「一つ訊ねたい事があるのじゃ、セブルス・・・。お主は、一度も『ゴドリックの谷』のジ
ェームズとリリーの住まいを訪ねた事は無いかの?」
「・・・あなたは常に何でもご存知なのですね?」
スネイプが顔を背け鼻で笑った。
「許せ。わしは割と能力のある魔法使いのようなのじゃ」
「お察しの通りです、ダンブルドア。わがは・・・いえ、私はリリーを訪ねてゴドリックの
谷に行った事があります」
スネイプは無駄な足掻(あが)きはしなかった。
ダンブルドアがいかに強大な魔法力のある魔法使いかを知っているのに、馬鹿げた「嘘」な
ど意味を成さない。
「しかし、お主・・・どうして二人の住まいが『ゴドリックの谷』だと・・・おぉ、そうか
!『ピーター・ペテュグリュー』じゃな?」
「さよ・・・いえ、はい。その通りです」
スネイプは生徒に対して使う言葉が幾度と出掛かり、何度も言い直しをしている。
ピーター・ペテュグリューこと「ワームテール」は、いち早く学生時代の仲間を裏切り、闇
の帝王ヴォルデモート卿に仕えていた。
が、彼のズルイ所は元々の仲間にはその事を伝えていない事だ。
彼は水面下で闇の帝王と取引している。
ジェームズ達は学校を卒業後も、依然変わらずペテュグリューが自分達の仲間だと思い込ん
でいた。
彼等は闇の勢力に挑み、いつかは自分達勝利すると誓い合っていた。
ペテュグリューと言う男は、非常に弱い部類の人間だ。
己を持たず、いつも力のある者の下に付き、その恩恵を受けているのが得策だと考えるタイ
プの人間だ。
ペテュグリューからヴォルデモートに入った情報は、その後スネイプにも知らされていた。
スネイプは若いにも係わらず、闇の帝王にもっとも近い「死食い人」として仕えていたからだ。
スネイプに言わせれば、「なぜポッター達はこんな奴を今でも仲間だと信用出来るのか?こ
んな薄汚い男をどうして信用出来るのか理解出来ない」だ。
スネイプは当の昔から、ペテュグリューが持つ「ずる賢さ」を読んでいた。
それ故、ジェームズ一派の愚かさが歯がゆい。
「して、セブルス・・・リリーに会(お)うて、お主どうしたかったのじゃ?」
ダンブルドアは間違いなく、スネイプが言わんとしている事を既に推測していた。
だが今は、「敢えて本人」から確認を取りたいらしい。
少しばかりこの時のダンブルドアは意地が悪いようにも取れる。
キラキラとしたブルーの目は、スネイプの黒い瞳の奥の奥まで見透かすような力が合った。
「私は・・・納得行かなかった。どうしてリリーがあんなポッターなどと。奴のあんな馬鹿
げた仲間達などと・・・。私はポッター(ジェームズ)が不在のある日夕方、リリーを訪ねた
事が確かにあります。彼女と話をするのは随分久しぶりでした。卒業する前から彼女とは会
話らしい会話はしていませんでしたから。久々に会ったあの人(リリー)は・・・少しやつれ
ているように見えました。あいつと結婚し、闇の帝王に狙われて居たからかも知れません」
俄かにスネイプの口が重くなった。
偉大な魔法使い相手に、自分の未練をこれ以上曝(さら)す事が躊躇(ためら)われたのだ。
ここはダンブルドアの校長室だ。
歴代の校長職に就いた肖像画と自分達しか居ない・・・いや、あとはダンブルドアのペット
、不死鳥の「フォークス」が居た。
アルバス・ダンブルドアはこの所めっきり老いた。
誰の目にもそう見て取れる。
腕の傷のせいだけでは無い。
確かにその傷はいずれダンブルドアの体中に転移し、彼をそう遠くは無い未来、確実に死に
至らしめる事になるだろう・・・。
が、ダンブルドアの老いの原因はそれだけでは無い。
スネイプは彼なりのダンブルドアと言う男を推測した。
「この人はこの人で強大なモノを背負って、ずっと虚勢を張って生きてきたのだ。そして、
