーシーは自分の下に庇ったフレッドの安否を確認
する。
パーシー自身、額をパックリ切って物凄い出血をしていた。
それでも「弟を守る」と言う行動を咄嗟に取ったらしい。
「平気か、フレッド?」
「肩、痛ぇ・・・それに、パース重い。太ったんじゃないのか、魔法省では毎日ご馳走か?」
減らず口を叩いている弟にパーシーは安堵した。
自分の弟はこんな口調を利いている時、一番調子が良いのだ。
パーシーは次、自分の上に覆い被さっていた父親に声を掛けた。
「お父さん、僕は平気です。フレッドも大丈夫です。みんなも平気か?」
ハリー達の事を気に掛けたパーシー。
そんな行動が、監督生時代の彼を思い出させる。
ロンが手を振って自分の無事を告げる。
ロンの腕の中にはハーマイオニーがすっぽり収まっていた。
二人は少し前に、あろう事かハリーの前で熱烈なキスをして恋人宣言したばかりだった。
戦いの最中だと言うのに・・・「愛」は止められない。
ハリーはその時、どこかに無事で居るであろうジニーの事を少しだけ考えてしまった。
「・・・お父さん」
パーシーはいつまで経っても起き上がらない父親にもう一度声を掛けた。
「お父さん?」
みんな、この時初めて「何かがオカシイ」と感じた。
ハリーはいち早く瓦礫の下から抜け出し、呪文でアーサーとパーシーとフレッドを塞いでい
る「落下した大きな天井の一部」を退かした。
「・・・・・」
アーサーの背中には、先程までは無かった物があった。
この学校の中の壁中に張り巡らされている、大量のパイプの一本だ。
そのパイプが天井から壁が落下すると同時に元々の場所からもぎ取られ、アーサーの背中か
ら脇腹に掛け、貫通していた。
「お父さんっ!」
「パパっ!」
パーシーとロンが蒼白になって父親の顔を覗き込んだ。
ハーマイオニーは口元を両手で抑え、ガタガタと震えている。
ハリーもヨロヨロしながら近付いて行った。
フレッドは口を開けたまま、言葉が出て来ない。
「だいじ、たか、二人・・・も?」
アーサーはゼエゼエしながら喋った。
「喋らないで!」
「僕、ママを探して来る」
パーシーはパイプを抜いた方がいいのかどうなのか判断し兼ねていた。
母親を探しに行こうと立ち上がったロンの手を、ハリーはキツく掴んで止めた。
「どうして止めるっ!?僕は急い・・・」
ハリーは唇を噛みしめながらゆっくりと首を振った。
ロンは友のその仕草に途端に涙が溢れ、父親の側にまた腰を下ろした。
アーサーは血だらけの手で、現実を受け止められないパーシーに触れた。
そして、もう一つの手で涙をボロボロ溢すロンの頭を撫でた。
「みん、仲良・・・く。ママを、よろし・・・」
アーサーの言葉はそれ以上聞く事は出来なかった。
「うっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」
フレッドがキレた。
不意に現れた五人もの死食い人に、目にも止まらぬ速さで次々と攻撃を打ち込んだ。
ハリーはハーマイオニーを守り、パーシーはロンと父親を庇うように身を縮めた。
「どうしてっ!どうしてだ?どうして・・・どうして・・・」
フレッドは見境なく杖を振るだけ降ると、今度は力なく地面に膝を付いた。
死食い人は当然、誰一人として立っていなかった。
パーシーは、泣き叫ぶフレッドの頭を掻き毟るように撫で回した。
もう一方の手で、抱き付いて来たロンを受け止めていた。
こんな事などあるのだろうか・・・?
ウィーズリー家が欠けるなど・・・?
あの、父親アーサーが死ぬなど・・・?
ジョージの耳だけで、もう充分だったはずだ。
「隠れ穴」・・・。
アーサーとモリーが作り上げた、家族の在り方・・・。
温かい食事と楽しい会話、子育てと家事に燃える妻と仕事熱心でユーモアたっぷりな父親が
作り出す、理想的な家族像・・・。
アーサー・ウィーズリーは最後の瞬間まで、「父親」だった。
父親として、息子を間違った世界から救いだし、父親として息子達を守って命を落とした。
ハリーは自身も悲しみの中に在りながら、どこかで十六年前の自分達家族を見つめているような
気分だった。
思えばあのダーズリー家でさえ、息子の事を第一にいつも考えていた。
あの憎らしいマルフォイが、「もう一度両親に会いたい」と言った。
戦争は、意外に「人にとっての一番大事なモノ」を示し出す。
そして同時に、大事なモノを無情にも連れさって行く。
「・・・・・パパに会いたいわ、ハリー。そして、ママに会いたい・・・・・」
ハーマイオニーがハリーの肩に頭を預け、泣きながら小さく呟いた。
「終わらせよう、ハーマイオニー。僕らが終わらせなくちゃいけない。こんな事・・・・・もう二度と繰り返しちゃ
いけないんだ」
ハリーの目からも止めどもなく涙が溢れていた。
素晴らしい人だった、アーサー・ウィーズリーは。
素敵な人だった、アーサー・ウィーズリーは。
そして立派な人であった、アーサー・ウィーズリーは。
最後の最後まで家族を想い、息子を想った、父親の中の父親が、一人この世を去った。
もう動かないアーサーの瞳は、「間違い無くやって来るであろう『明日』を見つめているような」不思議な
表情だった。