疲れたのだ。それにしても、あの腕の傷はどうして負ったのか?あの傷は、おそらく相当強
い『闇』の力と対峙して負った傷の筈・・・」
スネイプは目を細めた。
「・・・考えても仕方が無い。どうせこの人はその理由を語ったりしない」
ダンブルドアが自分以上の秘密主義者である事を、スネイプは重々理解していた。
リリーはもう十年以上も前にヴォルデモートに殺されこの世を去っていたが、スネイプの彼
女へ対する愛は今尚不変だ・・・今尚生きている。
過去を過去と処理出来ていないスネイプには、「想い出話」として自分の心の内をダンブル
ドアに話す事がまだ難しかった。
愛する者への想いが強かった分だけ・・・スネイプは前に進めていない。
セブルス・スネイプは過去に心を捉われたまま、現在(今)を生きていた。
大切な人の居ない世界は、スネイプに取って色の無い世界だ・・・温度を感じない世界だ。
何にも感動出来ないし、何にも心を揺れ動かされない。
いや・・・違う。
スネイプはハリー・ポッターを嫌っていた。
正しくは、ハリーの父親・ジェームズ・ポッターを嫌っている。
学生時代の傲慢さと想い人までも手に入れたジェームズ・ポッターへの憎しみは計り知れない。
スネイプは一度だってジェームズに対して好意的な感情を抱いた事は無い。
ジェームズ・ポッターなどと言う男は、スネイプに取っては「ハイエナ」以外の何者でも無
いのだ。
「吐き出すが良い、セブルス。お主はちと言葉を語らな過ぎる。わしはお主が学生の頃より
それを常に案じておった。リリーと一緒に居る事が無くなってからは特にな。安心せよ。こ
こで聞いた事は誰にも言わん」
スネイプは少し迷った素振りを見せた。
しかし、スネイプ自身も誰かに真実を語っておきたかったのかもしれない。
それが他ならぬダンブルドアなら・・・申し分ない。
それからスネイプは深い心呼吸をして、ポツリポツリと己の胸に秘めて来たある日の出来事
を語り始めた。
今から十余年前のある日・・・とある家の玄関のドアが叩かれた。
新居として「ゴドリックの谷」に住み始めた、若きポッター夫妻の家のドアである。
リリーは一瞬戸惑った。
先程「会合」と称して出掛けた夫ジェームズには、「世の中が不安定な時だから、身辺には
特に気を付けろ」と釘を刺されていたばかりだ。
しかし・・・「玄関のドア」である。
魔法使いである筈が無い。
魔法使いならば、大概は「暖炉のネットワーク」や「姿現し」で移動するものだ。
それに、自分達がここに住んでいる事はホンの一握りの「秘密の守人」しか知らない。
リリーは少し警戒したが、それでもソッと外を窺うような顔付きでドアを開けた。
「・・・セブルス?」
驚いた。
「今・・・一人か?」
スネイプは中の様子と・・・そして、この家の周りを気にしているような目の動きをした。
「あなたどうして?ここは誰にも知られていないはずなのに・・・」
リリーは狼狽している。
「・・・『ブラック』に聞いた」
「嘘っ!」
リリーがスネイプを激しい目付きで睨んだ。
「言う筈が無いわ!だって、シリウスはあなたが既に『闇の帝王』と共に行動しているのを
知っているもの。それに、彼とあなたは仲が良くない。どうやってここを知ったの!」
リリーは強い口調で、スネイプと自分の間に存在する「見えない境界線」を知らしめた。
かつては仲が良かったリリーとスネイプだったが、今は「信じるモノ」が違っている。
二人は当の昔に袂(たもと)を分かち合っていた。
「少しでいいから中に入れてくれないか?君に伝えなくてはイケナイ事がある」
「いいえ!ジェームズに言われてるの。シリウスとリーマスとピーター以外はここには入れ
ないって」
・・・・・ピーター?
愚かな・・・・・。
ヤツこそが裏切り者なのに・・・・・。
「ホンの少しだ。人目に付く・・・中に入れてくれ。ここに僕が来ている事は知られるとマズイ」
「帰って頂戴!」
「ホンの少しだけだ!」
スネイプは自分の意志が強固であると言わんばかりの真剣な眼差しでリリーを見つめた。
「・・・お願いだ、リリー」
「・・・・・」
リリーは一度は友だった男の強い意志に負け、スネイプを家に入れた。
「言っておくけど、ホントすぐに帰って」
そうは言ってもリリーはスネイプを居間に通し、お茶を振舞った。
外で随分時間を費やしていたに違いない・・・スネイプの鼻の頭は寒さで赤くなっていた。
ドアを叩く事に随分迷い、時間を掛けたようだ。
「あの方が本格的に動き始めた。あの方は君等を良く思っていない。出来たら・・・ポッタ
ーとは別れた方がいい。どこか遠い所へ身を隠すんだ」
「正気?私達は既に夫婦なのよ?私だけがそんな勝手を出来る筈が無いわ」
「僕は・・・これから何が起こっても、君だけは助けてくれるよう『あの方』に申し出ている」
「結構よ!お断りする!死ぬ時はジェームズと一緒よ!」
「君は・・・あいつを愛している訳が無い」
「馬鹿馬鹿しい事を・・・もう帰って頂戴!」
リリーがドアを指差した。
「言うべきじゃない事は分かっている。けど、あいつは多分君に『惚れ薬』を飲ませた」
「『惚れ薬』・・・?」
リリーが吹き出した。
「あなた、本気?本気でそんな事言ってるの、セブルス?何て馬鹿な事を・・・」
リリーは腹を抱えてヒーヒー言っていた。
「あいつは君の事が好きだった。惚れ薬で君の気を引く事を考えただろう」
「いい加減にして!私はジェームズを愛してるの!」
「嘘だ。君はあいつの事なんか好きじゃ無かった。あんな目立ちたがり屋で自信過剰で傲慢
で・・・。僕が君にとって幻滅するような男に成らなかったら、多分君は・・・」
「自意識過剰よ、セブルス」
「そうかな?僕らはずっとウマが合っていた。マグル社会での頃も、そして・・・学校に入
って暫くしても。僕らは静かな事を好んだし、思いやりを持って互いに接していた」
「あの頃はね。あなたが変わってしまう前の事よ。忘れていないから、私・・・あなたに言
われたあの言葉を」
「済まなかった・・・あれは本心じゃ無い」
スネイプは学生時代、ジェームズ達のグループにからかわれ、それを抗議してくれたリリー
に対し「言ってはイケナイ言葉」を吐いていた。
「いいえ!あれはあなたの本心よ!人は感情を抑えられ無い時に出る言葉が『真実』なのよ
。あなたが私をどう思ってたかは・・・あの時知ったわ」
「違う!僕は・・・僕は変わっていない。それに、君の事を『穢れた何とか』なんてこれ
っぽっちも思っていない」
「もうやめましょう、セブルス。私達はそれぞれの道を歩き出してしまったの。昔には戻れ
ないわ」
「・・・確かに世の中は変わった。僕も変わった所があるかも知れない。けど変わっていな
い事もある。君への気持ちだ!君はずっと気付いていたはずだ!」
「やめて!」
リリーがスネイプから視線を避けた。
「あいつに何かオカシなモノを貰って飲んだりした事は無いか?あるはずだ・・・」
「そんなもの無いわ!帰って!ジェームズを軽蔑する事言うとタダじゃ・・・痛っ!」
リリーは興奮して自分のカップを割ってしまった。
指の先から血が滲んでいる。
「やめてってば・・・そんな事しないで。呪文ですぐに治るんだから・・・」
リリーの指をスネイプは咄嗟に口に含んでいた。
「ダメだってば、セブルス・・・」
それでもリリーの頬は赤くなった。
スネイプは愛おしそうに、リリーの指から丁寧に血を拭っている。
「昔も一度こんな事があった。君と森で遊んでいたら君が蛇に噛まれて・・・」
「えぇ。あなたは私の足の毒を吸いだしてくれた・・・」
「リリー・・・」
指を吸ってしまったせいかもしれない・・・セブルスの気持ちは張り裂けんばかりに膨れ上
がった。
抑えていた心に突然火が点いた。
衝動的にリリーに唇を重ねる。
リリーは始め、少し抵抗していた。
が、リリーは懐かしい匂いのする男を唇に感じながら、知らぬ間に涙を流していた。
「あなたが変わらなければ・・・あなたさえ・・・」
リリーは涙をタップリ含んだグリーンの目で、切なく自分を見つめるスネイプを見つめた。
あの頃にはもう戻れない・・・あの一番楽しかった頃の時代には戻る事は出来ない。
なのに・・・懐かしい匂いはあの頃のままだ。
こうして目を閉じている間は、現実を忘れる事は少しの時間は可能だ。
リリーは・・・スネイプをそのまま受け入れた。
「・・・勿論、それはハリーが生まれる前の事じゃな?」
「そうです。季節が突然冷たい風を運んで来た日の事です」
スネイプはそれっきりもう過去の事を話そうとは思わなかった。
ダンブルドアは暫く黙っていた。
「わしは・・・あの子は・・・ハリーはジェームズとリリーの子じゃと思う」
「私もそう思います」
「しかし・・・」
「彼等の子供です。目以外は、あの小僧はあのポッターそっくりです」
「しかし・・・」
「彼等の子です。この話は・・・二度としません」
「・・・済まなかったな、セブルス。無理に聞いた」
スネイプは自責の念に表情を硬くし、それ以上何も言うつもりは無いとばかりに踵を返し、
校長室を後にした。
ダンブルドアはとある事を思い出していた。
生前のジェームズに、「透明マント」を少しの間借りた時の事だ。
「ダンブルドア・・・あなたは『罪を背負いながら』生きる人間の気持ちなんかは分からな
いでしょうね?あなたは偉大な人だ・・・」
「はて・・・お主は何か罪を背負っておるのかな、ジェームズ?」
ダンブルドアは、噂に聞くシロモノが実際本当に目の前に存在していたので心ここにあらず
に喋った。
「死の秘宝」の一つである「透明マント」・・・それが今、自分の手の中だ。
自分の所有する「ニワトコの杖」・・・そして「透明マント」・・・。
が、ダンブルドアが一番欲しいモノだけは依然行方が分かっていない。
・・・蘇りの石・・・。
透明マントは、所有者のジェームズに少しばかり借りる約束になっていた。
「私は・・・人に言うのも憚(はばか)る事を一つしました。それ故、何人かの人間を不幸に
したかも知れない。その報いを今、受けているのかも知れない」
「・・・何が言いたいのじゃ?」
ダンブルドアが反月形のメガネの奥からジッとジェームズを見つめた。
「詳しくは聞かないでください。独り事です。だから聞き流して欲しい・・・。けど、私は
その報いを受けるつもりです。その『報いの結果』を愛します」
「・・・・・」
「私の心を読んだりなんかしないでください。戯言だと思って聞き流してくれればそれでい
いんだ」
「いや、ジェームズ。わしにもお主同様・・・いや、おそらくお主以上の憚る出来事がある
。恥ずかしい過去がある。無論・・・その『報い』は現在存在しておる。わしはその報いと
共に今生きておるのじゃ」
「そうですか・・・あなた程の方にもそんな事が。はは・・・良かった。少しスッとしました」
「『立派』なんぞ言う人間は、得てしてそうは多く無いと言う事じゃ、ジェームズ」
「『偶像』ですか・・・」
「左様」
二人は少し己を自嘲するように笑い合った。
「『真実』は常に一つじゃ。じゃが、その真実はなかなかこれで重い。人間はその重みに耐
えて生きねばならん生き物なのやも知れぬ」
「あなたと今日話が出来て良かった、ダンブルドア。もう行きます」
ジェームズが暖炉に入ろうとした。
「気を付けよ、ジェームズ。お主達は常に危険と隣り合わせじゃ。ヴォルデモート卿は動き
始めておる」
「承知してます。大丈夫!良い仲間に巡り会えていますから。あ・・・出来れば彼の名前は
口にしないでください。何だか気分が悪い」
「なるほど・・・承知した。ところでリリーは元気かの?君の息子は?おぉ、『ハリー』と
言うたかの?」
「えぇ、元気にしています。全てが片付いたらあなたにもハリーを抱いて頂きたい」
ダンブルドアには今ジェームズが語った息子の名が、なぜか不意に「報いの結果」と聞き取
れた。
「はて」と小首を傾げる。
「楽しみにしておる。まぁ・・・その頃にはもう、ハリーは抱くには大きゅうなっているや
も知れんが?」
「ですね」
ダンブルドアは引っ掛かった考えを億尾(おくび)にも出さず、何食わぬ顔でジェームズを見
送った。
その数日後・・・ジェームズは命を落とす。
愛する妻と息子を守って闇の帝王と対峙し・・・そして、彼は敗れた。
「行っちゃった・・・」
リリーは兄達を乗せたホグワーツ特急が見えなくなると、少し寂しそうに拗ねて母親の腰に
抱き付いた。
ハリーがヴォルデモートを打ち破ってから、ゆうに十九年の歳月が流れていた。
今日は九月一日・・・・・新学期が始まり、生徒達を乗せたホグワーツ特急がキングスクロス駅の「9と4分
の3番線」から旅立った所だ。
「もうすぐよ、リリー。あなたも十一歳になったらホグワーツから手紙が届くわ」
自分と揃いの赤毛の娘の髪を撫でながら、ジニーは板に付いた母親の顔で夫に目配せした。
「どう、我が家へ遊びに来ない?」
ジニーが隣に居た兄夫婦を誘う。
「だな。久々に遠出したんだ・・・」
ロンは息子のヒューゴを肩車して、更に荷物も抱えている。
ロンは、世の中で言う「イクメン」と言う部類に属していた。
ハリーは自分達の事は一先ず置いておいて、古い友人がすっかり「父」であり「母」である
事が感慨深く感じる。
「どうする?互いの『車は纏(まと)め』て、一台で移動するか?」
「ダメよ、ロン!ここがどこだか分かってるの?『車を纏める』なんて・・・」
「路地裏でチョチョイってやっちまえば平気だろ?」
「いけません!あなたがそんなだからヒューゴが真似するんです!」
ハーマイオニーに叱られ、ロンはヒョイと肩を上げた。
ロンは根底は学生時代とちっとも変っていない・・・ハリーはそんなロンが今でも大好きだ
し、今でも良き相棒だと思っている。
ジニーは相変わらずの兄とハーマイオニーの遣り取りに笑いを噛み殺しながら言った。
「丁度良かったわ。昨日たまたまママが遊びに来て沢山お菓子を置いて行ったの。今日から
はリリーだけだし、とても食べ切れないところだったから」
「あら、ママ!私おばあちゃんのクッキー一人で食べれるモン!」
リリーが母親を見上げた。
「へぇ〜・・・お隣のサマンサみたいになっちゃっていいの?」
「・・・それは嫌」
・・・どうやら現在ポッター家の隣には、「太っちょのサマンサ」が住んでいるらしい。
一行はそれぞれの車でハリーの住まいに向かった。
「ここは何度来ても落ち着くなぁ・・・昔の僕ん家みたいだ」
ロンは妹の家に到着すると居間のソファーにドッカと腰を下ろした。
リリーとヒューゴは二階のリリーの部屋に行って遊び始めていた。
「ねぇ、あなた病院へは行ってるの?」
ハーマイオニーがお茶のカップに口を付けながら、向かいのハリーに訪ねた。
「行って無い。だって僕のこれは病気じゃ無い」
「心配じゃ無い、だって・・・ねぇ、ジニー?」
ハーマイオニーは妻同士のアイコンタクトをした。
「最初はね。けど、もう慣れたわ。ハリーが魔法を使えなくなった事は大した問題じゃない
の。だって・・・何と言うか、ハリーが魔法が使えなくなったのは『闇』の存在が無くなっ
たからじゃないかって思えて。それに、ハリーは魔法が使えなくたってそりゃあ立派な父親
だもの」
「・・・ご馳走様」
ロンは、間違いなく今テーブルの下で手を繋いだであろう自分の妹と友人を交互に見つめニ
ヤリとした。
ハリーはロンの冷かしを無視してポツリと語り始めた。
「思うんだ、僕・・・。魔法を使えるのはそりゃ便利だよ。魔法を素晴らしいと思う。けど
、マグル社会でもそうだ・・・。世の中が便利になると返って良くない風潮が起こる。僕は
不便を楽しむ事にしてるんだ。買い物は自転車かバスを利用するし、探し物はとことん見つ
かるまで探すとかね・・・」
「ウヘェ〜・・・バスってこの辺じゃ一時間に一本くらいだろ?待ってる時間が面倒だ。探
し物だってヒョイッて『呼び寄せ呪文』でバッチリじゃないか?」
「君はマグル社会に住んでるのに、相変わらず『魔法使い』だな、ロン・・・」
ロンとハーマイオニーはマグルの中で生活していた。
ハーマイオニーはマグル社会で仕事を見付けていたし、ロンは暖炉で魔法社会に出勤している。
「そりゃそうさ!僕は魔法使いに生まれた事を楽しんでるんだ。魔法はサイコーだ」
「価値観の違いさ、ロン。僕は一生分の魔法をもう使い果たした。そう思っている。魔法が
使えてまたあんな戦いをしないとイケナイって言うんなら・・・僕はこのままでいい」
「戦い何か起こらないさ。あいつは死んだ」
壮絶だった戦争を思い出し、みんなが暫し暗いムードに包まれる。
「ママァ〜・・・」
ヒューゴが不意に現れた。
「ねぇ、リリーが危ないんだけど?」
「え?」
みんながヒューゴに注目する。
「窓から箒で飛んでみるって言ってるんだけど?」
その報告でハリーがガタンと立ち上がり、一目散に階段を駆け上がった。
「リリーッ!」
部屋の中はもぬけからだ・・・窓が全開で開け放たれている。
「リリーッ!」
「助けてー、パパー!」
ハリーが窓の外に身を乗り出すと、リリーを乗せた箒が恐ろしいスピードで辺りを飛び回っ
ていた。
まだ魔法をキチンと学んでいない魔法使いの子供は、箒の制御の仕方など勿論知らない。
リリーは必死に箒にしがみついているが、今にも振り落とされそうだ。
他の大人達も窓辺に駆け付け、息を飲む。
ハリーは今度は階段を猛烈な勢いで駆け降りた。
表に出て、上空を猛スピードで飛ぶ箒を目で捉えている。
ハリーは家の物置から自分の箒を取って来た。
あの懐かしいハリーの箒、「ファイアボルト」だ。
みんながハリーの行動を驚きの表情で見つめている。
「まさか・・・」
ジニーが口に手を当て、息を飲む。
「まさか・・・」
ハーマイオニーは顔の前で指をクロスにし、祈るポーズをしている。
「そのまさかだ・・・」
ロンは拳を握り締め、絶妙のタイミングで叫んだ。
「行けっ、ハリー!飛べっ!」
ロンの一声が後押しになったのだろうか・・・ハリーの体の中に確かに何かがビリビリと駆
け巡った。
「飛べっ!」
ハリーは自分を奮い立たせる為、自らも言葉にしてみた。
ファイアボルトは最初こそハリーの股の間で小刻みに震えただけだったが、次の瞬間、主を
乗せて凄まじい唸りを上げ、リリーの箒に向かって突進した。
「っしゃー!」
ロンが感極まって拳を振り上げた。
「見ろ、ヒューゴ!あいつはな・・・ハリー・ポッターはパパの自慢の友達だ!あいつはホ
グワーツ切っての最速のシーカーだったんだ!行けーっ!」
「苦しいよ、パパ・・・」
ヒューゴはいきなり興奮した父親に首をキツく絞められ、もがいている。
捕まえようとするハリーの手の中から逃げるように飛ぶリリーの箒・・・。
だが、スニッチを掴まえる以上に簡単だ。
ハリーはリリーの乗る箒の動きにファイアボルトを横付けし、ダイビングするように隣の箒
に飛び乗り舵を取った。
「パパっ!」
リリーが泣きながら父親にしがみつく。
「大丈夫だ。もう、大丈夫・・・」
ハリーは娘と共にゆっくりと地上に下りて来た。
ファイアボルトはハリーの心をまるで読んだかのように、少し離れた所に静かに降りた。
ハリーは着地すると力一杯娘を抱き締め、胸を撫で下ろした。
「あまりおてんばが過ぎると、ママはお前の為にそのうちホグワーツに向けて『吠えメール
』を送る事になるぞ?箒は学校で教えてくれる。それまではもう乗ったらダメだ。いいね?」
怖い思いをしたリリーは泣きじゃくり、頷きながら父親にしがみついていた。
ハリーは向こうに居る妻と友人を見た。
ジニーとハーマイオニーは嬉しそうに涙を拭っていた。
ロンは親指を天に向け、ニカッと笑顔だ。
ハリーは空を見上げた。
危険な状態の娘を付ける為だったが・・・確かにハリーは飛んだ。
久しぶりの飛行だった。
空を飛ぶのは・・・・・何て気持ちが良いのだろう。
ハリーは不意に、常にいつもポケットに入れていた自分の杖を取り出し、ファイアボルトに
向けて呪文を放ってみた。
「アクシオッ!」
が・・・。
「あれ・・・アクシオッ!」
箒はハリーの言う事を聞かなかった。
ピクリとも反応しない。
「おいおい・・・」
ロンが近寄って来た。
「はは・・・ロン。やっぱダメみたいだ。どうやら僕は、家族に何か危険が迫った時だけ魔
法能力が復活するらしい」
「・・・そりゃ、家族を救う魔法は確かに必要だけど・・・」
ロンは自分の事のように、ガックリと落胆した。
「はははは・・・可笑しいよ、僕。はははは♪」
「笑ってる場合じゃないだろ」
それでもハリーは暫く笑っていた。
懐かしい「あの感覚」を思い出した。
初めてオリバンダーの店で自分の杖を握り締めた時の感覚だ。
体が温かくなって、何かが体に中を駆け巡った。
今久しぶりに飛んだ感じは、あの時と似ていた。
「ロン・・・魔法はやっぱり素晴らしいね」
「当たり前だ」
向こうでジニーが笑顔で二人を呼んだ。
「さぁ、二人共!クッキーを出すからお茶を飲み直しましょう!」
ハリーはロンと肩を並べ、それぞれの妻の元に歩いて行く。
「そう言えば聞いてくれよ、ハリー。最新情報だ!兄貴の女房のアンジェリーナが、チャド
リーキャノンズに初めての女性選手で移籍するぞ!」
ロンは学生時代と同様、目をキラキラさせて大好きなクィディッチチームの話に花を咲かせる。
「へぇ〜・・・そりゃあ、益々君は熱狂的にあのチームを応援する事になりそうだね」
「僕はヒューゴをクィディッチの選手にさせるんだ!」
「ふぅ〜ん・・・けど、それならリリーの方が向いてるかもだぞ?」
「いいや!ローズはハーマイオニーに似てきっと学校一の秀才になるだろうし、ヒューゴは
僕の才能を引き継いで・・・」
「一家の『お笑い担当』か?」
「こらっ!」
ロンがハリーを追い掛ける。
魔法使いだとかそうじゃないとか・・・そんな事はハリーにとってはもうどうでも良かった。
子供の時から欲しかった物を、ハリーは既に手にしている。
家族と仲間・・・。
ハリーにとっては、それだけあればもう充分だった。